アプレ・ラプルイの朝日 〜幽閉から始まる神喰らいの英雄譚〜 作:鹿鳴弥
「俺と一緒に、この国から出ないか」
常ならぬ真剣な調子の声。
間延びした声は真面目なものへ変わった。
へらへらと笑ってた顔が引き締まる。
細い目は力強く開かれ、じっと僕を見つめている。
「追手を気にしてるって前言ってたけどな。そいつも問題ない。
俺の船も修復を終えたんだ、この国の騎士程度なら軽く蹴散らせる」
軽薄な柔らかい声には確かな熱が、
僕を逃さないとばかりに向けられている。
火傷するような、僕の腹の底を炙るような真っ直ぐな力があった。
「またその話? もう聞き飽きたよ」
僕は片手を払い、苦笑いでごまかす。
「出ない。僕はこの国から出ないよ、イルク」
いつもの、慣れた光景だ。
「外へ出ないか」「楽しいことが待っている」「ここにいても何も変わらない」
答えは全部、いいえだ。
「何度も言ってるでしょ? 僕はこの国が好きだ。だから出ない。殺されそうになったわけでもない」
これは決意だ。
母との約束を、絶対に守るためだ。
僕はこの国から出ない。
そう決めたからには絶対に出ない。
外に出たい気持ちはある。
屋台に行ってみたい。劇場に行ってみたい。
誰かと遊んで、一緒に笑いたい。泥んこになるまで遊んで、いいこ、いいこって誰かに撫でてほしい。
贅沢じゃなくていい。貧乏でもいい。誰かに、認めて、生きてていいんだって許してほしい。
一瞬、城下の穏やかな景色が目に映った。
だけど、だめだ。
僕の願いはこの国の人の生き方を害してしまう。
僕は悪魔、なんて呼ばれているからね。
何より、東塔に《蒼眼》を持つ僕がここいることに意味がある、とも言われた。
僕の顔を見て、イルクはため息を漏らす。
「実質この塔に一人でいること自体が殺されかかってるようなもんでしょうが」
鋭い目つきで僕を睨んでくる。
「艦の補修も済んだ。いつでも俺はこの国を発てるんだ。今出ないでいつ出るんだ」
――ああ、そういうこと。
少し、自分の瞼が下がる感覚。
イルクはもともと、外の世界から来た稀人。
旅人なら、去ることも必ずある。忌み子の捨てられた小さな櫓に、長々居座るはずもない。
やけに今日はしつこく勧誘してくるなと思ったら、そうか。
「リステリアに来たときの空飛ぶ鉄のお船、修復できたんだ!
……そっか。イルクともお別れか」
イルクは冒険者という、世界を股にかけて活躍する存在。
冒険者はリステリアにはない。
魔物と戦い、迷宮でお宝を探し、宵越しの銭を持たない風の旅人。自由、そのもの。
冒険者の中でも指折りの実力者らしいイルクだ。
自慢の祖国とはいえ、小さな島国ひとつに留まる理由もないだろう。
イルクは口を開き、閉じてはまた開けた。
しかし、イルクは何も言わない。
辛そうな顔でそっぽを向き、深々とため息をついた。
「……なんで。なんで、こんな仕打ちをする国を好きになれるんだ。俺には理解できないよ。恨むのが普通だろ。そこまでする理由がどこにあるんだ」
泣きそうな顔で、イルクが僕を睨んできた。
「悪魔って呼ばれてるんだよ? それだけの才能がありながら、なんにでもなれる力を持ってるのに。悪魔と呼ぶだなんてさ。ほんとうに、ナンセンスな国だよ」
「ナンセンスて……。また知的な古代語使うね」
僕は苦笑し、イルクの言葉に返す。
「悪魔ってみんなは呼ぶけどさ、僕は悪魔ってのが悪い意味だけじゃないと思うんだ。だって、みんなに恐れられるくらい僕は強いわけだし」
僕は天井に人差し指を立て、イルクの前で立ち上がる。
「確かに僕は王宮のみんなからこの東塔に隔離されたよ。でも、みんながみんな、悪い人じゃあない」
イルクは目を細め、黙って僕の話に耳を傾けている。
そうだ。
悪い人ばかりじゃあない。
僕を悪魔と罵った大臣だって、家に帰れば子供に柔らかい笑顔を向ける立派なお父さんだ。
僕を忌み子と怖がった宮廷魔導師だって、日夜国のために魔法の研究に心血を注ぐ立派な研究者だ。
何より、それを愛したのが僕のお母様だ。
「悪魔と呼ばれてもいいんだ。この国を守る。
それが僕のしたいことで、やりたいことなんだから」
『悪魔』じゃなく、僕は人間だ。
悪を成してでも、誰かを助けたいと思い、行動する意思を僕は持っている。
正義のヒーローもかっこいい。
『アプレ・ラプルイ』のような、正義のヒーローになりたかった。
「恨んでないか、って? ……恨んでるさ。なんで、こんな事をするんだって。ぼくを、ひとりぼっちにするんだって」
一段、声が低くなるのを感じた。
押し込めていた、奥底のものが出そうになる。鼻頭が熱く、腹の奥底に溜まっていた澱みを、ほんの少しだけ見せる。
「なら――」
「だけど、それが何になるのさ」
乾いた声が歯の隙間から漏れた。
「恨んで、怒って、喚いて。何になるの? 怒るのって、お腹すくんだよ?」
イルクは片眉を眉間に沈ませ、沈痛な面持ちで僕を見る。
「だからさ。そんな何にもならない勘定で、この国の人に迷惑をかけていい理由にはならない」
静かに言い切る。
僕にとっての最善は、やりたいことはみんなと一緒に暮らすこと。
でも、人にとっての最善は、突き詰める場所を間違えたら誰かにとっての迷惑になる。
人間とは結局、どんな善行を積んでも誰かの悪になってしまう。
事実、リステリアにとっての最善を行った結果、僕はここに幽閉されている。
僕も同じだ。
僕にとって正しいことをしても、完全無欠の正義のヒーローにはなれない。
だから、僕は悪と笑われたとしても自分の善を貫ける人間でありたい。
この国の誰かを、守れる剣でありたいんだ。
「だから僕は出ないよ。有事の際にこの国を守れるのは、僕だけ。それに、僕がいるから、東塔に魔物が生まれてるんだよ? 封印されるのは、当然さ」
僕は腰に手をやり、座り込んだままのイルクを見下ろした。
同情される所以はない。
むしろ、これは僕の誉れであり、試練だ。
悪逆に落ちず、正道を歩めという試練だ。
ならばこれほどの試練、受けずしてなんとするものか。
そのためなら、それで許されるのなら、僕は無機質に生きよう。
イルクは目を細めた。
「――そっか。なら、これを読んでよ」
イルクはそう言うと立ち上がり、
机の上に本を置いていった。
「世界再征服記。最強の【勇者】アルフェウス・ジ・パンの生涯を記した伝記だ」
「エディンの在り方を、俺はいいとは思わないけどね。でもまずは世界の広さを知らなきゃ」
イルクは力なくドアに向かって歩き、無言で立ち去っていった。
……ほむ。凹ませちゃったか。
そんな顔させたくて言ったわけじゃないんだけどなぁ……。
人付き合いに関してはまだまだ勉強不足だ。
頑張らなきゃ。
「それにしても、イルクが本を置いていくなんて珍しい」
イルクはああ見えておしゃべり好きだ。
外では全く話さない。
だけど僕とはちゃんと楽しんで話してくれる人だ。
本だけ置いて王宮に戻るなんて本当に珍しい。
机の上から本を取り、手で撫でる。
赤い羊皮の表紙だ。
金細工の文字が施され、羊皮のところどころの色が禿げている。
「タイトルは……『世界再征服記』か」
ちょっと気になるタイトルだな。
読んでみよう。
※※※
ウオオオオオオオ!
『世界再征服記』超面白い!!
嘘じゃん、逆境の極みじゃん……。魔王討伐しちゃったよ……。
情景が蘇ってくる。
魔族に徹底的に負け続け、絶体絶命の人類圏。
10代目【魔王】アレクセイが率いる、200万の悪鬼羅刹。
相対する、世界最強の軍隊、神獣軍を率いた史上最強の英雄、アルフェウス・ジ・パン。
たった一度の会戦で、敗北の流れをひっくり返し、最後は【魔王】アレクセイとの一騎打ちに勝利。
すご……。アプレ・ラプルイ並の大英雄じゃん……。二代目【勇者】すご……。
もしかして【勇者】って全員人外のとんでも集団なんじゃないか?
「はえー……。<
ぼすん、と縫合痕まみれのベッドへ落ちる。
洗浄の魔法は毎日かけているが、補修ばかりは自力でやるしかない。ただ、血痕とかは残りがちなので、黒い染みがあちこちにある。
糸なんてないから、そこらに生えている雑草から糸を作って縫っている。
いわゆる頑張りの成果だ。
ぼすんぼすん、と跳ねているとガチャり、と扉が開く音。
「よ〜っす、やってるかい?」
語るまでもない。
僕の兄貴分にして副騎士団長殿、イルクだ。
「や、イルク。今日こそこんにちはの時間だね」
「ピンポン正解。こんにちは、だ」
イルクは椅子の上に腰掛け、膝の上で指を組んで僕の方を見た。
その視線はすでに読み癖のつき、少ししなびた本にむかっている。
「やー、ハマったねーエディン。すんごい読み込み具合だね」
「うん! もうね、ヤバイね。百周はしたよ」
「ひゃ、百……? 1日で……?」
イルクが若干引いたような顔でこっちを見てくる。
「いやだって、【勇者】アルフェウスが凄いんだよ! 二千年前にあそこまで終わった魔族との戦線をカリスマと苦楽を共にした神獣軍、有り余る自分の戦闘センスで押し上げて、残った五大将軍たちを引き連れて前人未到の世界一周航海! 更には【迷宮都市国家 メーヴェ・ジ・パン】まで建国したんだよ!? 最後アルフェウスが死んじゃうのが残念だけど、それでもすっごいよこれ! ほんとに伝記? 伝記には思えないくらい物語性に富んで……」
「あー、わかったよ〜。アルフェウスはすごいね。すごいすごい。早口すぎてなんもわかんないから」
イルクが若干辟易とした様子でこちらを見て、手でしっし、と僕を追い払った。
なんでだい。
面白いから置いてったんじゃないのかい。
イルクが勧めた本なのに、僕の話を一切聞こうとしないのは酷いじゃないか。
「それで、イメージできた?」
「何が?」
「【勇者】アルフェウスに勝てる自分の未来」
……………………。
【勇者】アルフェウスが……。敵に回って勝つ未来?
「……ぜん、ぜん。思いつかないです」
僕はぽつり、と言葉をこぼす。
【勇者】アルフェウス・ジ・パン。
殺しても殺しても蘇る不死性。
山すら切り裂く槍の閃撃に、暗雲すら消し去る強烈な弓の腕前。
魔法と錬金術を繋ぎ合わせ、ついには空間すら手にかける規格外の結界術。
なにより、世界最強の軍隊を創設し、率いた将器。
……勝てる気がしない。
「【勇者】アルフェウスが攻めてきたら。未知の力と、圧倒的な力を保持する連中が攻めてきたらどうする?」
イルクは瞳を鋭くし、こちらを睨むように見つめる。
「エディンはどうやって国を守る」
何も、言えない。
「強くなる、って言う思いはわかる。だけど、具体的にどう強くなりたいのか。そこがあやふやなうちは強くなるなんて夢のまた夢。中途半端がいいところだよ」
「それは、その、圧倒的なパワーで……」
「欠食児童がパワーとかほざいてんじゃあないよ」
ぴしゃり、とイルクに正論で殴られた。
説得力しかない。すわりが悪くなって、思わずイルクから目を逸らす。
「ほら。エディンは何も知らないでしょ」
「…………うん」
その通りだ。
僕は何も知らない。知っていることなんて、この東塔にある本のことだけ。外にどんなものがあるのか、どんなものが発達しているのか。それも僕にはわからない。
「何よりね、エディンの使ってる魔法は全部粗雑。我流の域を出ないって言うか、雑」
「ゔ……っ」
我流、我流って……。
し、仕方ないじゃん!
これ、魔法法則を《蒼眼》で視て「こんな感じだな」って感じで編み出しただけの魔法なんだよ!?
我流なのは当然じゃん!
「ら、<雷槍>とかは結構いい火力だよ……?」
「使うたび手にやけど作る魔法のどこが洗練されてるって? 雑。粗雑だよ」
そ、粗雑……? バカな、僕が十年かけて改良に改良を重ねた術式なのに……。
「武術には心得があるようだけどね。動きは及第点だけど、肝心のパワーとスタミナがまるで足りてない」
…………むぅ、それは、そうかも。
「エディンの世界は狭すぎるんだよ。
既存の物を知らずに、理論ごと1から作り直してる。
誰に師事することもなく、知識を得ることすらなくエディンはそれをやっている。すごいことだよ、でも、非効率的だ」
「む、むぅ……」
「だけど、俺がいる」
イルクは腕を組み、椅子から立ち上がって僕を見下ろす。
「俺はこの国のだれよりも魔法の知識がある。俺はこの星の誰よりも武の神髄を会得している。そして――」
「俺は、エディンの知らない物をすべて知っている」
「…………」
「けれど、俺より知識をたくさん持つ人は山ほどいる。魔法の知識も、国を守るための知識も。すべてを持っている人に、俺はエディンを導ける」
「助けがいるなら俺が手を貸そう。邪魔なやつがいるなら俺が片付けよう。道を踏み外しそうになったら俺が引き戻そう。エディンを、エディンが望む仲間と冒険の旅に連れて行こう。だけどね、エディン」
イルクが抜き身の刃のような視線をこちらへ向ける。
「『立ち上がるのは私だ。変わるという行為は、私にしかできない』」
……それ、僕の大好きな……。
「アプレ・ラプルイの朝日にもそう書いてあったでしょう。希望の朝を乗り越えるには、絶望の夜を耐えるのではなく、変化するしかないんだ」
――『アプレ・ラプルイの朝日』。
初代【勇者】と初代【魔王】の悲恋流離譚。【魔王】を倒し、超えた先の話。
僕の、希望の象徴。
「でもそれは、夜に耐え抜くことを意味するんじゃあない。夜を呑み込み、夜に溶け込むこと。
エディンのいるここは、夜じゃない。日が差さない影の中に囚われているんだ」
イルクは僕に視線を合わせた。
「俺は許せない。エディンという才能の塊を悪魔と切り捨て、潰そうとするこの国が許せない。だけど、エディンはそれを守りたいんだろう?」
藍色の瞳が僕を射抜く。
とても悲しそうな目だ。僕をまっすぐ見て、真剣に手を差し伸べてくれている。
……そうか、イルクはそんなにも僕を見てくれていたのか。
「それに、外にはこんなものだってある」
イルクはそういうと、影に手をかざした。
影からは細いナイフや、不思議な質感の袋が浮かび上がってきた。
力強い指先が細短剣を握り、壊れた柱に振るう。
柱がきれいに両断され、土埃が宙を覆う。
刃先が微細に振動していた。刃先は完全に未知の金属でできていた。
これを加工する方法はリステリアにはない。精密極まる技術によって作られた、便利な魔導具なのがわかる。
「この袋はもっとすごい。中の空気を完全に抜くんだ。室温でも、一週間どころか、一年でも新鮮なままだ」
袋の中には、まだ湯気の立つゆで卵があった。
……すごいなあ。僕が考えてもいなかった、すごいものが。外にはたくさんあるんだろう。
「話は、わかったよ」
息を呑み込み、あぐらをかいて座るイルクに話しかける。
「いろいろ見せてくれて、ありがとう。でも、ごめんね。僕は、イルクと一緒に行けない」
彼の顔が、悲しそうな色に染まった。
……どんなに素敵なものがあっても、僕が外に出るわけにはいかない。僕が、厄災を振りまくわけにはいかない。
「ありがとう、イルク」
「……なんで、謝んだよ」
イルクの、何かを嚙み殺すような声に朗らかに笑う。
「いい夢を、見せてくれて。僕のことを、真剣に考えてくれてうれしかった。どうか、達者に生きて」
泣きそうになる気持ちをおさえて、イルクに精一杯の笑顔を送る。
さみしい。一緒に行きたい。連れて行ってほしい。
胸の内で渦巻いている気持ちを押しつぶして、見送りの笑顔を浮かべる。
「……そんな笑い方、お前には似合わないだろうが」
イルクは、大きくため息をついた。
深く、悲しそうな声。いくつにも重なった感情が、端正な眉間にシワを作っている。
彼は頭を搔きむしり、その場を立った。
「俺、今日は帰る。明日にはこの国を出る。その前に、見せたいものがある。その前に、一度だけ。お前に会いに来るよ」
僕の恩人は、笑わない。
背中を向け、部屋の外に歩いて行った。
「…………僕だって」
扉の音が閉まり、塔の庭園を歩いていくイルクを見送る。
胸が、止まってしまうような痛みと、息ができないほどの悲しさが、あふれて止まらない。
「僕だって、外に出たいよ…………」
カーテンにしがみつき、熱い目を覆う。
僕は、悪魔じゃない。人なんだ。ヒーローに、だれかを助けられるような、ヒーローになりたい。
知りたくなかった。
ゼロかイチかの無機質な思考で押し殺していた気持ち。
知らないようにしていた、本心だった。
※※※
明朝。
荒々しい足音が、東塔に踏み入ってきた。足音の主は迷いなく道を進み、僕の部屋に入ってきた。
「おはよう、イル――」
「エディン。これを見ろ」
鬼のような形相をしたイルクが、一枚の紙を突き付けてきた。
これは――。
「この国の瘴気の発生源、魔力資源のレポート。禁書庫にあったデータだ。
東塔は意図的に魔物が発生するように霊脈を制御してるだけだ。お前が外に出たところで、誰の迷惑にもならない」
「そ、んな……」
じっとイルクの出した牛皮紙を見る。
そこには大量の情報が記載されていた。
魔力の流れ。瘴気の元になる悪の感情を蒼輝水で集め、東塔に渦巻かせているデータが、力強い筆跡で書かれていた。
胸の奥から、心の底から息が漏れでる。
そ……っか。僕が、外に出ても、魔物は発生しない……。
よかった……。僕が、原因じゃなかったんだ。
肩の荷が軽くなったような感じがした。
「……この期に及んでも、まだ恨まず、安心するか」
イルクはため息をつき、ガシガシと髪をかいた。
「だけど、これは醜悪な裏切りだ。エディンの良心につけこんだ、最悪のな」
ぼう、とイルクから異様な力が溢れ出る。
部屋が揺れ、部屋の内装が突如発生した重力にねじれ、押しつぶされていく。
「こんな国、滅ぼそうと思えば俺はいつだって滅ぼせるんだ。今すぐ、滅ぼしてやろうか」
じっと国を冷たい目で見下ろすイルク。
嫌な汗が僕の手と背中に滲む。イルクに駆け寄り、思い切りその腕をつかみあげる。
「やめてよ、イルク――! みんなが悪いわけじゃない! 仕方がないことなんだ! だから、やめ――」
「なら、力をつけに行こうよ」
イルクがじっと僕を見つめる。
握ったイルクの腕に渾身の力をこめても、微動だにしない。彼の力に、僕の腕力は全く及ばなかった。
「護ってみせろよ。悪意を持った俺みたいなやつから、この国を守れるくらい。強く育てる環境に行こうよ」
変わる。
変わらなきゃ――。
「――変われたら」
言葉が漏れる。
「変われたら、僕は、僕は……。悪魔じゃなくなれるのかな? アプレ・ラプルイや、アルフェウスみたいな。みんなに好かれるような、ヒーローに」
喉が躊躇う。
これを言ってしまえば、もう戻れない。知ってしまっては、引き返せない、奥底にしまっていた感情が。
「【勇者】に、なれるのかな」
震える声が、喉を熱く震わせた。
「なれる。エディンなら、きっと」
「誰より強く、優しい【勇者】になれる」
イルクは、力強く頷いて手を差し伸べてくれた。
……かなわないなぁ、イルクには。
僕は熱くなった目の端を拭い、立ちあがってイルクの手を掴む。
「なら、連れてって。僕を強くしてくれるところに。リステリアを護れるくらい、強くなるための場所に。めくるめく冒険の日々に、僕を」
「――連れてってくれ」
パリン、と塔にかけられた結界にヒビが入る。
身のうちに秘めていた、出さないようにしていたものと一緒に身体にためていた魔力が溢れ、渦を巻いて結界を砕いた。
砕け散り、割れたガラスのように宙を舞う結界を見て、イルクは小さく笑った。
「――勿論。エディンを先まで、連れて行くよ」
ごう、と強い力が一帯を支配した。
「時にエディン。俺がどうやってこの国に入ってきたか、覚えてる?」
イルクはゴキ、ゴキと首を鳴らし、指先を伸ばしながら僕を見つめてきた。
「ようやく艦が直ったからね。そろそろエディンへお披露目といこうか」
「我が迷宮特典。現行文明を遥かに先取った魔導と科学の化身。リステリアの嵐壁を越えた、神の船」
「飛行戦艦ってやつを、ね」
イルクは礼服の中に嵌めている腕輪を輝かせ、天に掲げる。
旅立ちを祝福する吟遊詩人のように。立ち上がった赤ん坊を称えるみたいに。友達の挑戦を褒めるように。
手を天に掲げ、腕輪が強烈な光に転じる。
「来い――」
瞬間、影が揺れた。
イルクの影伸びていく。
東塔。否、王城すべての影を飲み込み、船を象る。
そして。
「――【
偉容、出航。
影が現実へと反転し、紅い艦が空へと飛び出た。
天に稲妻が迸り、王城をも遥かに超える船。
否、艦の衝角が影を突き破り――。
東塔の天井を粉砕した。
「――は」
絶句。
僕を閉じ込めている東の塔は、まるで夢みたいに散り、ガラス片のように空へ砕ける。
イルクと王城の影から現れた船、否「戦艦」は東塔の尽くを轢き潰す。
ついに僕らを巻き込んで甲板ごと空へと浮上した。
浮遊感。
重力を無視した動きで視界は旋回し、鼻先三寸間近に雲があった。
艦――。戦艦。
紅い鋼の装甲。
無機質にして暴力的な三連の砲門。
僕の半身くらいの口径の三連砲門が三基、空を睨む。
甲板に乗り上げられた僕は、息を呑むばかりだった。
暴虐なまでの力を秘めた戦艦は空を泳ぐ。
後には無残に砕けた東塔の跡地と、大騒ぎする王城だけが地面に残っていた。
「――ッ!」
圧倒され、甲板に腰掛ける僕にイルクが近寄ってきた。
「ようこそ、エディン」
王城は大騒ぎだ。
魔法師が迎撃準備を整え、魔法をこの艦へ向けて乱射してくる。
空に花畑のように魔法が散り、爆炎が入り乱れるも、イルクは意にも介さない。
僕の手を取り、
「外の世界へ」