迷宮内にざわめきが広がった。
集まった冒険者たちも目を見開き、僕を見ていた。
「おい……坊主、本気で言ってやがるのか?」
冒険者のおじさんはありえないものを見るような目のまま、僕に聞いてくる。
周囲の冒険者の人たちも同様の眼だ。
正気を疑うような顔だ。
「ええ」
静かに頷きを返し、じっと見つめ返す。
100以上いる魔物の群れ、
そこへ正面から突っ込むんだ。
狂気を疑われても仕方がない。
若者の無謀な驕りと言われても致し方ない。
「救出に行ったとして、生きている保障なんかねえよ。
そんなことにテメエの命を張る理由がどこにあるんだ」
おじさんは顔に影を落とし、しかし僕の目を見ながら話を続ける。
「冒険者稼業は自己責任……。
冒険者である以上、そこで倒れてる野郎だって、それくらいは弁えてらぁ」
冒険者のおじさんは諭すような、優しい口調で僕に語り掛けてくる。
周囲の冒険者も頷いていた。トータさんも、眉を顰めて僕から目をそらしている。
「わかっています。そのうえで、僕は行くと決めたんです」
「なんでだよ。無意味だってわかった上で、どうしてそれでも行こうって思うんだっ!」
おじさんの口調が激しいものに変わった。
唾を飛ばし、目を大きく開いて罵るような語りで僕を詰める。
「生きてねえかもしれねえんだぞ! 仏さんになって、無意味になってるかもしれねえ! もう、食われちまって骨すら……!」
おじさんの口が止まる。
荒くなった息を整えるように深呼吸し、いらだちを含めた視線を僕に向けてくる。
トータさん目を伏せていた。
仲間が無事でない可能性のほうが高いことなど、彼も重々承知している。
そんなのは視るまでもなく、見てわかること。《蒼眼》を使うまでもない話だ。
冒険者稼業は自由。つまりは究極的な自己責任の世界。
死ぬも栄光をつかむも、本人の自由であり、自分の功罪だ。
望んでその世界に入った以上、そこに文句をつけるのも、助けるのもお門違いってのが、冒険者の道理。
「それでも、ご遺体を持ち帰れば供養することくらいはできます」
それが、僕の止まる道理にはならない。
まっすぐおじさんを見つめ返し、語る。
供養されてない遺体なんて、東塔で腐るほど見てきた。
その骨を利用して、沸いた魔物を狩ったことなんて何度もある。
だからこそ、叶うならばせめて供養はしてあげたい。
それを叶える力があるのなら、せめて供養をする機会を作りたい。
冒険者稼業は自己責任なんだから。
助けない自由も、助けに行く自由もあるはず。
「それが無意味だって、言ってんだろうが!」
激論を吐き捨てるようにまくしたて、大股で近寄って来て思い切り胸倉をつかみ上げた。
「冒険者なんざな! 無縁仏が当たり前なんだよ! それがなんだ? さっきから聞いてりゃ青臭い理念ばっか語りやがって!
なら俺が現実を教えてやるよ。おめえのそれは無駄足だってな! 何だってお前は、命を無駄にしようとするんだ!」
おじさんの瞳が揺らぐ。
怒りではなく、むなしさと悲しさが奥に視えた。
「ありふれた英雄願望か? それならやめときな。それで死んだ奴を、俺ァ何人も見てんだ!」
おじさんは、本当に僕を心配するような声で聞いてくる。
「いえ、違います」
「なら、なんだってんだ! 同情心なんぞ、冒険者にかけてるってのか、ええ!? ケツに毛も生えてねぇような青二才が、誰かの心配で立ってるってのか!? 言ってみろよ、ああ!?」
「――矜持」
「矜持です。僕が、僕を嫌いにならないための。ただの、自己満足です」
腹から声を出し、目の端に活を入れる。
「冒険者のお兄さんのためでもある。英雄願望もあります。同情心だってある。だけど、僕の腸はそこにはないんです」
息を吸い込み、背筋を伸ばす。
かび臭く、汗臭い匂いが鼻の奥を突き、周囲の視線が僕に突き刺さる。
「矜持なんです。瀕死でありながら、仲間のために動くお兄さんの願いを汲んであげたい。そして、僕は遺体であろうと救い出せる自信がある」
一歩、前へ踏み出す。
僕が今まで命を繋いできた理由。
リステリアの東塔で生きるしかなかった。魔物を殺し、その死肉を喰らうしかなかった。
だけど、それができたのは畢竟、自信があったから。
魔物程度には遅れを取らないと言う、己への実力への自負があったから。無数の魔物に追い回された、なんて経験は腐るほどある。
「このまま見過ごし、生きることもできます。でも、それは矜持を、希望という可能性を捨てることになる。
そうなったら、僕は死んでるのと変わらない」
「防衛線に穴を開けることは、申し訳なく思っています。ですが、これは僕が、僕であるために必要なことなんです。僕への情けも、援護も不要です。
ただの突っ走ったバカとだけ、ギルドに報告してください」
おじさんに背を向け、力なく笑った。
「あと、心配してくれてありがとうございます。でも、ごめんなさい。僕は行きます」
彼は、頭をかきむしりながら、大きくため息をついた。
「〜〜ッ! ちっ、勝手にしな!! 死にたきゃ、勝手に死に急げ! 俺は、忠告したからな!」
「ありがとうございます」
ざわめく周囲を捨て置き、傷ついた冒険者のお兄さんの元へ歩み寄る。
「大丈夫です。必ず、僕がお仲間の皆さんを連れてきます。どうか、今は傷を癒すことに気を回してください」
「すまん、すまねえ……! 頼む……!」
目に手の甲を置き、すすりなく冒険者のお兄さんを尻目に、僕は防衛線の外に出る。
ふと、後ろをついてくるリリアの姿が目に入った。
その歩みに迷いはない。
明確な死地へ赴く僕を、じつと見つめている。
「リリアは防衛をお任せしても――」
「何言ってんの?」
リリアが僕の言葉を遮った。
「なに一人でカッコつけてんのよ。わたしも行くわ」
リリアの青い瞳に爛々とした熱が宿っている。
頬も赤い。白い肌が火照り、上気した熱で妙な色気を放っていた。
「あなたの隣はわたしのものよ。そこは、誰にも譲らない」
「リリア……。この先は死地だ。さっきも言った通り、僕の自己満足でしかない。防衛戦力は必要だ、残ってほしい」
「怖いんだ?」
リリアが挑発的に、聞き捨てならない言葉を吐いてきた。
「怖いんだ。わたしの命を賭けるのが。わたしの命を背負うのが。自己満足? 知ったこっちゃないわよ。リーダーの自己満足に天国の果てから地獄の底まで付き合うのが仲間でしょう? なら」
彼女の声に、火傷しそうな熱がこもる。
「――
その瞳に嘘がない。
死ぬことへの恐怖も、義務感も視えない。
ただ、燃え上がるような信頼と、痛いくらいの熱が目の奥でうねっていた。
「――やれやれ。ウチのパーティは血の気が多くていけないのです」
アルターが立ち上がり、リリアに並んだ。
「お嫌い?」
リリアが揶揄う様にアルターへ笑いかける。
「まさか」
「そうでなくっちゃ、燃えてこないのですよ」
アルターがらしくない、野性的な笑みを浮かべた。
指先に黄金の魔力を纏わせ、<
ぼう、と黄金の蛍火が僕らの身体に纏わりつき、身体能力と魔力の質を遥か高みへと強化する。
「何をぼさっとしているのです。さっさと行って、【
「そうよ。行くと決めたのなら、あとは殺るだけよ」
アルターとリリアが僕を見つめる。
はあ、とため息を零し、ツルハシを懐へしまう。
『亡星』を持ち上げ、尖先を迷宮の奥へ向けた。
まったく、僕の仲間たちときたら――。
「行動開始」
――なんて最高な馬鹿の集まりなんだろうか。
※※※
うす暗い雑木林を駆ける。
まだ
《蒼眼》の光をこの階層で走らせているが、人影らしきものは見えない。
「みんな、似顔絵は確認した?」
2人はうなずきを返してくれる。
アルターが握っていたのは、二人の冒険者の似顔絵。トータさんが、気絶する前に最後の力を振り絞って描いてくれたものだ。
「当然。もう記憶したわ」
リリアは後ろからスマートに答える。
先陣を切るのは僕。その後ろにアルター、リリアの順で続いて駆けてきている。
目指すのはどす黒い瘴気の一団。
大量の【
「にしても、二人とも分の悪い賭けによく付き合ってくれたもんだ」
《蒼眼》を光らせ、アルターが着いて来られるぎりぎりの速度で走りながら語る。
「先行投資なのですよ。これでうまくやれば、【伯方】でのアルターたちの地位や評判は確固たるものになるのです。
免状でも貰えたりすれば、他の都市部でも有利に動けるのですよ」
アルターは平気な顔で僕らの走りに付いてきている。
思っていたより体力あるな。
既に時速45キロメテルくらいの速度で走行している。
魔力強化や<
「生きて帰れればの話よ。とにかくアルターはエディンかわたしの傍を離れないこと。【
リリアはアルターの軽口を嗜めるように語り、アルターの後ろを走っている。
「そうだね。アルターはできれば残っていてほしかったんだけど……」
「いやなのですよ。アルターの外に誰が月光魔法を使ってエディンたちに強化を配れると思っているのですか」
アルターは怒ったように語る。
それは、そうなんだけど……。
アルターの扱う月光魔法はよくわからない。
《蒼眼》で視ても術式の真髄を見抜き切れない。
魔法法則に則っていると思うんだけど、<
アルターの使う月光魔法は異質だ。底が見えない、奇妙な術式。
「ヴヒヒヒヒ……!」
遠くから邪悪な豚の鳴き声が聞こえる。
瘴気を身に纏い、強烈な悪臭を辺りにまき散らしていた。
雑木林の木々の奥にいる【
ニィ、と醜悪な笑みを浮かべ、【豚鬼】は高らかに吼える。
「ヴㇶィィィィィィィィッッ!!」
一匹が吠え。
「「「「ヴㇶィィィィィィィィッッ!!」」」」
群れが吠え立てる。
悪意の輪唱が広がり、【豚鬼】の群れの意識が僕らへ向く。
「さて、おいでなすったね」
『亡星』に魔力を喰わせる。
リリアの赤剣に【八炎鼓】の焱がまとわりつき、アルターが黄金の光を指に纏わせる。
僕は魔力を指先に纏わせ、円陣を描いて二人に語る。
「強行突破する。突っ込むよ」
※※※
先に動いたのは僕らだ。
「<
僕の顔より遥かに大きな魔法陣を一息で描き、深紅の太陽が魔法陣の中心から顔を覗かせた。
爆裂の火砲が流星のように尾を引き、木々をすり抜けて【豚鬼】の一団の最前線に突っ込んでいく。
閃光。爆炎。衝撃。
遠慮呵責無しで放った<
「ヴㇶィ!?」
【豚鬼】どもの動きが鈍る。
あたりには焦げた血と肉の匂いが漂い、一撃で1割以上。つまり、10匹以上の【豚鬼】の群れが息絶えたんだ。
如何に冷薄な【豚鬼】共と言えど、10匹以上の仲間が一瞬で焼き豚になったのは怖いし、驚いたのだろう。
組んでいた陣形が千々に乱れ、その行軍に隙が生まれた。
「――突撃」
迷わず足に魔力を回し、一気に駆ける。
リリアが後ろに続き、アルターが追随してくる。
轟轟と燃える<
「邪魔ァ!」
立ち塞がる【豚鬼】の胴体を一閃。
袈裟の軌跡をたどった刃を返し、もう一匹の【豚鬼】の頸動脈を撫で切る。
「ふっ!」
リリアの呼気が短く切られた。
特殊な踏み込みと体重移動が繰り出され、刃を振りぬく。
遅れて三閃が走り、【豚鬼】の鮮血がまき散らされる。
「<
アルターが黄金の指先で銀の円を描く。
銀の円に腕を通し、指を鳴らす。
瞬間、空間が揺れ動き、銀の風が【豚鬼】どもの身体をズタズタに切り裂いた。
【豚鬼】どもは懲りずに続く。
動揺から立ち直ったのか、奴らの動きは速い。
「ヴㇶィィィィィィィィッッ!!」
僕らの進行方向に立ち塞がり、槍を向けてくる。
槍を突き出し、【豚鬼】は下卑た笑みを浮かべる。
牽制していれば僕に通じないとでも思っていたのだろうか。
「疾ィ――っ」
なら、その槍ごと切り捨てるまで。
『亡星』に魔力を更に食わせ、【豚鬼】の槍へ振るった。
瞬間、<
「えっ――」
赤い炎の渦が、『亡星』の刀身にまとわりつき、熱がさらに増幅した。
バターを熱したナイフで切るような手触りで【豚鬼】の槍を溶かし斬り、その勢いに任せて豚の首を斬り飛ばした。
これは……。
「エディン!」
リリアの声が耳に響く。
「道が開けた! 第三階層への階段よ!!」
リリアが指を向けた先は、確かに階段だった。
「藤太さんの言では、第三階層にお仲間がいるとのことなのです! 地図通りに行くのですよ!」
アルターが地図を振り、指を階下へ向けていた。
……今、疑念を抱いている暇はないな。
「よし! ならこのまま突っ切る! 【豚鬼】の群れは捨て置いて、突っ込むよ!」
つま先で<
「ヴヒィィィヒッ!」
【豚鬼】が逃さん、とばかりに僕らを追尾してくる。
瞬間、爆炎が足元から弾け、<
「退路も確保した! さっさと行くよ!!!」
※※※
第三階層。
そこは、黒い礼拝堂だった。
「そんな……。地図と、全く違うのですよ……!」
アルターが驚いたように語る。
「銀級以上では、たまに地形が変動する迷宮も出てくるって試験にはあったわよね。それじゃない?」
「リリア。ここは銅級の迷宮だ。試験前に迷宮に関する書物は読みあさったけど、銅級でそんな迷宮は過去にも存在しない」
眉間にシワが寄る感覚を覚えながら、周囲を見回す。
漆黒の礼拝堂。
黒いアーチ状の柱。尖塔のような支柱がいくつもある。
ガラスの先は暗黒。
一寸先も見えない闇が広がっている。
闇、ではない。何もない。光も魔力も、ガラスの外には何もない。
だから、《蒼眼》でも映らない。
何よりも、瘴気が濃い。
なのに、周囲は無臭。魔物の気配はある。だが、香りがしない。
うすぼんやりとした灯りが、闇の教会の
「ʀøxƨḗŋʈħϝⲭ⚶ꝑⱷӿ⟟҇ⴷⱎ⟁ꙮ҂ǥⵔ⫽҉ѩ⳯Ϟ⧫……」
「ЖѦФҔѮѰѲѴҨѬѺѾҎѤѦѰѠѲѶҨѢѦѰѮѰѲѾѮ……」
ブツブツと呪文のような何かがあちらこちらから聴こえる。
声が小さすぎて、何を言っているのかは聞こえない。
だが、たくさんの声が小さく響き、旋律のない賛美歌のように輪唱されている。
地図には洞窟のような迷宮と書いてあった。
「これは地形の変動なんてもんじゃない。人為的に迷宮を歪めた、第三者の仕業だ」
僕は慎重に前を進みながら、《蒼眼》で周囲を見回す。
ピュー、と呼ばれている木製の長椅子に何者かが集まって座り、一心不乱に祈っている。
「――【豚鬼】」
【豚鬼】だ。
【豚鬼】が長椅子に腰掛け、一心不乱に祈っている。
中央通路を通り抜けるも、【豚鬼】は関心を示さない。
「…………」
一瞬、【豚鬼】が僕らを見た。
しかし、それも一瞬。
全く興味を示さず、また祈り始めた。
「…………ЖѦФҔѮѰѲѴҨѬѺѾҎѤѦ」
【豚鬼】が一匹、立ち上がる。
僕らの横を通るも、【豚鬼】達は目もくれずに上階へと続く階段を登り始めた。
一匹、また一匹と立ち上がっていき、僕らには目もくれずに上層へ続く階段へ向かっていく。
「……不気味、なのですよ」
アルターが強張った表情で言う。
全く同感だ。とてつもなく嫌な予感がする。
リリアは何も言わない。
口を開かず、剣を抜いたまま静かに息を整えている。
「……祭壇だ」
《蒼眼》に祭壇が映った。
祭壇には誰もいない。
説教台と、紫色に輝く瘴気のオーブが置かれている。
そのオーブが発する瘴気。
ボコボコと音と泡を生み、魔物が生まれてはピューへと向かっていく。
壁に沿うように巨大な十字架が立てかけられている。
僕らの視界と歩みに合わせ、光が強まっていく。
……これは。
「! エディン! あの人! あの十字架に括り付けられているひと! あの人たちが藤太さんの仲間なのです!」
アルターがぴょんぴょんと飛び跳ね、鉤縄を取り出して駆け出す。
――説教台の横に、巨大な影だけが在るのが視えた。
「アルター! 待って!」
アルターの肩を掴み、勢い良く後ろへ庇う。
瞬間、無数の光の槍がアルターの向かおうとした地面から伸びた。
「……そこにいるんだろう。隠れてないで、出てこいよ」
僕はアルターを抱きかかえ、背中に隠しながら巨大な『影』へ語りかける。
『――ほう。あの【豚鬼】共の群れをこの短時間で抜けてくるとはな』
十字架が影に沈んでいき、縛られた女性が諸共地面の底へと沈んでいく。
『影』が、反転する。
血溜まりのような影が伸び、巨大なヒトガタを象る。
「所詮は銅級迷宮の冒険者と侮っていたが、少しは歯ごたえのあるニンゲン共もいるようだ」
低く、嗄れた男の声が響く。
3メテルはある巨躯。
黒い執事服に身を包んでいる。
額に巨大な目。漆黒の髪は肩まで伸ばし、角が三本生えている。
「だが、それまでだ。貴様らの冒険譚はここで潰える」
三つ目の色は赤。
総身に宿る魔力は膨大。ここにいる【豚鬼】すべてを足してもまるで足りない暴力的な魔力を放出しながら、巨大な木の杖を地面に突く。
それこそは、ここにいるはずのない種族。
人類種の敵。遥か西方で猛威を振るう、魔物たちの主人。
「この、五つ目のイルゲルムの手によってな」
魔族が、極東の地に降臨した。