天は黄昏。
地は鏡湖。
雲も、陸もない水と空の理想郷。
「――ふゥん。そう転んだか」
絶佳の世界の中心に、白い少女が一人。
黄金の瞳と、長い絹糸のような髪。
――アレアライト。
人を象った絶世は、空に腰かけていた。
否、空に腰掛けているのではない。
世界が歪んでいるのだ。
彼女の意を汲み、うやうやしく己の
アレアの周囲の空間には数多の鏡が浮かんでいた。
映るのはただ一人の少年。
翠髪と、どこまでも蒼い瞳を持つ彼女の見込んだ英雄。
エディン・イラ・リステリアと、魔族イルゲルムの戦いであった。
「ふふ」
鈴の転がるような笑い声がこぼれる。
白の少女は彼の雄姿を楽しんでいた。
「でも、概ね筋書きどおりさァ」
ぱちん、と彼女の指が鳴る。
彼女の周囲が蒼に染まった。
浮かんでいた地上を繋ぐ鏡はかき消え、代わりに湖面へ水鏡が現れた。
アレアライトは二度、頷き。
恋する乙女のように、策士のように口の端を持ち上げた。
「――そろそろかなァ?」
アレアは立ちあがる。
湖面を歩き、中央に刺さった剣を見る。
青い聖劍だ。
柄と鍔は黄金。剣身は遥か蒼く、冷たい。
吸い込まれるような切れ味を持つそれを、少女は指でなぞった。
「もうすぐ逢えるね」
アレアライトは妖艶に笑い、口元に指を這わせて息を漏らすように告げた。
「かわいいかわいい、ボクのエディン」
再会は近い。
――選定型迷宮。
位階:黄金級。
【聖劍宮 アレアライト】の最奥にて、彼女はエディンを待ち続けているのであった。
※※※
「――
二千年の時を生きる魔族、イルゲルムの討伐。
加え、冒険者キョウタロー、リンの救出。
以上3つの功績を認め、3人へ未登録迷宮の攻略権を授与する!」
髭面のギルド長が満面の笑みで僕に袋を渡してきた。
冒険者ギルド【伯方】支部。
駕籠に運ばれてきた僕らは、すぐにギルド長室に案内されていた。
「待ってください。僕らが倒したのは本体ではありません。あれは影御體と名乗っていました」
「承知している。影御體とはいえ、二千年前の魔族大将軍が生み出した分身体だ。
残留魔力と戦闘痕から、銀級迷宮の主を凌ぐ戦力だったと認定された。
よって、攻略権を渡すのだ」
「攻略権?」
ギルド長に確認を取り、袋の中身を検めながら質問する。
中から出てきたのは5つの印籠。ツルハシと剣の紋章が入った黒い入れ物。
「おうとも。冒険者試験を受けた君たちならばわかるだろうが、迷宮は基本的に攻略が禁じられている」
僕ら3人は頷く。
確かに、ここ最近やった冒険者試験でも出ていた。
迷宮の攻略、即ち迷宮の主を倒した場合その迷宮は枯れてしまう。
門だけが残り、迷宮の中身が丸ごと消えるんだ。
つまり、無限に湧き出る鉱石資源も、食料や魔石の供給源となる魔物も出てこなくなるんだ。
だから、迷宮は国家が管理している。
当然だ。
迷宮は無限に湧き出る鉱山であり、食料とエネルギー問題を解決できる迷宮をポンポン攻略されたら国庫が干上がっちゃう。
「つまり、僕らは迷宮特典を入手できるってことですか?」
恐る恐る尋ねる。
「その通り」
ギルド長は重々しくうなずいた。
……これはとんでもないことになるぞ。
ごくり、と生唾を呑み込んだ。
迷宮を攻略した旨味とは、迷宮特典にこそある。
迷宮特典は源流能力に匹敵する神秘の強さと、自分しか使えない専用性を併せ持つ魔導具。
迷宮の主の能力を、自分が求めている能力に合わせて調整し、自分のものとして扱えるんだ。
まあ、特典自体が迷宮の主ほどの強さを持っているわけではないけど。
それでもその性能の高さは折り紙付きだ。
並の魔導具なんかじゃ及びもつかない。
「魔族イルゲルムを倒した功が大きすぎてね。金や特殊な魔導具は殿さまが君たちに下賜しただろうから、ギルドから渡せるものがこれくらいしかないんだよ」
いや、十分に凄いんですけど……。
こんなものしか、って恥ずかしがってますけど、なんでここまで評価されてるんだ?
「でも、どうして僕たちに? 自分で言ってしまうのもあれですけど、僕らが魔族を撃退した証拠はないですよね?」
そう。
僕らはイルゲルムを死闘の果てに撃退した。そこに疑う余地なんかない。
だけど、それ僕らから見た話。
さっき感状と褒美をくれた殿さまもそうだけど、確かな証拠がないのにどうしてここまで評価してくれているのかがわからない。
「理由は2つ。ひとつ目は殿さまたちが持つ特殊な能力だ。嘘を見抜くものでな、偽の論功を述べたところで見抜かれるのだ」
ほむ? はて、源流能力かな。
《蒼眼》にそれらしき気魄の反応は視えなかったけど……。
ああ、血統の能力か。
王家や貴族の中には子々孫々へ継承させる特殊能力があると聞いたことがある。
リステリアにもあるそうだ。
「ふたつ目は君たちが戦った場所に残っていた光珠の破片だ。あそこから千年クラスの魔族の魔力反応が検出された」
あ、あの珠は魔族由来のものだったのか。
道理でわけわからん構造になっていたわけだ。イルゲルムの特殊能力かと思ってたんだけど、魔族共通のものとみてよさそうだね。
というか、【豚鬼宮】浄化されなかったんだ。
(おそらく、迷宮の暴走ではなく魔族の関与が確定したからなのですよ。暴走した迷宮を鎮圧しても、また暴走する可能性があるので浄化するのです)
耳元でアルターが囁いてきた。
なるほど。今回は人為的なものだったから浄化しなかったのね。
「以上の観点から、君たちにはギルド最上位の評価たる迷宮の攻略権が渡されることとなったというわけだ。他に質問はあるか?」
「あるわ」
すっ、とリリアが手をあげた。
「どうして許可の印籠が5つもあるのかしら? わたしたちは3人で行動しているのだけれど」
言外にリリアが「他は足手まとい」と言いながらギルド長に聞く。
「それは……。うむ……。そうだな……」
ギルド長は困った顔で周囲を見回している。
ほむ……。言えないのかな。ちと、申し訳ない気持ちになる。
僕一人なら答えなくてもいい、って言えたんだけどね。
僕はリリアやアルターの命を預かるリーダーだ。軽はずみなことは言えない。
「……恥ずかしながら、ギルドの戦力強化だ。上からのお達しでな。君たちに迷宮攻略権を渡すことと、そこに追加で二名の枠を作れと命令が来ているのだ。
すまないが、これは命令だ。追加で二名、君たちの冒険に連れて行ってほしい」
上、か。
誰の命令なのか、ギルド長は意図的にぼかした。
しかも五枚。出来すぎている気はする。
だが、こちらにも都合がいい。今は乗っておこう。
「はあ? ふざけないで頂戴。こっちは命がけなのよ? 足手纏いなんか連れて、こっちが危険になったらどう責任と――」
「リリア」
熱くなり始めたリリアを片手で制し、軽く見つめる。
気持ちはわかる。だけど、この人に言っても仕方ないだろう。
そんな意思を両目に込めてリリアを見れば、リリアは唇を尖らせて引き下がった。
よし、よし。えらいぞ。あとで魚串を奢ってあげよう。
「わかりました。引き受けましょう」
「ただし。その人選はあなた達ではなく、僕らで決めさせてもらいます。それでよろしいですか?」
目を見開き、口元に笑顔を浮かべてギルド長を見つめる。
「ああ、ああ! それで構わない! いや、すまない。本来ならば、君たちだけの権利であるのに……」
「いえ、構いませんよ。そちらにもいろいろと事情はあるでしょうから」
僕は立ち上がり、リリアとアルターに目くばせする。
リリアが真っ先に扉から出て、アルターが扉を開けたまま待機してくれていた。
うーん、さすがアルター。僕が頭である、という演出に余念がない。
「では、これで」
気持ちゆっくりめの語りで笑いかけ、扉を後にした。
※※※
一階へ降りる途中の階段。
「ねえ、エディン。どういうつもり? あんな安請け合いしちゃって。わたし達の行動速度に追い付けると思っているの?」
リリアが階段を下りながら後ろから語り掛けてくる。
「もちろん。言ったでしょ、戦力にアテはあるって」
「聞いてないわよ……」
ありゃ? 言ってなかったっけ。言ったつもりでいたけど。
あ、脳内だけで完結してた。
「大丈夫だよ。ウチに不利益が出るようなことはしないさ」
僕は後ろを振り向きながら語る。
にしても、この癖はよくないな。
まだ東塔にいたころの自己完結、即行動の癖が抜け切れていない。
「まあ、エディンがそう言うのなら構わないけど……」
「ですねー。アルターたちじゃ及びもつかないような知略がエディンの中に確実にあるのですよ。期待して待つのですよ」
おう、なんだアルターその顔。
いっじわるな笑顔しやがって。絶対僕が何企んでるか見抜いてて言ってるだろ。
「アルターなあ……。まあ、いいや。とりあえず、今日のこの後の方針を決めよう。そうだな――」
僕は一階の大扉の前で立ち止まりながら、少し考え込み。
「祝勝会で、ぱーっと食べようや」
思い切り、ギルドの扉をあけ放った。
※※※
「それでは、
「乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
かん、と陶器同士がぶつかった音が会場に響いた。
祝勝会が丁度始まったところのようだ。
食べ放題の立食式。
机の上の多くは魚の刺身や煮つけ、寿司や鍋が多く並んでいる。
机には大量の清酒が積み上げられていた。
壁際には酒樽で埋め尽くされていた。一部の酒樽の中身は空っぽだ。
お櫃もある。酒が飲めない人の為だろうか。
一部の机ではローストビーフや葡萄酒、肉料理が置かれている。
ほんの少数だけだ。会場には酒気と、鮮度のよい魚と、醤油の香気でたくさんだ。
「おお、もしや今日は飲み放題なのです?」
「おうよ! 島津様からの褒美だとよ! 今日の飲み食いの費用は全部、殿様持ちだぜ!」
「やりい!じゃ、アルターは清酒の飲み比べをしてくるのですよ~。久々の吟醸~!」
「あら。ワインもあるじゃない。わたしはそっちに行こうかしら」
あれよあれよという間にリリアとアルターが酒に吸い寄せられていった。
「はいはい、お好きにどーぞ」
既に去っていったふたりを後に、僕は酒器に魔法で水を注いで歩き回る。
まずは、魚串だ。
「ほむ……」
波打つ魚体が串に刺さっている。
塩が背びれに化粧のようにかかったそれを手に取り、口へ運ぶ。
「う……っ、ま」
旨味が口の中で爆発した。
生臭さなど全くない。ほどよい焼き加減で、口の中で脂が溶ける。
しかも、脂と塩が混ざり合って、えも言えない香気と塩味が口のなかをねっとりと満たしてくる。
うまい。旨すぎる。
「こうしちゃいられん」
酔っぱらった冒険者の先輩方を他所に、三本の串を食べ終えて串入れに串を戻す。
追加で六本の串を手に取り、一直線に歩く。
遠征だ。
「白米大盛りでお願いします」
空の丼を手に持ち、お姉さんにご飯をよそってもらう。
どん、どん、と盛られていく白米。
くー、これこれ。僕の顔よりデカく盛られた白米。艶々した米粒が、凄い光り輝いている。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
お姉さんに深深と頭を下げ、白米と一緒に魚串を頬張る。
「はあ……っ」
最高。
米と魚脂と絡み合った塩が混ざり合い、白米の熱で脂と塩がまた一段と上の風味に変わる。
「これがしゃぶしゃぶ……。かにしゃぶか。どれ、一口……」
「ごめん、ちょっといい?」
串を片手にかにしゃぶ鍋へ繰り出そうとしたら、肩を叩かれた。
はて、食べ過ぎたかなと思って後ろを見ると小麦色の肌の冒険者が立っていた。
「――トータさん!」
「傷は大丈夫なんですか?」
「ああ。行きつけの寺があってね。そこで治してもらったよ。仲間たちも、そこで検査を受けているが、意識を取り戻した」
まだ本調子からは遠いけどな、とトータさんは付け加えた。
そうか……。だいぶ傷が深かったからどうなるかと思ってたけど、元気そうなら何よりだ。
「よかった……。無事ならホント……」
「ああ。本当に。……エディンくん」
トータさんはそう言うと、畏まった態度で身を引き締め。
「――すまなかった」
地に頭をつけ、僕に土下座をしてきた。
「すまなかった。俺の我儘のせいで、君たちを危険にさらしてしまった。冒険者稼業は自己責任。だというのに、俺は君たちに余計なことを言ってしまった」
…………。
「謝っても謝り切れない。君には、それくらいのものをさせてしまった。本当に、申し訳ない」
慚愧に耐えないような声音で、トータさんは地面に頭を擦りつけて謝罪している。
「トータさん」
僕は、茶碗を置いてしゃがみこんだ。
「そんなこと言わないでください。トータさんのせいなんかじゃない。僕が助けたいと思って、勝手に突っ走った。僕の仲間は、それについてきてくれた。
謝らないでください。トータさんの仲間を思う気持ちが、省みるべき行為だったなんて、僕の前で言わないで」
トータさんが顔を上げる。
嬉しさと、申し訳なさでぐしゃぐしゃになっていた。
「トータさん。僕はね、トータさんが仲間と再会できて本当にうれしいんです。
命を張ってよかったな、って。救われたのは、僕の方なんです」
仲間を思う気持ちは、痛いほどわかる。
トータさんと僕は関わり合いがない。だけど、リリアやアルターが危機に陥った時、僕もきっと同じようになる。
それを想像するだけで、胸の奥にしこりができたような気持になるんだ。
「……そうか。俺は、言うべき言葉を間違えたんだな」
トータさんは立ち上がり、手を差し出してくれた。
「――ありがとう。君たちのおかげで、俺は、大事な仲間とまた会えた」
思わず、頬が緩み。
「――どういたしましてっ!」
トータさんが差し出した手を、深く握りしめた。
※※※
「なあ、エディンくん」
「なんですか?」
カカカっ、と音を立てて白米を頬張ってると、トータさんが僕に話しかけてきた。
「君、まだ傷が癒えてないんじゃないのか?」
ごくり、と白米を呑み込む。
……む。包帯がバレたかな。
「まあ、大丈夫ですよ。このくらいなら寝たら治ります。頑丈なので」
にかっと笑い、塩こうじ漬けの魚を口に放り込む。
んまい。
「いや、そういうわけにもいかんだろう。君は育ち盛りだ。今の傷は後に響く。昔、寺で修業していたからわかるが、その傷はかなり深いだろう」
そう言うとトータさんは懐をまさぐり、何かの紙を五枚渡してきた。
「近くに、湯治で有名な温泉がある。その入場券だ。受け取ってくれ」
「い、いやいやいや! 受取れないですよ。寝たら治りますから! トータさんとお仲間で行ってきてください!」
「そうは言うがね。君には返しきれない恩がある。せめて、これだけでも受け取ってくれ」
トータさんは入場券に魔力を込めると、それは僕の懐へ吸い込まれるように収まった。
――わお。かなりの陰陽道のお点前。
「君には感謝してもし切れない。何かあったら言ってくれ。それなりに、俺は顔が利くからな」
トータさんはそれだけ言うと、ギルドの入り口へ向かっていった。
「――ありがとうございます!」
僕は深々と頭を下げた。
トータさんは笑い、ギルドを後にしていった。
※※※
僕は急いで白米を平らげ、外へ駆け出す。
辺りはすでに真っ暗だ。夜の時間を回り、繁華街の提灯の明かりが見えた。
向かうはギルドの壁際。
そこへ、もたれかかっているひとりの男性。
「――イルク!」
その胸元へ飛び込む。
「おお、っとっと~。もう見つかっちゃってたか。どしたの、そんなに急いで」
イルクはとても驚いた仕草だったが、ゆっくりと僕の頭を撫でてくれた。
「イルク! イルク!」
僕はイルクの顔を見上げ、興奮も冷めやらぬうちに言いきった。
「温泉! 明日、みんなで温泉いこ!」
イルクに入場券を見せつける。
イルクは少し驚いたような顔をした。
「いいよ。みんなで明日、いこっか」
だけど、すぐに優しい笑顔に戻った。
「! やったあ!!」
僕の反応は、言うまでも無かった。