よろしくお願いいたします!
曇雷が荒れ狂っていた。
雷鳴
叢雲は稲妻をまとい、巨人のような狂嵐を巻き起こしている。
巨神の拳と呼ばれた雷鳴。
リステリアの外縁を余すことなく包囲する嵐の壁は、法則すらかき乱して吠えている。
――リステリアの嵐壁。
小国の島国たるリステリアを囲い、
周遊する固定化した嵐。何もかもを跳ね返し、人々が恐れるように拝む神の篭。
山脈よりも強固な防壁が嘶きを上げる。
雷鳴が、空の大渦が大気と魔法法則すら飲み込み、すべてを粉々に砕いていた。
建国以来すべての侵入を拒んできた、意志ある災害。その威容にふさわしい。
「さあて、行きますか」
天災に立ち向かうは紅鋼の戦艦。
追手はすべて振り切った。
当然だ。空を飛ぶ力のないリステリアの民に、この艦を追う力など無い。
嵐に巻き込まれなくて、本当に良かった。
僕らが今いるのは戦艦のブリッジ。
ブリッジには前方、側面、後方の3つが映し出されている。
巨大な積乱雲だ。
風速は秒速100キロを遥かに超える。
嵐の内部の速度は更に強烈なことになっている。
《蒼眼》に映る景色では法則が散々に乱れ、まともに進むことも、船の原型を保つことも困難だろう。
ゆえに、挑むのは人知を超える必要がある。
現行する文明からはおおよそかけ離れた技術の化身が、今宵その偉業へと再び挑む。
戦艦は空を飛び、イルクは舵を回す。
戦艦――。【赤戦神艦】の噴射口が青い火を噴いた。
星の軛たる重力から解き放たれた、
現行文明とは次元の違う技術たる飛行戦艦。
駆動音を立てて砲塔を回し、三連の砲門を嵐へ向けた。
「複合粒子砲。発射」
砲身に魔力が収束する。
青い極太の光線が直進する。
<雷槍>の千倍以上の威力のビームが三連の砲門から解き放たれ、嵐の壁と激突した。
轟音。衝撃。
――そして、閃光。
亜光速に加速された魔力粒子がビームとなって
直進し、嵐の壁に弾かれた。
ビームとなった魔力粒子は散り散りになり、風化した。
膨れ上がった嵐が、魔力に成り下がった一撃を食らい尽くす。魔力を食らい、更に膨れ上がった稲妻が、【赤戦神艦】めがけて放たれた。
「イルク! 六時の方向へ」
「はいよ!」
イルクが舵を回す。
重力を味方につけた艦が滑らかに空を飛び、牙の如く迫ってきた雷鳴をギリギリで躱す。
「やっべ……。ただの複合粒子砲じゃ無理か。概念ごと風化させられてら。下手に突っ込みゃ、艦が爆速で風化するな〜。魔法砲撃に換装して様子見するか」
イルクが僅かに冷や汗をかきながら、舵を切った。
ビームから魔法砲撃に切り替わった砲門が、魔砲を乱れ撃つ。
砲弾は嵐に触れた瞬間、凄まじい爆発を巻き起こした。しかし、ところどころで魔法が風化し、塵になったりならなかったりしていた。
「にしても俺が突破したとき以上の膨らみ方してやがる。
……どうやら奴さんは何があってもお前さんを逃すつもりはないらしいね〜」
「どうするの?」
席に座らされた僕は、舵を握ったまま顎に手を当てている船主に尋ねる。
……僕が、戻ったほうがいいんじゃないか。あの嵐の神が僕を狙っているのなら、元鞘に戻ったほうが、いいのではないか。
不意に、僕の頭に手が伸びた。
「馬鹿なこと考えるなよ〜? 言ったろ。絶対に、お前を連れて行くって。二言はねぇんだよ」
わしゃわしゃと、僕の頭をイルクの手が強く撫で回した。
「だけど、ちと情けねぇ状態でね〜」
イルクが困ったように舵を回し、ペダルを何度か踏み直す。
「俺一人じゃ、流石にこの嵐は抜けられん。エディンの力が、眼が必要なんだ。助けてくれるかい?」
……!
少し困った顔で笑ったイルクが、僕の目を真っ直ぐに見た。
「もちろん! 何でも言って!」
「いいこだ」
イルクはそう言うと、舵を大きく引く。
「あの嵐の近くまで近寄る。だけんども、【赤戦神艦】の推力じゃあの嵐を振り切れん。魔法砲撃で乱射しながら、魔法の爆炎で道を作る。んで、接近と同時に嵐を俺が叩っ切る」
イルクの目に獰猛な光が宿った。
黄金の円環を目の前に浮かべ、漆黒の刀を取り出した。
ジャラリ、とイルクの両腕にいつの間にか巻き付いた鎖が不気味に脈打ち、赤黒く輝く。
「エディン。お前さんには、嵐までの道案内を頼みたい」
……なるほど。
僕の役割は、砲撃する場所の照準合わせか。
あの嵐が纏う風化の風が【赤戦神艦】に直撃すれば、いかにこの艦の装甲でも一瞬で轟沈するだろう。
【赤戦神艦】の魔法砲撃でできた、爆炎。あそこなら風の影響を受けず、風化の現象は起きない。
ただし、場所による。場所によっては魔法砲撃だろうと一瞬で風化し、消え去っていた。
だが、魔法砲撃の中なら。爆炎が、風を弱めてくれる。
「いけるかい?」
イルクが静かに僕へ問う。
下手な場所に案内すれば魔法砲撃でも一瞬で風化する。責任重大だ。下手をすれば、僕だけじゃなく、イルクまで死ぬ。拳が震えて、背筋が冷たくなる。
「――いけます」
でも、やろう。
少しでも、イルクの役に立つんだ。立てないなら、今すぐ僕はここから飛び降りて死ね。そう、心に誓ってイルクに答える。
「OK。頼んだよ」
イルクの声がブリッジに響く。
同時に、リステリアの嵐壁が真価を発揮する。
潮位が下がっていく。
嵐の中に稲妻の渦が生まれ、瞳のように僕たちを睨み付けていた。
「…………!」
一瞬、肌が粟立った。
リステリアを護る嵐の神が目覚めたんだ。
気圧の低下は留まる所を知らない。
どんどんと下がり続けていく。嵐が膨らみ、風化の風は大きく、複雑に編み出される。
雷鳴が空を太鼓となして、大気に轟音を響かせた。
「………………マジか」
イルクが計器を見て、乾いた笑いを浮かべた。
気圧計が、ゼロを振り切った。
ゼロの先。
気圧は、マイナスの領域へ足を踏み入れていた。
……まずい。
海水の潮位が、目に見えてどんどん下がっている。
吸い込まれた海水が一瞬で沸騰し、狂乱の嵐となって更なる破壊を喚んだ。
だが。
「一――《竜火砲》、撃ち方用意」
「――撃て」
轟音。
馬鹿げた量の魔力――。
僕の全魔力を遥かに凌ぐ、噴火のような砲撃が吐き出される。
巨大な火球が嵐に触れ、大爆発を引き起こした。
しかし、まだ止まらない。
「まだだ。連続発射用意。火線を張り続けろ。全砲門から斉射せよ。目標、嵐」
砲身が爆炎を吐き続ける。
噴火を思わせる爆発音が響き、
リステリアの空に爆炎の華が咲き乱れる。
――《蒼眼》に反応あり。
嵐が爆発し、強烈な風の動きが炸裂した魔力を
吸収することで嵐は乱れに乱れた。
つまり、そこに風の隙間が生まれた。
「イルク! 1時の方向! 風の隙間!」
「一斉掃射!【赤戦神艦】、掃射と同時に、エンジン全開!」
【赤戦神艦】の噴射口に火が灯る。
赤い炎が吐き出され、次第に青に染まり、青すら超えて紅色の閃光へと弾ける。
遅れて、【赤戦神艦】の炉心が歌う。
同時に【赤戦神艦】が急加速し、
音をも凌駕して爆炎へ向けて突っ込んでいく。
「用意――」
イルクが息をため、【赤戦神艦】が伸ばした照準に意識を集中する。
「
爆炎が、赤の神艦から一斉に吐き出された。
立て続けに爆裂し、爆炎が連なり、道となった瞬間。
【赤戦神艦】が入り込んだ。
「うおおお……っ!」
天地がひっくり返ったように戦艦全体が揺れる。
艦橋にアラームが鳴り響き、赤い光が点滅する。
『損傷率15%を突破。自動補修モード間に合いません』
嵐の中は、地獄だった。
無敵に思われた【赤戦神艦】が軋みを上げる。
無限の揺れ、歪む重力、無秩序に蠢く原素、
跳ねる稲妻、物理法則から外れた原子破砕……。
神の嵐と呼ぶに相応しい、法則すらも破壊する嵐の秩序の異常を《蒼眼》が全て捉えている。
捉えて、しまっている。
「構――ん! 全エネルギーを火砲と速――。全速前進。舵――取ら――な!」
イルクの声が二重になって聞こえる。
「ぐ……、ぅう……」
頭に針が刺さったような頭痛と立っていられないほどの気持ち悪さが渦巻いていた。
「――っ、エディン!」
イルクの声が聞こえ。
「……えっ?」
遅れて稲妻が【赤戦神艦】を貫き。
僕の意識は、飛んだ。
※※※
――ぽちゃん。
雫が水に跳ねる音がした。
重いまぶたに活を入れ、意識を外へと取り戻す。
「ん、……ぅ?」
黄金の夢が広がっていた。
水平と空が混じり、金色のオーロラが空にたなびく黄昏の絶世。
湖上だ。
不可侵の聖域、あるいは神域と呼べる湖。
「――」
着の身着のまま湖へ足を踏み出す。
沈むはずの僕の足は沈むことなく湖面に浮き、湖の中央へと歩を進める。
湖の中央にはアンティーク調の白い机と椅子が2つ。
どうやら既に、この領域の主は来客を予想していたらしい。
自分の頬に浮かんだ苦笑を誤魔化し、コツ、コツと石材のような足音を浮かべる水面を歩いていく。
「――やァ、エディン。こんばんはの時間かな?」
玉を転がすような声の主が白い椅子から響く。
空に波紋が走り、絶世の白が少女となって姿を見せた。
美しい白髪。純金よりも濃い黄金の瞳を持つ女性、イルクが来るまで僕と話をしてくれる唯一の人。
「こんばんは、アレア」
アレアライト。
夢の世界でしか会えない、最初の友人だ。
※※※
出会いは三歳頃。
母様が亡くなって、東塔に僕の身柄が移されたときの夜。
震える夜の夢。
「……え?」
夜が黄昏色に染まっていた。
天も地も、何もかもが日没、あるいは日の出のような黄金に色づいていて、地面は見渡す限りの透明な水。
黴臭い匂いは一切感じず、桃のような甘く、涼やかな香りが鼻を突いた。
――御伽噺みたいな景色。
『やァ――』
『待っていたよ、エディン』
今まで見た何よりも綺麗な少女。
――絹のように白く、足まで届く髪。
――今にも割れそうなくらいなめらかで、穢れを知らない白い肌。
――天女の服みたいな無縫の、貫頭衣と呼ばれる加工を知らない服。
そして、黄昏よりも濃い黄金の双眸。
『お座りよ。おなかすいているんだろう?』
純白の化身のような少女が蒼い剣に乗ったままお皿を宙に浮かべて、にたりと微笑みかけてきた。
それが僕の最初の友人、アレアライトとの出会いであった。
※※※
「いやァ、懐かしいね。エディンをここに招いてからもう十年が経つのかァ」
アレアは机に並べたサンドウィッチを上品に口に運びながら、からからと笑う。
アレアライト。愛称、アレア。
大昔から夢の中に現れる不思議な少女。
僕が三歳の頃から夢の食事を共にしたり、剣の稽古をしてくれたり、僕に礼儀作法を教えこんでくれた女性だ。
「――
殺気。
ぞく、と産毛が立った。
物思いにふけっていると背すじが震えるような気を飛ばされて無意識のうちに体が硬直してしまったのだ。
思わずアレアへ視線を向けるといつもと変わらない余裕の冷たい笑み。
けれども普段とは違う、酷薄な笑みを浮かべていた。
(やばい――)
非常にまずい。
アレアを長年
これは親愛の微笑みではない。
躾や嗜虐が垣間見えるときの攻撃的な笑みだ。
「――うん。少し、不安なことがあって」
だけど、ここで下手な誤魔化しをするほうが良くない。
間違いなく怒るだろうけど、こういうときは素直に謝ろう。
「――ふゥん。まァ、東塔に閉じこもっていた頃とは環境が大きく変わるからねェ。
不安に思うのも当然だ。今日のボクは機嫌がいい。許してあげるよ」
「……やっぱり、知ってたんだ」
アレアは攻撃的な笑みを引っ込め、楽しげに笑いながら僕を見る。
アレアは昔からこう。
何でもお見通しだった。
そんな彼女の前で隠し事をするのは義理も信頼も欠く行為だ。
思いの丈を覗かれるのなら、一歩踏み出して話したほうがいい。
「ねぇ、アレア。旅に、出たんだ。カッコつけて、啖呵切って外に出てきたけど、上手くやっていけるかが正直不安なんだ」
楽しいことが待っているのもわかる。
知らないことも、驚くような、目が眩むような冒険を望んだのも僕自身だ。
「ぼく、これからどうしたらいい? どうしたらいいんだろう」
強くなって、国を守りたいと思ったのも僕。
だけど、身勝手なことに不安だけは一丁前に湧いてくる。
「『自由』さ」
アレアは目を細めて笑い、じっと僕の目を見つめる。
「エディンの生きたいように生きればいい。『自由』になったんだ。『自由』な国へ向かうのがいいさァ」
アレアは楽しそうに笑い、艶めかしく足を組んで嫣然と微笑む。
「エディンの行きたい道を行くといいさァ。ボクはできる限りの助言を授けるだけさ」
「……うん。なら、頑張るだけだね」
アレアが言った瞬間、視界がボヤケ始めた。
霞がかったように思考が鈍る。
《蒼眼》に映るものが曖昧になり始めた。
「――おや? そろそろ身体が目覚めるのかな?」
アレアは僕を見つめ、平坦な声で呟いた。
彼女は聖母のような優しい笑みを浮かべ、静かに言った。
「いずれにせよ、そう遠くない内にエディンとボクはまた出会うんだ。君の好きなようにお生きよ」
「ボクは、それを見守っているからねェ」
意識が緩くほどけ始め、肉体の動きが緩慢になり始めた。
意識が、溶ける――。
「ッ、アレア!」
「ありがとう! アレアのおかげで僕、ここまで来られた!」
「ありがとう、ありがとう――!」
溶ける前に、最後の力を振り絞ってアレアに感謝を伝える。
僕ができる、せめてものお返しだ。
意識が途絶える、この一瞬まで僕はアレアに感謝の言葉を叫び続けていた。
「――うん、いいよォ。いつまでも、どこまでも力を貸してあげるさ」
アレアライト――白き少女は嗤う。
エディンの前で見せることがなかった陰謀の笑み。頬を吊り上げ、目が蕩けたような笑みが浮かんでいた。
心底愉快でたまらないという面貌で、アレアは嗤い、湖面に視線を移す。
「お代はいつか、耳を揃えてちゃぁんと返してもらうから」
「ねェ」
「――ボクの愛しい愛しい、可愛い
――そこには、万華鏡のように広がるエディン。
苦悩と喜楽の末に成長したエディンの目。
――すなわち、彼の《蒼眼》が黄金に溶けた未来が映っていた。
※※※
「――エディン、エディン!」
僕を呼ぶ声がする。
ぼんやりと視界が重い。視界が開きづらく、普段とは比べ物にならない疲労感が身体の芯にある感じがした。
「エディン!」
がくん、と身体が揺れた。
意識が一気に浮上し、微睡んでいた目がぱっちりと覚める。
「ふ〜、よかったぁ……。いきなり甲板の上でエディンが寝ちゃったから、焦っちゃったよ」
やれやれと額に浮かんだ汗を拭い、イルクは困ったように笑った。
「ん……。ごめん、寝ちゃってた。艦は?」
未だ痛む頭を押さえながらイルクに尋ねる。
「大丈夫」
「嵐はぶった斬ったよ」
イルクがニッコリと僕へ笑いかけた。
その腕には、包帯が巻かれていた。少し赤黒くなった布から、膿が滲んでいる。
「ああ、これ? 飛んできた雷ごとぶった切ったんだけど、その反動。ただ、雷のせいかな。飛行機関がイかれちゃったから、暫くは海上を進むことになるかな……大丈夫。そんな覗きこまなくても、命に別状はねぇさ〜」
イルクは何でもないかのように振る舞い、僕の頭の上に手を置いた。
「……なら、いいんだけど。大丈夫、もう起きられるから。起きるよ」
頭痛はもう問題ない。
うんと背筋を伸ばして周りを見回す。
真っ白な部屋だった。
無菌室のように真っ白で、何もない伽藍堂の部屋。僕が寝かされているベッドも白で統一されている。
「ここは医務室だよ。まったく、嵐を抜けるときにいきなり気絶しちゃったもんだから、肝が冷えたよ」
イルクは困ったように眉を八の字に歪めながら、ゆったりと立ち上がる。
「とりあえず、ご飯にしようか。お腹空いてるでしょ〜?」
※※※
重低音が、鉄の血管に鳴り響いていた。
鳴動する魔力とエネルギーが血のように通っている。
特殊な加工が施された鋼の戦艦の配管を満ち満ちて流れているんだ。
巨大な戦艦の細部にまで力が行き渡っている。
通路には天井の至るところに配管が敷き詰められている。
配管の中にはキラキラと魔力で満ちた溶液が行き来していた。
「食堂はこっちだよ〜。天井ばっか見てても背は伸びないぞ〜」
イルクが黒金の扉を開いて僕を揶揄うように笑い、手招きしていた。
「余計なお世話だよーだ」
べー、と舌を出してイルクの懐をするりと通り抜けて食堂へと入る。
「わあ……!」
煌めく料理の皿が山のごとく敷き詰められていた。
ロブスターのソテー、巨大なたこ焼き、トマトとチーズが溶けたピザ、白身魚のカルパッチョ、ポテトのグラタン、香り豊かなパエリア……etc。
「さあ、召し上がれ」
金銀財宝よりも輝く食の宝石が、全部僕一人の食べ放題……!
「ありがとう、イルク! いただきます!」
イルクへ一礼し、食堂のテーブルへと駆ける。
急いで椅子に腰掛け、目の前にあったロブスターの殻ごとナイフで切り取り、中の肉をフォークで掬って口に放り込む。
旨味が口の中で爆発した。
じゅわっ、と滲み出るような淡白な味わい。
しかし、噛めば噛むほど濃くなるロブスターの高い香りと、いくつかの香辛料の刺激と旨味。
「うま……うま……」
ロブスターだけじゃない。
巨大なたこ焼きもびっくりするほどおいしい。
ピザはトロットロでチーズとトマト、バジルが絶品。
カルパッチョが最高にうまい。
「もう、エディンってば不思議〜。そんなにガッツいてんのに品のある食べ方するんだから」
イルクは指先をくい、と折り曲げ、自分の体表に魔力とは違うエネルギーを纏わせる。
指先の動きに従い、周囲の魔力や力場が変化する。
重力に従っていた皿が空にふわりと浮かび、ひとりでにイルクの元へとやってきた。
「ん、美味しい」
イルクは何食わぬ顔でピザを頬張り、うんうんと頷いていた。
……明らかに魔法とは違う原理。
魔法法則じゃない。世界そのものに働きかけている。
つまり、魔法とは全く別の技術だ。
(こっそり練習してみるか)
「ところでさ、エディン。このあとどの国に行く?」
「んむ?」
パエリアをさらによそい、ガッツリ食べようとしていたらイルクがニコニコと笑い、こっちに寄ってきた。
どうしたんだろう。ダジャレでも思い浮かんだのかな。
「初めて行く国はさ、どんな国がいい?」
「む……」
思ってたよりも大事な話だった。
山盛りのパエリアの皿を机の上に置き、顎に手を当てて考えを深める。
十秒、熟慮を重ね、
「…………よく考えたら僕、国の名前ほとんど知らないや」
根本的に何も知らないことに気がついた。
そうだ……。よく考えたら東塔に他国のことなんかほとんど書いてなかった……!
リステリアの歴史と地理しか読んだことない……!
「あはは、だよねー。だと思ったよ。じゃ、軽く説明するね」
イルクが腕輪を光らせ、空中に地図を投影した。
「このバカでかい大陸はマグナ大陸さ。ま、人類大陸とも呼ばれてるね」
巨大な大陸が1つ。
とにかく大きな大陸の東端にポツポツと島が点在している。
「まずは【アムル帝国】。世界で並ぶものない国力・技術力を保有した国家だよーん。皇帝っていう絶対君主が国の元首。思想の自由は保証されてるけど、他国と文明レベルが違いすぎるから鎖国してる」
「ほむ」
バカでかい大陸――マグナ大陸の東部。
大陸中央にある連峰の南に位置する巨大な帝国だ。
高い技術、か……。
「【赤戦神艦】みたいな艦がいっぱいある感じ?」
「いや、流石にこの艦クラスはない。けど、似たような物だったり、都市が空飛んでたりする」
なるほど……。
思ってたより凄いな。
文明レベルが違いすぎるってのもちょっと納得かも。
都市が空に浮いてるのかぁ……。
昔、本で読んだことがある。プロペラで空に浮いている童話。
「次が【聖教国 アルメガファ】。大地の創世神、アルメガファを主神とした宗教国家だね〜。
<
俺の地元ね、とイルクは付け加えた。
なるほど……。<神話継承>?
「<
「まあ、長くなるからそれはおいおいね。次を紹介するよ」
イルクは東端の列島を示し、僕の方を見た。
「――【迷宮都市国家 メーヴェ・ジ・パン】。無限の富と危険が潜む迷宮が乱立する国家で、冒険者たちの総本山。古文書でよく出る『和』の文化を尊ぶ国で」
イルクはにやにやといたずらっぽく笑った。
息を少し呑んで。
「――【勇者】アルフェウス・ジ・パンが建国した国」
「ここ行こう! ここ!」
即決だった。
考えるまでもない。この間読んでその強さにあやかりたいと思った偉人が作った国。
何より「迷宮」。
ダンジョン。冒険者。完全実力主義。鉄火場と戦闘、仲間との冒険……!
考えるまでもなく、ワクワクするのは迷宮都市国家。
自分がどこまで通用するのか。
和の文化って一体どんなものなんだろう。生で魚を食べるって最高だ。生のお肉も甘くて美味いから、きっと美味い。
イルクはそれを聞いてニィ、と笑い、指を鳴らした。
「よーし、じゃあ舵を切っちゃいますか」
独特な機械音を奏でて舵がイルクの足元から現れ、ぐるりと舵を切った。
「我らが鉄火の夢、迷宮都市国家へ!」