アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜   作:鹿鳴弥

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勇気

 

 

 

 

 

 

 

 湯けむりの温泉地。

 そこにいたのは、傍若無人に連れ去られて修行しているはずの友人。

 

 石上モーリスその人だった。

 

「そりゃこっちのセリフだよエディンくん。なんでエディンくんがこんなとこにいるのさ」

「療養だよ。ちょっと迷宮でケガしちゃって。モーリスくんは?」

「僕も療養。この前、訓練のやりすぎで魔力が練れなくなっちゃったんだ」

「だいぶやばくない?」

 

 なんだ訓練のし過ぎで魔力が練れなくなったって。

 そんな症状聞いたことないんだけど……。たった二週間の修業でそこまでなる? 僕も褒められた環境にいたとは思えないが、それでもそんな状態になったことはないぞ。

 

「魔力回路が痙攣しちゃってさ。魔力の操作が覚束なくなったから、帰省中」

 

 怖……。

 そっか……。修行しすぎると魔力回路が痙攣するんだ……。知らなかった。

 

 というか、知りたくなかった。

 

「てか、エディン君の身体もその……、ええと……。凄い、ね」

 

 モーリス君がひどく言い淀みながら、僕の身体をまじまじと見つめていた。

 

「まあ、色々とね。それより、モーリス君はかなり強くなったよね」

「一応、<存思(そんし)>と各種陰陽道がつかえるようになったから、一週間くらい休養していいっていわれたんだ」

「すごいな!?」

 

 <存思(そんし)>って陰陽道の中でも激やばの術だったよね。

 確か、気魄を魔力に変える術ってやつ……。

 

「ははは……。体感5年くらい修行してたからね……。エディンくんと会うのも4年ぶりくらいの感覚だよ」

「おっふ…………」

 

 えぐい。

 だからモーリス君の魔力操作がえらく巧くなっていたのか。

 

 痙攣していても魔力をかなり統御下においている。

 魔力量こそリリアや僕、アルターより少ない。

 だけど、視た感じの魔力効率と制御力ならリリアを越していた。

 

 肉体もかなり引き締まっている。

 体幹が目を瞠るほど安定している。腹筋もしっかり割れていて、魔力が肉体へ自然に乗っている。

 

 ……腕相撲でならアルターにも勝てるかもしれないな。

 

「――お~。きみはエディンくんの友人くん? すごい強くなったね~」

「そうであろう、イルク殿。監督役を任されている自分も鼻が高い」

 

 イルクとヴァルガスさんが温泉に入ってきた。

 ふたりは和やかな雰囲気で会話している。

 

 ……おや。そう言えば、リモルさんがいないな。

 

「りも……っ、あの人は?」

 

 危ない。リモルさんは指名手配されているんだった。

 ヴァルガスさんもいる手前、彼の名前をあげるのはまずいだろう。

 

「部屋で魔法の構成考えてたよ。衆目の場で裸になりたくないんだって」

「あの人何しに来たんだろう」

 

 温泉地に来て温泉に入りたくないって、本当に奇妙な人だ。

 

『あら? エディン以外にも話し声が聞こえるわね。聞こえるー?』

 

 壁越しにリリアのよく通る声が響く。

 

「聞こえてるよー!」

『ちょ、リリア! そんな大声出したら他のお客さんに迷惑なのですよ……!』

 

 アルターの慌てたような声も聞こえてくる。

 

「いまは僕たちだけだからだいじょーぶ! それより、リリアー!」

 

「モーリス君がいるー! ヴァルガスさんも来てたー!」

「ちょ、エディンくん……! 声がデカい……!」

「モーリス? ってあの冒険者試験にいたメガネ!? 伝わってくる気配別者なんだけど!」

 

 ふふ、リリアも驚いてる。

 わかるよ。気配だけだったら完全に別物だもんね。

 

「あはは、そんなに変わったかな?」

「だいぶ」

 

 いや、完全に雰囲気が変わってるんだもん。

 垢ぬけたってわけではなく、急成長した感じ。

 

 後方でヴァルガスさんが腕を組み、頷いている。

 

 すごく誇らしげな顔だ。

 質実剛健の象徴みたいなヴァルガスさんがここまで親身になっているなんてな……。

 きっつい環境にいたのも成長の一因なんだろうけど、それ以上にモーリスが死ぬ気で努力したからなんだろう。

 

「言ったでしょ? いつか、エディン君と一緒に冒険できるくらい強くなるって。エディン君のすごさにまだ追いつける気がしないけど」

「いいや。モーリス君は十分凄いよ」

 

 モーリス君の卑下にも似た謙遜を切り捨てる。

 

 言語道断だ。

 確かに僕はモーリス君よりも勝る点がある。だけど、それがモーリス君が自分の努力を卑下する理由にはならない。

 

「すでに魔力制御ならリリアを超えている。アルターより体幹がしっかりしているんだ。その卑下はよくない。モーリス君はすごいんだ」

「そう……かな」

「そうだよ。絶対。僕が保証する」

 

 温泉に肩口まで沈んだモーリス君と目線を合わせ、僕も肩まで浸かりながら隣りに並ぶ。

 

「そっ、か。エディン君が言うなら、きっとそうなんだろう。うん。僕はすごい」

 

 モーリス君ははにかむように笑った。

 

「――はは」

 

 む。イルク、なに笑ってんのさ。

 そんなほほえましいものを見るような目でこっちを見てきて。

 

「いや、俺もな~。兄貴分として、捨てたもんじゃないなって思っただけさ~」

 

 イルクはわしわしと僕の頭を撫でてきた。

 

「な、なんだよう。みんないるから……! そんな撫でまわさないで!」

「い~や。撫でるよ~。今日はエディンをたくさん褒めるよ」

 

 なぜか上機嫌になったイルクは僕の頭を撫でまわし、

 

「――成長したな、エディン」

 

 静かに、目を細めて言った。

 

 ――ズルいなあ、イルク。

 そんな目で、そんなこと言われちゃったらさ、撫でるのに抵抗してた僕が子供みたいじゃんか。

 

「――ありがとう」

 

 こっぱずかしい気持ちを抑え、じっとイルクを見つめる。

 

 穏やかな碧い瞳。

 月の弧のような、およそ行きの笑顔じゃない。

 

 優しく、いつくしむような笑みが僕に向けられていた。

 

「頑張った。よく頑張ったよ、エディン」

 

 割れ物を触るように、イルクはゆっくりと僕の頭を撫でてくれた。

 

 日は、まだ地平の微か上にいた。

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふー。結構長く入っちゃってたね」

 

 温泉から上がって、すぐそばの長椅子に僕等は腰かけていた。

 浴衣は通気性がよく、過ごしやすい。

 

 なのに暑くって仕方がない。

 団扇(うちわ)を仰いでいるけど、一向に汗の引く気配がない。

 

「そうだね。思いのほか、話が盛り上がっちゃったからね」

 

 隣に座るモーリス君は暑そうに団扇を仰いでいた。

 

「そういうふたりには、これ!」

 

 ぬっ、と背後から現れたイルクが何かを持ってきた。

 

「【迷宮都市国家 メーヴェ・ジ・パン】恒例! 瓶牛乳! フルーツかコーヒー、どっちがいい?」

 

 手にはキンキンに冷えた、肌色と茶色の牛乳が入った瓶だ。

 

「エディンくんどっちがいい?」

「僕はどっちでも。モーリス君は?」

「じゃあ、フルーツをもらってもいいですか?」

「僕はコーヒー貰うね」

 

 

 「はいよ」と言ったイルクから牛乳瓶を受け取り、蓋を開ける。

 口につけ、一気に呷った。

 

「!」

 

 うお……! なんだこれ!

 すっきりした甘さ……。いや、ほのかに薫る苦みと、牛乳のコク。

 何より、キンキンに冷えていて、火照った体によくなじむ。

 

「おいし……っ」

「でしょ」

 

 イルクがウィンクを飛ばす。

 本当においしい。一気に飲んじゃったのが惜しい。

 

「おまたせ。待たせちゃったわね」

 

 隣の『女』の暖簾がかかった一室から、赤髪の少女が現れた。

 

「おお……っ」

 

 モーリス君から声が漏れた。

 

 温泉で上気した肌。

 僅かに濡れ、光沢が増した赤い髪。

 青い浴衣を品よく着こなし、袖からはすこし赤くなった二の腕が覗いている。

 

「似合ってるよ、リリア」

 

 いつもより赤が強いリリアの浴衣姿を褒める。

 さっきの追っかけっこの時は全く褒められなかったから、今のうちに褒めておく。

 

「ありがと。エディンの浴衣もいいわね。いつもとは違う雰囲気を感じるわ」

 

 リリアは腕や足にきらりと目を光らせてきた。

 そうかな? ちょっと筋張った腕と足が露出してるくらいじゃない?

 

 そんなに見つめる程大層な物でもないと思うんですけど。

 

「遅れてじゃじゃーん! なのです! アルター、参上!」

 

 目にVサインを当て、アルターが滑りながら登場した。

 

「お、アルターの浴衣もいいね。品のあるお嬢様って感じ」

「えへへー、そうなのです? イヤー参っちゃうのですよ。アルターの儚げな美少女っぷりが出ちゃいましたかー」

 

 儚げさと品は滑りながらの登場でほとんどなくなったと思うけどね。

 

 僕はそんなことおくびにも出さない。

 出して不快な気持ちにさせる必要もない。褒めた後に皮肉を言うと素直に褒められた気にならないってのは、この間学んだばかりだ。

 

 事実、アルターの浴衣姿はとても似合ってるんだ。

 それをわざわざ否定することも無いだろう。

 

 だからほら、モーリス君。その何か言いたげな表情を辞めるんだ。

 アルターはそう言う視線にはすぐ気づくぞ。

 

 ……む? リリア、なんかすごい不機嫌になってるな。

 こちらに背を向けてそっぽを向いている。

 なんで?

 

「そうだ! この後みんなでご飯にしませんか!」

 

 ぱん、と手を打って話の流れを変える。

 

「いいね~。みんなでお食事会。やろう」

「賛成なのです。じゃ、アルター従業員の人に伝えてくるのですよ」

「いいですね! 僕も全然行きますよ!」

「フーム。俺も同行しよう、アルター嬢」

 

 ぞろぞろとみんな動き出した。

 

 「…………ふん」

 

 しかし、リリアだけは動かない。

 明後日の方向を向いたまま、腕をくんで動かない。

 

「リリア」

 

 僕はリリアに微笑みかけ、手を差し出す。

 

「リリアが一番浴衣、似合ってるよ。お姫様みたい」

 

 ぴく、と耳が動いた。

 少し、髪も揺れている。

 

 おそらく、リリアは怒っているのではない。

 

 イルク曰く、女性は格好を褒められるのが好きだと教わった。

 自然に、それとなく褒めるとよし。

 

 ただし、女性は嫉妬深いとも言っていた。

 おそらく、リリアの前でアルターを褒めたのが気に障ったのだろう。

 

 リリアも、ひとりの女の子なんだ。

 

「エスコート、してくれる?」

 

 おずおずとリリアが手を差し出してくる。

 

「もちろん」

 

 僕はそれを恭しく受け取り、ゆっくりと引いた。

 

「お姫様の言う通り」

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 着いた先は大きな宴会場。

 人は非常にまばら。その端の方にアルターたちがいた。

 

「あ、きたきた! おーい! ここですここ、こっちなのです!」

 

 一番手前の席に座っていたアルターがぶんぶんと手を振ってきた。

 

 机の上には色とりどりの料理が乗っていた。

 

 刺身、小鉢に乗った品のあるほうれん草の煮びたし。鯛の塩釜焼き。刺身に、人数分置かれた吸い物。お櫃事置かれたご飯。ぐつぐつと煮える鍋。

 

「エディンがたくさん食べると思ったので、料理全部並べてもらったのです」

「ありがとう、アルター。助かる!」

 

 机の手前側に座ると、隣にモーリス君がいた。

 僕の左隣にリリアが座り、綺麗な姿勢で正座していた。

 

 向かい側にはイルク、ヴァルガスさんが座っていた。

 

「それじゃ、皆さん揃ったところで」

 

 アルターが近くに置いてあった酒器を手に取る。

 お、僕の所にも置かれている。清酒だ。御猪口を手に取り、そのまま待機する。

 

「今日という日に」

 

「――乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 かんっ、と御猪口同士を軽くぶつけた。

 

 口を付け、元に戻した《蒼眼》で周囲の様子を探る。

 ほむ。一騎に呑むモノなのか。なら、僕も一気に戴こう。

 

 ごくり、と一口で飲みほした。

 カッ、と喉が燃えるような感覚。目の奥にがん、と響くような衝撃が走った。

 

 くお……っ、これが酒か……!

 

 この国の成人は十二歳から。だからまだ酒が飲める、呑めるけど……。

 

 これ、結構強いのか……?

 

「いやー、にしてもエディンが貰った温泉のチケットで、まさかおふたりに会う機会があるとは。アルター、縁を感じるのですよ」

 

 平気そうな顔でアルターがヴァルガスさんの御猪口にお酒を注いでいた。

 

「同感だな。こちらもモーリス君を実家へ送る護衛のついでに寄った場所。アルター嬢たちに会うとは思ってもいなかった」

 

 ヴァルガスさんも余裕の表情で、注がれた清酒を一気に呷ってた。

 

 帰省中、か。

 思い返すのはギルド長から貰った印籠。

 印籠の数は5つ。

 

 今のメンバーは僕、リリア、アルター、イルクの4名。

 

 叶うのなら、モーリス君をメンバーに加えたい。

 だけど、モーリス君からしたら玉の休暇。しかも実家に帰省する最中。

 

 そんな彼を誘うのは、気が引ける。

 だけど、僕は彼と一緒に冒険がしたい。

 

 でも……。

 

「エディン君」

 

 ヴァルガスさんが不意に僕へ話しかけてきた。

 

「酒の席は遠慮をなくすためにある。言いたいことを言ってごらん。酒は記憶も緩くする。酒の席だ、多少の無礼も許されるさ」

 

 ヴァルガスさんは大人っぽく笑い、僕の御猪口へ酒を注いでくれた。

 

「ありがとうございます。ヴァルガスさん」

 

 僕は一気に酒を呑み干した。

 もう一杯を自分で御猪口へ注ぎ、六度。

 意識が緩くなるまで、遠慮の枷を失くせるまで飲んで。

 

「モーリス君!」

 

 どん、と御猪口を置いて振り返った。

 

「僕ぁね、迷宮の攻略権をギルドから貰ったんだ」

 

 胡乱なくちぶり。

 酒精に浸された頭は、《蒼眼》の強烈な情報量に耐え切れず痛み始めてきた。

 

 だけど、知ったことかい。そんなの平常運転だ。

 思考を切り、モーリス君と面と向き合う。

 

「それでね。僕ぁね、モーリス君」

 

「君と、みんなで。この迷宮を、一緒に冒険したいんだ」

 

「モーリス君が帰省中なのも知ってるよ。だけどね」

 

 

「どうか、このとーりだ! 僕のわがままに、付き合ってほしい」

 

 

「……うん」

 

 

「いいよ。エディンくん」

 

「行こう。僕も、俺も……」

 

 

「エディンくんと、一緒に冒険したい……!」

 

「当たり前だ! 僕だって、モーリス君と一緒に冒険したい!」

 

「一緒に、頑張ろう!」

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 エディンが酒乱になり、モーリスと肩を組み始めた瞬間。

 

「は~い、みんな。お酒はここまで。今日は部屋に帰って寝ようね~」

 

 イルクがお酒を取り上げ、指を部屋へ向けた。

 

 リリアもアルターも酔っていた。

 エディンは途中から意識が朦朧としていたので気が付いていないが、リリアとアルターもモーリスの参戦を祝い、両脇で痛飲していたのだ。

 

「うい~゜」

 

 皆が皆、酔いつぶれていた。

 まともに立てる者はおろか、しゃべれるものすらいなかった。

 

「まったく……。ヴァルガス殿、そっちはお任せしてもいいか?」

「無論だ。イルク殿は?」

「問題なしですよ~」

 

 イルクは酔いつぶれた三人を<蒼仙法>で浮かし、ヴァルガスに会釈して部屋に三人を転がした。

 

「おやすみ、エディン」

 

 イルクはそれだけ言うと、ふすまを閉めて部屋の外に出る。

 

「寝たのか?」

 

 外には、黒髪赤目の青年に変身している少年。

 リモル・ケッツァーがいた。

 

「ああ」

 

 イルクは低い声で返す。

 

「まだ飲み足りん。リモル、一献付き合ってくれるか?」

「構わんとも」

 

 ふたりはそう言うと、階段を上っていく。

 目指すは屋上。今宵は雲も少ない。この旅館は今日、珍しく人が少ない。

 

 月味酒には絶好の機会だろう。

 

 屋上の扉を開き、イルクが外気を浴びようとした瞬間。

 

 「――やあ」

 

 先客あり。

 人のまばらな旅館。

 

 そこにいたのは、和装を着崩した白髪の美女。

 彼女は月と、春の虫の音色を肴に一杯楽しんでいた。

 

 傍らには細く、長い()()かを膝の上に置き、リーリエは笑った。

 

「待っていたよ、フレドリクス。リモル」

 

 リーリエ・アモン。

 迷宮都市国家における最強。

 

「ああ、リモルを捕縛しに来たわけじゃないよ? 今日は予言を伝えに来たんだ。そう――」

 

 石上モーリスの師にして、国家の特級戦力。

 

 イルク――フレドリクスは動かない。

 リモルは興味深そうにリーリエを見詰め、彼女の言の葉を待った。

 

 

「――【迷宮都市国家 メーヴェ・ジ・パン】の滅亡についての、ね?」

 

 

 月下に白烏が壱羽。

 白霞を翼に、ふたりの超越者を睥睨していた。

 

 

 

 

 

 

 

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