アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜 作:鹿鳴弥
朝。
僕たちは朝食もそこそこに【御前湯】を出て、
門の前に集まっていた。
「では改めて――」
すう、とヴァルガスさんの胸が大きく膨らむ。
「我が名はヴァルガス・ガンバード!
エディン君たちの新たな迷宮攻略に供をさせてもらう銀級冒険者であるッ!」
強烈な音波攻撃を喰らった。
衝撃のあまり僕らの顔がびりびりと震え、草花が振動で揺れた。
……あっぶねえ。咄嗟に魔力強化を耳にかけといてよかったぁ……。
反応遅れてたら絶対に鼓膜が麻痺してた。
アルターは何かを悟ったのか、
ここに集合する前から見慣れないイヤリングをつけていた。
よく視たら音波耐性の効果が付与された魔導具だった。
抜け目ねえことこの上ないな。
「同行する石上モーリスです。知っての通り、銅級冒険者です。よろしくお願いします」
ぺこり、とモーリス君は頭を下げた。
僕の隣でリリアが首を傾げている。
とてつもなく怪訝な顔でモーリス君たちを見ていた。
……ああ、よく視たら鼓膜が完全に痙攣している。
ヴァルガスさんの大声でやられたか。
「エディンです。ヴァルガスさん、今回はよろしくお願いいたします」
軽く会釈し、手をヴァルガスさんへ向ける。
「うむ! エディン君たちの活躍もよく耳にするぞ。
【豚鬼宮】での魔族討伐、誠にあっぱれであった!」
ヴァルガスさんは快活な笑みを浮かべ、僕と握手を交わした。
「ええ。いい仲間に恵まれたおかげです。ふたりがいなければイルゲルムを撃退することはできなかったでしょう」
彼と握手を交わしながら、もう片方の手で魔法陣を描き、
リリアの耳を<
「リリアよ。よろしくお願いいたしますわ」
聴力が回復したリリアは見事なカーテンシーを披露してのけた。
おお、とヴァルガスさんが感嘆した。
リリアの丁寧なお辞儀に驚いたんだろう。
ふふん、すごいでしょ、僕の相棒。
優雅さと野性を同時に兼ね備えている、凄い人なんだから。
なんて思っていると、リリアがそそくさと僕の耳元に寄ってきた。
『助かった。ありがと』
『どういたしまして』
相変わらずリリアは律儀だ。
仲間なんだから、いちいちそんなこと気にしなくていいと思うんだけど。
でも、リリアのそう言うところが好きだから、口に出すまでもないか。
「アルターなのです! 今回の旅程ではよろしくなのですよ」
アルターもひょっこりと顔を出し、ピースサインをヴァルガスさんたちに向けた。
「おお、アルター嬢! 相変わらず元気で結構!
エディン君たちは少し硬すぎる。背中を預け合う仲になるのだ。ため口で構わん」
「そう? じゃあ、よろしく」
リリアはその言葉を聞いた瞬間に背格好を崩した。
彼女にしては珍しく変わり身が早い。
基本リリアの警戒心は強いので、すぐに素をさらけ出すのは意外だ。
まあ、見知った仲でもあるのが大きいのかな。
「じゃあ、僕も楽な口調でお話しますね。まずは今回の迷宮の概要について話させてもらいます」
アルターに預けていた依頼書を読み上げる。
「迷宮の発生日は一昨日。外部から計測した迷宮の深度は銅級~銀級だそうです」
「ウム」
ヴァルガスさんが腕を組み、目を閉じて話を聞いている。
モーリス君はその隣で手帳を取り出し、金属のペンでメモを取っている。
「迷宮の攻略ですが、だいたい三日ほどを予定しています。
根拠として、銅~銀級の深さならばだいたい20階層弱しかない。
僕たちとヴァルガスさん、モーリス君のおふたりの力もあれば三日弱で終わるという予想です」
「なるほど」
モーリス君がモノクルを片手で持ち上げ、メモに何かを書き連ねていく。
「攻略のパーティ編成ですが、前衛組と後衛組で分けようと考えています。
まあ、そこら辺は成り行き次第ですね」
正直、あとは実際にパーティを組んで見ない事にはわからない。
戦いながら動きを見て、臨機応変に編成を変えていかないことないことには不意を突かれかねない。
ヴァルガスさんが深くうなずいてるのが視えた。
よし、なら問題ないな。
「迷宮に関しては以上です。質問はありますか? 無いようでしたら早速、
「待て、エディン少年」
荷物を背負い直して出発しようとした瞬間。
ぐい、とヴァルガスさんに肩を掴まれた。
「早速迷宮へ向かうのは駄目だぞ」
「え」
ヴァルガスさんが真剣な顔で僕を止めてきた。
「三日も攻略を行うのだろう? ならば、拠点の確保が必須であろう」
ヴァルガスさんが顎を撫でながら語る。
「野宿すればよいのではないでしょうか」
「バカモン。ふつうの迷宮冒険ならばいざ知らず、今回は攻略なのだ。
ふだんとは異なり、迷宮の主を討伐する必要があるのだ。体調を万全に整えないのは愚の骨頂だろう」
ヴァルガスさんが諭すように語り掛けてくる。
……なるほど、確かに。
僕は三日くらいの野宿ならへっちゃらだけど、他の人はそうじゃないよね。
「まずは近辺の村で拠点造りが先決ってことですか? 見つからなかった場合は……」
「自作するのですよ。魔法とかで造るのです。簡易キットとか売ってるのですよ」
アルターがそう言うと懐から符を取り出して見せてくれた。
土を操作する魔法が刻まれている。これで雨風を凌げる場所を作るってことか。
さて、じゃあ何が必要かな。
顎に手を当て、考える。
食、住の確保。村に宿泊する場合は手土産。あるいは労働力の提供が必須。
そして迷宮が出現したってことは周辺の環境も大きく変わっている可能性がある。
村にも多大な迷惑が掛かっている可能性がある。
つまり…………。
「まずは、迷宮周辺の聞き込みからする必要がありますね」
ヴァルガスさんたちは静かに頷き、リリアたちにも目を向ける。
何はともあれ、出発だ。
※※※
街道の道程は順調だった。
道行く人はまばら。
だけども土を魔法で固めて舗装した道は歩きやすく、
鉄板入りの靴でも歩くのを苦に感じない。
街道の両端には小さな堀のような水路がある。
水路と、道の端々につけられた鈴が結界となり、
魔獣や魔物が入って来られないようにしているんだ。
しかも堀が街道に溜まった雨水を
川まで流す効果も《蒼眼》で視受けられた。
よくできてんなあ。
リステリアでも水路はあったけど、あれは蒼輝水っていう
特殊な水を有効活用するための機構だったからね。
こういう治水に特化した水路が
あちこちに張り巡らされているのはちょっと面白い。
「もう少しで件の迷宮よね。ふふ、胸が躍るわ」
隣を歩くリリアが髪をかき上げる。
ワクワクした顔で笑っていた。
赤い剣を叩き、鯉口を切っては戻している。
「あと10分も歩けばつくけどさ。
それ、喧嘩売ってるように見られるからやめてね」
「ちぇ、ケチ」
僕がたしなめると、剣から手を離し、
リリアはつまらなさそうにそっぽを向いた。
「武士に見られたらいちゃもんつけられたりして、面倒なんです」
一歩後ろを歩くモーリス君が一言付け加えた。
「難癖付けられたら対処は簡単よ?」
堂々とリリアは腕を組み、自信満々に笑う。
「ぶったぎっちゃえばいいのよ」
「大問題になるからやめてほしいのですよ」
「命を軽々に奪うものではありませんぞ」
カッ飛んだリリアの返答に総突っ込みが入る。
リリアの修羅精神はどうにかならないものか。
ムリだな。僕に大食いを辞めろって言うようなもんだ。
他人の言葉で変わるような代物じゃない。
はあ、とため息を漏らして《蒼眼》で周囲を視る。
「――みんな、ごめん。ちょっと先にいく」
脚に魔力を込め、魔力を体内で循環させて
前傾姿勢を取る。
「怪我人だ。2キロ先。街道の途中で倒れてる」
僕はそう言いきり、駆けだした。
※※※
「大丈夫ですか!?」
一気に駆けより、倒れている人を抱え上げる。
男性だ。全身が血まみれで、呼吸が浅い。
格好は露出が一切ない格好。
しかし、身軽そうな格好に弓と小刀を携行していることから察するに、
狩人だろうか。
頭からの出血が凄まじく、顔半分は血で覆われていた。
魔法陣を描き、全身の診察を《蒼眼》で行いながら魔法効果を選出する。
「<
白い光が狩人を包み、みるみるうちに傷を癒していく。
ごっそり、と体内から魔力が抜けていく。だが、関係ない。魔力と命、どちらが大切かなんて、考えるまでもない話だ。
「ふう、峠は越えたね」
狩人さんの傷を癒すことはできたが、
魔力と血を消耗しすぎている。
あとは周囲の安全確保と諸々を視てっと……。
「エディン!」
リリアたちが街道の向こう側から走ってきている。
「状況は?」
「峠は越えた。全身に咬傷と掻傷。状況から見て、下手人は魔獣と断定できる、ってところまでわかってる」
リリアの言葉に状況だけ伝える。
《蒼眼》で精査している最中だけど、予測が大きく外れることはないと思う。
「うう……っ」
膝に頭を乗せ、安静にさせていた猟師のおじさんが目を覚ます。
「お前たち……、冒険者か……っ」
安否を尋ねる間もなく、僕等の素性を睨みながら尋ねてきた。
「山の主が……、暴れて……。逃げろ……!
おじさんは最後の力を振り絞って言うと、
その場で気を失った。
「大丈夫ですよ、おじさん」
狩人を抱き上げ、眼前の山を睨む。
「僕等が、退治してきますから」
※※※
「ほむ」
鬱蒼と茂る山の中。
舗装された道などない山を静かに歩く。
木漏れ日が濡れた葉や、朝露で湿った小石を照らしている。
「戻りました」
モーリス君とヴァルガスさん、アルターが戻ってきた。
「猟師も怪我を負われていた。油断すると痛い目に合おう」
殿を務めるヴァルガスさんの言葉にうなずき返す。
近くに狩猟小屋があったけど、
そこの猟師さんの小屋には血にまみれた包帯が散乱していた。
獣除けの結界も砕かれ、小屋も半壊していたんだ。
代わりに街道にはありったけの守り鈴による結界と、
獣除けの香が焚かれていた。
小屋の周辺に白骨化した人の死骸は視受けられず、
周囲には腐葉土があった。
おそらく、獣糞の発酵したものだ。
このことから察するに、あの小屋の狩人は撤退済み。
小屋は囮として使われていて、この山はすでに危険地帯。
――面白くなってきた。
「結構奥まで来たけど、全然魔獣出てこないね」
獣道を歩きながら《蒼眼》を光らせ、周囲を見る。
山の上には強大な魔獣が二体。
周囲に侍る形でウサギやシカ、サルが山間に生息してなわばりを争っている。
潜んでいる獣はいるんだよ。
だけど、僕らが歩くたびに魔獣が後ずさり、間合いから消えていく。
「強い人間に警戒しているんだ。里に近い魔獣は強い人の気配に敏感だからね」
モーリス君がじっと僕を見ながら語る。
「え、なんで僕だけ? ヴァルガスさんとリリアも該当しない?」
「みんな警戒されているよ。三人とも、圧がすごいからね。ただ、エディンくんが一番警戒されてると思う」
「普段なら強い人が集団でいるだけなら、なわばりへ入った瞬間には囲まれてるからね」
モーリス君は続ける。
「たぶん、エディンくんだけ足音がしないからじゃないかな? たぶん、匂いも消してるよね?」
「もちろん。だけど、獣を殺すのなら必要じゃない?」
足音は技術で、体臭は魔法で消している。
魔物狩りをする上でこのふたつは必須だ。
東塔で開発した技術と魔法だけど、森に入る前には使っていた。
「そこだよ。そこにいるのに、音やにおいを消している強そうな人間。魔獣から見たら下手な狩人よりよっぽど怖いはずさ」
そういうとモーリス君は懐から符で包んだ団子を取り出した。
赤い、血肉でできた団子だ。
モーリス君が符を取り外すと、肉団子から生臭い薫りが辺りに広がった。
同時に、獣たちの気配が殺気立つ。
「獣団子だよ。獣の肉に僕の生き血、玉稲穂のもみ殻と、どぶろくも混ぜた魔獣寄せの道具さ」
モーリス君は歩きながら肉団子を手で握り潰し、
それを僕らの歩いてきた後ろへ撒いた。
「なんで後ろに撒くのです?」
「獣に退路を断たせるためさ。獣だってバカじゃない。
前方に撒いても罠だと思われて近寄らなくなっちゃうし、結構な数を間引くのならこれくらいはしないと」
背後を見ると獣たちがガツガツと肉団子の破片を喰らっていた。
どぶろくと血に酔い、獣たちがふらふらとこちらに寄ってきている。
「へえ。囲まれたらわたしたちの安全が取れなくなるわよね?
そこら辺は考えてるワケ?」
リリアは剣を抜き、ニヤニヤと笑いながら尋ねる。
「もちろん」
モーリス君は自信満々に語る。
「僕にアルターさん、リリアさん、ヴァルガスさん。更に」
モーリス君はじっと僕を見詰め、
「エディン君がいるのに、獣如きに負けるわけがない」
とんでもないことを当然のように言ってきた。
「……やれやれ。重たい信頼だ」
僕は思わず肩を竦める。
一瞬、謙遜の言葉を吐きそうになったのを堪え、余裕さを醸し出す。
《蒼眼》が異変を読み取る。
奥から1匹。右方向から2匹、強大な気配が近づいてきている。
獣の討伐に手を抜く気も無いし、油断する気も無かった。
「なら、それに答えなきゃね」
だが、友からそんな信頼を向けられたなら、
無様を晒すなんて出来ない。
『亡星』を抜く。
黒い刀身を露にし、魔力をその刃に塗り込み、頬を吊り上げる。
僕の前に現れたのは、巨大なクマ。
背丈ふたつ分くらいの大きさだ。体毛は青く、瞳は赤い。
背後からは牙が異様に長いイノシシと、黄金の角を持つシカ。
伝わってくる威圧感に肌が痺れる。対峙する感覚、この山でも飛び抜けた強さの魔獣たち。
間違いなく、この山のヌシ達だ。
リリアが刃に焱を燈す。
アルターが指先に黄金の魔力を灯し、モーリス君が符を二本指で構える。
ヴァルガスさんが大剣を抜き放ち、周囲を睥睨する。
「狩りの時間だ」
※※※
「ヴォォォォッ!!」
青熊が吠える。
爪を振りかざし、僕へ向かって突進してきた。
「ふっ」
振り下ろされる爪を『亡星』の刃で弾き、切り返す。
……浅いな。針金みたいな体毛のせいで刃の通りが悪い。
ありあまる体力で青熊は爪撃を繰り返し、
僕は隙を曝す瞬間まで爪を弾き、躱し続ける。
ヴァルガスさんへ向かって黄金の角を持つシカが突撃していく。
黄金鹿の背後には怒涛の勢いでシカの群れが
ヴァルガスさんとモーリス君へ向けて迫ってきていた。
黄金鹿は角から鱗粉を振りまき、鱗粉が群れの力を強化する。
モーリス君が一歩、前へ出る。
符を一枚破り、高速で印を組んだ。
「<
瞬間、モーリス君の魔力が跳ね上がった。
気魄が凄まじい勢いで魔力へ変換されている。
その魔力で符を二枚取り出し、投げた。
「召命――『式神・狛道』」
符に刻まれた術式が起動し、符が白い狛犬に変わった。
狛犬は猛然と黄金鹿へ襲い掛かり、思い切り噛みついた。
「――l!」
黄金鹿はたたらを踏み、背後の群れがモーリス君へ吶喊する。
「天狗術――『鎌鼬』」
瞬間、投げていたもう一枚の符が不可視の刃へ変わる。
真空波となった風は鹿を切り刻み、鮮血を辺りにまき散らした。
「<
ヴァルガスさんが何やら唱える。
魂を覆っていた透明な膜が輝き、世界と巨漢が接続する。
瞬間、膨大な力がヴァルガスさんの身体を満たした。
「<
ヴァルガスさんの大剣から透明な刃が伸び、
身の丈の2倍以上の聖なる刃を造り上げた。
モーリス君は迷わず後方へ跳び、
ヴァルガスさんが代わりに前へ出る。
「フンッ!!!」
ヴァルガスさんが大きく振りかぶり、横一文字に切り裂いた。
並走していたすべての身体がズレ、鮮血がほとばしった。
凄いな、あれが<神話継承>。ヴァルガスさんの力の一端か。
「<
「――お粗末ね」
一刀両断。
深紅の一閃が地から空へ走り、
リリアの剛剣がイノシシの首を刎ね飛ばしていた。
「さて、集まってきた魔獣を討伐していくわよ!」
「お供しよう!」
リリアとヴァルガスさんが意気揚々と刃を振りかざし、
迫りくる魔獣の群れの死骸を量産していった。
むう、もう向こうは討伐を終えたのか。
「負けてらんないな」
「ガァァァァッ!」
大口を開けた青熊が吠え、噛みついてくる。
一歩踏み込み、大口を開けた青熊の顎に蹴りを叩き込む。
砲撃のような轟音が辺りに響いた。
僅かに、自分の頬が緩む。直撃すれば、確実に死んでいた。脳天をぶっ叩かれたら、それだけでお陀仏。
——楽しくなってきた。
思考を回す。
手持ちの魔法は<
<
いちいちそれで治癒していたら、魔力の無駄でしかない。
(魔法は使えないな)
蹴りで大きくのけぞった瞬間、青熊の身体を踏みつける。
須臾の間もなく崩れた熊の肩に跳び乗り、『亡星』の刃を熊の眼にねじ込む。
「ヴァアアアアッッ!」
刺さった瞬間、刀をねじって頭蓋骨を削る。
青熊が目から鮮血をほとばしらせながら、僕へ向けて噛みついてくる。
『亡星』を抜く。
目から迸った返り血を浴びながら黒刀を逆手に持ち刃を脳へと抉りこむ。
頭蓋を斬り、砕く。クルミを割るような音と、柔らかい肉が潰れる音がゆっくりと手に馴染む。
僕のこそげ落ちた顔に、ほんの少しの笑みが浮かぶ。
浮かすような熱が、身体に染み込んでいく。
「~~~!!!」
声にならぬ悲鳴を上げた熊を無視し、奥まで刺さった『亡星』で内から脳髄をかき回す。
目、耳、鼻。顔の穴すべてから血潮を噴き出し、苦悶を顔に溢しながら、熊の足から力が抜ける。
「ヲ――ヲ――」
音すら発せなくなった熊は力なく地面に倒れ、ひょいと熊から降りる。
僅かに背筋に高揚が残っていた。
甘く、痺れるような狩りの実感と、僅かに感じた死線を踏み越えた時特有の昏い快感が、頬を緩ませて仕方がない。
「ん、ん……」
軽く咳払い。東塔からこびりついた、血に酔う感覚が未だ離れない。
刀に付いた血脂と共に払い落とし、納刀する。
……なんだか、背中に視線が刺さるな。
「………………」
振り返ってみれば全員、すごい顔で僕を見ていた。
「なんだよ。何か言いたいことがあるなら言ってよ」
「いや、あの……」
モーリス君が言いづらそうな表情で僕を見てきた。
「殺し方、えぐいな……って」
全員が同じタイミングでうなずいていた。
心なしか、倒した熊も頷いているように見えた。