アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜   作:鹿鳴弥

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白鴉、あるいは白亜の景色

 

 

 

 

 

 

 舞台は移り、迷宮門。

 

 水辺の真ん中に在る塔だ。

 黒々とした渦を内包した門を入り口に持つ、白亜の迷宮塔。

 

 そこには二人の少女が倒れていた。

 赤髪の少女と、白髪の少女だ。

 

 「……ん、んぅ…………」

 

 ひとりの少女が目を覚ました。

 

 「…………なに、が」

 

 赤の少女、リリアは朦朧とした意識の中立ち上がる。

 

 「確か……わたし達は、新規迷宮にいたはず……」

 

 痛む頭を抑えながら、リリアは周囲を見回す。

 

 四方には小さな滝。

 小川ほどの水量にも満たないそれが、

 暁光に照らされて霧虹を瞬かせていた。

 

 リリアは朦朧とした意識の中、隣で倒れている白髪の少女が目に入った。

 

「アルター、アルター!」

 

 リリアは濡れた己の髪や、水につかった愛剣を気にも留めず

 隣で倒れているアルターの肩をさすった。

 

「り、リア……?」

「アルター!? 大丈夫? 怪我はない?」

 

 うつぶせに倒れていた

 アルターをリリアは膝の上に乗せ、薬草を詰めた瓢箪を彼女へ飲ます。

 

 モーリス謹製の薬草水だ。

 薬効は薄いが苦みが薄く、噎せることなく飲める代物。

 

 意識が戻ったアルターはゆっくりと薬草水に口をつけ、

 リリアへ目を向ける。

 

「こ、こは……」

「新規迷宮の入り口よ。でも、わたしたちさっきまで迷宮の中にいたはずよね……」

 

 リリアは困惑したように周囲を見回す。

 

 あたりは水辺だ。

 四山から出る滝音の反響。桜と桃の混ざった貴き香気。

 蓮の花が水辺一面に咲いており、水辺特有の涼しさが肌から感じられた。

 

 どう見ても迷宮などではなく、迷宮への入り口だ。

 

「あ」

 

 アルターが声を上げる。

 水に濡れた服へ気をとめることもなく、

 水気を滴らせながらアルターは門の入り口へ歩き始める。

 

 そして、迷宮門の入り口手前で止まった。

 

 古びた看板の前だ。

 長い年月の影響か、所々の文字が掠れ、全体の文字が把握できなくなっている。

 

「<太陰錬光(イガルク)>」

 

 アルターは無言で月光を指に纏わせ、

 物体を修復する魔法を行使する。

 

 文字が復元されていく看板の文字をアルターは目で追い、

 読み終えるとともに手元から魔導具を取り出した。

 

 以前使った、迷宮の深度を測定する魔導具だ。

 針を門へと刺し、針に糸で繋がれている無彩色の宝石をじっと見つめている。

 

 銅色から、銀へと変色し、銀から碧へ。

 色の変化は留まることを知らず、碧から黄金へと変異を見届ける。

 

「――ぃ、ぎ」

 

 瞬間、黒渦から少年がかっ飛ばされてきた。

 

「――モーリス!」

 

 勢いよく飛んできた眼鏡をかけた少年、モーリスをリリアが受け止め、

 彼を見る。

 

 左足がなかった。

 膝から先が綺麗に切断され、血が膝先から噴き出していく。

 

「……天狗術」

 

 モーリスは奥歯をつよく噛みしめる。

 

 手持ちの布巾を薬草水で湿らせ、口に詰め込みながら

 冷たくなっていく指先で符を操り、血が噴き出る術名を唱える。

 

「火遁」

 

 符が炎へ変わり、モーリスの左足にまとわりつく。

 

「ぐ…………ッ~!!」

 

 傷口が焼け、肉の焦げる匂いがあたりにあふれる。

 

 痛みのあまり涙目になり、布巾を思い切り噛みしめた。

 舌を噛まないようにねじ込んだ布巾が千切れる勢いで噛んだ影響か、

 しみこませた薬草水がモーリスの喉を潤し、痛みを緩和していく。

 

「凄い」

 

 リリアが驚きに満ちた顔をモーリスへ向けている。

 凡人とは到底思えないほど、迅速な処置。

 止血だけを目的にした荒療治だが、明らかに荒事に手慣れた仕草であった。

 

「伊達に、四年……。生死の境を、彷徨っちゃいないからね……」

 

 荒い息を吐きながらモーリスは語りながら、余った薬草水を火傷痕に振りかける。

 

「何があったの」

 

 リリアがモーリスに尋ねる。

 

「わからない……。ヴァルガスさんが、みんなを蹴り出して……。

 僕が最後尾だったから、遅れて……。そしたらもう、ヴァルガスさんに大量の……白閃が走って……、」

 

 モーリスは息も絶え絶えに、見えていたものを語る。

 

 リリアも、アルターも、モーリスも。

 ヴァルガスが、命を賭して救ったのだ。

 自分が助かる道など全て捨てて、せめて手の届く子どもたちを助けるために、己の命の灯火を使い果たした。

 

 最後の気力を振り絞りながら土遁の術を行使し、土を隆起させて己を寝かせる簡易的な寝床を作成する。

 

 時間の緩慢な土地で四年、彼は生死の境をさまようほどの訓練を毎日繰り返していた。

 

「でも、ちょっと限界……。いしき、もたな……」

 

 モーリスは緊張の限界に達したのか

 よろよろと土のベッドへと横になり、意識を投げうった。

 

 ひとえにエディンと共にあるため。彼の景色に追い付くための、

 狂気に等しい修練が、彼を生かしたのだ。

 

「……そういうことですか」

 

 地響きのような低い声が、小柄な彼女から放たれる。

 常ならぬ、彼女からは遠い、冷たさのこもった声だった。

 

「何かわかったの?」

 

 アルターらしからぬ怜悧な声に、リリアは眉を顰める。

 

「この迷宮の正体、ですね」

 

 リリアへ振り返り、アルターはがしがしと頭をかきむしった。

 

()()()迷宮、【聖劍宮】。

 【勇者】のみを迎え入れ、剪定する悪名高い選別迷宮なのですよ」

 

 リリアもアルターの言葉に驚きを隠せず、目を見開いた。

 

「【聖劍宮】って……、伝説の聖劍である【天璽聖剣】が封印されている迷宮じゃない!?」

 

 アルターがリリアの言葉に苦々しく頷く。

 

【天璽聖剣】。

 あらゆる聖劍の中で頂点に位置する最強の神器。

 神代を超えた太古の時代、真代の頃から存在する原初の一振りであり、

 数多の悪魔・魔族を屠った英傑の刃。

 

「滅びぬ者すら断ち切る、青き湖境。

 聖教国最強の<神話継承>の一角である【勇者】の獲物でもあり、この剣に選ばれることは【勇者】の候補であることの証明でもあり」

 

 アルターは語り、リリアへ目を向ける。

 

「その迷宮は、【勇者】候補以外生きて帰ってきた記録のない

 悪辣極まりない迷宮なのです」

 

 アルターが迷宮の入り口である黒い渦へと手を入れる。

 指を近づけるも、その闇に触れる直前で止まり、まったく動かない。

 まるで迷宮そのものがアルターを拒むように、一切の接触を許さなかった。

 

 「でも、入る前は銀級だって言ってたじゃない。

 どうして黄金級なんて跳ね上がり方してるのよ」

 

 リリアが不可解そうな声を上げる。

 

 黄金級とは、即ち神の領域だ。

 

 冒険者階級において、銀級こそが実質的な頂点とされている。

 そこが人の限界点ゆえに。銀級をひとつこえれば輝鉱七種(人外)へ。

 超人となるため、人を超えた超越者へと至る。

 

 超越者の先こそが、神の御座。

 

 到底人が踏み入ってよい領域ではない。

 それを選び取り、冒険者を護るために迷宮深度を計る魔導具がある。

 

「それが通用しない唯一の例外が、この【聖劍宮】なのです」

 

 アルターはリリアへ振り返り、鋭い視線を向ける。

 彼女らしくない苦々しい表情を浮かべている。

 焦りか、それとも怒り、あるいは両方に染まったままアルターは語る。

 

「【聖劍宮】は勇者候補の能力に準じた位階まで、その深度を偽装し、うら若き候補を誘うのです。

 その余分であるメンバーは、皆殺しにするのですよ」

「ちょっと待って、じゃあ……、わたし達を蹴りだしてくれたヴァルガスさんは」

 

 リリアの声に、アルターは静かに目を閉じる。

 返答はない。ただ、沈黙だけでアルターは問いに答えた。

 

 生存は絶望的。

 ヴァルガス・ガンバードの死亡が、確定となった。

 

「【聖劍宮】の見込んだ【勇者】候補。それをわかった上で、今回の迷宮へとアルターたちを向かわせたのですか?」

 

 アルターが上空を睨む。

 

 空がぐにゃりと歪み、女性が地に落ちてくる。

 白い髪と、緑色の瞳。豪奢な黒い着物を着崩し、左手に義足を握っている

 独特の覇気を纏った女性。

 

 彼女はゆっくりと歩み寄り、モーリスの傍に腰かける。

 片足を失った彼の足に、銀色の義足を据え付け、振り返る。

 

「……そうさ」

 

 白鴉のふたつ名を持つ、最強の女傑。

 

 リーリエ・アモン。

 白い鴉は、形のいい眉を心底不快そうに曲げて嘆息し、答えた。

 

「ここまでが、覆しようのなかった運命(予言)だからね」

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 迷宮内。

 黄金がうずたかく積まれた、大理石の水辺。

 

 僕――。エディン・イラ・リステリアは片手で祈り、

 (あや)めた幻霊の冥福を願う。

 

 幻霊は風と共に去った。

 光の塵となり、静謐な迷宮の空気へ溶け消えたのを見届ける。

 

 「……っすう」

 

 足元に張られた透明な水で血濡れた顔を洗い、前髪を後ろへ撫でつける。

 

 「《蒼眼》が機能してない」

 

 頭が絹のように軽いのを感じながら、周囲を見回す。

 息をするように視えていた世界の全てが、ふつうの瞳と同じ力しか発揮していない。

 

 上空からの俯瞰も、物質の構造も、原子や法則の働きすらも視えない。

 ただ、この肉眼で見える光だけが、僕の視界の全てになっていた。

 

 「……ふふ」

 

 なのに、どうしてかな。

 何もかもが苦しく仲間すら失った僕から、

 長所ともいえる万象の視界全てが消え失せたのにも関わらず。

 

 どうにも小気味よく、苦々しく感じていた。

 

 「ヴァルガスさん」

 

 跪き、地面に転がった【赤龍剣】を手に取る。

 

 「貴方の迷宮特典、お借りします」

 

 ずしり、と重い大剣を片手で持ち上げ、背負いこむ。

 

 「ほむ」

 

 質量とは違う、なにか別の重みを脊椎で感じながら、目を閉じる。

 

 意識を集中させ、『亡星(よる)』を抜いて刀を振るい、

 己の会得した業のキレを確かめる。

 

 【旧流法(レアーラ)】の技。

 ――問題なし。

 

 《流月》による気魄の操作。

 ――問題なし。

 

 《統巡》による力場の操作。

 ――水滴の選別浮上。精度向上を確認。

 

「――ふぅっ」

 

 『亡星』を納刀し、一歩踏み込む。

 《統巡》で集めた自然魔力を大地を通して循環させ、精製した魔力と気魄を練り合わせ。

 

 「――《蒼霆》」

 

 蒼い稲光を打撃と共に打ち出す。

 雷光が空を駆け、普段のそれを遥かに超える威力で大気を震わせた。

 

 「うん。問題なし」

 

 《蒼眼》なしで技の発動に一切問題なし。

 むしろ、キレが一段階上がっている。

 

 これは――。

 

 「《蒼眼》が食っていた演算領域が空いたからか」

 

 うん、《蒼眼》の負荷が無くなった影響だね。

 索敵や危険感知能力こそ下がったけど、身体制御と思考速度はかくだんに上がっている。

 

 「さて」

 

 <瞬間装着(レイル)>の魔法を使う。

 片足だけ靴と靴下を脱ぎ、靴紐をベルトに括り付ける。

 

 素足になった左足を水につけ、目を閉じる。

 

 ――ゆらり。

 

 「11時の方向に敵影あり、って感じだね」

 

 僅かな波紋の揺れを足首と足裏で感知する。

 素足にした理由はこれだ。《蒼眼》がない以上、自分の索敵範囲は極端に狭まる。

 

 なら、《蒼眼》の代わりに鋭敏になった五感を使い、

 敵の位置を探り当てていくのが一番だ。

 

 魔力感知も使ってるけど、魔力感知だけに頼るのは危険だってのを

 東塔で嫌と言うほど理解している。

 

 普通の靴なら振動もある程度は把握できたんだけど、

 僕の靴底には分厚い鉄板を用いているから、ほぼ把握できないんだよ。

 

「さて」

 

 右足を軸に全体重をかけ、魔力を足へかける。

 

「行きますか」

 

 溜めた力と魔力を足元で爆発させ、

 一気に急加速する。

 

 うず高く積まれた黄金の山を一息で飛び越え、大理石の床めがけて

 靴を履いた右足で着地。

 

 一歩踏み出し、周囲の状況を左足の皮膚で確認し、再跳躍。

 

 あちこちにいる実体を幻霊を跳躍によって無視し、

 前へと進み続ける。

 

 どこがゴールで、どうすればいいのかは全く分からない。

 だけど、僕の直感が「真っすぐ突き進め」と告げていた。

 

 絶対、絶対生き延びてやる。

 生きて、イルクの所に帰るんだ。

 

「――」

 

 空を跳んで進み続けていると、僕の頬を透明な矢が掠めた。

 すぐ下。幻霊が弓に矢を番え、跳びまわる僕の胴を狙っていた。

 

 ――邪魔だな。

 

 迷わず魔法陣を描く。

 砲門型の大魔法陣。ふだんは威力を抑えに抑えている大火力の魔法へ、今回ばかりは大盤振る舞いで魔力を回していく。

 

 さあ、冥途の土産にとくと御覧じろ。

 これこそが魔法の真髄。【魔神】が<神話継承(ジョブ)>を持つ、

 僕の魔法の師が編み出した殲滅魔法。

 

 「<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>」

 

 深紅の太陽が、地上へ擲たれた。

 

 轟音。衝撃。灼熱。

 

 強烈な爆轟が大気を震わし、

 衝撃が燃え盛りながら球状に広がり、全てを焼き尽くしていった。

 

 「どうだい」

 

 《統巡》を使って熱を払い、灼熱の空気が急速に冷めていく

 大地に降り立つ。

 

「これがいまから相手する男、その力の一端だ」

 

 無人の水辺に降り立ち、また駆けだした。

 

 その大理石。白亜の景色には、何も残ってなどいなかった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 「ほむ」

 

 黄金の山を飛び越え続けること、一時間ほど。

 大理石の大地に終わりが見えた。

 

 陸の先端だけ突出した、岬のような地形だ。

 その先は足場が一切見当たらない、底なしの湖が広がっている。

 

 岬には一本の木。

 

 宝玉の枝垂れ桜が咲いていた。

 瑠璃の花弁に、純金の枝。幹には白金が用いられている。

 

 満開であり、瑠璃の花弁が散らずに咲き誇っている。

 

 「悪趣味~……」

 

 顔が引きつったのを感じた。

 桜は散ってしまう儚さ、僅かな時の華やかさに良さがある。

 

 だけどこれはちょっと風情がない。

 ここは冷たさの極致みたいな場所、つまりは生を感じない。冬のような厳格さ。

 そこに桜があるのはなんというか、全体の調和に反する感覚を覚える。

 

 人を切り刻むような迷宮には、そう言う人の心とかを理解する心に欠けるんだろうか。

 

 「ああ、いや。蓬莱の枝ってところかな。どちらにせよ、粋じゃないな」

 

 桜の下を通り過ぎながら、ため息を漏らす。

 

 ね。

 

「君もそう思うでしょ?」

 

 首を持ち上げ、上を見る。

 

 蓬莱の枝には、獣の剣僧がいた。

 

 軽々と跳躍し、水辺に着地。

 獣は白と青、金の豪奢な法衣を着こなしていた。

 それなりの長さの剣を慣れた手つきで振り回している。

 

 くねくねと身体を揺らしつつ、剣の切っ先をこちらに向けてくる。

 

「さて」

 

 『亡星』を抜く。

 鞘から太刀が走り、黒い刃を獣へ向ける。

 

 「やろうか。獣殿」

 

 峰に手を添え、僕は静かに告げた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 獣が唸る。

 

 「ホアアーっ!」

 

 身体をねじらせ、回転しながらこちらへ跳んでくる。

 

 「<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>」

 

 爆炎を乱れ撃つ。

 着地地点へ向けて撃ったそれは爆炎の華を水辺に咲かせるも、

 獣は着地せず、空を泳ぎ、奴の間合いに僕が入った。

 

 「ホアーっ!」

 

 一撃、二撃。

 剣僧の剣閃は空に跳ね、綺麗な個を描く。

 

 技はあるけど、肩がない剣だ。

 周辺の力場を利用するように身体を回し、鉄砲水のような斬撃を僕へみまってくる。

 

 「――『祓雷』」

 

 空気を刃で捉え、集わせる。

 刃が雲を纏い、『亡星(よる)』が稲妻となり、獣の司祭へと振るう。

 

「ちっ」

 

 届かない。

 空を泳ぐように斬雷は躱され、一刀は空振る。

 獣は宙に浮いたまま後ろへと飛び、そのまま湖の上で浮かんでいた。

 

 どうにもやりづらくて仕方がない。

 こちらの動きをまるで見切っているような不規則な動きのせいで、相手のペースがつかめない。

 

 「……うおっ!?」

 

 なんて考えながら<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>の魔法陣を描いていると、

 風の刃が僕に飛んできた。

 

 「ホアアーっ!」

 

 バカみたいな奇声を発しながら、猿野郎は魔法陣を描いて風の刃を飛ばしてくる。

 

 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>の魔法を描くよりもはるかに速いスピードで、

 風の刃が僕へ殺到する。

 

 「こんにゃろ……!」

 

 『亡星』で風の刃を弾きながら考える。

 速射性、連射性ともに高い魔法だ。魔法陣を手の中に隠しているせいで詳細は見えないが、

 魔法陣の規模もさほど大きくない。

 

 「クソ、こういう時に《蒼眼》が使えたらな……!」

 

 風の斬撃を刀で受けながら考える。

 このままだとじり貧だ。このままじゃろくに反撃もできない……っ。

 

 

 ――<神話継承>を使え。

 

 

 唐突に、脳内に声が響いた。

 

 

 ――担い手より託されし【勇者】よ。我を感じよ。

 

 

 背中から聞こえる。

 赤い大剣が燃えるように熱が盛り、鼓動を焦がすように猛る。

 

 『亡星』を片手に持ち替えた。迫りくる風の刃を片手で弾き続け、背から聞こえる声に耳を傾けつつ、大剣の柄を握る。

 

 ごう、と体に豪風が流れ込んできた。

 

 「こ、りゃ……あ! 凄い……!」

 

 思わず笑ってしまう。

 身体に力が籠っていき、魂に神秘が張り付いていく。

 

 恐ろしいことに、右手が、否、全身が光っていた。

 とめどなく溢れていく力を呑み干し、詳細を頭に叩き込む。

 弾けそうなエネルギーの奔流を掌握し、己の血肉へと変える。

 

 

 ――諦観を燃やせ。恐怖を呑み込め。

 

 【赤龍剣】を持ち上げる。

 僕の背丈ほどある大剣の重みが右肩にかかり、腰に圧がかかる。

 

 大剣から、紅い魔力線が僕の右腕に走った。

 

 同時に脳内へ、記憶が流れていく。

 大柄な剃髪の若き騎士。白の騎士装束に身を包んだ騎士の叙勲式。

 儀礼剣を司教から受け取り、祝福を彼にもたらす。

 

 ああ、これが、ヴァルガスさんの記憶か。

 

 荒んだ線層の記憶。

 仲間の死に絶望し、騎士を辞めて聖都を去り、迷宮都市国家へとたどり着いた高潔なる騎士の生涯が、

 早送りで僕の脳内に流れる。

 

 一歩、前へ。

 

 「<継承祈贄(スキル)>――」

 

 力の使い方はわかる。

 魂にまとわりついた神秘のすべてに気魄を回し、信仰の結晶に力を焚べる。

 

 <神話継承(ジョブ)>。

 それは力を蓄える無形の器だ。己の力や異能を蓄え、次代へ活かす継承の法則。

 技巧を重ね、異能を累ね、生涯を積み上げ、次の資格者へと託すことで。

 

 いずれは、神話へと至らんとする人性の証左。

 

 継承は仮初だ。ヴァルガスさんの憑いていたこの<神話継承>に就任する資格を、僕は得ていない。

 この迷宮限りの、一時の力。

 

 だけど、受け継いだものは力だけじゃあない。

 

 力の理のゆえを追う目は無く、頼りなき肉眼で敵を睨む。

 

 一歩、前へ。

 

 嵐の独楽のようだ。

 獣の剣客は空を回転し、風の刃を抜き放たれた。

 総勢、9つの軌道を描いて僕の身許へ迫りくる不可視の刃。

 

 引けば死ぬ。進めば勝ち得る。

 

 ゆえに。

 

 「――《世界神の加護》」

 

 踏み出した。

 大剣から強烈な勢いで聖なる刃が立ち上り、遥かなる間合いを構成して伸びたそれを、高らかに掲げ。

 

 振り下ろす。

 

 振り下ろされた刃は迫りくる風の全てを切り払い、遥かなる果てまで大上段に切り裂いた。

 

 空気の壁を尽く切り破っていき、

 獣の剣士の身体が縦にズレた。

 

 猿の頭からしっぽの付け根までが切り裂かれ、

 鮮血が辺りにまき散らされた。

 

 ぼとん、と大きな音を立てて沈んだ猿を横目に、

 頭上の桜を見遣る。

 

 「――なんだ。思ったよりも、綺麗じゃん」

 

 蓬莱の桜は、いつの間にか山桜へと変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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