アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜   作:鹿鳴弥

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騎士

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから先は行き止まりか」

 

 眼前の湖を眺めながら、桜の枝に腰掛け、肉をほおばる。

 

 滋味。程よく噛み応えのある強い血の味が、肉をかみしめるたびにあふれてくる。

 

「風味から察するに、猿の肉」

 

 火を通した後の肉を齧りながら思う。

 

 調理したのは獣の剣客の肉だ。

 沈む前にさっさと引き上げ、<土壁>の魔法で伸ばした土壁を

 火の魔法で乾かし、焚火の土台を作ったんだ。

 

 「…………リリア」

 

 ぱちぱちと燃える火を見ていると、今は亡き彼女のことを思い出す。

 

 守る間もなく、逃がす間もなく死んでいった仲間たちが、

 後ろ髪を引くように思考の後ろに立ってるように感じる。

 

 「……いや」

 

 ぶん、と頭を横に振って立ち上がり、猿の肉を丸呑みする。

 叱咤するように【赤龍剣】が熱くなった。その熱さが、何よりも心に重みを落とした。

 

 今更悔いている時間なんてない。

 失ったものは戻ってはこない。僕は、ヴァルガスさんの遺志を継いだ。

 

 なら、あとは進む。

 思考を、クリアに。切り替えていく。

 1(する)0(しない)かの2択だけの無機質な思考へと脳裏を変貌させる。余計な情動は不要。

 

 東塔の時と同じ。

 生きるために殺す。簡単なことだ。

 

「さて。どうしようかな」

 

 目下、僕の頭を悩ませているのはこの大きな湖。

 湖の先はただの壁だった。石を投げたり、音の反響を利用したりして確かめたけど、分厚く硬い壁ってことしかわからなかった。

 

「間違いなく、この湖の底が迷宮の先だと思うんだけど」

 

 うなじをさすりながら湖へ魔力探知をかけ続ける。

 

 直感が痛いくらいに、「この下に迷宮の続きがある」と言っていた。

 

 《蒼眼》が効かなくなってからというもの、直感が良く働く。

 ここに来るまでの黄金だって、「触れたらヤバイ」っていう直感に従って動いていた。

 

 実際、黄金に触れた幻霊が苦しそうに叫びながら溶けていった。あの黄金は、この迷宮の悪辣さに相応しい呪いの塊ってわけだ。

 

 となると、外見だけに惑わされていては見失う。

 水、がこの床に張り巡らされていた。過信は危険だが、この湖の下が迷宮の奥へ続いていると見ていいだろう。

 

 問題はこの湖の深さ。

 

 なにせ魔力探知だけじゃ届かない。

 《蒼眼》に頼り切りで、魔力探知は正直不慣れだ。でも500メテルまでは余裕で感知できる。

 

 湖へ魔力探知を密にかけても、なお底が見えないのは相当。下手をすると、海と同じくらいの深さがあるかもしれない。

 

 そこまで深いと呼吸がもたないんだけど……。

 

「なんだ、簡単じゃんか」

 

「水中呼吸の魔法を作っちゃえばいいじゃん」

 

 

  

※※※

 

 

 

 水中呼吸の魔法。

 要は水の分子から酸素を取り出せばいい話だ。

 その際に口へ水が入らないように、何かしらの膜か何かで水と空気を分ければいい。

 

 ならその方向性で術式を作っていって……。水中で詠唱は厳しいから【法陣構築】でいいかな。

 主要原素は『干渉』の理を持つ水でいいか。

 あとはついでに水圧の負荷も軽減できるよう術式を組んでいけば……。

 

「ほい、<水中呼吸(ポポ)>完成っと」

 

 顔全体を透明な膜が覆った。

 ん、消費魔力量も大したことなし。丸一日出しっぱなしでも戦闘への影響は少ない量だ。

 

「そんじゃ」

 

 脱いでいた片足の靴を履き直し、とんとんと踵を合わせ。

 

「行きますか」

 

 湖に飛び込んだ。

 

 目の前が青一色で染まった。

 両足で水を蹴り、片手で水圧を押して推進して加速する。

 

 少しでも深く、奥へと進み続ける。

 

『うわあ……!』

 

 湖底には、白亜の街が広がっていた。

 

 ドーム状の建物が並んでいる。

 半球の建物が並び、入り口は白い石材を用いた三角の屋根。

 入り口には円柱の柱が同じ間隔で並んでいて、櫛のような入り口であった。

 

 すべての建物が同じような建築様式で並んでいる。

 

 白と調和で構成された、荘厳な街並み。

 

 神の街(パンテオン)

 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 

『すごい……!』

 

 まるで水に沈んだ古代遺跡だ。

 水底に降り立って周囲を見る。

 

 なんとなく、リステリアに近い建築様式もちらほら見受けられる。

 

『ほむ。あの天球がゴールだな』

 

 はるか先の湖面。

 剣僧と相見えたあの岬からは見えない上層の天球に、迷宮の主がいる。

 

 『僕の直感がそう言っている!』

 

 いうや否や、一気に水を蹴って上層へと向かう。

 

『……む』

 

 泳げども泳げども押し流される。

 中層より先。そこはとんでもない量の水流が渦巻いていた。

 

 前に、まったく進めない。

 強引に突破することはできなくもない。だけど、体力に魔力も相応に消耗するからなあ……。

 この後に迷宮の主やらなんやらと戦う以上、余計な体力や魔力の消費は避けたい。

 

『なら、先を探っていくか』

 

 ごう、と水を蹴って建物内部に入る。

 

『ほむ』

 

 中は大量の壁画が描かれていた。

 内部は青が基調となった配色だ。金細工で人や建造物、歴史が象られている。

 

『みんなが祈っている……』

 

 誰も、彼もが青い天球に向かって祈っている。

 奴隷も、貧民も、職人や商人、貴族や王族も。

 犬や猫、獅子や魔獣、木々といった意志あるものすべてが、はるか空に浮かぶより濃い

 青の天球へ、両手を合わせ、頭を地面につけている。

 

『……何かしらの、神でもいるのかな』

 

 ……下手をすれば、神殺しか。

 警戒心を引き上げながら歩みを進める。

 

「!」

 

 瞬間、幻霊の剣が僕の眼前を横切った。

 直感で回避し、抜刀と同時に『亡星』で透明な霊を一刀両断する。

 

 幻霊は音もなく消え、光の塵となって消えた。

 

「油断も隙もあったもんじゃない……」

 

 血払いをして、消え去った幻霊を睨みつける。

 まさか魔力探知にも引っかからないとは。……ああ、そうか。実体がないから

 ソナーが反応しないんだ。

 

 厄介極まりない。

 目に手を当て、ため息を零す。

 

 《蒼眼》が機能していればもっとましだったんだろうか。

 今まで亡霊に近い魔物を視たことがないから確信が持てないけど、《蒼眼》ならこの一帯の地形から何まで把握できた。

 

 勘を敏感にしておかなければ、不意打ちをまともに捉えることもできないだろう。

 

 警戒しながら神殿内を進む。

 

「祭壇だ」

 

 しばらく歩いていると、神殿の奥にある祭壇へたどり着いた。

 祭壇の上には巻き物が一冊置かれていた。

 

「『神と(まみ)える方法』、ね」

 

 ぺらぺらと巻き物を捲る。

 中には大きな広場が描かれていた。

 豪奢な服を着た貴族と、王冠を被った人物が広場の近く、宮殿の最上階で祈りを捧げていた。

 

「『神は告げられた。【王は我が近くに侍ることを許す。いと高きわが天を突く城で、我を仰げ】』」

 

 ほむ。

 つまり、この迷宮の主と向き合うには一番高い建物を目指せってことか。

 

「上等」

 

 僕は巻き物を祭壇に戻し、神殿の外に出る。

 

 外は青朝。

 沈むことなき青い天球が煌々と水中を照らし、透明なはずの水に深い青を与えている。

 

 そのすぐ真下。

 塔のように伸びた城の上層には、おわん型の庭園があるのがかすかに見えた。

 

 神殿を出て真っすぐの道。

 街道と思しき道の果てに、王の城は厳かに佇んでいた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 

 街道を泳ぐこと五分。

 直感が働くほどの危機も感じられず、思いのほかサクサクと正門前までたどり着いた。

 

 周辺にも白い家屋が精緻に並んでいる。

 だけど、窓も扉も木の板が張り付けられている。生命の気配も一切感じない。

 

 現れるはずの魔物の襲来も一切見当たらず、空気も静謐だ。

 やっぱり瘴気に塗れている迷宮とは思えないほど、美しく、完成された世界。

 果たしてここは迷宮と言えるのだろうか。本当は別の何かなんじゃないか。

 

「門は閉じているか」

 

 青い装飾が施された門は硬く閉じられていた。

 広間が正門の前にあり、城を中心として半円状に敷かれている。

 

 泳ぎ、城門へと近づく。

 

 光の泡が広場から立ち上った。

 同時に、広場に結界の壁が立ち上っていく。

 

 辺りを満たしていた水が結界に吸い上げられていき、

 周辺に陸の空気が戻ってくる。

 

 「………………」

 

 片手で持っていた『亡星』を両手に持ち替える。

 明らかな戦闘の気配。産毛がピリつく痺れるような痛み。

 

 光の泡が広場の中央に集まってくる。

 泡は粒子となり、人を形作っていく。

 

 「まさ……か」

 

 粒子が形造っていく幻霊は、見知った人物だった。

 浅黒い肌。大樹のような脚に、丸太のように太い筋肉の腕。

 

 冒険者然とした装いに、竜をあしらった赤い大剣を背負っている。

 

 「ヴァルガス……さん」

 

 幻霊は何も言わない。

 僕の眼の前で切り刻まれ、死した尊敬する先達は大剣を構え、

 切っ先を僕に向けた。

 

「………………!」

 

 ずきり、と胸が痛む。

 ヴァルガスさんの幻霊が僕へ向ける視線は冷たい。

 恨みも、怒りも籠っていない無機質な視線で僕を見つめている。

 

 ただの戦闘機構のように立ち尽くし、

 じっと【赤龍剣】を構えたまま動かない。

 

 はやく構えろとばかりに僕を見詰め。じっとこちらを見ていた。

 

 ――ああ。そういうことか。

 ヴァルガスさんは、この正門の門番なんだ。ここでヴァルガスさんを倒さない事には、この門が開くことは無い。

 

 ……このヴァルガスさんは、もう生きていない。

 《蒼眼》を使わずともわかる。これはヴァルガスさんではない。

 

 彼の記憶と、戦闘経験だけを再現した機構。

 

 《蒼眼》で視るまでもない。

 なら、僕がやることはただ一つ。

 

「胸を、借ります」

 

 『亡星』を正眼に構え、ヴァルガスさんと相対した。

 

 前に、進むのみ。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 「疾ぃ――!」

 

 一気に駆けよる。

 互いに間合いを詰め、大上段に振り下ろされた『亡星』を横薙ぎに振るう。

 

『――』

 

 ヴァルガスさんは俊敏な仕草で後ろへ跳び、僕の一撃を躱して急加速。

 

「――!」

 

 胴を一撃で断ち切る斬撃を刀で受け、大きく後退する。

 

 ――重い!

 

 一撃受けただけで腕がかなりびりびりする。

 普通の強化だけじゃないすさまじい膂力の一撃。

 

 何度も受けていたら腕が持たん。

 

『<継承祈贄(スキル)>――《黄金の誓い》』

 

 ヴァルガスさんが静かに唱える。

 黄金のオーラが彼を包み込み、感じる圧や強さの桁が変わる。

 

 強烈な勢いで踏み込みをかけてきて、僕へ向けて一刀を振るう。

 

 流れるような二連撃。

 先ほどよりも遥かに威力の上がった連撃を繰り出してきたそれを、

 僕は『亡星』で受け流す。 

 

「ふっ!」

 

 果敢に切り返す。

 斬撃を受け流し、ヴァルガスさんの剛剣を読み、合間に剣閃を挟む。

 

 瞬間――。

 

「<継承祈贄(スキル)>。《絶対律聖書》」

 

 ヴァルガスさんの手から千切られた頁が放たれる。

 爆炎がばらまかれた。

 

 「!」

 

 けたたましい轟音が鳴り響き、

 一瞬視界がくらんで態勢が崩れた。

 

 ……ッ、やば!

 

 急いで後退するも、ヴァルガスさんからの追撃は来ない。

 

 態勢がくずれたぼくをじっと見つめ、立ち止まっている。

 

 「……もしかして、待ってくれてるの?」

 

 ヴァルガスさんは何も言わない。

 じっと僕を見つめたまま一切動かず、待つかのように剣を構えている。

 

 立ち上がり、剣を構える。

 ヴァルガスさんは頷き、一瞬で距離を詰めて斬撃を放ってくる。

 

「ふっ!」

 

 斬撃を回避し、ヴァルガスさんに一撃を見舞う。

 

(……浅いッ!)

 

 咄嗟に身を引かれ、斬撃をぎりぎりで躱されてしまう。

 ヴァルガスさんの表皮を僅かに切っただけに留まった。

 

 見る見るうちにその傷も癒えていく。

 緑色の光が傷口を癒していくのが見える。あれは治癒魔法か。薄く展開することで、体力や傷を癒すのか。

 

 瞬間、ヴァルガスさんが剣を振るう。

 下段を狙った足への切り払い。蛇のような斬撃を跳んで躱し、総身に魔力を込める。

 

「『鏑切』!」

 

 【旧流法(レアーラ)】の第五の奥義を用い、

 空を舞いながら二連撃をヴァルガスさんに叩き込む。

 

 ヴァルガスさんは大剣で奥義を受け止め、

 【赤龍剣】に魔力を通した。

 

 怖気。

 

 「……まっず!」

 

 身体を捻り、直感に従って回避行動をとる。

 刹那、【赤龍剣】が赤い波動を発し、刃から強烈な一撃が放たれた。

 

 放たれた赤は空間にへばりつき、

 泡が溶けるように消えていった。

 

 あれに触れたらヤバイ。直感でわかる。あれを食らったら、即死だ。

 

「……やっぱり、追撃はしないんですね」

 

 ふわり、と地面に着地し、ヴァルガスさんの目を見る。

 

 澄んだ目だ。

 着地を狙うことだってできたのに、まるで見せつけるかのように技を振るっている。

 

 さっきの【赤龍剣】を使った技だって、

 やろうと思えば僕の着地のタイミングで振るえば確実に僕を殺せたんだ。

 

 ヴァルガスさんの剣は鋭い。でも、殺気はほとんど感じない。

 

 己の技を教えこむように。

 自分の力の粋を、僕にも扱えるようにするための、見取り稽古のように。

 

 そして、ヴァルガスさんからの攻め気がなくなった。

 

『………………』

 

 ヴァルガスさんは何も言わない。

 無言で【赤龍剣】で突きの構えを取り、尖先を僕に向けた。

 

 腰を深く落とし、刃を水平に構える。

 

 一瞬の静寂。

 教えることは全て見せた、とでも言わんばかりにヴァルガスさんはすべての魔力を【赤龍剣】へ流し込んでいる。

 

 ここで決着がつく。

 

『――!』

 

 先に踏み出したのはヴァルガスさんだった。

 爆速の踏み込み。

 

 生半可な防御など喰い破る一撃が、

 真正面から向かってくる。

 

 踏み込む。

 足にためた力を一気に開放し、ヴァルガスさんの喉元目掛けて駆ける。

 

 【赤龍剣】が眼前に迫り、衝突する寸前。

 

 跳ぶ。

 迫る刃を跳躍で躱し、刃を握る手に万力の力を込める。

 

「【旧流法(レアーラ)】、捌の刃――」

 

 空高く舞い、刃に渦雲を纏わせる。

 

 ヴァルガスさん、ごめんなさい。

 僕は、

 

「――『祓雷(はらい)』」

 

 生きます。

 刃に雷鳴を纏わせ、

 ヴァルガスさんの身体を袈裟に切り裂いた。

 

 白い血が吹き出し、ヴァルガスさんが膝をつく。

 

 声も出さない。

 ヴァルガスさんは何も言わない。だが、背中が火傷しそうなほどの視線が、意識が込められているように感じる。

 

 胸から、涙が出そうな痛みと熱がこみあげてくる。胸を押さえ、あふれてくる嗚咽をかみ殺し、後ろを振り向く。

 

 ヴァルガスさんがニッコリと笑っていた。

 

 満面の笑みだった。

 恨みも、心残りすら、欠けらもない。

 安堵したような、嬉しそうな笑顔が僕に向けられている。

 

 ヴァルガスさんは、無言のまま両の手で正三角形を象った。

 

 聖教国、【月睨派】の祈り手。

 祝福と、信徒の未来を願う聖職者の象徴。土の創生神を表す、万古不易の繁栄の証が、僕に差し出される。

 

 わずかに、周囲が明るくなった。

 この迷宮に立ち込める自然な灯りではない。淡い、琥珀色の光。不朽を示す、大地と人々を礼賛するような温かさが、場に立ち込める。

 

 ふと、【赤龍剣】が軽くなった。

 力強く、大剣が脈動する。不思議な波動が送られ続ける都度、屈強な高僧の力が僕に宿っていくのを感じる。

 

 きっと、わずかな時しか宿らない。

 この迷宮を攻略するまでの限定された力にすぎない、うたかたの力。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 刀を地面に突き刺す。

 震える声で、同じ祈り手を組む。

 

 だからこそ、僕は生きて帰る。

 それが、ヴァルガスさんの生きた証。

 

 ヴァルガスさんは、僕の祈り手を見て誇らしそうな笑みを浮かべた。

 

 不格好な祈り手だ。

 彼の洗練された祈り手と比べるべくもない、不格好な印相。

 なのに、ヴァルガスさんは、美しいものを見たような笑みを浮かべていた。

 

 幻影が、風に揺らぐ。

 

 ヴァルガスさんは粒子となり、風に乗って消えていった。

 

「……さらばです、ヴァルガスさん」

 

 静かに『亡星』を鞘へ仕舞う。

 後ろで、正門の開く音がした。

 

 

 

 

 

 

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