アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜   作:鹿鳴弥

38 / 41
神話の継承

 

 

 

 水の帳が降りた。

 

 正門を通り、城へ入る。

 豪奢な造りの城だ。大階段にシャンデリア、花瓶や絵画が壁に飾られている。

 

『青い薔薇……』

 

 <水中呼吸(ポポ)>の魔法の影響か、こもった声で花瓶を見る。

 

 不可能の象徴でもある青い薔薇は、特殊な神域でしか咲かないと言われている薔薇だ。

 魔力環境や魔法で生体情報をいじっても、青の薔薇だけは生まれないとリモルは語っていた。

 

『きれい……』

 

 花瓶に挿された青い薔薇は、何とも言えない美しさがあった。

 やっぱり、どうにもここが迷宮だとは思えない。

 

 特級の神域や聖域みたいな空気感があって、どうにもここが普通の迷宮とは思えない。

 

 迷宮都市国家のお寺にもお邪魔させてもらったことはあるけど、気品過ぎて現実離れした空間はここが初めてだ。

 

 ううむ、面妖なことこの上ない。

 どーにも落ち着くというか。この迷宮、というか王城に入ってからというもの、体の調子がとてもいいんだよな。

 

 《蒼眼》による脳みそへの負担が減った影響かと思っていたけど、そうとも違う。()()()()()()、というべきか。なじむ、というのが一番近いかもしれない。

 

『まあ、あまり考えていても仕方がないか』

 

 水中を蹴り、大階段の向こう側へ向かう。

 ヴァルガスさんとの決着がついた後、すぐに一帯が水に覆われた。<水中呼吸(ポポ)>の魔法様様だ。

 

 なんて思いながら大階段を泳いで超えると、奥には鉄製のかごがあった。

 

 僕二人分くらいの大きさだ。かごの扉は空いていて、足元には複雑な魔法陣が描かれている。魔力探知で探ってみると、効果はまだ生きているのが分かった。

 

『入れ、ってことかな』

 

 こき、と首を鳴らして中へ入る。

 乾いた音を立ててかごの扉が閉まり、わずかに揺れる。音を立て、体が下に引っ張られる感覚があった瞬間、かごが勢いよく上昇していく。

 

 かごの窓から外を見れば、すでに高度は宮殿を超え、街を一望できる高度にまで来ていた。

 

『水流で上がっているのか』

 

 窓の外を見る。

 泡が重力に逆らうように上昇し続けていた。よく見れば、それが水流によって運ばれているのが見てわかる。

 直感的にも、ここで危険が起こりそうな感じはしない。おそらく、この場で襲われることはないだろう。

 

『なら、少し休もうかな』

 

 きっと、屋上部でも戦いがある。

 類まれな力を持つ、ヴァルガスさんをも超える力を持つ強大な敵と、相まみえることになる。

 

『ヴァルガスさん』

 

 

「お力、お借りします」

 

 背中に宿る【赤龍剣】の柄を触り、上昇するかごの中で目を閉じた。

 

 

 

 

 ※※

 

 

 

 

 

 目を開ける。

 上昇が止まり、かごが開いた。

 

 目と鼻の先に青い天球がある。

 

『橋だ』

 

 水の中に橋がかけられていた。

 川や湖を越えるために築かれた朱橋が水の真ん中にある。

 その先には大きな広場があった。

 

 思い返すのは、ヴァルガスさんの幻霊と戦う前だ。

 入った神殿、そこにあった巻物の記憶。

 

 ――豪奢な服を着た貴族と、王冠を被った人物が広場の近く、宮殿の最上階で祈りを捧げている。

 

 ――【王は我が近くに侍ることを許す。いと高きわが天を突く城で、我を仰げ】

 

『ここのことか』

 

 橋の先に広がる広場の真上に、青い天球が続いていた。

 広場の中央には鈴が置かれている。

 

 かごから降りる。

 橋に降り立ち、うなじに手を当てる。

 

 ――ここから先、危険がある。

 

 僕の直感がそう語っている。

 すう、と頭が冷えていく感じ。腰に佩いている『亡星』を抜き、片手で持って水の中を歩く。

 

 同時に、脳裏で新たに得た能力を想起する。

 

 <継承祈贄(スキル)>。

『世界神の加護』。

 

 <継承祈贄(スキル)>。

『絶対律聖書』。

 

 <継承祈贄(スキル)>。

『黄金の誓い』。

 

 銀級迷宮特典。

 命蝕み、剥離する【赤龍剣】。

 

「……よし」

 

 覚悟は決まった。

 あとは戦うのみ。ひたすらに向かい、手向かいする全てを切り捨てて、絶対に生きて帰る。

 そうでなければ、あらゆるものを託してくれたヴァルガスさんに合わせる顔がない。

 

 ……だけど、このあとは迷宮の主との戦闘も控えている。

 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>などの、魔力消費の重い札は切らないほうがいいだろう。

 

 

 

 橋を渡り、広間へと足を踏み入れる。

 

 光の泡が立ち上った。

 周囲から水気が引いていき、青に染まった景色が白日の下にさらされる。

 

 白皙の街並みが露わとなった。

 真白の大理石で造られた神殿や住居が立ち並び、青の天球がそれを照らす。

 

 警戒が桁外れに高まっていく。

 一歩、一歩と踏み出すたびに泡立つような感覚が肌を覆っているんだ。

 

 

 そして。

 

 「――阿」

 

 獅子面の剣士が、天球から飛び降りてきた。

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 その風体は、異様だった。

 顔は虎。胴は人。四本の腕。長く、蹄のある二本足。

 

 二本の腕で薙刀と剣を握っており、鬣のない獅子面から牙をむき出しにして、

 甲高い咆哮を上げた。

 

「<継承祈贄(スキル)>――」

 

 『亡星』を抜き、唱える。

 

「――《黄金の誓い》」

 

 黄金の粒子が身体にまとわりつく。

 魔力量、身体能力、空気の質感の感覚が一時的とはいえ跳ね上がったのを感じた。

 

 「鶯」

 

 眼前の虎面が吠え、同じように黄金の粒子が奴の体へまとわりついた。

 

 やつの魔力が、大きく跳ね上がったのを感じる。

 虎面からすさまじい威圧が僕へ放たれた。負けじと僕も青い魔力を放出し、互いに魔力場をぶつけあう。

 

 じりじり、と金と青の魔力場がぶつかり合う。

 魔力場は互いに可視化できるほど放ち、競り合っている。

 

 いや、すこし僕が押されている。

 ほんの寸毫ずつ、僕の魔力場が押し込められ、後退し始めていた。

 

 互いの魔法を、より効果的に通すための陣地合戦。

 問われるのは魔力操作技術と、魔力の量。僕は十八番であるこの領域で、獣より明確に劣っていた。

 

 分厚く、己より格上の高い壁。

 

 「クハッ!」

 

 その事実が、たまらなく小気味いい。

 腹の底から湧き出た滾りを笑みに変え、『亡星』を担ぐように構え、

 奴へ駆ける。

 

 無言で獣は薙刀を振るい、それを弾く。

 鈍色の一閃が蛇のように曲がり、衝撃が僕を正面から打ち据える。

 

「夷」

 

 くるり、と二転して虎面は刃を翻す。

 足を軸に回転し、独楽のような斬撃が僕へ迫る。

 

「【旧流法(レアーラ)】、壱の刃――」

 

 片足に力を入れ、全身を脱力させて『亡星』を構え。

 

 「――『流波(りゅうは)』」

 

 回る斬撃を完全に受け流す。

 一撃、 二撃、 三撃。

 

 わずかな遅延を混ぜ込んだ連撃、そのすべてを見切り、流しきる。

 受け流された虎面の姿勢が、前のめりになって崩れた。

 

「【旧流法(レアーラ)】、壱の裏――」

 

 軸にした片足へ力を入れる。

 活用するは受け流した衝撃。渦雲に攫われるように、嵐中の柳のように力をしならせ、蓄える。

 地面から跳ね返ってくる反発すら作用に加え、ばね仕掛けのように一転。

 

 「――『登波(のぼりなみ)』」

 

 首へ一閃。

 連撃に対する反撃。相手からの打ち込みを刃にため、ばねのように切り返す裏奥義を、

 居合のように放つ。

 

 しかし、それは甲高い金属音に阻まれた。

 

「……おいおい。その握ってる剣も一流かい」

 

 しかし、その一撃は虎面の携えた剣に阻まれる。

「トワ・■■■■■■■」の名が刻まれた剣だ。頑丈で、白雪のように流麗な刃を持つ、美しい剣だった。

 

 鉛のように重い体幹が不意の一撃を受け止め、背後から土煙が上がった。

 

 ――怖気。

 

 背に走った冷たい感覚に従い、思い切り地面を蹴って飛ぶ。

 刹那遅れて、足を狙った鋭い薙刀が地面を這った。

 

 「やっべ……!」

 

 冷や汗を隠し切れず引き笑いし、虎面を蹴って後ろへ跳び、

 後方へ着地する。

 

 わずかに、『亡星』を持つ右手が震えていた。

 とんでもない技のキレだ。槍のように長い薙刀を剣のように振るう妙技、

 薙刀の打つ側に潜ませた剣の技量もべらぼうに高い。

 

「あいつ、技量でリリアを軽く超えてるな……」

 

 リリアの剣技のキレは僕より数段上だ。

 さらにそこへ獣の膂力も乗せられているとなれば、苦戦は必定。

 

 「だけど、これで確信できた。あなたは元人間。それも、聖教の流れを組む強者だ」

 

 刀の切っ先を向け、浮かんだ笑みを殺してにらみつける。

 獣なれど、精緻な剣戟。さらに、《黄金の誓い》の使用。

 

「トワ殿とお見受けする」

 

 ぴくり、と獣の方が揺れた。

 

「さぞ高名な英傑なのでしょう。理性を濁しても、なお凄絶な剣技。野生とは思えない、本能にしみついたような間合いのはかり方。

 敬服するほかない」

 

 僕は居住まいを正し、『亡星』を呼びかけるように構える。

 

「ならば、出し惜しみはなしとさせていただきます」

 

 語り終えると同時に魔力を練り、魔法陣を空へ描く。

 

「<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>」

 

 砲門型魔法陣が一門現れ、深紅の太陽が尾を引いて獣面へと襲い掛かかる。

 

 トワは懐の聖書をちぎり、何やらつぶやいた。

 

「『絶対律聖書』」

 

 奴はページを放り、そこへ気魄を込めた。

 聖書が水の壁へと変わる。

 渦巻く滝の壁となり、<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>の爆炎を阻み、拮抗し続けていた。

 

 だが。

 

 ――轟。

 

 【魔神】の式は安くない。

 

 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>が音を立てて水の壁を貫いた。

 拮抗を正面から食い破り、威力だけを減衰させてトワへ迫る。

 

 トワはそれを半身になって躱す。

 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>は直線上に飛び、広場に爆炎の花を咲かせた。

 

 「――隙を見せたね?」

 

 トワの緑色の瞳が、間近に迫る僕の体を捉えた。

 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>の爆炎を囮に、僕は一瞬で踏み込んで距離を詰めていた。

 

 瞬時に薙刀を僕へ突き出す。

 

 ――は。動きは精緻だが、刃の動揺を隠し切れちゃいないぜ、トワ殿!

 

 僕は空中で身をひねって躱し、着地と同時に後方へ跳ぶ。

 

「――《世界神の加護》」

 

 同時に、<継承祈贄(スキル)>を切る。

 長大な退魔の刃が『亡星』に纏わりつく。

 

 「――!」

 

 トワは迷わず四本の腕を繰り、薙刀と刀を交差させる。

 そこへ、大上段に振り下ろした退魔の刃が叩きつけられる。

 

 が、それで終わりじゃない。

 

「そらよっ、と!」

 

 受け止められた一撃を起点に、棒高跳びの要領で跳び、<継承祈贄(スキル)>を解除する。

 

 トワは虎面に何も浮かべず、薙刀と剣を構えた。

 薙刀で一撃を弾き、剣で仕留める腹つもりだろう。

 

 剣山のように刃が僕へ突き立てられた。

 

 「一手、誤ったな」

 

 トワを見下ろしながら、『亡星』へ気魄を送る。

 束ねるは火。先に散らした、<紅蓮砲殲火>の残り火へ、視線を送る。

 

「魔剣技巧――」

 

 轟々と燃え盛る火から、熱線が放たれる。

 一本に束ねられた熱線を黒刃が喰らい、刃が爆炎を秘めた。

 

 大上段に『亡星』を構え、体をひねる。

 

「――『夜舞い』」

 

 空中で、爆炎の孤月を刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 「呼ォ……!」

 

 鮮血が、獣の体内から噴き出す。

 よろよろと地面に倒れる。

 

 頸動脈を確実に刈り取った一撃は、《黄金の誓い》による防御すら切り裂いて致命傷を幻霊へ与えていた。

 

 【赤龍剣】を使うまでもなかった。

 曰く、これは生き物の命を切る刃。気魄を込めれば特殊な瘴気を発し、相手を絶殺する大剣。

 

 

 ――だが、まだ終わりじゃない。

 

 限界まで引き上げられていた直感が、戦闘の終焉にはまだ遠いとけたたましく告げていた。

 

「!」

 

 怖気。

 走った直感の通りに首を傾ける。僕の首があった場所に剣閃が走った。

 

「なんだぁ……っ」

 

 背後へ刃を振るう。

 

 「……が、あ……!」

 

 ざしゅ、と肉を切った感覚と共に、背後に立っていた人型が倒れ、消えていった。

 

 人だ。人の幻霊がいつの間にか周囲を囲んでいる。

 総勢、10名以上。槍や剣、杖を持った白い幻が、僕へと一斉に刃を繰り出してきた。

 

 「なんだよ、タイマン張ってるところをさあ!」

 

 ぬお、囲んで叩くとかずっるい!

 せっかくのタイイチの勝負をこんな形で崩すのはだめ、っしょうが!

 

 迫る刃を弾き、首を切り、蹴りでつぶす。

 続く幻霊たちを切り裂き、仕留めては一人残らず蹴散らしていく。

 

「ああもう! こいつら無限沸きかよ!」

 

 だけど、倒しても倒しても敵があふれ、いたちごっこになっていく。

 

 

 

 

 

 

 雷鳴が、地に落ちた。

 

 「おいおい、マジか」

 

 落ちた先には、トワが立っていた。

 掲げた薙刀には稲妻が宿り、その刀身は黄金色に染まっている。

 

 瞬間、トワが跳びあがった。

 

「ちょお……っ!」

 

 脳天めがけて振り下ろされた、輝く雷刃を紙一重で躱す。

 雷は地面に触れた瞬間、広場の足場を焼き焦がし、完全に放電しきった。

 

「いい加減、死ねィっ!」

 

 迷わず刀をトワ目がけて振るう。

 しかし、簡単に弾かれた。<紅蓮砲殲火>の残り火は尽き、整ってるわけでもない乱雑な一刀を、しのげないわけがない。

 

「冥府の雪風」

 

 瞬間、トワの口から人の言葉が発せられた。

 薙刀が真白の風を纏い、渦巻くように振り回す。

 

 風が肌に当たった刹火、僕の肌が魔力ごと凍り始めた。

 

「ちょい、ちょいちょい……!」

 

 ここにいたらまずい! 使える魔力すら凍え、使い物にならんくなる! そうなったら僕の負けは決まったようなもの!

 

 足に魔力を注ぎ、後ろへ跳ぶ。急いで脱出を――。

 

 「――あ?」

 

 跳んだ瞬間、左手が、軽くなった。

 手首から先。左手の甲が、空を舞っていた。

 

 トワの剣が、わずかに赤色に染まっていた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 「……痛ぅ!」

 

 痛みが走る。

 同時に血が噴き出て、体力を一気に奪おうとする。

 

「おらぁいっ!」

 

 迷わず、左手を雪の嵐に突っ込んだ。

 手首から先が、瞬時に凍り付いていく。

 吹き出るはずの鮮血が、割れるような音を立てて魔力ごと凍結させていった。

 

「見えてんだよっ!」

 

 嵐の向こうから走る剣閃を一歩引いて躱し、左手を見る。

 

 ……めちゃくちゃ痛い。左手が、無意識に震えている。

 よだれまで垂れてきた。痛すぎて、切られていないはずの右腕まで震えてくる。

 

 ああ、ああ。なんて、本当に――。

 

 

 

「血が滾ってきたァ!」

 

 

 

 ――楽しいんだろうか。

 視界が明滅するほどの強烈な痛覚が、常に左手から警戒として叩きつけられている。

 いまにも気絶しちゃいそうな刺激が、熱く、冷たい痛みが僕の左手のあった場所に通っている。

 

「征くぞ、トワァ!」

 

 頬が吊り上がる。

 思考が加速する。痛すぎて、もう笑えて来る。ぐう、と腹が鳴り、汗もにじみ出てきた。

 

 ――僕は今、間違いなく生きている!

 

 間違いなく、今こそが生きている。

 一気に駆け抜く。

 

 嵐へと突っ込み、超至近距離で<紅蓮砲殲火>を叩き込んだ。

 冬風と、爆炎が混ざり合う。

 暴力的なまでに魔力を込めた<紅蓮砲殲火>の火は、冥府の風と相殺しあい、活路を見出した。

 

 そこに、見失っていたトワの姿が見えた。

 

 必ず殺す。

 

 殺意が際限なく膨れ上がり、刺々しい戦意となって、突撃のエネルギーになる。

 怒りではない。怒りなんかじゃない。僕を突き動かしているのは、『歓喜』。

 

「覇ァ――!」

 

 渾身の蹴りをトワへ叩きこむ。

 身体を満たす、圧倒的な充足感が身体を未知の領域まで高めている。

 

「逃げんじゃあないよォ!」

 

 たたらを踏むトワへ追撃をかける。

 

 痛いのは好きじゃない。

 極力傷つかないほうがいいに決まっている。楽をしたいに決まっている。

 

 トワの薙刀がきらめく。

 遠慮呵責のない、凄烈な突き。首目がけて放たれた一撃が、僕の頬を貫いた。

 

捕まえた(ふははえは)

 

 薙刀をかみしめ、笑みが浮かんだ。

 

 だが、この死闘が。自分の命が危険にさらされている体感が、たまらなく楽しい。

 一手を誤れば僕は確実に死ぬ。相手にはまだ奥の手がある。

 

 トワの目に、明確な恐怖が浮かんだ。

 頬に刺さった薙刀が引き抜かれ、彼女が大きく後退する。

 

 この綱渡りが、たまらなく楽しいんだ。

 

 同時に幻霊が僕の周囲を囲み、トワの周囲に冥府の雪が舞う。

 

 4つの刃が僕へ迫る。

 腕、肩、額が切り裂かれ、残る一刀を『亡星(よる)』で受け止める。

 

 腹の底に眠る、戦いを楽しむ自分。

 東塔の頃からくすぶり、膨れ上がってきた狩猟本能と闘争心が、

 傷つくたびに際限なく高まっていく。

 

 「邪魔ァ!」

 

 うなり声をあげ、最大まで強化した腕を振るって幻霊どもを両断する。

 

 迫る。迫る。迫る。

 

 渦風に爆炎を叩きつけ、トワへと迫る。

 

「くっははははははははぁッ!!!」

 

 額から垂れた血が口に入り、鉄の味が身体を身震いさせる。

 

 ――【赤龍剣】の一撃は、剥離の斬撃。

 ヴァルガスさんとの戦いに感じた怖気は、霊魂のおびえ。

 

 一撃で僕を殺すに足る、致命の一撃だ、だがそれを振るうにも大きな隙が必要だ。

 

 《蒼霆》は無理だ。

 『亡星(よる)』を握る都合上、左手で打ち込む必要がある。だが、今の左手は使い物にならない。

 

 手首より先から血が滴り始めてる。これじゃまともな打撃にならないから、没だ。

 《統巡》で冥府の風を弾き、前へ進む。

 

「『夜舞い』!」

 

 灼熱を纏わせ、トワの体へふるう。

 しかし、雪の嵐に触れた瞬間、『亡星』の保持していた<紅蓮砲殲火>の魔力と熱は凍え、ただの刀へ戻った。

 

 致命的な隙を作るには、『夜舞い』か、それに匹敵する威力の一撃をきめる必要があるんだ。

 

「寒ぃなぁ!」

 

 体から発する魔力が凍え、体表の動きが鈍り始める中で剣を振るう。

 さあ、どうする。どうすれば、確実にトワをとめられるか。

 

「ひらめいた」

 

 トワの斬撃を片手で受け流し、『登波』を振るう。

 彼女は大きく飛びのき、僕の体が嵐の射程圏から外れる。

 

「左手、使えるじゃねえか」

 

 

 凍りかけた左手を見て、思わず僕は笑った。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 《蒼霆》は、荒れ狂う高エネルギーを、打撃と共に相手の体内へ打ち出す技だ。

 つまり、法力そのものが爆発的なエネルギー。畢竟、燃料である。

 

「っすう――」

 

 大きく息を吐き、周囲に<紅蓮砲殲火>の火をばらまく。

 これ周囲にいる幻霊の干渉を緩和できる。

 

 左手を突き出し、法力を左手に集めていく。

 

「じゃあさあ――」

 

 腹の底から湧き出る笑みをそのまま浮かべ、歯をむき出しにして笑う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 天才だ。人生長しといえど、こんなに楽しいことを考え付くのは今の僕くらいだろう。

 

 狙いは嵐。その奥にいるトワへ照準を定め、笑みを深める。

 腕に気魄が集い、青い稲妻が腕に集う。

 

 瞬間、黄金の稲妻が僕の右肩を貫いた。

 トワからの雷撃だ。びりびりと体がしびれ、強烈な痛みを肩に響かせた。

 

「優しいなぁ! お前の雷はよォ!」

 

 だが、構わない。

 今更そんな妨害が僕に効くはずもない。

 

 血液を法力と触れさせ、その鉄分子を強制的に超エネルギーを付与する。

 《統巡》でその方向性を定め、さらにその一射を圧縮する。

 

「穿て――」

 

 一射一殺。

 殺しきるのは不可能だ。だが、致命的な隙を作ることはできる。

 

 「赫御雷(アカミカヅチ)

 

 赤い、火花が散った。

 圧縮され、極限まで反応した血液が雷速に達し、トワの顔面をぶち抜いた。

 

 トワの身体が、大きく揺らいだ。

 雪の嵐が止み、上半身を仰け反っている。

 

 ――いまだ。

 

 一息に跳ぶ。

 トワの体に蹴りを入れ、踏みつけたまま押し倒した。

 

 ――【赤龍剣】を抜く。

 大剣は赤黒い瘴気を纏い、右手がその力にむしばまれて黒くなる。

 

 正式な所有者でないがゆえの、避けられない反動。

 僕の命を侵す、赤黒い鉄錆が指を染めた。

 

 だからなんだ。

 右手に強引に気魄を回し、強制的に【赤龍剣】を服従させる。

 

 思い切り、その喉元へ【赤龍剣】を突き刺し。

 

 皮を裂き、骨を断ち、その魔力すら絡めとって。

 

「その命」

 

 

「もらい受ける」

 

 その命を、斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

『――守護者: 先代【勇者】トワ・エヴァンジェルの討伐を確認』

 

 

『神話の移行を実行。対象者: エディン・イラ・リステリア』

 

 

『領域――<止水>へのパスを開通』

 

 

『神話の継承を開始します』

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。