アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜   作:鹿鳴弥

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素敵なネガイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 トワが、塵となって消えていく。

 広場のような祭祀場だけが残り、幻霊すら残らず空気に溶けた。

 

 残ったのは、相対した僕だけ。

 

「――ふう、はあ、はあ――」

 

 水の帳が降りてきた。

 空気の結界が解かれ、あふれ出すように流れ込んでくる。<水中呼吸(ポポ)>の魔法を使用し、顔の前に膜を展開する。

 

 高揚が、恍惚感が冷め始め、肌を刺すようなひりつきが無くなった。

 

「終わり、か」

 

 『亡星』を納刀し、周囲を見回す。

 先ほどまで立ち上っていた殺気や敵意、危機感の元になる何かが綺麗さっぱり拭われていた。

 

 恐らく、トワが迷宮の主だったんだろう。

 それを討伐したことで、この迷宮の幻霊やらなんやらが消えたんだろな。

 

 なんて思いながら通常のテンションに身体を戻していっていると、

 左腕に違和感があるのをゆっくりと感じ始めていた。

 

 戦闘後特有の熱が引いていき、

 鈍っていた体の感覚が少しずつ鋭敏になっていく。

 

 おっふ、これはやばいや――。

 

 左腕から熱い感覚が抜けていく。

 凍らせた傷口が生暖かくなり、肉と水が擦れるような嫌な音を立て始めた。

 

「痛っ、つう……!」

 

 遅れて激痛が浮き出てきた。

 

 痒いしクソ痛いんですけど!

 肩口から先が凍っているけど、そいつが溶け始めたせいで

 神経が引っかかれているような凍えるような灼熱がじくじくと左肩を蝕む。

 

「――<回帰原理(イニラ・イム)>」

 

 ぐ、と奥歯を噛んで肩から走ってくる痛みを堪え、

 左腕を覆う複雑な魔法陣を起動する。

 

 瞬間、傷口に白い光がまとわりつき、見る見るうちに傷口を閉じていった。

 

 ……痛みが少しはましになった。

 思いの外、赫御雷の消耗が激しい。とっさのアイデアとして悪くはない。が、消耗の割に効果が限定的すぎる。

 

「左腕は……っと」

 

 トワに切り落とされた左腕を掴み、

 左肩にくっつける。

 

「<回帰原理>」

 

 再度、魔法を行使する。

 巻き戻るように左腕と左肩が接合し、切断痕すら残さずくっついた。

 

「――さすがはイルゲルムが使っていた回復魔法。四肢切断すら治すか」

 

 手を握ったり広げたりを繰り返すも、違和感は全くない。

 便利。これが東塔の頃にもあったら、使える戦略の幅も広がったのになあ。

 

「……っ、と」

 

 身体が大きくふらついた。

 どうしたものかと体内を魔力探知で精査しようとしたけど、魔力が練れない。

 

「魔力枯渇か――」

 

 ううむ……。やっぱ<回帰原理>の魔力消費量はケタ外れだ。

 

 ざっと<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>の10倍以上。

 他人に施術するときはその2倍ほどかな。

 

 2回も他人に<回帰原理>をかければ、僕の魔力はすっからかんになる。

 

 巧く術式を弄って、燃費をよくしようと試みたけど結果は失敗。

 

「ま、そんなこと考えていても仕方ない」

 

 頭を振って広場の中央に足を進める。

 中央に在る神輿。球体の多いこの領域でも珍しい、直線型の構造物。

 

 二本の角のようなものが出張ったもので、入り口には暖簾がたなびいているだけの簡素なものだった。

 

「入るか」

 

 暖簾をくぐり、神輿の中へ入り、扉を閉める。

 木張りの床だ。不思議な、青い煙が中を満たしている。

 

 どこか、懐かしい。

 

 香炉だ。

 青く、薄い煙の香が焚かれていて、神輿の中をかぐわしくも涼しい薫りで満たしている。

 甘さのない桃のような、透明な香り。

 

 ――安心するな。

 

 なんて思っていると、神輿が金色の泡に包まれた。

 

「うわ……!」

 

 ふわり、と浮遊感が尻に敷かれた。

 重いはずの神輿は風に吹かれた羽毛のように浮き、ゆっくりと青い天球へと近づいていく。

 重苦しい音を立てて、神輿の浮上が止まる。

 

 神輿の扉を開いてみれば、天球に穴が開いていた。

 

 穴からは光が漏れ出ている。

 中の詳細はわからないが、黄金の光の先から敵意は感じない。

 

「入れ、ってことかな」

 

 のれんを押しのけ、飛び出す。

 水を蹴り、天球へと到達する。

 

 瞬間、僕の視界は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 ――ぽちゃん。

 

 雫の落ちる音がした。

 外は涼しく、暖かい。対立するはずのふたつの肌感が混ざり合い、

 心地よい温度が外気に包まれていた。

 

 目を開ければ、果てのない湖が広がっている。

 果ての空は黄金に染まっていた。蒼く照らされた中空。雲ひとつ、星ひとつない天。

 

 神輿の中ではない。

 眼の前にはとろけるような絶世が降臨していて、

 まるで夢のような空間に僕はいた。

 

「――まさか」

 

 そんな、バカな……。

 だって、ここは――。

 

「やァ」

 

 白い、一枚の布だけを羽織った少女。

 

「待っていたよ、エディン」

 

 黄金の瞳を持つ、僕の育ての母の領域であり。

 アレアの《止水》の中のはずだ。

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

「――なんで、アレアがここに?」

 

 喉元から声が漏れた。

 腰に佩いた刀の鯉口に指をかける。

 残存する僅かな魔力を練り、《流月》で気魄を体内へ張りめぐらせる。

 

 アレアが、迷宮の主かもしれない。

 ヴァルガスさん達の仇かもしれない。

 

 返答の如何によっては、ここでアレアを斬る。

 

 戦闘に必要な魔力も底をつきかけ、連戦の影響で集中力は底を鈍くなっている。

 

 絶不調に近いコンディションだ。

 剣の師であり、底知れない強さを持つアレアを相手取るには不足がよぎる。

 

(だけど、退けない戦いだ)

 

 生きて帰る。

 ヴァルガスさんたちの仇もそれで取れるのなら、挑まない理由がない。 

 

「そんな低い声出さないでよ。――ボクは淑女なんだ。そんな態度の子には怖くて話もできないなァ?」

 

 アレアの瞳、ぐるぐると幾重にも円を描いた瞳孔が細まった。

 

 怖気が走る。

 震えそうになる手を抑え、視線を鋭くしてアレアを睨む。

 

 イルクを、リーリエさんすら遥かに凌駕するアレアの覇気が、僕の心胆を凍てつかせる。

 

 生きて、帰るんだ。

 

「――ふふ。成長したねェ」

 

 アレアの視線が柔らかくなり、瞳孔が元に戻る。

 ゆっくりと、アレアは僕へ歩き出した。

 

 動けない。

 腰にある刀、『亡星』の鯉口を押し上げたまま、身体が硬直していた。

 

 アレアが間合いのすぐそばまで迫る。

 

 ゆっくりと、アレアの手が僕に迫る。

 

「ここまでの苦労を、全部見ていたよォ」

 

 緊張。

 ぎゅ、と喉元が独りでに締められる。

 額から変な汗が吹き出して、五体がまるでいうことを聞かない。

 

 ただ、視線だけは負けない。

 警戒と嫌疑を瞳に乗せ、アレアを睨み続ける。

 

 アレアはくすり、と笑った。

 

 ふ、と僕の頭がアレアの手に引かれ。

 

「――頑張ったね、エディン」

 

 僕の頭を、アレアは胸で抱きしめながら優しくなでた。

 右腕の黒いシミが消えていく。赤龍剣の呪いが、アレアの魔力の波動、その残滓によって消えていった。

 

「戦いは終わったんだよ。おめでとう、ありがとう。エディン。よく、ここまできてくれたね」

 

 アレアの蕩けるような声が、耳元から届く。

 

 懐かしい、アレアの香り。

 

 心が、溶かされていく。

 子供のころから芽生えていた安心感と親愛が浮かび上がってきて、

 僕の戦意を鈍らせていく。

 

 いや、そういうわけにはいかない。

 アレアが迷宮の主であるのなら、ヴァルガスさんたちを刻んだ犯人であるのならば、

 僕はそれを斬る。

 僕は、生きて――。

 

 じゃらり、とアレアの手の鎖が目に入った。

 

 不自由。アレアを縛る鎖が、彼女を律するように剣へ繋がっていた。

 僕を撫でるアレアの手が小刻みに揺れ、鎖がアレアを引き戻そうと引っ張っていた。

 

 ――本当に?

 

 疑念。

 アレアが、本当にヴァルガスさんたちを切り刻んだんだろうか。

 

 鎖に縛られ、外に出る事すら適わない彼女が、本当にみんなを害することができるのだろうか。

 

 

「――あ」

 

 一度疑念を抱いてしまうと、もう駄目だった。

 

 ぼう、といろんな記憶があふれ出してきた。

 リリアと一緒に死線を踏み越えた記憶。アルターと、金勘定でもめた記憶。

 

「ああ――」

 

 モーリス君と月光の下で酒を酌み交わした記憶。

 

「あああ――ッ!」

 

 ヴァルガスさんの、最期の笑顔。

 それが洪水のようにあふれ出してきて。

 

「うああああ――ッ!」

 

 どうしようもなく、みっともなく。

 アレアの胸の中で、泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「落ち着いたかい?」

 

 鈴を転がすようなアレアの声。

 さーっ、と頭から血の気の引く音が聞こえた。

 

「う、うん……。 あ、ありがとう、アレア。あの……その」

 

「亡くなった仔たちのことかな?」

 

 アレアが僕の頭を撫でながら答える。

 

 こくり、とうなずく。

 アレアが下手人なのか、否か。その真意を聞かない事には話が進まない。

 

 というか、頭をがっちり抱えられているから抜けられない。

 

「あれは、ボクの仕業じゃあないさ」

 

 アレアの声に、不本意そうな声が上がる。

 

「彼らをボクを封じる迷宮へ入れたことは残念だった。

 不本意な事故なんだ。本来、ここは【勇者】以外、踏み入れることのない迷宮だからね」

「【勇者】以外……?」

 

 片眉を持ち上げ、アレアに目を向ける。

 

「そう。ここは【勇者】の愛剣たる神器。

 【天璽聖劍(てんじせいけん)】を封じるための迷宮」

 

 じゃらり、と手首についた鎖を持ち上げ、アレアは笑った。

 

「――聖劍の女神でもあるボクを封じるための、監獄なのさ」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

「アレアを、封じるための監獄……」

「そうさ」

 

 アレアはじっと僕を見詰めたまま、

 黄金の瞳を僕へ向けた。

 

「エディンの仲間を殺したのは、ボクの力だ。

 迷宮が吸い上げた、ボクの権能であり、力。

 それでも、エディンは折れずにここまで来てくれた」

 

「こうして、ボクの胸の中にね」

 

 顔が思いっきり赤くなった気がする。

 顔がかなり熱いもん、絶対泣いてたからだけじゃない。

 

(恥ずかしい……。子供みたいなところ見せちゃった)

 

 僕も今は13歳の立派な男なんだ。

 あと二つで成人する。お酒だって飲めるようになのにこの体たらく。

 もうすぐで立派な男の一員になるのに情けなさすぎる。

 

(立派な、男……)

 

 ヴァルガスさんの笑顔がよぎった。

 ……何度思い返しても心がずん、と沈む。

 

 もう僕にはアレアを責めることはできない。

 アレアを封じているこの迷宮は憎たらしい。けど、一番憎らしいのは迷宮じゃない。

 

 力が無い、僕自身。

【勇者】以外の命、その尽くを斬滅する選定の迷宮だとしても、

 僕自身に力があればみんなを逃すことだってできたはずだ。

 

「力が欲しいのかい?」

 

 アレアが剣の柄に腰かけ、長い白銀の髪をかき上げる。

 

「……ほしいよ。僕の持つ全てをなげうってでも、ほしい」

 

 眼を湖面に向けて、アレアから眼をそらす。

 

「だれかを犠牲にしてでも、かなァ?」

 

 アレアが試すように問うてくる。

 

「それならいらない。僕は誰かを助けるための力が欲しいんだ。

 血反吐を吐いて鍛錬して、自分の中の何かを力に変えるのならまだしも、

 誰かの犠牲の上に成り立つ力なんて、ごめんだ」

 

 アレアはふ、と小さく楽しそうに笑った。

 

「合格。合格だよ、エディン。これならボクも安心だね。キミは間違っても人の道を踏み外す未来へ征くことは無いだろうからさァ」

 

 アレアがよくわからないことを言ってきた。

 

 「未来?」

 

 小首を傾げて問う。

 

「未来、そう。未来さ。ボクは未来を観測できる。その中でエディン、キミがたどった未来は三つ」

 

 アレアは両手を広げて、愉しそうに語る。

 

「一つは平凡な道。朴訥とした穏やかな一生」

 

 ぽつ、と湖面にのどかな景色が映った。

 桜色の髪の女性と一緒に麦の収穫をしている男性。

 僕だ。大人になった僕がたくさんの麦を担いで家に戻って台帳をつけ、子供に囲まれながら食事をとり、家族のみんなと眠りにつく。

 

 平凡ながらも、きっと幸せな生き方。剣ではなく鍬を、攻撃魔法ではなく、生産魔法を主軸に覚えているんだ。

 

(いいなあ……)

 

 とても素敵だ。

 こんな人生を送れたらきっと幸せだろう。満ち足りた、素晴らしい最期を迎えられるだろう。

 

 けど。

 

「もう、この道はいけないね」

 

 もう背負ってしまった。

 みんなの最期を、夢を、託されたものがある。

 捨ててここへ逃げる事なんて、馬鹿な真似はできない。

 

「ふふ。次に語るのは勇壮たる英雄の覇道」

 

 平穏な日々が水面の上から消え去り、剣とたくさんの魔法を操り、リリアを始めとする知らない仲間たちと一緒に冒険し、邪悪を討つ僕の姿。

 

 満ち足りた顔をしている。殺しの道に満足してるんじゃないのは見て分かる。

 何も恐れるものはないと。全幅の信頼を背中に預けているのが手に取るようにわかる。

 

 そっか。

 僕は、未来の戦士になった僕は、そんな顔ができるようになったんだな。

 

「最後に見せる三つ目。これは」

 

 

「悪鬼羅刹に堕ちる未来」

 

 誰か、知らない角の生えた女性を抱きかかえて泣きわめく僕がいた。

 景色は映り替わる。

 僕は苦しそうに、全てを脱ぎ捨てて、黒い神父服の男性に(かしず)いている僕がいた。

 

 景色が移り変わる。

 数多のガレキの上で、煙のついた宮殿の上で楽しそうに、苦しそうに笑っている僕がいた。

 

「…………」

 

 言葉が出ない。

 ……そうか、僕はそういう形で悪鬼に堕ちるのか。

 

「だが、エディンはもう平凡な道へは戻れない。往くことはできない。悪鬼の道はなおさらだ。ならば必要なのを、最も大事なものをボクが授けてあげよう。さて、なにかなァ?」

 

 アレアの言葉に反芻する。

 必要なモノ。この中で、必要なモノは……。

 

「ぶれない覚悟。それが一番大事だと、僕は思う」

 

 アレアは僕を見て楽しそうに笑った。

 ……アレア、ずっと機嫌がいいな……。

 

 「ブレない覚悟。信念とでも言うべきかなァ? それは持ってて当たり前の話だね。だけど、必要なものは力だ」

 

 力。

 はて、それは修行の末に得られるものだし、必要なものじゃあ──。

 

「いいや、力さ。力が無ければ貫き通せる信念はない。ならばボクからエディンに授けられるものは? 己の覚悟を押し通す力。魂の力を、己の力の根源」

 

 

「源流能力を覚醒させてあげようじゃないかァ」

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 源流、能力……。

 リリアが使っていた炎の刃を生み出す【八炎鼓】。魔法よりも強い力を発揮した、強烈な能力。

 

 だけど、リリアはいつかは源流能力に僕が目覚めるって話をしていた。

 

「でも、僕は源流能力が何なのかよくわかっていないんだ。

 修行したら手に入れられる強い力、くらいの感覚なんだよ」

「うん、それでいいよォ?」

 

 アレアは僕をじっと見つめながら語る。

 

「源流能力ってのはね、要は魂の力だ。

 自分だけのルールを世界に強制する、能力者だけが持つ固有の法則さ

 だからこそ、超越者であっても千年単位の修行や修練が必要になる。だけどね」

 

 アレアが妖しい光を目に宿す。

 

「ボクがそれを与えよう。

 すぐに傷だらけになる、キミだけのチカラ。キミだけの源流。即ち、『可能性』の源流を、ボクが喚び起こそう。

 アレアライトの名を持って、ボクの【勇者】、エディンに蒼の祝福を。始まりの福音を。このチカラの名は――」

 

 アレアは僕の胸へと手を翳す。

 手元に蒼白い、稲妻のような力を浮かべる。

 暖かで静か、そして驚くほどの精緻な力を流し込む。

  

 胸が、五臓と六腑が、魂が震える。

 

 アレアライトが高ぶった気持ちを示すように、蛇のように笑ったままぐっと拳を強く握った。

 

 魂が躍動し、己が形に定義をもたらす。

 

 傷つき、学び、痕跡を元に知り、修得し、あらゆるモノを捉える目。

 

 銘は――。

 

「――源流能力、【星輝戴星(せいきたいせい)】。さァ、エディン。ボクにキミのすべてを魅せてくれよ?」

 

 両の目が熱い。燃え上がるように成り代わり、全てのことが数値や文字、情報に置き換わって鮮明に、詳細に世界が広がっていく。

 

 総身が全能感に包まれていった。

 

 身に満ちる魔力、奥底にある力、。それが源流能力だとリリアは言っていた。

 

 なるほど納得だ。

 これは確かにあらゆる全てが一瞬前とは違ったもののように感じた。 

 

 パリン、とアレアの腕にかけられていた腕輪が外れ、アレアの総身から金碧珠色の魔力の粒子が、夜明けの太陽の如き光と共に溢れだす。

 

 しかし、それも一瞬。

 膨大な力を秘めた魔力の流れをアレアは尋常ならざる制御力でもって御しきった。

 

「さて、これでボクからの話は終わり。

 契約に応じてくれたエディンへ、ボクから贈る【天璽聖劍】以外のプレゼントを紹介しようじゃないかァ」

 

 アレアはぱちん、と指を鳴らした。

 湖面に映るのは無数に、大量に積み上げられた黄金。

 

 ――最初の階層で見た、莫大な量の黄金が、

 湖の果てから覗いた。

 

「まずは手付金だ。

 黄金、いくつあったか忘れたけどね。これをすべて進呈することになっている。そして」 

 

 アレアは薄く笑い、

 

 ──願いを一つ叶えてあげよう。

 

 そう言った。

 

「言ってごらんよ。エディン」

 

 アレアは後光を纏い、黄金の瞳を神々しく煌めかせながら僕を見下ろして語る。

 

「【天璽の君】の名の元に、キミの願いを叶えてあげよう」

 

「なら、みんなを──」

 

「蘇らせることはできないなァ」

 

 アレアは冷淡に告げた。

 同時に、空間へ僅かに亀裂が入った。

 

「彼の命はすでに迷宮に囚われ、消化された。つまり、その魂は滅びかけ。【聖劍宮】は既に踏破されたからねェ。迷宮が攻略された以上、できることは魂の抽出が精々。肉体を再構築するに足る力をすでに宿してるとは言えないなァ」

「なら、鎮魂を」

 

 僕は、アレアに祈る。

 

「みんなの魂の鎮魂を。輪廻の輪へと、来世の冥福を祈らせてほしい」

 

 輪廻の話。

 蘇れぬのなら、せめて冥福を。

 いずれ、泉下で会った時に、笑い合えるように。

 

 アレアは口の端を持ち上げて笑みを浮かべ、愉しげに笑った。

 

「──いいね」

 

「素敵な願いだ」

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 空気が、変わった。

 目を開けば、アレアの領域は消え去っていた。

 

 代わりに広がっていたのは白い祭壇。

 黄金の聖劍が突き刺さった台座が、祭壇の上にあった。

 

「《蒼眼》が、戻っている」

 

 全てを見渡す視界が、手元に戻っていた。

 原子も、魔力も、物理法則、魔法法則も、何もかもが僕の眼に映っていた。

 

「ここは、もう地上か」

 

 呼吸を区切り、目の前にあるものに目を向ける。

 

 聖剣。

 【天璽聖劍(てんじせいけん)】アレアライト。

 

 誇り高き戦士、恐れを知らずに誰かを守るために戦い続ける【勇者】のみが担うことを許される、至高の一振り。

 

「──みんな」

 

 目を瞑り、皆の顔を思い浮かべる。

 リリア、アルター、モーリス君。ヴァルガスさん。

 

「忘れない」

 

 みんなが生きてたこと。

 僕が守れなかったこと。ずっと忘れずに、二度と誰も失わないために。

 

 深く、深く頭を下げた。

 

「精一杯がんばります。皆の分も、必死に生きて、誰かを助けます。

 だからいつかまた、あの世でお酒を飲みましょう」

 

 贖罪、そして誓約。

 僕が今できる、最大限の感謝と謝罪を告げて。

 

 《蒼眼》を聖剣へと向ける。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 【天璽聖剣 アレアライト】

 所持者:エディン・イラ・リステリア

 迷宮深度: 【黄金】

 含有魔力: 【評価規格外】

 物質構成: 特殊黄金、黒晶、魔鋼、蒼瑠璃(ラピスラズリ)……等。

 能力出力:【評価規格外】

 能力規格:【現在封印中】

 能力特性:■■■■・■■■■・聖劍一体。

 備考:世界への侵略者を討ち果たすために異世界の鍛冶師が鍛え上げた最強の聖剣。アプレ・ラプルイ,アルフェウス・ジ・メーヴェ,トワ・エヴァンジェルと言った【勇者】たちが振るっていた。別名、【■■■■】。現在は拘束が施されている。

   解放率、0%

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「づ……」

 

 垂れる鼻血を無視して聖剣を見る。

 多すぎる情報量を捌き、その深淵を覗き続ける。

 無限に膨れ上がっていく情報を強化した《蒼眼》と脳みそで捌き続け──。

 

「やば……」

 

 視線を切って、【天璽聖劍】から目をそらす。

  ぽた、と垂れる鼻血と血涙を拭うと、ため息が漏れた。

 

 危なかった。

 下手をすれば廃人だった……。下手な霊魂よりも複雑怪奇な機能だ、この聖剣。

 

 何より全く読めない場所がある。

 《蒼眼》で見渡すことも、解読もできない。こんなことは初めてだ。こんなに情報量が圧縮されている物を、僕は視たことがない。

 

 聖剣を眺める。

 強化した《蒼眼》で複雑な物を見ちゃだめだ、頭の痛さが尋常じゃない。

 

 肉眼の状態まで落とした《蒼眼》で聖剣を見ていると、柄に文字が刻まれていることに気がついた。

 

「……なになに……

 

『我が生涯最高にして最■の真打、ここに■ず。何■も■うこと■れ』

 ■■■■……か」

 

 読めない。

 何書いてんのかさっぱりだ。

 

 感傷の時間はこれで終わり。懐から小さくしていたツルハシを取り出して中を確認する。

 

「……うん」

 

 これなら大丈夫。

 これだけの黄金があれば、山のようにある黄金があれば、十分に足りるだろう。

 

 あとはこの聖剣を僕の物とするだけだ。

 

 黄金でできた柄。

 僕が握るには少し大きい柄。握りが甘くなりそうだ。振った時の弾みで剣がすっぽ抜けそうだ。

 

 と、思っていると聖剣が一人でに輝きだして、光が収まった瞬間に僕の手にぴったりおさまるくらいの丁度良いサイズに変わった。

 

「便利なことで」

 

 右手を伸ばして、剣を手に取る。

 

 岩に深く刺さった聖剣だ。

 抜くのにはさぞ苦労するだろう。

 

 ――カン。

 

 祭壇の岩に深々と刺さっていた黄金の剣は、待ちわびていたように、飛びついてくるように軽々と引き抜かれた。

 

 引き抜いた、というには僕は全く力を入れていない。

 聖剣が自分の意思で、自分から抜けたような感覚で僕の手に収まったんだ。

 

「……ああ」

 

 抜き身の金の刃を天に翳す。

 

 綺麗な剣身。

 中央の芯は宇宙の様に黒い金属が用いられている。

 刃の部分に金と鋼を混ぜた不朽の金属、<神鉄(オリハルコン)>が用いられていて、金と黒の色彩がため息が出そうなくらい素晴らしい

 

 美しい。

 歪みなく、弛みない刃には底なしの冷たさが宿っていて、切れ味も素晴らしいということがわかる。

 

 はあ、とため息をつくと、

 【天璽聖劍】は黄金の粒子となり、僕の胸の中――。魂の奥へと収納されていった。

 

 見惚れている場合じゃない。緩んだ気持ちに活を入れ、かぶりを振って前を向いた。

 

 イルクのもとへ、帰るんだ。

 

 

 

 そう強く祈った瞬間。

 

 世界に強烈な光が満ちた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 鳥のさえずりが聴こえる。

 じんわり、と暖かい光が目に沁みる。

 

「ああ……」

 

 忘れるものか。忘れられるものか。

 胸躍る冒険を夢見てたどり着いた湖の景色が広がっていた。

 

 秘境の様な場所にある、【聖劍宮】アレアライトの惨劇。

 

「帰ってきた……」

 

 帰ってこれた。/帰ってきてしまった。

 

 ああ、己だけが帰ってきてしまった。

 ……生きて帰るって、決めて帰ったのに。なぜ、こんなにも陰鬱な気持ちになっているんだろう。

 

 はあ、とため息をつき、少し肩紐からずれた【赤龍剣】の位置を直し――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

「───ようやく帰ってきたのね」

 

 ぐりん、と眼を向けた。

 

 岩の向こう。

 僕達が野営をしていた、沢の上から、聞こえるはずのない声が聞こえた。

 

「りりあ?」

 

 赤い髪を翻し、不敵に笑って沢の上に着地した。

 

「もー、待ちくたびれたのですよ。エディン」

 

 続いて、白い少女がリリアの隣に並んだ。

 

「ある、たー……」

 

「はーい、アルターさんなのですよ。エディン、お疲れさまなのです!」

 

 ぶい、ぶいっ! とアルターが満面の笑みでピースサインを見せてきた。

 

 ……ありえない。きっと、僕は、幻覚の中にいる。

 だって、だってこんなの。

 

「――ようやく、戻ってきたんだね。エディン君」

 

 もう一つ、水に着地する人物がいた。

 眼鏡をかけた少年。柔らかく、しかし精悍な雰囲気を帯びた、()()()()()()()()

 

「――もーりす、君」

「ねえ、帰って来てわたしたちの名前呼ぶだけ?」

 

 リリアが割り込んできて、腰に手を当てて笑った。

 

「こういうとき、なんて言うんだっけ?」

 

 いくらなんでも、こんなの都合が良すぎる。

 でも、《蒼眼》が。ここにあるすべての感覚が、これは夢ではなくって、現実だと教えてくれる。

 

「うん、うん――!」

 

 熱くなった鼻頭を抑え、

 溢れかけた目のはしをなんとかおさえて、

 

「――ただい、まっ!!」

 

 望外の現実に、最後の言葉を飾った。

 

 

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