アプレ・ラプルイの朝日 〜幽閉から始まる神喰らいの英雄譚〜 作:鹿鳴弥
「なぜなに〜迷宮都市国家〜!」
「どしたのいきなり」
イルクがいきなり大声で話し始めた。
時刻は夕方。
現在僕らは迷宮都市国家へ向けて航海を続けている。
【赤戦神艦】の一部は現在自動修復中で、飛行機能が使用できない。
原因はあの雷だ。
リステリアすら砕けそうな稲妻のせいで、艦の飛行機関に甚大な損傷が出たらしい。
今は自動航行モードとやらに切り替えている。
舵を掴まずとも運転できる機能で【迷宮都市国家 メーヴェ・ジ・パン】へ向かっており、到着まではあと数日かかるらしい。
(だけど、この艦もとんでもない代物だな)
文明に疎い僕でもわかる。
これは現行文明を遥かに超越したとんでもない代物だ。
リステリアの文明とは雲泥の差。
この【赤戦神艦】が普通の文明だとするなら、リステリアの文明は旧石器以下だ。
リステリアは嵐の壁に囲われた絶海の孤島であり、周囲の文明からは隔絶している。
並の船じゃ近づくだけで粉砕され、渦巻く嵐は大規模魔法すらたやすく飲み込む。だからこそ、今まで他国からの船なんて来ることすらなかった。
ズタボロになったとはいえ、【赤戦神艦】はリステリアの嵐壁を突破してみせた。
【赤戦神艦】を製造できる文明力があるのなら、リステリアはとっくの昔に植民地になっている。
つまり、【
(たしか、迷宮特典って呼んでたな)
白米を箸でつかみ、口に運びながら仮説を立てる。
カギとなるのは迷宮という言葉。
迷宮。
世界各地にあるとされる、神秘の空間から産出した代物なんじゃないか。
もしくは――。
「おいしー……」
ご飯が美味しい。
考えが完全に食事に乗っ取られてしまった。
朝食のロブスターやらパエリアと打って変わった。
食堂の白テーブルにならんだ夕食は「和」だった。
炊きたてで山盛りの白米、ツヨアジの干物、イカリダイのガラの味噌汁、分厚い卵焼き。香の物が複数。
「エディンってばたぶん、迷宮都市国家について全く知らないでしょ〜?
結構特殊な国だから、ちゃんと説明しといたほうがいいと思って」
なるほど。
ありがたい。だったら普段のラフな感じじゃなく、姿勢良くちゃんと聞かなきゃだ。
干物を箸でほぐしていた手を止め、頬張っていた白米を飲み込んでイルクの方に背筋を伸ばして傾聴する。
「いやいや、そこまで畏まらなくていいよぉ〜。ついてからも教えるから、適当に聞いててよ」
イルクが僕の茶碗を手に取り、お櫃に入ったご飯をよそってくれる。
ありがとう、と言って茶碗を受け取り、イルクの説明に耳を傾ける。
同時にイルクは宙に浮かんだ光の板に何やら打ち込み、【赤戦神艦】を操作する。
「正式名称は【迷宮都市国家 メーヴェ・ジ・パン】。人口八千万人。世界で一番冒険者産業が発展した極東の島国さ」
イルクは空中に世界地図を投影させた。
マグナ大陸の東隣にぽつんとある弓なりの島国が赤丸で囲われてる。
そこには【迷宮都市国家 メーヴェ・ジ・パン】と記載されていた。
……ほむ。日本語、か。古代語のひとつを出してくるなんて、何か意図があるのかな?
「日本語から端を発するのが和の文化だからね~。
ちなみに、リステリアはここね。迷宮都市国家の100分の1くらいのちっこい島あるでしょ、これ」
迷宮都市国家から遙か南東の小さな島国が僕らのいた【蒼輝王国 リステリア】だ。
……世界って広いんだな。
広いと思っていたリステリアが豆粒並みに小さい。
迷宮都市国家とは違って絶海のど真ん中。
しかも嵐に囲まれている国。他国との交流なんぞあるはずもない。
「冒険者ってなに?」
「おお、冒険者を知らない……? あー、いやリステリアにはギルドが無かったもんね。知らないのは当然か」
イルクはニコニコと笑ったまま腕を振り、空中に投影している絵を切り替えた。
「……そうだな。冒険者は自由業、かなぁ。冒険者ギルドが斡旋している依頼をこなしたり、迷宮に潜ったりする世界規模のなんでも屋だね」
イルクが眉間を揉みながら説明してくれる。
「質問いい?」
「どうぞ」
「冒険者って世界にどれくらいいるの?」
イルクが僕の質問に目を丸くする。
「……うーん、わかんないな……。考えたこともなかった。たくさんいるよ。とにかくたくさん。星の数ほどいる。今度ギルドで調べてみるよ」
「なるほど、ありがとう」
冒険者、冒険者かぁ。
イルクから聞いた時にやってみたいと思ってたけど、具体的にどういうことをしているのかはよく知らない。
「冒険者の主な食い扶持って何なの?」
「迷宮だね」
イルクが即答する。
「迷宮ってのは、世界各地にある神秘空間さ。無尽に魔物が湧き出て、宝や鉱石が湧き出る不思議空間」
「迷宮で捕れる魔物の素材や肉、鉱石や宝を回収するのが冒険者の主な食い扶持」
「なるほどぉ」
干物を箸でほぐし、ご飯と一緒に頬張る。
何も食べずに聞いてようと思ってた。
だけど、イルクから食べながら聞いていいと言われたので食べている。
とても嬉しい。
「その迷宮が世界で一番多い国が今から行く【迷宮都市国家 メーヴェ・ジ・パン】。冒険者ギルドの総本山も迷宮都市国家にある。エディンもきっと迷宮に潜ることになると思うよ」
「えー、僕にうまくできるかなぁ」
ちょっと不安だ。
迷宮なんて響きだけで激ヤバだし、魔物が無尽に湧くってことは戦闘が絶対にある。
東塔で襲いかかってきた魔物や魔獣としか戦ったことがない身としては、ちと不安だ。
「だいじょーぶでしょ。だってエディン、魔法はともかく剣の腕は相当なもんだよ?
剣の腕だけでも聖教国の聖騎士とか、帝国の魔剣隊の新入りに匹敵するし」
イルクが肩を竦める。
聖騎士も魔剣隊もよく知らないけど、たぶん凄いことなんだろう。
「僕、未だにイルクから一本も取れてないんだけど」
「そりゃそうでしょー、俺めっちゃ強いし。まだ十三の若造に一本取られるほど耄碌してないーよ」
イルクが呵呵と笑い、僕の頭をわしゃわしゃと乱雑に撫でてきた。
「迷宮都市国家の気をつける点は2つ。
1つ目は『武士』。これは特権階級でね。権力的にも戦闘力的にも強いし、封建的なんだ。
下手に武士を侮辱するとその場でぶっ殺されちゃうから、気をつけてねー」
「おお……。気をつける」
思ったよりも大変な国なんだな。
あの破天荒な伝説ばかり残ってるアルフェウスが建国した国だから、
『自由』なのかと思ってたけどそうでもないらしい。
「2つ目は『禁足地』。
迷宮都市国家は解放的な文化で、住民も親切なんだけどね。主要都市以外の山や田園、政府施設は立ち入りが厳に禁じられた『禁足地』。
下手に踏み入れば処刑は免れない。実際、それを知らない冒険者が打ち首になることも珍しくはないのさ」
めっちゃ厳しいな。
自由、どこへ。
「ま、それ以外の都市は全然だいじょーぶさー。そんな身構えなくても普通に過ごす分には一番自由な国だよ」
イルクは僕の顔を見てまたわしゃわしゃとぼくの頭を撫でた。
うー、不安だなぁ……。
常識とかそこら辺を全く知らないから、変に相手にとって不快なことをやっちゃう可能性もある。
「おっと、味噌汁も飲み干したのねー。いい食いっぷりだ」
イルクは空いた僕の椀を見て嬉しそうに笑った。
「作った甲斐があるよー」
イルクは腕を後ろに伸ばし、指先を曲げた。
奇妙な力の塊がイルクの指先から血管のように伸び、食堂の先まで通るのが視えた。
瞬間、不思議な力場が形成される。
食堂の奥のコンロに鎮座していた鉄鍋が重力を無視して浮き、イルク手元へ飛んできた。
「はーい、お味噌汁入れるよー」
イルクは何も気にすることなく僕のお椀に味噌汁を注ぎ、ニコニコ笑顔のまま僕に手渡してくれた。
……不思議な力だ。
魔法じゃない。魔法法則の反応が視えなかった。
やっぱり、僕が知らない全く別の技術体系ってことはわかる。
「……イルク、前からおもってたんだけどさ。イルクが使ってるそれ、何?」
「ふふー、秘密」
イルクは片目を閉じ、口元に人差し指を添えて微笑む。
「えー、いいじゃん。教えてよ。気になる」
「ダーメ。今のエディンには教えても覚えられないよーん。今日はもうねんねしなー。もう夜の八時だよ?」
イルクはそう言うと空になったお櫃を謎の力で浮かし、食べ終わった僕とイルクの皿を浮かして運んでいった。
……悔しい。
なんかはぐらかされて終わった気がする。すごい子供扱いされてる気がする。
「……ごちそうさま! 美味しかった!」
「はーい、お粗末さまでしたー」
こうなったら何がなんでもイルクの鼻を明かすしかない。
自動食洗機に皿や茶碗を入れ、その他の細々したものを洗いはじめたイルクにお礼を言い、自分の部屋へと駆け出した。
※※※
夜九時。
自室にあるお風呂に入り、汗を流して寝間着に着替える。
部屋の広さは五畳半。
部屋にはベッドや洗面台、机とシャワー室が設置されている。
設備の良さでは東塔より遥かにすごい。
他の場所を知らないけどたぶん、【赤戦神艦】が凄いだけな気がする。
ベッドの上で座禅を組む。
イメージするのは今日のイルク。
端からできないと言われ、燻っていられるほど僕もおとなしい性分じゃない。
何より、秘密にされてしまうと好奇心が疼く。
魔法、いや魔力も使わずに物を浮かせ、自分の手元に引き寄せる未知の力。
「滾るよなぁ」
ニマニマが止まらない。
是非とも解析し、自分で会得したい。
意識を己の裡へ集中させる。
肉体のすべて。皮膚、筋肉、骨。
神経、魔力回路、らせん構造、細胞、分子構造のすべてを洗い出す。
だが、見つからない。
イルクが使っていた未知のエネルギー、その出処が視えない。
(エネルギーの波形は魔力に似ていた。なら魔力の方にフォーカスを当てよう)
注目すべきは魔力。
魔力の性質、量、感覚すべてを《蒼眼》で洗い出し、魔力に類似するエネルギーを探る。
「…………わからん」
結果は不明。
魔力を強く練ったり、体内で魔力特性を変更して異なる原素を作り出したりした。
ただ、似たようなものにすらならない。
魔力が流れて終わりだ。
「魔力……魔力……」
足元に広げた羊皮紙へ案を書き出していく。
魔力を固める――変化なし。
魔力の性質を変化させる――変化なし。
二種類の原素を混ぜる――変化なし。
「うん、駄目だな」
魔力だけで運用できる技術を一通り試してみたけど効果は無し。
派生も芽が見えない。
となると、魔力ではなく、別のアプローチをかける必要がある。
「ほむ」
《蒼眼》を己のみに集約し、思考を加速させる。
辿るべきは魔力。
体内に眠る魔力を励起させる。
肉体、魔力回路の順で魔力を辿る。
目指すは源流。魔力は有限。
肉体以外からドカドカ無尽蔵に魔力を持って来られるわけじゃない。
これは幼少期に実証済みだ。
なにより、放出した魔力はすぐ大気へ霧散する。
呼吸によって魔力を回復させているのかと思ったけど、違った。
《蒼眼》で視てる限り、呼吸で得られる魔力は非常に少ない。
回復分の10分の1にも満たない。
じゃあ魔力ってどこから来るの?
なら、魔力源流は己の体内にある。
魔力を強制的に励起させ続け、肉体へ流しては外へ放出させる。
乱雑だけど、これで魔力の源にも何かしらの変化があるはず。
「……っ」
身体の奥に軋むような痛みが走った。
魔力回路が悲鳴を上げるほどの出力で魔力を回し、限界を超えて身体に魔力を注ぎ込んでいる。
痛みを無視する。
この類の痛みは《蒼眼》で慣れっこだ。
限界まで魔力回路という神経を酷使し、魔力の流れを辿ってその先へ――。
「――見つけた」
魔力回路の先。
自分という次元の裏に、延べ棒のような力の塊が視えた。
それを押し伸ばし、自分の体内へと広げる。
「お――? お、おお……!」
違和感。
身体が拡張されるような……。肉体が変わっていくような……。
「なんか解かんないけど、だいたい分かった」
操作むっずい!
むっずいけど、操作感はもう慣れた。
「ほい、ほいっと」
体内に強烈なエネルギーの塊を流し込み、染み込ませるように定着させる。
必要なのは理論ではなく、イメージ。
想像力と、それを実行できる構築力だ。
鉄のように硬い力の塊を押し広げる。
「強化」のイメージと、強化された肉体の図を完璧に投影させれば……。
「――できた」
木剣を握り、振り下ろす。
――轟音。
大気が揺れ、一振りで目の前にあった壁掛けが弾けとんだ。
「魔力強化のざっと二倍以上の強化補正、かな」
イメージ的には外骨格。強化の外付け。
魔力強化がパワーアップだとしたら、この技は完全に肉体の改造。
技術の方向性がまるで違う代物だ。
だけど、イルクの放っていた未知のエネルギーと波長が合致する。
次のステップ。
物体を空へ浮かす技術、その再現性の確認へ取り掛かる。
掌を机の上に向ける。
身体から離れようとしない力を外に押し出し、葉脈のように空へ張り巡らせる。
……魔力より飛散性は低いんだな。もっと早く溶けて消えると思ってた。
練らないで放出した魔力は数秒と消えるから、それより遙かに残留性が高い。
空中に長く残留する力に思考で命令を打ち込み、机に視点を定める。
狙うは机の上。
鎮座している木製のカップだ。
目を閉じ、意識を浮かすことだけに集中させる。
カップが小刻みに揺れ、空へ浮く――。
前に、バギッ、と音を立てて砕けた。
ガタガタと部屋が揺れ、窓ガラスにヒビが入りかけた。
あー……。少し力が強すぎるのか。難しいなこれ。
弱すぎると微動だにしないし。
繊細でかつ大胆な操作が求められるって感じ。
というか、こんな技術はリステリアの書庫でも見たことがない。
魔法とは全く違う。体術の方が近い。
肉体……というか、魂か。
魔力ではなく魂の力。
それを元に世界に干渉して、なんかこねくり回している……。みたいな?
うーむ、一歩前進こそしたけど、進歩が全然ないな……。
「いや、夜は長いんだ。まだまだ練習するよ……!」