アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜 作:鹿鳴弥
――ゴォン。
鐘の音が聞こえる。
教会の尖塔にある鐘が3度突かれ、【伯方】の街に喪鐘の音が響いた。
「――では、これより。ヴァルガス・ガンバードの葬儀を執り行います」
教会の中に厳かな声が渡る。
黒の祭服に身を包んだ、豊かな髭を蓄えた男性が3人並び、祭壇の奥に立っている。
「主の平和が、あなた方と共に。
今日は亡きヴァルガス兄弟のため、みなで女神に祈りましょう」
三人いる司祭の中で、最も威厳のある人物が手を挙げる。
指先から琥珀色の光があふれ、僕らのいる会衆席に降り注いだ。
<
ささやかな魔力がまかれ、心の奥がすこし暖かくなった。
(精神干渉系の<
会衆席の長椅子には、冒険者たちが厳かに座っている。
「…………」
僕も黒い礼服に身を包み、じっと前だけを視る。
祭壇には白い布と、三角錐のロザリオが置かれていた。
そこにあるはずの遺体はない。
「うっ……、うっ……。ヴァルガスの兄貴……!」
上等な服を身に纏った冒険者たちの泣き声が聞こえる。
冒険者だけじゃない。どこかの村の村長や、身なりのいい武士、
恰幅のある商人のおじさんまで、たくさんの人がこの教会に押しかけていた。
「…………」
隣に座るリリアも黒い喪服に身を包み、じっと目を閉じていた。
アルターやモーリス君も同じだ。
「……あんたと、もっと話をしたかったんだがな」
隣に座るイルクも、少し疲れたように空の棺を見ていた。
知らない間にイルクとヴァルガスさんは交流を作っていたようで、
寂しそうな目だった。
他人に対して壁の在るイルクが、ここまで心を開いているのを初めて視た。
……ほんと、凄い人だったんだな。
「……ふん」
最後尾に座るリーリエさんも、正装で腕を組み、
つまらなさそうにそっぽを向いていた。
……不機嫌そうな顔をしているが、この葬儀を手配してくれたのはリーリエさんだ。
手に入れた黄金を流通価格より高い値で全て買い取ってくれたおかげで、
これだけ盛大な葬式を開くことができた。
『ヴァルガスの葬式の手配は此がやる。君が身銭を切る必要はない。此の不始末だ、此の手で片づけるさ』
なんて言っていたリーリエさんを説得して、
どうにか資金提供だけでもさせて貰えるように頼み込んだ甲斐があった。
【伯方】で一番大きい聖教会と、大陸でも高名な司祭を三名、
大きな墓の建設から、聖典への記載や、祭儀の執行に至るまでの諸々で黄金をほとんど使い切ったけど、悔いはない。
聖人クラスの弔いを求めた結果だ。
まあ、それくらいはかかるよね。
しかも、そのうえで僕が【勇者】になったことは
まだ非公開にしてもらっている。
感謝あるのみだ。
リーリエさんはヴァルガスさんの死の責任が自分に在るから、責任を取らなければならない。
って言ってたけど、リーリエさんに責任はない。
僕に責任があるから、っていう罪悪感もある。
だけどそれ以上に、共に戦い、教訓や知識を授けてみんなを護ってくれたヴァルガスさんを盛大に弔いたかった。
「母なる祖国の砂をここへ」
一番偉そうな司祭が煌めく砂の入った箱に手を入れ、
何かを詠唱する。
砂から光の柱が立ち上り、聖なる力が砂に籠った。
くすんだ白色だった砂が透き通った琥珀色に染まり、聖なる力――。
退魔の力が宿る。
「さあ。皆さまの手で彼の者に聖別を」
全員が立ち上がる。
一番前に座っていた僕らが最初だ。
祭壇の手前に置かれた棺には遺体がない。
並べられているのは遺品。よく使われた羽ペン、綺麗な状態のはずなのに年季を感じる三角のロザリオ。使い込まれた砥ぎ石に、解体ナイフ。
「…………」
本当に、お世話になりました。
どうか、良き来世がありますように。
砂を摘まみ、ヴァルガスさんの冥福を祈り、
魔力を込めて棺の中へ入れる。
「あなたが、蹴りだしてくれなければ。僕達はきっと死んでいた。どうか、安らかに」
モーリス君が祈るように砂を棺の中へ垂らす。
「……モーリスの言うとおり。あなたはわたし達の命の恩人。感謝しても、しきれないわ」
「エディンがお世話になったのです。アルターが祈るのは筋違いかもしれませんが、どうか、良き旅を」
リリアとアルターが祈り、砂を奉じた。
たくさんの冒険者の人たちが並んでいた。その最後尾に、何やら香炉と符を抱え込んだリーリエさんが続いている。
悲しげな顔で共にした、愛する仲間たちが砂を棺の中へ抛った。
最後尾。ポケットに手を突っ込んだイルクが、眉を悲しそうに垂らしたまま、砂も取らずに棺をのぞき込んだ。
「約束。守ってくれたんだな」
はあ、とため息を吐き、深々と頭を下げた。
「ありがとう。アンタのおかげで、俺の弟分が命を繋げた。俺からのせめてもの餞別だ。あんたほどの信心深い人が、聖書すらないのは、ちょっと心が無い」
イルクはそう言うと、古びた聖書を棺の中にそっと置いた。
「あなた……! それはロネク福音……! その初版では」
「歴史的に非常に価値があるものですよ……! 埋めてしまうのは少し、酷では……!?」
ロネクの福音書。
【月睨派】の聖人、ロネクが神の啓示を記した聖書、その写本。初稿ともなれば、その価値は天文学的。博物館で飾るべき国宝とも言えるもの。
「手ぇ出したら」
「殺す」
怖気。
イルクの放った怒気が、ビリビリと肌を刺した。
一番偉そうな司祭も大きくのけぞり、
傍に控えていたふたりは気を失っていた。
「おい、クソバカ。あいつの葬式を台無しにする気か」
ふうっ、と煙が風に煽られ、教会の中を覆った。
イルクの放った怒気と、煙に包まれたリーリエさんの威圧が相殺され、教会に温度が戻る。
リーリエさんだ。
今までに見たことがないくらい冷たい目で、イルクを見ていた。
「……悪い」
イルクがそっぽを向き、スラックスに手を突っ込んだ。
……イルクがあんなに感情的になるのも珍しい。これは、僕が思っているよりも遥かにヴァルガスさんをよく思っていたんだな。
渡した写本も、材質から見て千年近く前の年代品だ。
骨董品としてだけでなく、内容を視るに聖教としても価値のあるものだろう。
「司祭方もだ。副葬品に涎を垂らすなんて言語道断。
異教たるこの地において、貴卿らの教えを貶める言であると心得よ」
威厳に満ちた言葉が教会に響き、司祭方を目覚めさせてから喝破した。
……あの煙管の雁首には錬成された薬品が詰められている。
わかっていたけど、錬金術も相当な腕前だ。
しかも、魔法も同時に使っていた。
「ふう」と吹いたあの音を詠唱として成立させ、風を起こした上で、
煙に威圧を乗せてイルクの怒気と中和させたんだ。
武威による威圧。代替詠唱という高等技術と、魔力制御による風の指向性。
その場に合った魔法薬を即時錬成する錬金術の知見。
息ひとつでそれらを成立させた、意味の分からない技巧の極み。
迷宮都市国家、最強。
その名は伊達なんかじゃないと改めて理解らされた。
(えげつないな……)
密かにリーリエさんの凄まじさに戦慄しているのもお構いなしに、
ずかずかと順番を抜かして司祭から砂をひったくった。
「まったく。此の厚意を蹴りやがって」
リーリエさんは大きなため息を吐くと、
指に挟んでいた高価そうな符と香炉を棺の中へ入れた。
「ご苦労。……よく務めを果たしてくれた」
リーリエさんはため息と言葉を棺へ遺すと、
和服を翻して後席へと戻っていった。
彼女が戻ると、前にいた参拝者たちが
そぞろとヴァルガスさんに別れの言葉を告げていった。
全員が着席した直後、
黒い衣装をまとった従者のような聖職者が恭しく
銀皿を祭壇の上に捧げた。
干し肉と葡萄酒だ。
偉そうな司祭が研ぎ澄ました儀礼用の岩のナイフで干し肉を切り分け、
銀の小皿に乗せていく。
隣に侍っていた聖職者へ渡されると、
彼は参拝者全員へ銀の小皿を配っていった。
「主よ、あなたは信じる者に永遠の安息を約束してくださいました。
あなたの杖、ヴァルガスに門を開き、
御許へ招かれますように」
司祭はそう言うと三角の形に祈り手を組み、厳粛に告げた。
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※※※
葬式はつつがなく終わった。
参拝者も皆帰り、司祭たちも帰国の船に乗っていた。
リーリエさんとモーリス君はその見送りに行った。
あの感じだと、彼はずっとリーリエさんの助手みたいな立ち位置なんだろう。難儀なことだ。
「ヴァルガスさん」
一人、僕は大きな墓前に立っていた。
リリアたちも先に宿へ帰らせた。
頭を深く下げ、合掌して黙祷する。
「【赤龍剣】、お返しします」
背負っていた【赤龍剣】を外し、
墓の隣に突き刺した。
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あれはきっと、【聖劍宮】だけの力だったんだろう。
リーリエさん曰く、本来迷宮特典は譲渡が困難。
他人に己の迷宮特典を使わせるには相応の儀式が必要らしいのに、
ヴァルガスさんは最期の力を振り絞って僕にすべてを託してくれたらしい。
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憑かせることはできないらしい。
だから、感謝を。
ヴァルガスさんのおかげで、あの迷宮を生き抜くことができた。
目を開ける。
町を一望できる、大きな丘の上。
冒険者は、基本的に共同墓地に葬られる。
故郷で葬儀を望む人もいるけど、普通はできない。遺体を魔物から護衛しながら防腐処置をするのは相当な金がかかるからだ。
まず、遺体が残っている方が珍しい。
墓石に名前だけ追加して副葬品を葬るのが普通のやり方らしい。
だけど、今回はアレア迷宮で手に入れた黄金をすべて売っぱらったおかげで金は大量にあった。
「……でも、こんな立派なお墓よりも、生きて居たかったですよね。ヴァルガスさん」
何とも言えない空虚感に包まれながら墓を見る。
誰だって、心が壊れない限りは死ぬよりは生きていたいはずだ。
死後の名誉よりも、生きて居たかったはずだ。
でも、ヴァルガスさんは自分が生き残るのではなく、みんなを生かすために命を使った。
残った力さえも、僕のために託してくれた。
「だから。生きます」
墓を見詰め、力強く語る。
「ヴァルガスさんが生きるはずだったぶんまで、幸せになったり、幸せにしたりして生きていきます」
それが、せめてもの弔いになると信じている。
「助けてくれて、ありがとうございました」
もう一度、深々と頭を下げ、墓を背にする。
この墓のために整備された道を通り、墓守に挨拶をして
外に出る。
「――もう、いいの?」
外にはイルクが待っていた。
腕を組み、木にもたれかかっていた身体を起こして僕を見た。
「うん」
イルクに笑いかけ、隣に並んだ。
「もう、大丈夫」
※※※
エディンたちが去った、数時間後。
墓には夕日が差し掛かっていた。菩提を弔いに来る人もほぼいなくなり、夜の頃が迫っている、逢魔が時。
「よ」
その頃へ、ひとりの女性が姿を現した。
白髪に緑いろの瞳の女性。豪奢な着物を着崩し、手には煙管と酒瓶を握っていた。
リーリエ・アモンだ。
「にしても、【聖劍宮】ってのは凄いねえ。
あんな量の黄金初めて見たよ。あんだけ流したら、市場が値崩れしちまうって。
適正価格以上の値で買い取った此、やさし~い」
『神酒』と金字で刻まれた瓶を気軽に開ける。
キラキラと、薄い銀色の液体が瓶口から貴き酒精を放った。
ただ、その香気だけで周囲が浄化されていく、特級の霊酒であった。
リーリエは瓶を逆さにする。
見るからに高価な酒が惜しみなく墓石に注がれていき、墓前を潤した。
「死出の酒だ。気にせず飲め」
瞬間、墓の周囲から草花が咲き乱れる。
周囲の魔力が一瞬にして聖地のものへと変わり、墓そのものを守護する力に変わった。
ほとんどを注ぎ終えたリーリエは、
懐から御猪口を取り出し、わずかに残った酒を注ぎ、一気に呷った。
「くー、うまい。さすが、神霊にしか手向けられない希少な酒だ! これ一本で小国が買える値段なだけはあるなー!
生きてりゃ、これを生身で飲めたのに。……なあ」
「そう思うだろう? モーリス」
リーリエの後ろから、一人の少年が現れる。
眼鏡をかけ、銀色の義足を履いた眼鏡の男の子だ。
「はい。僕も、そう思います」
モーリスは目頭を顰め、何かを堪えるようにそっぽを向いて答えた。
「義足の調子はどうよ」
「かなりいいです。生身の脚より、性能がいいのが腹が立つくらいです。
……四年も、時籠りの谷で修業した身体よりも上なの、なんなんですかね」
彼は遺憾そうな表情で語る。
モーリスとエディンがわかれていた時間は二週間に満たない。
しかし、その間にモーリスは四年の歳月をかけて修行していたのだ。
東北、
そこにある時籠りの谷は、強烈な魔力場と異常重力が発生している。
百倍以上、時がゆっくり進むほどの異常な環境で、
モーリスは四年の歳月をひたすら修行に費やした。
ただ、
「そりゃそうだろ。四年ぽっちで此の技術に追い付けるはずもないだろ。
こちとら二千年生きてんだ。舐めんなよ」
リーリエは口調とは裏腹に愉し気に煙管へ口を付け、一気に吐き出した。
「質問、いいですか」
「内容による」
「ヴァルガスさんの死って、避けられないものだったんですか?」
「………………」
リーリエは何も言わない。
そっぽを向き、紫煙を肺に溜める。
「陰陽道・
非才な僕ならまだしも、師匠のそれは予言の、運命視の領域に在るはず」
「教えてください、師匠。僕は、死地を乗り越えた。
知る権利が、義務があるはずです。ヴァルガスさんの死は、避けられたはずですよね?」
モーリスの言葉に、リーリエはじっと彼の目を見詰めた。
固い決意が、彼女の瞳に映った。
彼を思いやり、優しく接していたのはヴァルガスだ。
(こいつにとって、ヴァルガスは親のようなもの。だけどあいつの想いを、語るのは無粋の極み。……だが、語らなきゃならんか)
はあ、とリーリエはため息をもらした。
「断られたからだよ」
リーリエは答える。
「あの迷宮では、どうあってもベテランの冒険者が死ぬ運命だった。
これは覆しようがない運命。だが、運命とはいえ代役を立てることはできる」
白髪の淑女は煙管を一気に吸い、モーリスをじっと見つめる。
「つまり、誰かに擦り付けることはできるってワケ。
退場させる役を、『此の式神』に宛がうから、おりろと言ったんだ。が」
リーリエは空を眺めた。
「奴は断った。自分の番が来た。逃げた臆病者の自分が、ようやく贖う機会が来たのだってね」
肩をすくめ、リーリエは語る。
ヴァルガスは、<魔人戦線>からの逃亡兵だ。
自分の死が怖くて逃げたのではない。
仲間の死が、部下の死が、友の死が耐えきれなかった。
逃げて逃げて、己の立場すら捨てて逃げた先が、ここだった。
だが、彼に残ったのは安堵ではなく、苛む罪だった。
生き残った罪。逃げてしまった罪。どうあっても、どれほどの功績を残しても、その贖罪に値しない。
届かないと、自分をひとり責めていたのだ。
「馬鹿なやつさ。……生きて、後進でも育ててりゃ、そんなの十分果たせたろうに」
「……そうですね」
リーリエはそういうと羽織っていた着物に袖を通し、
煙管を懐にしまって踵を返す。
「あいつから、あの宿で最期に託されてな。
『この国を頼みます』ってな。そうだなあ」
リーリエは空に青い不死鳥を描き、片目を大きく開いて笑った。
「この国生かせるのは、此だけだものなあ。
ふふん、と愉し気に鼻歌を歌い、リーリエはモーリスの肩を叩く。
「備えろよ、モーリス。ここから、更に荒れるぞ」
「運命に挑む日は、近いぜ」