アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜 作:鹿鳴弥
――【伯方】より東、鳥取砂漠の手前に始祖の地あり。
その名は、出雲。
建国の祖たる夫婦。
二代目【勇者】アルフェウス・ジ・パンと、その妻とされる【錬金総帥】ミストレインが最初に訪れた地の名前である。
「ってのは無学なあっしでも聞いたことがありますがね、不二屋の旦那。
大店の主人たるあんたが、【
ぱたん、と本を閉じて護衛役の冒険者が、
お腹の出た商人の男性に問う。
「理由はふたつ。ひとつは値崩れした黄金を仕入れるためだ」
商人は言葉少なく語る。
未登録の黄金迷宮が、新人冒険者の手で攻略された。
この情報は、怒涛の勢いで迷宮都市国家の大都市へかけ巡った。
1000年ぶりの、黄金級の攻略ともなれば、希少素材である黄金は大量に溢れ出る。
その黄金が、リーリエ・アモンの手で回収され、大規模な競売が予告された。
「どこの新人かは知らんが、これは商機だ。黄金は貴様でも知っているほどの価値があるからな」
人差し指を立てて商人が説明する。
黄金。
神の金属と称されるこの貴金属は魔力の伝導率が、ほぼ100%という驚異的な金属である。
その性質ゆえか、錬金で合金にした時の性能の高さは筆舌にしがたい。
錬金術が世界でも有数に発展したこの国では、猶更だ。
「ふたつは、この漁村に来るためよ」
ごう、と潮風が吹いた。
小さな漁村だ。網や小舟、干された魚や藁が並んでいる、どこにでもある海の村。
「へえ。あっしにはどこにでもあるしけた村にしか見えやせんがね」
冒険者が周囲を見回しながら語っていると、
彼の目に長い列が目に入った。
列は村の中央から、外れにある草庵まで続いていた。
寂れた庵だ。朽ちかけた瓦葺屋根に、軋んだ木の柱で造られた、
一見すれば廃屋に近い。
とてもではないが、【永土】でも有数の豪商であるこの商人の男が
わざわざ来るほどの場所には思えない。
「行くぞ」
商人が冒険者を連れ、その最後尾に並ぶ。
怪我人や病人がたくさん並んでおり、老若男女問わず長蛇の列を成していた。
「こりゃすげえや。男に女どころか、武士や農民も職人まで並んでいやがる。
旦那、ここは一体……」
冒険者が面白そうに様子を見ていたが、出てきた怪我人を見て目の色が変わった。
腕に巻いていた包帯が消えていたのだ。
少なくとも脱臼はしていた傷が治っていた。後遺症こそはあるだろうが、
それでも数日も安静にしておけば完治するだろう。
これほどの治癒術の使い手は、迷宮都市国家広しと言えど、この冒険者とて聞いたことが無かった。
「ふたつ。殿さまからの召集にも応じない。
僅かな寄進のみで術を施す凄まじく優秀な治癒魔法の使い手」
にやり、と商人は二本の指を立てて傍らに侍る己の護衛へ笑いかける。
「――御簾籠りの奇人の腕のほどを確かめるため、わざわざ【出雲】へ来たのよ」
※※※
朝。
宿の庭で、リリアとエディン、つまり僕が立ち会っていた。
「ふふ、こうしてエディンと立ち会うのも久々ね」
ぶん、ぶんと手首の動作だけで赤剣を振り回しながら、
リリアはホクホクの笑顔で話しかけてくる。
バシバシアツい戦意と剣気を叩きつけられていた。
眠気など何のその。今は体が熱くなってきたし、《蒼眼》の視界も深くなってきている。
──うん、イイ。やっぱり、リリアと仕合はこうじゃないと。
「ね。ここのところ迷宮もぐったりしてばっかだったもんね」
手を握ったり広げたりしながら体の調子を確認する。
昨日の葬式が終わってすぐ、リリアに仕合を申し込んだんだ。
聞くや否や、「言ったわね? 言ったわよね? よし、店主さんに中庭借りてくる!」
って人の話を最後まで聞かずに店主さんから許可をふんだくりに行っていた。
「エディンの源流能力の確認を最初にできるなんて、腕が鳴るわね」
リリアが強烈な戦意を練り上げ、猛禽のような目つきで僕を見ていた。
「諸君ら、準備はよいかな?」
リモルさんもうっきうきの声。
今回の仕合の審判役を買って出てくれた。
イルクは留守だ。
出雲、と呼ばれる聖地で、リーリエさんからの依頼をこなしているところらしい。
一緒にいたリモルさんは、交代とばかりにイルクだけを依頼に蹴り出していた。
曰く、「此度の依頼より、貴公の源流能力のほうが興味深い」とのこと。
アルターはまだご就寝中。
まったくもって、自由な面々である。
「もちろん。とっくに準備万端よ」
リリアはちりちりと、火の粉の様な魔力を
放出しながら楽しそうに笑っている。
「僕も大丈夫です」
拳を握りしめ、リリアへ意識を集中させる。
「貴方、丸腰じゃないの。『亡星』は使わないのかしら」
リリアが少し眉を不機嫌そうに曲げてくる。
気になる、というか嫌がるよね。
僕が逆の立場なら舐めてんのかと思うだろうし。
「ちょっと使用感を確かめてみたくてさ。
源流能力の確認が終わったら剣での修行もお願いしてもいいかな?」
「ええ、ええ! もちろんよ。始めましょ」
リリアの顔がぱっと明るくなる。
ぶん、と剣を振れば周囲の草に火が燃え広がって、一瞬で灰になった。
「良し。では」
リモルさんは息軽く吸って片手を挙げる。
息を深く吸う。魔力を巡らせ、同じく気勢と魔力をまき散らしながら
剣を腰だめに構えるリリアと視線を交わせ。
「いざ尋常に──」
「始め」
※※※
「あはっ──!」
青空に赤が跳ねる。
燃え盛る刃が炎風を纏って迫る。
リリアの源流能力、【八炎鼓】。
触れたものを炎へ変え、粒子すら燃やす火力特化の源流能力だ。
灼熱の刃には加減の二文字はまるで見えず、
笑みから遠い殺意の一刀が喉元迫る。
「しッ──!」
灼華の一閃を蹴りで迎え撃つ。
《流月》と魔力強化を併用。
申し訳程度の結界も纏わせた蹴りがばすん、と鈍い音を立てて火炎の刃を受け止めた。
「あら? 随分余裕なのね」
リリアの笑みが深まった。
寒気。
刃に陽炎が生まれる。
溶けたバターを切るように僕の靴を切り裂き、足に火傷と裂傷が刻まれる。
「っつぅ!」
やっぱ、クソ痛い
【八炎鼓】の焱なら結界程度、簡単に焼くか!
だけど、これなら――!
星が2つ、瞳に浮かんだ。
『斬撃耐性』
『炎熱耐性』
ガギン、と硬質な音が鳴る。
人体と刃がぶつかったとは思えない、金属のような音だった。
途端に炎の刃が止まる。
【八炎鼓】の焱を、僕の脚が受け止めていた。
「は?」
リリアから困惑の声。
だけどそれだけじゃ終わらせない。どうせならとびきり驚いてほしい。
胸に、魂に新たな熱が脈動する。
ドクン。
高鳴る心、踊る炎。描くは質量のある熱。
僕の源流能力、【星輝戴星】が熱を帯びる。瞬間、僕の魂の中の気魄と魔力の性質が変わる。
「……まさか――!」
リリアの血相が変わり、刃に更なる炎を付与する。
驚いてくれたね。
だけどもう遅い。
「燃やせ」
リリアの炎、その形を呼び起こす。
其の名は――。
「【
足に焱を纏わせる。
【星輝戴星】は【八炎鼓】に変わり、極熱を足が宿した。
重さを持つ熱は炎の刃となってリリアの剣を弾き──。
「甘いわ、よっ!」
リリアが身体を捻る。
蹴りの炎刃を一歩引いて躱し、剣で脚刃を弾き落としてきた。
「炎よ!」
リリアが剣をひねる。
瞬間、鍔から火柱が僕に向けて立ち上がり、僕の身体を包んだ。
炎への耐性は獲得している。
この程度の炎なら目くらましにもならない。
「効かな――熱っっつ!!!」
熱い! めちゃくちゃ熱い!
え、なんで!? 確かに耐性は獲得して……。
僕の眼を《蒼眼》で確認する。
うかんでいた星は、消えていた。
まじか、耐性とコピーした源流能力って……!
「耐性と源流能力は併用できないようね!」
リリアが獣の様な笑みを浮かべて剣を振り上げた。
くっ、そういうことか!
学習した能力を使っている間は耐性を獲得できない! つまり、僕の防御力が凄く下がる!
予想外のダメージに少し態勢が崩れる。
「はっ!」
リリアは待ってはくれない。
崩れた態勢へ畳み掛けるように赤い刃を振るってくる。
【八炎鼓】を纏わせた足で応戦するけど、
剣で簡単に迎撃され、撃ち落とされる。
近接戦ではやっぱりリリアのほうが一枚上手かっ、
こらでも迷宮で強くなったつもりだったのに……!
どうする、どうする……!
《流月》で強化して動きたいけど、片足の【八炎鼓】に気魄が集中していて全身にうまく回せない。
というか、能力から耐性に戻したいのに【星輝戴星】の反応が遅い!!
【八炎鼓】から【星輝戴星】へ戻すのに、最低でも10秒はかかる!
10秒もリリアの前で棒立ちになるのはまずい!
「そろそろ、」
リリアの片足が僕の軸足を捉え、
「詰めねっ!」
思いっきり絡め取られた。
「やば……っ」
後ろへ転びながら【八炎鼓】を纏わせた片足をリリアの腹部目掛けてぶちかまし、
「読んでたわよ」
【八炎鼓】を纏っていないズボンの部分をリリアに掴まれ、脇で固められた。
「……っ!」
振り上げられる赤の刃。
えい、破れかぶれだろうが何だろうが知らない!
イメージを作る。
振り下ろされるリリアの動き。
そこへ、【天璽聖劍】を差し込む。
心中の撃鉄を起こす。
莫大な魔力と気魄――。<回帰原理>と同等以上の魔力を捻り出し、無尽蔵に溢れている気魄を魂へ注ぐ。
意識として象るのは居合。
動きのイメージは既に作り終えている
ふつふつと湧いてくる雑念はシャットアウト。
蹴りを叩き込む準備動作。筋肉、魔力の強化も含めてその動き以外できないように。
魂が泡立ち、左手に黄金が集い――。
「繋げる!」
数珠繋ぎの様に作った動き、身体全てを使った居合。
刹那、黄金の刃が走る。【天璽聖劍】の一閃が大気を切り裂き、凄まじい速度で疾走し。
「っ、うそ!」
リリアの剣を虚空へと弾き飛ばした。
加速の動きをそのままに、リリアへ【天璽聖劍】を突き立てようとした、瞬間――。
「──あ、れ?」
一気に身体から力が抜けた。
軸足から力が消え去り、明後日の方向に自分の身体がすっ転ぶ。
「ちょ、エディン!?」
意識が消える寸前に見えたのは、【八炎鼓】の焱を消し、血相を変えて近寄るリリアの姿だった。
※※※
「魔力枯渇だな」
意識が戻った途端、聞こえてきたのはリモルさんの声だった。
腕に何やら魔力線が繋がれている。そこから、リモルさんの膨大な魔力が、僕の魔力と同じ波形に変換され、流し込まれていた。
「エディン、大丈夫!? 怪我してない?」
リリアが不安そうな顔で僕を見ていた。
「うん――。だいじょうぶ」
意識がふわふわする。
決まりきった返事を返しながら、まともに力が入らない身体を動かさず、じっとリモルさんの方を見る。
「全く。危ういところだったな。僕の源流能力がなければ、貴公は意識不明の重体となっていたぞ」
リモルさんの体内から膨大な魔力があふれ出し、一気に僕の身体へ注ぎ込まれていくのが視える。
青い髪の、少年の矮躯の魂に、星のような器が在る。そこに蓄えられた異次元量の魔力が、僕に少しずつ流し込まれていた。
「まだ【勇者】の<
「はい、すみません」
リリアの膝から起き上がり、身体を伸ばす。
ぼーっとする頭が少しずつ回復してきた。
「よかった……。でも、エディンの源流能力って特殊ね。
耐性と能力獲得のふたつ、って感じかしら」
手団扇で首元を仰ぎながらリリアが聞いてくる。
足元に<
「うん。そんな感じだね。さっきの感じだと、耐性は3つまでつくのかな。
あと体感だけど、耐性の保持時間には制限時間がある。能力学習の方は、ダメージを貰わないと能力は学習できない。
能力に時間制限は……」
ぼう、と【八炎鼓】の焱を手元に浮かべる。
「ないな。おぼえれば半永久的に使える感じだね。まあ、リリアのそれより火力は断然低いケド」
リリアの【八炎鼓】の刃を受け止めたときの感じだと、
あと1つまでが耐性の限界値だろう。
まとめると、僕の能力は2つ。
耐性と能力の獲得だ。
耐性は3つと、時間制限あり。
能力はダメージを受け、耐性を獲得しないと覚えられないって感じだ。
……ううむ。<
ちょっと使うだけで魔力がごっそり持っていかれる。
どうにか普通の治癒魔法を学べないものか……。
ちらり、とリモルさんに目を向ける。
「残念だが、僕はそれより燃費の悪い回復魔法しか開発していない。【勇者】に憑けば解決する、と思っているのだろうがな。しばらくは無理だと思いたまえ。
【勇者】の<神話継承>を扱えるのは、聖教国のみだ」
「そう、ですか……」
腰に巻き付てあった瓢箪に口を付け、水を飲む。
まあ、そうだよね。【勇者】なんて高等な<神話継承>、本場以外だと就任するのも難しいよね。
何より、燃費のいい治癒魔法なんてそう簡単に覚えられるはずないよね。そもそも、そんなのがあったら冒険者の殉職率はもっと少ないはずだし。
わかってましたよーだ。
<神話継承>はともかく、魔法なら1から作ればいいし。時間はかかるだろうけど、頑張れば終わる。
「だが、奇妙な治癒魔法を使う者がいる場所は、この国にもいたはずだ」
リモルさんが顎に手を当てながら言った。
「どこにあるんです?」
「それはな――」
リモルさんがニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら、静かに答えた。
「イルクが依頼をこなしている、出雲の国だ」