アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜   作:鹿鳴弥

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鉄道トラブル

 

 

 

 

 

 

 

 

『キェーン』

 

 上空を躍る王鹿から、笛のように甲高い鳴き声が放たれた。

 

 それを合図に、大地へ隊列を敷いていた鹿の軍勢が、怒濤の勢いでこちらへ迫ってくる。

 

「師匠」

 

「無理そうだね。<式神・火牛>から反応がない。気絶してるわ、こりゃ」

 

 視線を鋭くしたモーリス君の問いへ、リーリエさんが端的に答える。

 

 先ほどの衝撃による影響か。

 この列車を牽引していた式神は行動不能。列車は惰性で線路を滑っているだけで、この場から自力で離脱することはできない。

 

 救援を呼んでいる暇もない。

 

 それを知ってか知らずか、光り輝く鹿の群れは土煙を巻き上げながら、こちらへ迫ってきている。

 

 絶体絶命の危機。

 

 魔獣たちは凄まじい勢いで吶喊してきており、一刻の猶予もない。

 

 なら、僕らの出番ってわけだ。

 

「リーリエさん」

 

 紫色の刀袋を剥ぎ取り、愛刀である『亡星(よる)』を取り出す。

 

 隣に座っていたリリアも立ち上がり、獰猛な笑みを浮かべていた。

 

窓ガラス(これ)の修理代って、いくらですか?」

 

 親指を窓へ向け、ゆっくりとした調子でリーリエさんに尋ねる。

 

 煙管を口にしていたリーリエさんは、紫煙を吐き出してふっと笑った。

 

「今回は無料(ただ)だ」

 

 なるほど。

 

 じゃあ、問題ないな。

 

「了解」

 

 言葉少なに、視線を魔獣の軍勢へ戻す。

 

 一瞬だけ、リリアとアルターに目を向ける。

 

 リリアは満面の笑みを浮かべ、アルターは諦めたように大きく肩を竦めていた。

 

 結構。

 二人とも、乗り気だね。

 

 足へ一気に魔力を溜める。

 

 腰を捻り、鞭のように脚をしならせて蹴りを放った。

 

 次の瞬間、ぱりん、と窓ガラスが砕け散る。

 

 跳び蹴りの要領で窓を蹴破り、光塵のように舞い散るガラス片の中を、一跳びで越えて外へ飛び出した。

 

「あはっ」

 

「やれやれ。最近は、こんなトラブルばっかなのですよ」

 

 リリアが愛剣を手にしたまま、凶悪な笑みを浮かべて僕の隣へ着地する。

 

 アルターもため息を吐きながら窓枠へ足をかけ、僕とリリアに続いて列車の外へ飛び出した。

 

「モーリス、行っていいよ」

 

「ありがとうございます、師匠!」

 

 列車内に残り、じっと僕らを見つめていたモーリス君の顔に、満面の笑みが浮かぶ。

 

 深々とリーリエさんへ頭を下げたのも束の間、義足の左脚へ思い切り力を込め、床を蹴った。

 

「エディン君! 僕も行く!」

 

 義足とは思えないほど俊敏な動きで加速したモーリス君は、僕の左隣へ並び、笑いかけてきた。

 

 その笑顔に卑屈さも、恐怖もない。

 

 モノクルの奥にある瞳は力強く輝き、顎を引いた顔には自信が浮かんでいる。

 

 ……ふふ。

 

 強くなったな、モーリス君。

 

「ようし! 全員、僕に続け!」

 

 気怠さが消え、全身の血潮が熱く滾っていく。

 

 後ろには、戦意に燃える仲間たち。

 

 ああ。

 

 今、僕は最高に冒険している。

 

 声を張り上げ、指先に魔力を乗せる。

 

 走りながら魔法陣を描き、先頭を駆け抜ける。

 

「今日の昼食は鹿鍋だぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>!」

 

 挨拶代わりの爆炎を撃ち放った。

 

 砲門型の魔法陣から深紅の太陽が尾を引いて飛来し、迫り来る鹿の軍勢へ直撃する。

 

 衝撃に灼熱が乗り、草原に爆炎が広がった。

 

「――無傷?」

 

 もうもうと立ち込める黒煙の中から現れたのは、光り輝く鹿の軍勢だった。

 

 傷ひとつ負っていない。

 

 赤い瞳に怒気を滾らせながら、何事もなかったように走り続けている。

 

 上空を躍る王鹿も、身じろぎひとつしていなかった。

 

「キェエンッ!」

 

 先陣を駆ける配下の鹿が嘶く。

 

 脚に溜めた筋力を爆発させ、彼我の距離を一気に詰めてきた。

 

 剣山のように枝分かれした角を、突進の威力に任せて僕らへ突き立てようと迫ってくる。

 

「死になさいなッ!」

 

 深紅の一閃が、一番槍を溶断した。

 

 赤刃を翻し、リリアが腰溜めに剣を構える。

 

 ぼう、と刃筋を神秘の()がなぞった。

 

 リリアの源流能力、【八炎鼓】の焱。

 

 肉も、骨も、鋼も、魔力も、力さえも焱へ還す業火を刃へ纏わせ、リリアは凶悪な笑みを浮かべる。

 

「【焱巫流(えんぶりゅう)】――」

 

 業銘(わざ)を唱え、大きく一歩を踏み出した。

 

 紅い魔力の粒子が荒々しく体内を駆け巡り、彼女の身体機能を爆発的に向上させる。

 

「――『紅葉(かえで)・乱』!」

 

 横一文字の剣閃が、空へ紅い軌跡を残した。

 

 赤熱を帯びた刃が、続く第二陣の鹿を一刀両断に伏す。

 

 リリアの身体が倒れ込むように前へ進み、直後、その全身が舞うように跳ね上がった。

 

 膝を発条(ばね)のように弾ませ、剣に宿った赤い光を乱反射させる。

 

 無数の剣閃が咲き乱れた。

 

 灼華の斬撃が五月雨(さみだれ)のように鹿の群れを切り刻み、次々とその首を刎ね飛ばしていく。

 

 負けていられないな。

 

 腹の底にある負けん気が燻り、『亡星』を構えて群れへ斬りかかる。

 

 しかし――。

 

「なっ……!」

 

 『亡星(よる)』の一刀は、鹿の身体を何の抵抗もなく透過した。

 

「召命――『式神・狛道(はくどう)』!」

 

 モーリス君が式神の符を投げる。

 

 形代が白い狛犬を象り、牙を剥いて鹿へ襲いかかった。

 

 しかし、その牙すら鹿の身体をすり抜けてしまう。

 

「<銀輪厄鏡(ヘカティア)>」

 

 迫る鹿へ向け、アルターが指を鳴らした。

 

 空間に銀色の亀裂が走り、襲い来る鹿の身体をずたずたに引き裂く。

 

 【豚鬼(オーク)】すら容易に切り裂いた、アルター固有の魔法。

 

 《蒼眼》でも原理を読み解けない神秘が鹿どもへ炸裂し、その身体を細切れにした。

 

 しかし、その傷すら一瞬で元に戻る。

 

「なのですゥ!?」

 

 アルターが目を剥いた。

 

 鹿の勢いは止まらない。

 

 猛然とアルターへ突進し、その小柄な身体を角で跳ね飛ばそうと迫る。

 

「《統巡(とうじゅん)》!」

 

「<泥壁(でいへき)>!」

 

 刹那、僕は《統巡》でアルターの身体を後方へ引き寄せる。

 

 同時に、モーリス君の投じた符が泥の壁を構築した。

 

 鹿の軍勢はそのまま泥壁へ突っ込む。

 

 柔らかい壁が蹄や身体へ絡みつき、疾走の勢いを大きく削いだ。

 

「怪我は!?」

 

「ないのです! 助かりました!」

 

「重畳!」

 

 僕が引き寄せたアルターを、モーリス君が両腕で受け止める。

 

 すぐさま複数の符を放ち、新たな泥壁を生成しながら、式神へ意識を移していった。

 

 あっぶねえ……!

 

 背後にも《統巡》を回しておいてよかった。

 

 咄嗟のことだったけど、何とか間に合った。

 

 何より、モーリス君がいてくれて本当に助かる。

 

 彼が受け止めてくれたおかげで、僕はアルターを引き寄せる力の加減や、着地のことまで考えずに済んだ。

 

「エディン! こいつら物質体じゃないわ! 魔力は持ってるけど、魔法で作られた身体でもない!」

 

 蹴りを放ち、それすら鹿の身体を透過したリリアが、直感的に叫ぶ。

 

「重さと攻撃能力だけを持った、幻影に近いわ!」

 

 なるほど。

 

 そこにいるけれど、そこにはいない。

 

 実体を持たない幻像へ、攻撃するときだけ力を通しているって感じか。

 

「ふっ!」

 

 迫る鹿の角を回避し、擦れ違いざまに『亡星』を通しながら、その構造を《蒼眼》で探る。

 

 確かに、物質としての熱量や構造は存在していない。

 

 光と魔力によって像を作り、気魄の経路を通して、本体の持つ力だけを現実へ投射している。

 

 だからこちらの攻撃はすり抜けるのに、鹿の突進だけは実際の質量を伴って僕らを打ち据える。

 

 防御と回避が一体化した、卑怯極まりない能力だ。

 

 そして、鹿どもは魔力ではなく、より強固な気魄の線で繋がっていた。

 

 すべての線は、上空を躍る【殲光鹿(せんこうか)】へと続いている。

 

 この軍勢の源流は、あの王鹿だ。

 

 空に浮かぶ本体もまた、自分自身の存在を曖昧にする同種の防御を纏っている。

 

「――ふっ!」

 

 赤い剣閃が跳ねる。

 

 気魄の経路などお構いなしに、リリアは鹿どもの首を刎ね飛ばしていく。

 

 【八炎鼓】の焱が、鹿の身体を作る光も、力を通す気魄も、まとめて燃やし尽くしている。

 

 特殊な防御の上から、害獣の命を斬り落としていた。

 

 ――なるほど。

 

 【八炎鼓】なら通るのか。

 

 鹿の角による下段からの突き上げを跳んで回避し、《統巡》で身体を後方へ引きながら、意識を内側へ巡らせる。

 

「すう――」

 

 息を吸い込み、目を閉じる。

 

 意識するのは霊魂。

 

 心臓のさらに奥深く。

 肉体の遥か裏側にある、己という存在の根へ意識を伸ばす。

 

 【星輝戴星】。

 

 僕の能力は、耐性の獲得と能力の学習。

 

 傷を負えば、その力に対する耐性を得る。

 

 そして、得た耐性から相手の法則を逆算し、その能力を己のものとして修得する。

 

 僕はすでに、【八炎鼓】を学習している。

 

 霊魂の撃鉄を起こす。

 

 蒼い気魄が魂の表面で跳ね、源流にある能力の基盤へ流れ込んだ。

 

 呼び起こすのは、熾火の息吹。

 

 耐性を元に学習した焱を、霊魂の奥底から引きずり出す。

 

「喰らえよ、『亡星(よる)』」

 

 魔力を存分に纏わせた黒刀へ、深紅の力を注ぎ込む。

 

「【八炎鼓(やくさえんでこ)】の()を」

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 空の焼ける匂いがした。

 

 『亡星(よる)』へ纏わりつく、橙色に輝く【八炎鼓】の焱。

 

 僕の魔力を薪にして、業火が燃え盛る。

 

 僕の焱では、リリアほどの火力は出せない。

 

 だが――。

 

「――ふっ!」

 

 黒刀が、迫る鹿の脳天を焼き切った。

 

 鹿が纏う無敵程度なら、正面から燃やし尽くせるだけの火力と神秘は保っている。

 

 これなら届く。

 

 本命を、正面からぶっ叩ける。

 

 能力の根源は、上空にいる【殲光鹿(せんこうか)】。

 

 あいつを仕留めれば、この防御と回避は消え去り、配下の殲滅も容易になる。

 

「ふっ!」

 

 リリアが単身、群れの中へ吶喊し続けている。

 

 深紅の斬閃が蜘蛛の巣のように折り重なり、襲い来る鹿の屍を次々と築き上げていた。

 

 無双状態だ。

 

 だが、数にものを言わせた鹿どもの壁に阻まれ、その前進は少しずつ遅くなっている。

 

 技の切れも、疲労の影響でわずかに落ち始めていた。

 

 リリアの目的も、僕と同じ。

 

 総大将の討伐だ。

 

 リリア一人でも、僕一人でも、この群れを正面から突破するのは困難。

 

 この物量を斬り刻み続ければ、いつかは押し潰される。

 

 だが、二人なら。

 

「リリア!」

 

 総大将の首を刎ね飛ばすには、十分だ。

 

 大声でリリアの名を呼ぶ。

 

 足りないのは足場。

 

 王鹿の元へ跳び、その首へ刃を突き立てるための発射台が足りていない。

 

 リリアは即座に頷きを返した。

 

 一瞬で周囲の鹿を切り刻み、剣を担ぐように構える。

 

「【焱巫流(えんぶりゅう)】――」

 

 魔力を全身へ流し、周囲のあらゆる熱をその身へ集中させる。

 

 力が極限まで蓄積され、リリアが一気に踏み込んだ。

 

「――『斬骨(ざんこつ)』!」

 

 轟剣一閃。

 

 踏み込みによって大地が揺れる。

 

 リリアは全身を回転させ、その勢いのすべてを乗せた刃を横薙ぎに振るった。

 

 爆炎と星を思わせる深紅の円が広がった。

 

 周囲にいる鹿どもを軽々と切り伏せ、熱の余波が後方に群がっていた獣どもまでまとめて焼き払う。

 

 鹿の軍勢、その一角が一掃された。

 

 僕と王鹿を結ぶ、一本の道が出来上がる。

 

 リリアの膝が、ぴくりと震えた。

 

 全霊を剣へ乗せ、鹿を切り払ってくれたのだ。

 

 『斬骨』は、リリアの【焱巫流】の中でも屈指の大技。

 

 強烈無比な踏み込みによる大地の反発と、しなやかな体幹を余すことなく刃へ乗せて切り払う、愚直なる奥義。

 

 乱戦による疲労の中で放てば、継戦能力を著しく損なうのは必定。

 

 無駄にはできない。

 

 迷わず駆ける。

 

「<玉桂天装(ソーマ)>!」

 

 アルターが指先へ黄金の魔力を纏わせ、魔法陣を描いた。

 

 僕の身体へ黄金の力が宿り、肉体の性能が一気に跳ね上がる。

 

「せぇいッ!」

 

 大地が震えるほどの、強烈な踏み込みをかける。

 

 ずどん、と鈍い音と共に足場が陥没した。

 

 膝を深く折り曲げ、大地から返ってきた反発を脚力へ加え、一息に跳び上がる。

 

 一瞬で王鹿のいる上空へ到達する。

 

 【八炎鼓】を溜め込んだ『亡星(よる)』を、大上段に構えた。

 

「キェェェェェンッッ!」

 

 王鹿が、口から強烈な閃光を吐き出した。

 

 光と共に、凄まじい衝撃が全身を打ち据える。

 

「ぐっ……!」

 

 びりびりと身体が痺れ、大きく後方へ弾き飛ばされた。

 

 矢のような勢いで僕の身体が宙を飛び、みるみるうちに王鹿が遠ざかっていく。

 

 んな……ッ!

 

 王鹿そのものの迎撃能力まで高いのかよ!

 

 ずっる!

 

 そんなん、近寄ることすらできないじゃんか!

 

 下を見れば、リリアの周囲へ新たな鹿の群れが殺到しようと、土煙を巻き上げながら突撃している。

 

 リリアの不敵な表情に、一筋の汗が流れていた。

 

 くっ、こんの……!

 

 せっかく作ってくれた好機が。

 

 また、じり貧に――!

 

 だが、仲間には代えられない。

 

 空中で身体を捻り、着地態勢を整える。

 

 不時着と同時にリリアの元へ駆け寄れるよう、全身の魔力を調整し――。

 

「<式鴉(しきがらす)>!」

 

 瞬間、モーリス君が僕へ向けて符を放った。

 

 式神の術を刻まれた紙は、僕の足元で巨大な鴉へ姿を変える。

 

 その広い背中が、宙を舞う僕の足場となった。

 

 じじ、と式神の身体に砂塵のような影が走る。

 

 絶大な神秘を、その身へ無理やり留めている。

 

 修行によって魔力量が増えたとはいえ、モーリス君がこれほどの式神を維持するのは相当に厳しいはずだ。

 

「五秒持たせる! その間に、奴を!」

 

 顔を真っ青にしながら二本指を揃え、刀印を維持したままモーリス君が叫ぶ。

 

 これで、モーリス君の継戦能力は大きく下がった。

 

 五秒後、彼は魔力不足で戦線から離脱することになる。

 

 無茶は承知。

 

 鍛え抜いているとはいえ、その地力はいまだ、彼自身が望む基準へ届いていない。

 

 それでも僕を信じ、全霊を託してくれた。

 

「応とも!!」

 

 叫び返し、巨大な鴉の頭へ乗る。

 

 これに応えられないのなら、友とは名乗れない。

 

「カァ――ッ!」

 

 式鴉もまた、主の意地へ応えるように高らかに鳴く。

 

 巨大な翼を羽ばたかせ、王鹿へ向けて急加速した。

 

 王鹿は身じろぎひとつしない。

 

 肺腑へ魔力を溜め込み、先ほどの衝撃波を再び放つ準備をしている。

 

 びりびりと、足元にいる式鴉の身体が崩れ始めていた。

 

 ああ。

 

 分かるよ。

 

 この式神は、もう限界だ。

 

 立派な体も、威容を誇る巨大な翼も、少しずつ魔力へ還り始めている。

 

 一撃を与える間もなく消え去る。

 

 あの攻撃をまともに受ければ、即座に符へ戻るだろう。

 

 理性的に考えるまでもなく、王鹿の圧倒的優位は変わらない。

 

 やぶれかぶれの特攻にしか見えないはずだ。

 

 知性を持つ王鹿が、賢しらに抗う人間という獣の無謀を嘲笑っていることなど、百も承知。

 

 《蒼眼》で視るまでもない。

 

 狩人は己。

 

 狩られる獣は人間であると、心の底から信じ切っている。

 

 接敵する。

 

 【八炎鼓】を喰らった『亡星(よる)』が煌々と輝き、式鴉の身体が本格的に崩壊を始めた。

 

「【旧流法(レアーラ)】、()の刃――」

 

 だからこそ。

 

 僕は勝利を確信していた。

 

「キェェェェェンッッ!」

 

 閃光。

 

 咆哮。

 

 害意ある旋律が、式鴉と僕を正面から打ち据えた。

 

 雷鳴のような衝撃が鴉の身体を大きく揺るがし、その肉体を崩壊させ、元の符へと変える。

 

 王鹿の瞳が、喜悦に歪んだ。

 

 獲物を仕留めた。

 

 そう確信した瞬間、王鹿が勢いよく背後を振り返る。

 

 自らの無敵を焦がすほどの熱を。

 

 己の命を脅かす破滅を、背後へ感じ取ったのだろう。

 

「――『鴉羽(からすば)』」

 

 驚愕に見開かれた瞳へ、橙色に煌めく太刀を構えた僕の姿が映った。

 

 【旧流法】、伍の刃。

 

 『鴉羽(からすば)』。

 

 式鴉の背と、《統巡》で作り出した一瞬限りの力場を蹴る。

 

 急加速と急停止を不規則かつ連続的に行うことで、敵の認識へ残像を焼き付ける第五の奥義。

 

 王鹿が撃ち抜いたのは、式鴉の上へ残した僕の残像だ。

 

「【旧流法(レアーラ)】、(ろく)の刃――」

 

 そこから。

 

 腰を捻り、渦雲のように全身を回転させる。

 

「――『鏑斬り(かぶらぎり)』!」

 

 足場なき回転斬り。

 

 空中で敵を仕留める、第六の奥義。

 

 二連の橙色の斬撃が、王鹿の首と胴を切り飛ばした。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 王鹿の加護が剥がれた。

 

 光の粒子が空へ立ち上る中、僕はくるくると身体を回転させながら、《統巡》で落下の勢いを削っていく。

 

 それでも完全には殺し切れない。

 

 勢いを残したまま地面へ落ち、膝を深く曲げて着地した。

 

「……っ!」

 

 両脚がじん、と痺れ、思わず涙が浮かぶ。

 

 痛い……。

 

 さすがに十メテル近い高さからの着地は堪えるな……。

 

 周囲では、残された鹿どもが慄くように後ずさっていた。

 

「ヌシを失えば、ただの鹿か」

 

 配下の鹿たちは光を失い、ただの魔鹿へと戻っている。

 

 軍隊のような統制も、先ほどまでの異様な力強さも感じられない。

 

 こちらを警戒しながら怯えるように後退し、逃げ出す機会を窺っていた。

 

 ほむ。

 

 これは、いけそうだな。

 

 毅然とした表情を作り、体内で練り上げた魔力を鹿たちへ向けて放出する。

 

「――失せろ」

 

 怒気を魔力へ込め、思い切り睨みつける。

 

 びくり、と鹿たちは一斉に震えた。

 

 そして、我先にと身を翻し、森の奥へ一目散に逃げ去っていった。

 

「ふう……」

 

 ため息を漏らし、その場へ座り込む。

 

 《蒼眼》で周囲を見回したが、敵影は一切ない。

 

 温度、空間、光学、魔力。

 

 四つの視点を同時に巡らせても、奇妙な反応や新たな敵の姿は見当たらなかった。

 

 よかったぁ……。

 

 【八炎鼓】の燃費が、思っていた数倍は悪い。

 

 これ以上戦闘が続いていたら、どうなることかと思ったよ。

 

 いざというときは【天璽聖劍】を抜くつもりだったけど、あれはもっと燃費が悪いだろうしなあ。

 

 使ったことがほとんどないので直感でしかないが、【天璽聖劍】が要求する魔力量は尋常ではない。

 

 やっぱり、今の魔力総量じゃまるで足りない。

 

 使っている術の要求量と、僕自身の魔力量が全く釣り合っていない。

 

「お疲れ様、エディン」

 

 隣にリリアが座り込み、拳を突き出してきた。

 

 疲労の色は濃い。

 

 しかし、満ち足りた良い笑顔を浮かべている。

 

「お疲れ、リリア」

 

 こつん、と拳同士をぶつけ合った。

 

「いやあ、すごい。此が出るまでもなかったね」

 

 ゆらり、と一瞬で目の前へ白髪の女性が現れた。

 

 リーリエさんだ。

 

 一切の予備動作も見せず、列車からここまで移動してくるって、この人は本当にどうなってるんだ。

 

 肩には、気絶したモーリス君を担いでいる。

 

 アルターはすでに列車の中へ移動させたらしい。

 

 相変わらず、手が早い。

 

 じっとりと見つめる僕の視線に気づいているのかいないのか、リーリエさんは何度もうんうんと頷いていた。

 

「今回はちょっと強い相手だったからねー。手助けが必要かな、と思ってたけど、どうやら要らなかったみたいだし。かなり合格って感じぃ?」

 

 リーリエさんはにたにたと笑いながら、煙管を口へ運ぶ。

 

 それにしても、モーリス君を魔力強化もせず片腕で担いでいるの、すごいな。

 

 武器や装備をいろいろと身につけているし、訓練によって筋肉もかなり増えている。

 

 それなのにリーリエさんの体幹には、一切の揺らぎがない。

 

 全く力を込めていないような顔で、余裕そうに担いでいる。

 

「これなら、全然任せられるね~。いやあ、よかったよかった」

 

 リーリエさんは満足げに頷き、じっとこちらを見つめてきた。

 

 ……なんだろう。

 

 強烈に嫌な予感がする。

 

 どう考えても、ろくでもないことを頼まれそうな気がするんだけど。

 

 リーリエさんの暴虐ぶりは、嫌というほど知っている。

 

 筋を通す人ではある。

 

 だけど、それ以外に関しては適当だし、自分勝手を極めている。

 

 そんな人が「任せられる」なんて言っているのだから、悪寒が止まらない。

 

 やめてほしい。

 

 でも、この人には途轍もなく大きな恩がある。

 

 断るという選択肢はないんだけど、それでも面倒事の気配が消えてくれない。

 

「奇遇ね。わたしもよ」

 

 リリアが、渋い顔をする僕と同じような表情を浮かべていた。

 

 リリアもか……。

 

 こりゃ相当だな。

 

「別に、大したことを頼むつもりはないよ。銀級冒険者として、正式に依頼を出すだけさ」

 

「構いませんけど……。変なことはできませんよ?」

 

 少し身構えながら、リーリエさんへ問いかける。

 

「変なことなんかじゃないさ。れっきとした護衛依頼だよ」

 

 リーリエさんが、どこからか一枚の符を取り出す。

 

 その符へ息を吹きかけると、光に包まれ、仕立ての良い和紙へと変わった。

 

 魔力で紙を僕らの元へ飛ばし、口から紫煙を吐き出す。

 

「依頼内容は護衛。君たちの目的地、【出雲(いずも)】で執り行われる大祭――」

 

 リーリエさんは煙管の先で依頼書を指し、楽しそうに笑った。

 

「<諸天経法(しょてんきょうほう)荒神祭(こうじんさい)>の護衛をお願いしたいのさ」

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