アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜   作:鹿鳴弥

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荒神祭

 

 

 

 

 

 

 

 

 巻き上げられた土埃が、彼方へ消えていく。

 

 リーリエが借り上げた鉄道列車――黄金号が、遠方へ駆け去っていた。

 

 数ある魔物の中でも、特に持久力と速度に秀でた<式神・火牛>。それに牽かれた幾つもの車両が、矢のごとく線路の上を駆け抜けていく。

 

 【殲光鹿】の襲撃を返り討ちにしたエディン一行は、戦場跡に残された鹿から肉や素材を剥ぎ取り、残る亡骸をすべて焼却していった。

 

 後に残されたのは、焼け焦げた大地と獣の残骸だけ。

 

 その死骸を、遠くから見つめる者たちがいた。

 

「いやあ。突破されてしまいましたね~ぇ」

 

 軽薄な男の声が響く。

 

 声の主は、白い法衣を貴族服のように着こなした青年だった。

 

 場所は、襲撃現場からほど近い山中の廃村。

 

 村人の姿は、どこにもない。

 

 行政からすら忘れ去られた寒村。その住民たちは、既に監視者である教団の手によって始末されていた。

 

「でもまあ、ユー達の有用性は十分に理解できましたよぉ?」

 

 軽薄な男は、砕けた首塚の上で嗤う。

 

 彼の足元には、無数の人骨が埋まっていた。

 

 悲鳴も上げさせない。

 

 脱走者も出さない。

 

 血痕ひとつ、生活の痕跡ひとつ残さず、村人全員を丁寧に処理した。

 

 すべては、一人の少年が持つ異常な魔眼への対策。

 

 エディンの《蒼眼》を欺くため、教団員たちは村人を殺し、その顔と暮らしを奪って、この小さな集落へ潜伏していたのだ。

 

 青年は、手にした黒い急須のようなランプを弄びながら語る。

 

 きゅ、きゅ、と布で表面を磨く。

 

 すると、【殲光鹿】の死骸から、どす黒い瘴気が立ち上り始めた。

 

 怨念。

 

 無念。

 

 主を失い、無惨に狩られた獣たちの魂の残滓。

 

 それらが細い煙となって空を這い、ランプの口金へ次々と吸い込まれていく。

 

 ランプが、びくりと震えた。

 

 口金の隙間からどす黒い瘴気が漏れ出し、怒り狂うように金属の器を軋ませる。

 

 甲高い音が響いた。

 

 さながら、悪霊が金属の内側から爪を立てているような、耳障りな音だった。

 

「おっとっと~。暴れないでくださいよぉ」

 

 青年は片手でランプを押さえ込む。

 

「リーリエ・アモンに恨みがあるのは分かりますけどね。ミーは何もしていないでしょう?」

 

 返答するように、ランプが激しく震えた。

 

「大丈夫ですよ」

 

 青年は頬を吊り上げ、悪魔のような笑みを浮かべる。

 

「ユー達の恨みを晴らす機会は、必ず作ってあげますから」

 

 両の手へ、青黒い気魄を巡らせる。

 

 瞬間、世界の理が軋んだ。

 

 空間が薄く歪み、青年の掌から放たれた青黒い光が、ランプを膜のように覆っていく。

 

 荒れ狂っていた怨念が一点へ収束する。

 

 言葉とは裏腹に、青年は獣たちの怨嗟を力ずくで圧縮し、自らの支配下へ組み込んでいた。

 

 黄色味を帯びていた金属製のランプが、真黒に染まっていく。

 

 光を反射することすら拒む、底のない闇の色へと変貌した。

 

「さあて。この村で仕入れたブツの試運転も上々」

 

 青年は完成したランプを掲げ、満足げに細めた目で眺める。

 

「これから、どういたしましょうかぁ」

 

 そして、ゆっくりと顔を横へ向けた。

 

「――イルゲルム閣下ぁ」

 

 犯罪宗教結社、<アリウスの梯子>。

 

 その一員たるリューリュ・ヴェティは、にやりと口元を歪める。

 

 視線の先。

 

 いつの間にか、執事服を身に纏った長身の魔族が立っていた。

 

「ここで事故の一つでも起こせていたら、【出雲】へ向かう鉄道を止められたんですけどねぇ」

 

 リューリュは大きくため息を吐き、芝居がかった仕草で肩を竦める。

 

 嘆かわしい、とでも言いたげに、イルゲルムへ流し目を送った。

 

「問題ない」

 

 対する大魔族イルゲルムは、あっさりと答える。

 

 影の中から両刃槍を引き抜き、その穂先へ濃密な闇を纏わせた。

 

「――《影流し(シャルズ)》」

 

 瞬間。

 

 空が、割れた。

 

 世界そのものが一文字に歪み、遅れて巨大な暗黒の斬撃が天地を横断する。

 

 斬撃は山間部を抜け、雑木林を切り裂き、海峡の水面を二つに割った。

 

 そのまま、【伯方】と本州を結ぶ巨大な石橋へ直撃する。

 

 轟音。

 

 石造りの橋脚が断たれ、巨大な橋が中央から崩落した。

 

 大量の瓦礫が海へ落ち、水柱が天高く噴き上がる。

 

「――わーお。派手ですねえ」

 

 リューリュは目元へ手を翳し、崩れていく橋を眺める。

 

「いいんですか? そんな目立つことしちゃって」

 

「無論」

 

 イルゲルムは両刃槍を影の中へ収め、淡々と告げる。

 

「橋を短期間で修復し得る【伯方】の錬金術師は、既に我が始末した」

 

 イルゲルムが一言発するたび、周囲へ影が差し込む。

 

 光に満ちた昼間だというのに、その声だけで世界が暗く沈んでいくような重圧があった。

 

「さらに、討伐の障害となるリーリエ・アモンとエディン・イラ・リステリア。その両名が【出雲】へ向かったことも確認済みだ」

 

「つまりぃ?」

 

「【伯方】に、橋を即時修復できる者はいない」

 

 海峡を渡る最大の陸路は、断たれた。

 

 鉄道も、黄金号を除いて運休している。

 

 大規模な兵力を【伯方】から【出雲】へ送るには、海路を使うほかない。

 

「うーん。さすがは閣下」

 

 リューリュが指を鳴らす。

 

「そこに痺れる、憧れるゥ!」

 

 砕けた首塚の上から軽やかに飛び降り、黒いランプを懐へしまった。

 

「では、そろそろミー達も移動しましょうか」

 

 イルゲルムは懐中時計へ目を落とす。

 

 仏頂面のまま時刻を確認し、リューリュの前を歩き始めた。

 

 リューリュも、機嫌を損ねた様子はない。

 

 鼻歌でも歌い出しそうな軽い足取りで、その背後へ続く。

 

「我らが計画、その最終地点」

 

 イルゲルムは大股に歩き、青空を睨みながら告げる。

 

「異界の『門』を開くため」

 

 足元の影が、不気味に蠢く。

 

「そして――」

 

 イルゲルムの三つの眼が、細められた。

 

「アルフェウスを()()させるため」

 

 影が膨れ上がった。

 

 イルゲルムとリューリュ。

 

 首塚。

 

 廃屋。

 

 村のすべてを、底なしの闇が呑み込んでいく。

 

「【出雲】へ行くぞ」

 

 次の瞬間。

 

 二人と、廃村の痕跡は、この場から跡形もなく消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

『才気に狂いし鴉門凛々絵の弟子、十余名』

 

『謀反を企てし罪により、斬首』

 

『その首と御霊を、ここ首塚村に祀る』

 

 

 

 首塚村。

 

 その名の由来を刻んだ古い石碑だけが、村の消えた平野に取り残されていた。

 

 師への嫉妬に狂い、反旗を翻した弟子たち。

 

 処刑された叛逆者どもの首を埋めた塚だけが、風に晒され続けていた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「それで、<荒神祭(こうじんさい)>って何なんですか?」

 

 焼いた鹿肉を白飯と一緒に頬張りながら、リーリエさんへ尋ねる。

 

 がたん、ごとん。

 

 座席が小刻みに揺れ、窓の外の景色が流れるように過ぎ去っていく。

 

 鬱蒼とした雑木林は既に抜けていた。

 

 辺り一面には田園が広がり、芽吹いたばかりの稲が風に揺れている。

 

 先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど、長閑な旅景色だった。

 

 列車は問題なく動き始めている。

 

 リーリエさんが列車を牽引する<式神・火牛>を無理やり叩き起こし、術で縛り上げたうえ、極悪な労働を強いたからだ。

 

 肝心の火牛は、目の下に濃い隈を作ったような顔で今も線路を走り続けている。

 

 可哀想に……。

 

「おや?」

 

 リーリエさんは煙管を弄びながら、片目を大きく見開いた。

 

「<荒神祭(こうじんさい)>をご存じない?」

 

 向かい側の長椅子、その中央へ足を組んで座っている。

 

 隣にいるモーリス君のことなど一切考えていない座り方のせいで、彼は物理的にも心理的にも肩身の狭い思いをしていた。

 

「仕方ないなあ。エディン君がどうしても知りたいっていうなら、此が直々に教え――」

 

「<諸天経法(しょてんきょうほう)荒神祭(こうじんさい)>」

 

 リーリエさんの言葉を遮り、窓際に腰掛けていたリモルさんが口を開いた。

 

「年に一度執り行われる、陰陽道の大祭儀だ。平たく言えば、大規模な雨乞いを利用した国土浄化の儀式だよ」

 

 リーリエさんが「は?」という顔でリモルさんを睨む。

 

 しかし、リモルさんはどこ吹く風。

 

 澄ました顔で紅茶を口へ運んだ。

 

「天候操作の魔法は、相当難易度が高いって聞きますけど」

 

 興味を引かれ、リモルさんの方へ身を乗り出す。

 

「本当に可能なんですか? 陰陽道も、一応は魔法の一種ですよね?」

 

 少なくとも、魔法陣を描いて発動する【法陣構築(アヴル)】で天候へ干渉するのは、極めて難しいはずだ。

 

 む、む。

 

 本当に無理なのかな。

 

 軽く術式だけでも組んでみよう。

 

 まず、大気圧へ干渉する術式で上昇気流を発生させる。

 

 次に、大気中の水蒸気を収束する術式を接続して、雲を形成する。

 

 広範囲へ雨を降らせるのなら、大気循環の制御と、雲の移動方向を調整する術式も必要で――。

 

 あ、無理だこりゃ。

 

 現実的じゃねえ。

 

 理由は単純。

 

 魔法陣が、規格外の大きさになる。

 

 積層型の魔法陣として可能な限り圧縮しても、城下町を丸ごと覆うほどの規模が必要だ。

 

 面白そうだから脳内で軽く組んでみたけど、天候操作そのものは不可能ではない。

 

 ただし、消費魔力は桁外れ。

 

 術式の運用に必要となる制御演算も、天文学的な量になる。

 

 あまりにも費用対効果が悪い。

 

 それを、陰陽道なら実現できるものなのだろうか。

 

「無論だ」

 

 リモルさんは当然のように答える。

 

「そもそも、陰陽道がどういうものか理解しているかね。リリア君」

 

「慣れ、かしら?」

 

 リリアはきりりとした顔で即答した。

 

 とうの昔に考えることを放棄しているらしい。

 

 思考した形跡が欠片もない、お決まりの文句だった。

 

 アルターの意識も、既に夢の大海原へ出航している。

 

 頭が凄まじい勢いで上下に揺れ、列車を越える速度で船を漕いでいた。

 

 この調子なら、汽笛代わりのいびきと鼻提灯が上がるのも、そう遠くないだろう。

 

「聞いた僕が馬鹿だったな」

 

 リモルさんは、僕の隣にいる頓珍漢な二人を心底呆れた顔で見た。

 

 すぐに視線を切り、僕へ意識を向ける。

 

「エディン君は?」

 

「錬金術と魔法を組み合わせたもの、ですよね」

 

「正解だ」

 

 リモルさんが人差し指を立てる。

 

 紅茶の入ったカップは、空中へ浮いたままだ。

 

「陰陽道とは、物質を媒介として用いる魔法体系だ」

 

 符。

 

 魔導具。

 

 祭具。

 

 土地。

 

 そうした物質へ術式を刻み、そこに魔力を通すことで、あらかじめ定めた現象を発動させる。

 

 例えば、符を投げて水や炎を生み出す天狗術が、最も分かりやすい。

 

 符に刻まれた術式へ魔力を通し、錬金術的な置換によって、符そのものを魔法現象へ作り替える。

 

 だから陰陽道で使われた符は、術の発動後、燃え焦げたように崩れ落ちる。

 

「陰陽道では、術の発動と同時に符や祭具を消費する」

 

 リモルさんは指先へ、小さな紙片を浮かべた。

 

「術式の媒介そのものを生贄(いけにえ)として差し出した、と世界へ解釈させるのだ。その代価によって、通常の魔法よりも少ない魔力で、より強大な現象を引き起こしやすい」

 

「ドチビのくせに、陰陽道をよく知ってるねー。お勉強、頑張ったのかな?」

 

 リーリエさんが、にこにこと笑いながらリモルさんを見つめる。

 

 額には、くっきりと青筋が浮かんでいた。

 

 めちゃくちゃ怒っている。

 

 怒気を放っていないだけで、顔に大きく「怒っています」と書いてあった。

 

「色惚け黄金級冒険者殿は放っておいて、<荒神祭>の講義を続けるぞ」

 

「おい。今、鼻で笑ったろ」

 

 リーリエさんが煙管を置く。

 

「死ぬか? 今死ぬか? このサディストドチビ魔法馬鹿」

 

 怒気を一切隠さず、リモルさんへ視線を釘付けにした。

 

 隣に座っているモーリス君は、完全に気配を殺していた。

 

 飛び火を避けるため、嵐が過ぎ去るのをひたすら待っている。

 

「【法陣構築】では困難な術であっても、陰陽道ならば比較的少ない魔力で実現できる」

 

 リモルさんはリーリエさんを完全に無視し、説明を続ける。

 

「さらに、あらかじめ各地へ符や祭具を配置すれば、術式を全国規模に展開することも可能だ。雨乞いであろうと、全国から高位の陰陽師を数十名集め、霊脈と祭具を連結させれば実行できる」

 

「なるほど」

 

 片手を挙げる。

 

「質問です」

 

「許可しよう」

 

「そこまでして雨乞いをする必要ってあるんですか?」

 

 窓の外へ視線を向ける。

 

「迷宮都市国家って、かなり水が豊富ですよね。それに、国土も相当広かった記憶があります。全国規模で雨を降らせるとなると、幾ら陰陽道でも、費用がとんでもないことになりませんか?」

 

 《蒼眼》で周辺の地形や湿度を調べていたけど、この国は保有している水分量がかなり多い。

 

 夜間には雨も降っていた。

 

 地下水も豊富で、井戸の底もそれほど深くない。

 

 何より、迷宮都市国家は細長い形をしているせいで小さく見えるけれど、実際にはかなり広大だ。

 

 リステリアの千倍以上はある。

 

 そんな広大な土地へ一斉に雨を降らせるとなると、相応の術者と祭具、そして莫大な費用が必要になる。

 

 わざわざ高位の陰陽師を全国から集める理由が見えない。

 

「それはだな――」

 

「迷宮都市国家そのものを浄化するため!」

 

 一瞬考え込んだリモルさんへ割り込むように、リーリエさんが身を乗り出してきた。

 

「さらに言えば、【出雲】そのものが禁足地だからだよう!」

 

 ようやく説明する機会を奪い返せたことが嬉しいのか、得意げな顔をしている。

 

「エディン君は、魔物が生まれる仕組みを知ってるかな?」

 

「瘴気が集まると、魔物になります」

 

 瘴気は、魔力の成れ果てだ。

 

 怨念や地形的な要因によって魔力が停滞し、濁ることで、瘴気へと変質する。

 

「正解!」

 

 リーリエさんは楽しそうに指を鳴らした。

 

「迷宮が多い土地柄だからね。この国は、他国と比べても瘴気の量がべらぼうに多い」

 

 一本、指を立てる。

 

「瘴気が溜まれば、魔物や怨霊が増える」

 

 二本目。

 

「人が浴び続ければ、病気になる。作物も枯れる。雨雲や風の流れに混じれば、疫病や異常気象の原因にもなる」

 

 三本目の指を立て、にやりと笑った。

 

「それを一掃するための儀式が、<荒神祭>なのさ」

 

 なるほど。

 

 単なる農業目的の雨乞いではない。

 

 国土全体を洗い流すため、雨という現象を利用しているのか。

 

「<荒神祭>は、大体春から夏にかけて執り行われる。ちょうど今くらいの時期さ」

 

 リーリエさんが頬杖をつく。

 

「さて。どうしてだと思う?」

 

「む……」

 

 にたにたと笑うリーリエさんの問いを、顎へ手を添えて考える。

 

 今のところ出揃った情報は、祭儀が行われる時期だけ。

 

 つまり、その季節そのものに意味がある。

 

 瘴気の発生量が、時期によって変わる?

 

 いや、それはないな。

 

 迷宮に関する書物や統計資料は、葬儀後の休養中にかなり読み漁った。

 

 迷宮が吐き出す瘴気量には、明確な季節性が存在しない。

 

 ならば、祭儀の性質から考えるべきだ。

 

 術の本質は、雨乞い。

 

 雨を呼ぶ儀式。

 

 春から夏。

 

 気温が高くなり、大気中の水分量が増える。

 

 湿度も上がり、雨雲が発生しやすくなる季節。

 

 リステリアと迷宮都市国家で自然法則に大きな差がないことから、経験則を元に仮定するなら――。

 

「――雨が降りやすい時期だから、ですか?」

 

「おお。ほぼ即答」

 

 リーリエさんが、ぱちぱちと拍手する。

 

「正解だ。あてずっぽうじゃないんでしょ?」

 

「雨雲が自然に生まれやすい時期なら、術で一から作り出す必要がない。既に存在する雲や水分へ干渉するだけで済むから、消費する魔力も抑えられます」

 

「そゆこと~」

 

 リーリエさんが指で丸を作り、にんまりと笑った。

 

 言っていることは至極真っ当だ。

 

 普段の適当極まりない態度からは信じられないほど、理に適った回答だった。

 

「それと、【出雲】は禁足地でね」

 

 リーリエさんは窓の外へ視線を向ける。

 

「この国を開闢した大英雄、アルフェウス閣下が最初に上陸した聖地だ。それだけじゃない。迷宮都市国家を巡る巨大な霊脈が、【出雲】で交差している」

 

 霊脈。

 

 大地を流れる、巨大な魔力の奔流。

 

「霊脈を保護するため、普段は許可を持たない者が踏み入ることを禁じられている。だけど、<荒神祭>の期間中だけは、祭儀のために一部が解放されるのさ」

 

 ふと、迷宮都市国家へ来る前にイルクから聞いた話を思い出す。

 

 禁足地。

 

 余所者が軽々しく立ち入ることを許されない、神聖な領域。

 

 巨大な霊脈の本流ともなれば、聖地として扱われるのも当然だ。

 

 傷つければ、国土全体の魔力循環に影響が出る。

 

 保全のために立ち入りを制限するのは、納得できる話だった。

 

 ただ、そうなると別の疑問が生まれる。

 

「質問なんですけど」

 

「どうぞォ」

 

「瘴気を雨水へ溶かして、地上へ落とすんですよね?」

 

「そうだね」

 

「それだと、雨と一緒に瘴気が大地へ染み込みませんか? 土壌や地下水、農作物に影響が出ると思うんですけど」

 

 リーリエさんが、ほう、と面白そうに目を輝かせた。

 

「いいところに気がついたね!」

 

 煙管の先を、僕へ向ける。

 

「もちろん、ただ雨を降らせるだけじゃない。<荒神祭>の肝は、呼び寄せた雨雲へ退魔の力を付与することにある」

 

「退魔の力……」

 

「大陸で馴染みのある言い方なら、『聖性』だね」

 

「ああ!」

 

 思わず身を乗り出す。

 

「なるほど……! 聖性を帯びた雨水で、瘴気を構成する魔力結合を分解するんですね!」

 

「その通り」

 

「分解された瘴気を、無害な魔力と原素へ戻す。それを雨と一緒に大地へ還元すれば、土壌や霊脈を汚染するどころか、土地の魔力を補うことができる……!」

 

「そゆこと~」

 

 リーリエさんが指で丸を作り、満足げに笑った。

 

 そういうことか。

 

 退魔の本質は、異常な魔力結合の分解。

 

 瘴気も、言ってしまえば複雑に絡まり、変質した魔力だ。

 

 つまり、<荒神祭>とは、雨を国中へ巡らせることで瘴気を分解し、魔力として大地へ還元する巨大な浄化儀式なのだ。

 

「よく分からないけど」

 

 リリアが腕を組みながら口を開く。

 

「この国に溜まった汚れを、雨で丸ごと洗い流す儀式ってことね」

 

「そゆこと」

 

 リーリエさんは頷き、煙管を一度くるりと回した。

 

「それで、儀式と同時に、エディン君が攻略した【聖劍宮】から出た黄金も売り捌いちゃいたいのさ」

 

「同時に?」

 

「国家規模の大祭だからね。儀式の中心になる【出雲】へ、国内中から金と人が集まる」

 

 リーリエさんは楽しそうに両手を広げる。

 

「しかも此は今回、黄金を売り出すって国内外へ大々的に宣伝した。だから外国の商人や貴族、錬金術師も、たっくさん来るのぉ!」

 

 黄金は、魔力伝導率に優れた神秘の金属だ。

 

 錬金術師なら、喉から手が出るほど欲しいだろう。

 

 それが【聖劍宮】から山ほど出土したとなれば、国内外から買い手が殺到するのも当然だった。

 

「つまり、人も金も集まる!」

 

 リーリエさんは大きく頷く。

 

「当然、護衛もたくさん集まる! はずだったんだけどぉ……」

 

 段々と、言葉の歯切れが悪くなっていく。

 

「人員の供出を断られた、ということか」

 

 リモルさんが鼻で笑う。

 

「だからエディン君たちへ、会場警備という名目で依頼を出したわけだな」

 

「…………」

 

「国家最強を名乗りながら、そんな迂遠な方法を使わねば人足すら貸してもらえぬとは」

 

 リモルさんは、わざとらしく肩を竦める。

 

「日頃の信用の低さが窺える。実に無様だな」

 

「じゃっかあしいよ、リモルゥ!」

 

 リーリエさんが机を叩いた。

 

「ああ、そうだよ! 断られた! だから依頼を出したんじゃんか! 悪い!?」

 

 ぎゃんぎゃんと、リモルさんの冷笑を前に開き直る。

 

 なるほど。

 

 そういう事情があったのか。

 

 国家最強であっても、権力者として信頼されているとは限らないらしい。

 

 というか、普段の言動を見ていると、断られるのも少し分かる。

 

「つーかさあ」

 

 リーリエさんは苛立ちを隠そうともせず、矛先をリモルさんへ向ける。

 

「なんでお前がこの列車に乗ってんの?」

 

 言われてみれば、確かに不自然だ。

 

「普段のお前、アイテールに引き籠もったまま移動してるよね? なにより、お前は<荒神祭>になんか興味ないだろ」

 

 リモルさんは普段、自らが保有する空中島――アイテールで移動している。

 

 指名手配も受けているらしいし、公共交通機関を利用する機会など、滅多にないはずだ。

 

「あやつから、こやつの面倒を見てくれと頼まれたのだよ」

 

 リモルさんは、ちらりと僕を見る。

 

「それだけで、僕がここにいる理由としては十分だろう」

 

 頬を緩ませ、紅茶を口へ運ぶ。

 

 その瞳の奥は、爛々と輝いていた。

 

 心底から楽しそうな顔だ。

 

 その一方で魔力探知を欠かさず、列車の前後へ薄く、広く魔力を伸ばし続けている。

 

 ……気味悪いなあ。

 

 絶対、何かろくでもないことを企んでいる顔でしょ、それ。

 

 リーリエさんも、じとりとした目をリモルさんへ向けていた。

 

 しかし、肝心のリモルさんはどこ吹く風。

 

 腹の内を語る気などないらしく、悠々と紅茶へ角砂糖を落としていく。

 

「それ以上、語ることなどない」

 

 リモルさんは窓の外へ目を向けた。

 

「なにせ――」

 

 ごう、と強い風の音が響く。

 

 周囲が、一気に暗くなった。

 

 列車がトンネルへ入ったのだ。

 

 山中を貫いて造られた坑道を、黄金号は瞬く間に駆け抜ける。

 

 暗闇は、ほんの一瞬。

 

 再び陽光が差し込み、眼前へ開けた平野が広がった。

 

「もう、到着したのだからな」

 

 大地に、五本の巨大な塔が立っていた。

 

 海側には、小さな漁村。

 

 その奥には、巨大な神殿が鎮座している。

 

 天まで届くのではないかと思うほど高くそびえ立つ、高床式の大神殿。

 

 その周囲へ、広大な城下町が築かれていた。

 

 五本の塔は、巨大な護摩壇だろうか。

 

 塔の先端から、特殊な退魔の力を宿した煙が立ち上っている。

 

 薄い金色の煙は上空へ集まり、空を覆う巨大な五芒星を象っていた。

 

 はじまりの土地。

 

 大陸から渡ってきた【勇者】アルフェウスが、最初に足を踏み入れた場所。

 

 後に大国を築き上げる英雄が、覇道の第一歩を刻んだ聖地。

 

「――【出雲】」

 

 人類史上、最強と謳われる偉人が辿り着いた最初の土地へ。

 

 僕らは、ようやく到着した。

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