アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜 作:鹿鳴弥
巻き上げられた土埃が、彼方へ消えていく。
リーリエが借り上げた鉄道列車――黄金号が、遠方へ駆け去っていた。
数ある魔物の中でも、特に持久力と速度に秀でた<式神・火牛>。それに牽かれた幾つもの車両が、矢のごとく線路の上を駆け抜けていく。
【殲光鹿】の襲撃を返り討ちにしたエディン一行は、戦場跡に残された鹿から肉や素材を剥ぎ取り、残る亡骸をすべて焼却していった。
後に残されたのは、焼け焦げた大地と獣の残骸だけ。
その死骸を、遠くから見つめる者たちがいた。
「いやあ。突破されてしまいましたね~ぇ」
軽薄な男の声が響く。
声の主は、白い法衣を貴族服のように着こなした青年だった。
場所は、襲撃現場からほど近い山中の廃村。
村人の姿は、どこにもない。
行政からすら忘れ去られた寒村。その住民たちは、既に監視者である教団の手によって始末されていた。
「でもまあ、ユー達の有用性は十分に理解できましたよぉ?」
軽薄な男は、砕けた首塚の上で嗤う。
彼の足元には、無数の人骨が埋まっていた。
悲鳴も上げさせない。
脱走者も出さない。
血痕ひとつ、生活の痕跡ひとつ残さず、村人全員を丁寧に処理した。
すべては、一人の少年が持つ異常な魔眼への対策。
エディンの《蒼眼》を欺くため、教団員たちは村人を殺し、その顔と暮らしを奪って、この小さな集落へ潜伏していたのだ。
青年は、手にした黒い急須のようなランプを弄びながら語る。
きゅ、きゅ、と布で表面を磨く。
すると、【殲光鹿】の死骸から、どす黒い瘴気が立ち上り始めた。
怨念。
無念。
主を失い、無惨に狩られた獣たちの魂の残滓。
それらが細い煙となって空を這い、ランプの口金へ次々と吸い込まれていく。
ランプが、びくりと震えた。
口金の隙間からどす黒い瘴気が漏れ出し、怒り狂うように金属の器を軋ませる。
甲高い音が響いた。
さながら、悪霊が金属の内側から爪を立てているような、耳障りな音だった。
「おっとっと~。暴れないでくださいよぉ」
青年は片手でランプを押さえ込む。
「リーリエ・アモンに恨みがあるのは分かりますけどね。ミーは何もしていないでしょう?」
返答するように、ランプが激しく震えた。
「大丈夫ですよ」
青年は頬を吊り上げ、悪魔のような笑みを浮かべる。
「ユー達の恨みを晴らす機会は、必ず作ってあげますから」
両の手へ、青黒い気魄を巡らせる。
瞬間、世界の理が軋んだ。
空間が薄く歪み、青年の掌から放たれた青黒い光が、ランプを膜のように覆っていく。
荒れ狂っていた怨念が一点へ収束する。
言葉とは裏腹に、青年は獣たちの怨嗟を力ずくで圧縮し、自らの支配下へ組み込んでいた。
黄色味を帯びていた金属製のランプが、真黒に染まっていく。
光を反射することすら拒む、底のない闇の色へと変貌した。
「さあて。この村で仕入れたブツの試運転も上々」
青年は完成したランプを掲げ、満足げに細めた目で眺める。
「これから、どういたしましょうかぁ」
そして、ゆっくりと顔を横へ向けた。
「――イルゲルム閣下ぁ」
犯罪宗教結社、<アリウスの梯子>。
その一員たるリューリュ・ヴェティは、にやりと口元を歪める。
視線の先。
いつの間にか、執事服を身に纏った長身の魔族が立っていた。
「ここで事故の一つでも起こせていたら、【出雲】へ向かう鉄道を止められたんですけどねぇ」
リューリュは大きくため息を吐き、芝居がかった仕草で肩を竦める。
嘆かわしい、とでも言いたげに、イルゲルムへ流し目を送った。
「問題ない」
対する大魔族イルゲルムは、あっさりと答える。
影の中から両刃槍を引き抜き、その穂先へ濃密な闇を纏わせた。
「――《
瞬間。
空が、割れた。
世界そのものが一文字に歪み、遅れて巨大な暗黒の斬撃が天地を横断する。
斬撃は山間部を抜け、雑木林を切り裂き、海峡の水面を二つに割った。
そのまま、【伯方】と本州を結ぶ巨大な石橋へ直撃する。
轟音。
石造りの橋脚が断たれ、巨大な橋が中央から崩落した。
大量の瓦礫が海へ落ち、水柱が天高く噴き上がる。
「――わーお。派手ですねえ」
リューリュは目元へ手を翳し、崩れていく橋を眺める。
「いいんですか? そんな目立つことしちゃって」
「無論」
イルゲルムは両刃槍を影の中へ収め、淡々と告げる。
「橋を短期間で修復し得る【伯方】の錬金術師は、既に我が始末した」
イルゲルムが一言発するたび、周囲へ影が差し込む。
光に満ちた昼間だというのに、その声だけで世界が暗く沈んでいくような重圧があった。
「さらに、討伐の障害となるリーリエ・アモンとエディン・イラ・リステリア。その両名が【出雲】へ向かったことも確認済みだ」
「つまりぃ?」
「【伯方】に、橋を即時修復できる者はいない」
海峡を渡る最大の陸路は、断たれた。
鉄道も、黄金号を除いて運休している。
大規模な兵力を【伯方】から【出雲】へ送るには、海路を使うほかない。
「うーん。さすがは閣下」
リューリュが指を鳴らす。
「そこに痺れる、憧れるゥ!」
砕けた首塚の上から軽やかに飛び降り、黒いランプを懐へしまった。
「では、そろそろミー達も移動しましょうか」
イルゲルムは懐中時計へ目を落とす。
仏頂面のまま時刻を確認し、リューリュの前を歩き始めた。
リューリュも、機嫌を損ねた様子はない。
鼻歌でも歌い出しそうな軽い足取りで、その背後へ続く。
「我らが計画、その最終地点」
イルゲルムは大股に歩き、青空を睨みながら告げる。
「異界の『門』を開くため」
足元の影が、不気味に蠢く。
「そして――」
イルゲルムの三つの眼が、細められた。
「アルフェウスを
影が膨れ上がった。
イルゲルムとリューリュ。
首塚。
廃屋。
村のすべてを、底なしの闇が呑み込んでいく。
「【出雲】へ行くぞ」
次の瞬間。
二人と、廃村の痕跡は、この場から跡形もなく消え去った。
『才気に狂いし鴉門凛々絵の弟子、十余名』
『謀反を企てし罪により、斬首』
『その首と御霊を、ここ首塚村に祀る』
首塚村。
その名の由来を刻んだ古い石碑だけが、村の消えた平野に取り残されていた。
師への嫉妬に狂い、反旗を翻した弟子たち。
処刑された叛逆者どもの首を埋めた塚だけが、風に晒され続けていた。
※※※
「それで、<
焼いた鹿肉を白飯と一緒に頬張りながら、リーリエさんへ尋ねる。
がたん、ごとん。
座席が小刻みに揺れ、窓の外の景色が流れるように過ぎ去っていく。
鬱蒼とした雑木林は既に抜けていた。
辺り一面には田園が広がり、芽吹いたばかりの稲が風に揺れている。
先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど、長閑な旅景色だった。
列車は問題なく動き始めている。
リーリエさんが列車を牽引する<式神・火牛>を無理やり叩き起こし、術で縛り上げたうえ、極悪な労働を強いたからだ。
肝心の火牛は、目の下に濃い隈を作ったような顔で今も線路を走り続けている。
可哀想に……。
「おや?」
リーリエさんは煙管を弄びながら、片目を大きく見開いた。
「<
向かい側の長椅子、その中央へ足を組んで座っている。
隣にいるモーリス君のことなど一切考えていない座り方のせいで、彼は物理的にも心理的にも肩身の狭い思いをしていた。
「仕方ないなあ。エディン君がどうしても知りたいっていうなら、此が直々に教え――」
「<
リーリエさんの言葉を遮り、窓際に腰掛けていたリモルさんが口を開いた。
「年に一度執り行われる、陰陽道の大祭儀だ。平たく言えば、大規模な雨乞いを利用した国土浄化の儀式だよ」
リーリエさんが「は?」という顔でリモルさんを睨む。
しかし、リモルさんはどこ吹く風。
澄ました顔で紅茶を口へ運んだ。
「天候操作の魔法は、相当難易度が高いって聞きますけど」
興味を引かれ、リモルさんの方へ身を乗り出す。
「本当に可能なんですか? 陰陽道も、一応は魔法の一種ですよね?」
少なくとも、魔法陣を描いて発動する【
む、む。
本当に無理なのかな。
軽く術式だけでも組んでみよう。
まず、大気圧へ干渉する術式で上昇気流を発生させる。
次に、大気中の水蒸気を収束する術式を接続して、雲を形成する。
広範囲へ雨を降らせるのなら、大気循環の制御と、雲の移動方向を調整する術式も必要で――。
あ、無理だこりゃ。
現実的じゃねえ。
理由は単純。
魔法陣が、規格外の大きさになる。
積層型の魔法陣として可能な限り圧縮しても、城下町を丸ごと覆うほどの規模が必要だ。
面白そうだから脳内で軽く組んでみたけど、天候操作そのものは不可能ではない。
ただし、消費魔力は桁外れ。
術式の運用に必要となる制御演算も、天文学的な量になる。
あまりにも費用対効果が悪い。
それを、陰陽道なら実現できるものなのだろうか。
「無論だ」
リモルさんは当然のように答える。
「そもそも、陰陽道がどういうものか理解しているかね。リリア君」
「慣れ、かしら?」
リリアはきりりとした顔で即答した。
とうの昔に考えることを放棄しているらしい。
思考した形跡が欠片もない、お決まりの文句だった。
アルターの意識も、既に夢の大海原へ出航している。
頭が凄まじい勢いで上下に揺れ、列車を越える速度で船を漕いでいた。
この調子なら、汽笛代わりのいびきと鼻提灯が上がるのも、そう遠くないだろう。
「聞いた僕が馬鹿だったな」
リモルさんは、僕の隣にいる頓珍漢な二人を心底呆れた顔で見た。
すぐに視線を切り、僕へ意識を向ける。
「エディン君は?」
「錬金術と魔法を組み合わせたもの、ですよね」
「正解だ」
リモルさんが人差し指を立てる。
紅茶の入ったカップは、空中へ浮いたままだ。
「陰陽道とは、物質を媒介として用いる魔法体系だ」
符。
魔導具。
祭具。
土地。
そうした物質へ術式を刻み、そこに魔力を通すことで、あらかじめ定めた現象を発動させる。
例えば、符を投げて水や炎を生み出す天狗術が、最も分かりやすい。
符に刻まれた術式へ魔力を通し、錬金術的な置換によって、符そのものを魔法現象へ作り替える。
だから陰陽道で使われた符は、術の発動後、燃え焦げたように崩れ落ちる。
「陰陽道では、術の発動と同時に符や祭具を消費する」
リモルさんは指先へ、小さな紙片を浮かべた。
「術式の媒介そのものを
「ドチビのくせに、陰陽道をよく知ってるねー。お勉強、頑張ったのかな?」
リーリエさんが、にこにこと笑いながらリモルさんを見つめる。
額には、くっきりと青筋が浮かんでいた。
めちゃくちゃ怒っている。
怒気を放っていないだけで、顔に大きく「怒っています」と書いてあった。
「色惚け黄金級冒険者殿は放っておいて、<荒神祭>の講義を続けるぞ」
「おい。今、鼻で笑ったろ」
リーリエさんが煙管を置く。
「死ぬか? 今死ぬか? このサディストドチビ魔法馬鹿」
怒気を一切隠さず、リモルさんへ視線を釘付けにした。
隣に座っているモーリス君は、完全に気配を殺していた。
飛び火を避けるため、嵐が過ぎ去るのをひたすら待っている。
「【法陣構築】では困難な術であっても、陰陽道ならば比較的少ない魔力で実現できる」
リモルさんはリーリエさんを完全に無視し、説明を続ける。
「さらに、あらかじめ各地へ符や祭具を配置すれば、術式を全国規模に展開することも可能だ。雨乞いであろうと、全国から高位の陰陽師を数十名集め、霊脈と祭具を連結させれば実行できる」
「なるほど」
片手を挙げる。
「質問です」
「許可しよう」
「そこまでして雨乞いをする必要ってあるんですか?」
窓の外へ視線を向ける。
「迷宮都市国家って、かなり水が豊富ですよね。それに、国土も相当広かった記憶があります。全国規模で雨を降らせるとなると、幾ら陰陽道でも、費用がとんでもないことになりませんか?」
《蒼眼》で周辺の地形や湿度を調べていたけど、この国は保有している水分量がかなり多い。
夜間には雨も降っていた。
地下水も豊富で、井戸の底もそれほど深くない。
何より、迷宮都市国家は細長い形をしているせいで小さく見えるけれど、実際にはかなり広大だ。
リステリアの千倍以上はある。
そんな広大な土地へ一斉に雨を降らせるとなると、相応の術者と祭具、そして莫大な費用が必要になる。
わざわざ高位の陰陽師を全国から集める理由が見えない。
「それはだな――」
「迷宮都市国家そのものを浄化するため!」
一瞬考え込んだリモルさんへ割り込むように、リーリエさんが身を乗り出してきた。
「さらに言えば、【出雲】そのものが禁足地だからだよう!」
ようやく説明する機会を奪い返せたことが嬉しいのか、得意げな顔をしている。
「エディン君は、魔物が生まれる仕組みを知ってるかな?」
「瘴気が集まると、魔物になります」
瘴気は、魔力の成れ果てだ。
怨念や地形的な要因によって魔力が停滞し、濁ることで、瘴気へと変質する。
「正解!」
リーリエさんは楽しそうに指を鳴らした。
「迷宮が多い土地柄だからね。この国は、他国と比べても瘴気の量がべらぼうに多い」
一本、指を立てる。
「瘴気が溜まれば、魔物や怨霊が増える」
二本目。
「人が浴び続ければ、病気になる。作物も枯れる。雨雲や風の流れに混じれば、疫病や異常気象の原因にもなる」
三本目の指を立て、にやりと笑った。
「それを一掃するための儀式が、<荒神祭>なのさ」
なるほど。
単なる農業目的の雨乞いではない。
国土全体を洗い流すため、雨という現象を利用しているのか。
「<荒神祭>は、大体春から夏にかけて執り行われる。ちょうど今くらいの時期さ」
リーリエさんが頬杖をつく。
「さて。どうしてだと思う?」
「む……」
にたにたと笑うリーリエさんの問いを、顎へ手を添えて考える。
今のところ出揃った情報は、祭儀が行われる時期だけ。
つまり、その季節そのものに意味がある。
瘴気の発生量が、時期によって変わる?
いや、それはないな。
迷宮に関する書物や統計資料は、葬儀後の休養中にかなり読み漁った。
迷宮が吐き出す瘴気量には、明確な季節性が存在しない。
ならば、祭儀の性質から考えるべきだ。
術の本質は、雨乞い。
雨を呼ぶ儀式。
春から夏。
気温が高くなり、大気中の水分量が増える。
湿度も上がり、雨雲が発生しやすくなる季節。
リステリアと迷宮都市国家で自然法則に大きな差がないことから、経験則を元に仮定するなら――。
「――雨が降りやすい時期だから、ですか?」
「おお。ほぼ即答」
リーリエさんが、ぱちぱちと拍手する。
「正解だ。あてずっぽうじゃないんでしょ?」
「雨雲が自然に生まれやすい時期なら、術で一から作り出す必要がない。既に存在する雲や水分へ干渉するだけで済むから、消費する魔力も抑えられます」
「そゆこと~」
リーリエさんが指で丸を作り、にんまりと笑った。
言っていることは至極真っ当だ。
普段の適当極まりない態度からは信じられないほど、理に適った回答だった。
「それと、【出雲】は禁足地でね」
リーリエさんは窓の外へ視線を向ける。
「この国を開闢した大英雄、アルフェウス閣下が最初に上陸した聖地だ。それだけじゃない。迷宮都市国家を巡る巨大な霊脈が、【出雲】で交差している」
霊脈。
大地を流れる、巨大な魔力の奔流。
「霊脈を保護するため、普段は許可を持たない者が踏み入ることを禁じられている。だけど、<荒神祭>の期間中だけは、祭儀のために一部が解放されるのさ」
ふと、迷宮都市国家へ来る前にイルクから聞いた話を思い出す。
禁足地。
余所者が軽々しく立ち入ることを許されない、神聖な領域。
巨大な霊脈の本流ともなれば、聖地として扱われるのも当然だ。
傷つければ、国土全体の魔力循環に影響が出る。
保全のために立ち入りを制限するのは、納得できる話だった。
ただ、そうなると別の疑問が生まれる。
「質問なんですけど」
「どうぞォ」
「瘴気を雨水へ溶かして、地上へ落とすんですよね?」
「そうだね」
「それだと、雨と一緒に瘴気が大地へ染み込みませんか? 土壌や地下水、農作物に影響が出ると思うんですけど」
リーリエさんが、ほう、と面白そうに目を輝かせた。
「いいところに気がついたね!」
煙管の先を、僕へ向ける。
「もちろん、ただ雨を降らせるだけじゃない。<荒神祭>の肝は、呼び寄せた雨雲へ退魔の力を付与することにある」
「退魔の力……」
「大陸で馴染みのある言い方なら、『聖性』だね」
「ああ!」
思わず身を乗り出す。
「なるほど……! 聖性を帯びた雨水で、瘴気を構成する魔力結合を分解するんですね!」
「その通り」
「分解された瘴気を、無害な魔力と原素へ戻す。それを雨と一緒に大地へ還元すれば、土壌や霊脈を汚染するどころか、土地の魔力を補うことができる……!」
「そゆこと~」
リーリエさんが指で丸を作り、満足げに笑った。
そういうことか。
退魔の本質は、異常な魔力結合の分解。
瘴気も、言ってしまえば複雑に絡まり、変質した魔力だ。
つまり、<荒神祭>とは、雨を国中へ巡らせることで瘴気を分解し、魔力として大地へ還元する巨大な浄化儀式なのだ。
「よく分からないけど」
リリアが腕を組みながら口を開く。
「この国に溜まった汚れを、雨で丸ごと洗い流す儀式ってことね」
「そゆこと」
リーリエさんは頷き、煙管を一度くるりと回した。
「それで、儀式と同時に、エディン君が攻略した【聖劍宮】から出た黄金も売り捌いちゃいたいのさ」
「同時に?」
「国家規模の大祭だからね。儀式の中心になる【出雲】へ、国内中から金と人が集まる」
リーリエさんは楽しそうに両手を広げる。
「しかも此は今回、黄金を売り出すって国内外へ大々的に宣伝した。だから外国の商人や貴族、錬金術師も、たっくさん来るのぉ!」
黄金は、魔力伝導率に優れた神秘の金属だ。
錬金術師なら、喉から手が出るほど欲しいだろう。
それが【聖劍宮】から山ほど出土したとなれば、国内外から買い手が殺到するのも当然だった。
「つまり、人も金も集まる!」
リーリエさんは大きく頷く。
「当然、護衛もたくさん集まる! はずだったんだけどぉ……」
段々と、言葉の歯切れが悪くなっていく。
「人員の供出を断られた、ということか」
リモルさんが鼻で笑う。
「だからエディン君たちへ、会場警備という名目で依頼を出したわけだな」
「…………」
「国家最強を名乗りながら、そんな迂遠な方法を使わねば人足すら貸してもらえぬとは」
リモルさんは、わざとらしく肩を竦める。
「日頃の信用の低さが窺える。実に無様だな」
「じゃっかあしいよ、リモルゥ!」
リーリエさんが机を叩いた。
「ああ、そうだよ! 断られた! だから依頼を出したんじゃんか! 悪い!?」
ぎゃんぎゃんと、リモルさんの冷笑を前に開き直る。
なるほど。
そういう事情があったのか。
国家最強であっても、権力者として信頼されているとは限らないらしい。
というか、普段の言動を見ていると、断られるのも少し分かる。
「つーかさあ」
リーリエさんは苛立ちを隠そうともせず、矛先をリモルさんへ向ける。
「なんでお前がこの列車に乗ってんの?」
言われてみれば、確かに不自然だ。
「普段のお前、アイテールに引き籠もったまま移動してるよね? なにより、お前は<荒神祭>になんか興味ないだろ」
リモルさんは普段、自らが保有する空中島――アイテールで移動している。
指名手配も受けているらしいし、公共交通機関を利用する機会など、滅多にないはずだ。
「あやつから、こやつの面倒を見てくれと頼まれたのだよ」
リモルさんは、ちらりと僕を見る。
「それだけで、僕がここにいる理由としては十分だろう」
頬を緩ませ、紅茶を口へ運ぶ。
その瞳の奥は、爛々と輝いていた。
心底から楽しそうな顔だ。
その一方で魔力探知を欠かさず、列車の前後へ薄く、広く魔力を伸ばし続けている。
……気味悪いなあ。
絶対、何かろくでもないことを企んでいる顔でしょ、それ。
リーリエさんも、じとりとした目をリモルさんへ向けていた。
しかし、肝心のリモルさんはどこ吹く風。
腹の内を語る気などないらしく、悠々と紅茶へ角砂糖を落としていく。
「それ以上、語ることなどない」
リモルさんは窓の外へ目を向けた。
「なにせ――」
ごう、と強い風の音が響く。
周囲が、一気に暗くなった。
列車がトンネルへ入ったのだ。
山中を貫いて造られた坑道を、黄金号は瞬く間に駆け抜ける。
暗闇は、ほんの一瞬。
再び陽光が差し込み、眼前へ開けた平野が広がった。
「もう、到着したのだからな」
大地に、五本の巨大な塔が立っていた。
海側には、小さな漁村。
その奥には、巨大な神殿が鎮座している。
天まで届くのではないかと思うほど高くそびえ立つ、高床式の大神殿。
その周囲へ、広大な城下町が築かれていた。
五本の塔は、巨大な護摩壇だろうか。
塔の先端から、特殊な退魔の力を宿した煙が立ち上っている。
薄い金色の煙は上空へ集まり、空を覆う巨大な五芒星を象っていた。
はじまりの土地。
大陸から渡ってきた【勇者】アルフェウスが、最初に足を踏み入れた場所。
後に大国を築き上げる英雄が、覇道の第一歩を刻んだ聖地。
「――【出雲】」
人類史上、最強と謳われる偉人が辿り着いた最初の土地へ。
僕らは、ようやく到着した。