アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜   作:鹿鳴弥

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遊日

 

 

 

 

 

 

 列車が完全に停止した。

 

 真っ先に目へ入ったのは、駅の乗降場(ホーム)だった。

 不自然なほど広い。

 

 今は人影もまばらだが、普段は大勢の旅客や出店で賑わっている場所なのだろう。窓から眺めるだけでも簡単に想像できた。

 

 証拠に、列車の出口へ敷かれた鉄板は大きくすり減っている。

 

 日常的に、数え切れないほどの人々が行き交ってきた痕跡だ。

 

 思っていた以上に、この国では多くの人が鉄道を利用しているらしい。

 

「さ。着いたし、降りようぜ」

 

 リーリエさんが愉しげに告げ、肘掛けへ指先を置いた。

 

 座席から緑色の魔力線が走る。

 

 車内を支えていた不思議な浮遊感が消え、列車の重みが線路へ落ちた。

 

 同時に、重厚な音を立てて扉が開く。

 

 アルターが椅子から立ち上がった。僕も続いて腰を上げ、荷物棚へ載せていた全員分の荷物を取り、それぞれへ手渡しながら出口へ向かう。

 

「ん~、いい薫りなのです」

 

「本当だね」

 

 先に外へ出たアルターと並び、駅へ流れ込む街の香りを嗅ぐ。

 

 微かな潮風。

 

 乾いた砂と、日に温められた土の匂い。

 

 近くには漁村があり、地図を見た限りでは鳥取砂漠なる場所も隣接している。その二つが混ざった香りなのかもしれない。

 

「ヴシュウウウウ…………」

 

 列車の前方から、疲れ切ったような呻き声が聞こえた。

 

 <式神・火牛>だ。

 

 よく視れば、蹄は傷つき、脚の筋肉も一部が断裂している。

 

 【伯方】から【出雲】まで、数百キロにも及ぶ道のり。

 

 リーリエさんから馬鹿げた量の魔力を供給されていたとはいえ、それを僅か一時間で踏破したのだ。

 

 そりゃあ、こうもなるよな……。

 

 あまりに可哀想だったので、<回帰原理(イニラ・イム)>を使うことにした。

 

 描き上げた魔法陣から白い光が溢れ、<火牛>の傷ついた身体を、健康だった状態へと回帰させていく。

 

「ありゃ。悪いね、エディン君」

 

 リーリエさんが軽い調子で笑った。

 

「そんなとんでもない魔法まで使って、ウチの木偶に気を遣わせちゃってさ」

 

 人差し指と中指を揃え、刀印を結ぶ。

 

 その指先を、縦一文字に振り下ろした。

 

 瞬間。

 

 長大な列車が、白煙の中へ消えた。

 

 煙の奥から数十枚もの形代が飛び出し、次々とリーリエさんの指の間へ収まっていく。

 

 うっひゃあ……。

 

 あれだけ巨大な列車を、一瞬で符へ戻した。

 

 霊符に使われている素材も、間違いなく最高級品だ。

 

 物質圧縮。

 

 重量軽減。

 

 内部空間の拡張。

 

 それらの術式を息を吸うように同時行使している。

 

 この人、本当にどうなってるんだよ……。

 

「いや~、助かったよ。ほんと」

 

 へらへらと笑いながら、リーリエさんが再び印を結ぶ。

 

「――召還」

 

 <火牛>の全身を、緑色の術式が包み込んだ。

 

 巨大な身体が光へ変わり、一枚の霊符へと収束していく。

 

 ……なるほど。

 

 あれが式神術か。

 

 陰陽道・式神術。

 

 魔獣や魔物を使役する術とは、どのようなものなのかと思っていたが、その実態はかなり高度な術だった。

 

 霊魂。

 

 肉体。

 

 精神。

 

 生物を構成する三つの要素を術式へ変換し、符の中へ刻みつける。

 

 生きた魔獣を、術者の命令へ従う人工生命へと作り替える術だ。

 

 術式の構造から察するに、魔物や魔獣を式神へ変えるためには、対象を屈服させる<調伏の儀>が必要となる。

 

 極めて危険な儀式だろう。

 

 だが、その危険を乗り越えた分、式神となった後の安全性と持続性は抜群だ。

 

 どれほど無茶な使い方をして傷つけても、霊符へ戻せば、蓄えられた魔力によって肉体が徐々に修復される。

 

 ……ちょっと待て。

 

 これ、人道的にどうなんだ?

 

「まあ、魔物だしな」

 

 僕の考えを読んだように、リーリエさんが言った。

 

「人間サマを食い殺しに来たんだ。骨の髄まで利用されたところで、文句は言えないだろ」

 

 霊符へ戻った<火牛>を寄木細工の箱へ入れ、その上から封印用の符を貼り付ける。

 

「同意だな」

 

 リモルさんも当然のように頷いた。

 

「使えるものを徹底的に使い尽くす。それこそが陰陽道であり、錬金術だ。尊厳など二の次なのだよ」

 

「倫理観が、この中で一番終わってるヤツに言われたかないんですけど」

 

 リーリエさんが不満げに言い返す。

 

 ……なるほど。

 

 そうした容赦のない精神性こそが、陰陽道の根底にあるのか。

 

 圧倒的な効率性。

 

 僕はそれを高く評価していた。

 

 だけど見方を変えれば、これは病的なまでの吝嗇(りんしょく)だ。

 

 奪った命も、死骸も、魂すらも無駄にしない。

 

 何もかもを資源と捉え、徹底的に使い切る。

 

 モーリス君へ目を向ける。

 

 彼は澄み切った、どこか遠い瞳で、師匠が収めた式神の箱を眺めていた。

 

「吝嗇。ドケチ。外道。大いに結構」

 

 リーリエさんは、何でもないことのように語る。

 

「命を奪った以上、どう取り繕っても外道なんだ。だったら、奪った命を最大限に活用することも、一つの弔いだろう」

 

 リリアの眉間へ、深い皺が寄った。

 

 武人としての矜持が強い彼女にとって、到底受け入れやすい話ではないのだろう。

 

 間違っている。

 

 糾弾するべきだ。

 

 僕の心の一部も、そう叫んでいる。

 

 だけど、東塔で培った冷静な思考は、リーリエさんの言葉にも一理あると認めてしまっていた。

 

「死した聖人や偉人を喚び戻す<神話招来・英霊召喚>なら、此だって相応の敬意を払うよ」

 

 リーリエさんは煙管を取り出し、雁首へ刻み煙草を詰める。

 

「だが、こいつらは別だ」

 

 指先に火を灯し、煙草へ火種を移す。

 

「此は、この国の最強だ」

 

 煙管を咥え、深く吸い込む。

 

「此がわざわざ出向かなきゃならん時点で、特大の被害案件なんだよ」

 

 細く紫煙を吐き出した。

 

「人が死んでる。土地が荒れてる。生き物が食い荒らされてる。誰かの生活が、根こそぎ壊されてる」

 

 煙の向こうから、緑色の瞳が僕らを見回す。

 

「そんな魔物を殺して、ただ穴へ埋めて終わるより。式神にして、人や土地を守らせる方が、よほど世の中の役に立つとは思わんかね」

 

 リリアは何も答えなかった。

 

 言い返せないのだろう。

 

 人の社会で生きる以上、人へ害意を向ける魔物は明確な天敵だ。

 

 それを討つのが、戦士や冒険者、騎士の務めでもある。

 

 戦士としての責務を誰よりも重んじるリリアだからこそ、その合理性だけは否定できなかったのだと思う。

 

 リーリエさんの言わんとしていることは分かる。

 

 東塔にいたころの僕だって、襲ってきた魔物を殺し、その肉を食べた。

 

 骨や皮、内臓に至るまで、使えるものは余すところなく利用した。

 

 瘴気の問題が根深いこの国において、魔物は人道的な配慮の対象外なのだろう。

 

 だけど。

 

 それを当然だと思うことには、喉へ小骨が刺さったような違和感が残る。

 

 どうにも胸の奥が、もやもやしていた。

 

「ま、理解しなくてもよろしい」

 

 リーリエさんは短く笑う。

 

「理解するのも、しないのも。受け入れるのも、拒むのも。人に許された自由だからさ」

 

 僕らへ背を向ける。

 

 豪奢な着物を羽織り直し、紫煙を引き連れながら駅の出口へ歩き出した。

 

「つまらんことを言うヤツだな」

 

 リーリエさんの後ろへ続きながら、リモルさんが肩を竦める。

 

 そのまま自分の身体へ、複雑な魔法陣を描いた。

 

 上空から、肉眼では捉えられない魔力の光が降り注ぐ。

 

 魔法陣へ光が集まるにつれて重力が弱まり、リモルさんの小柄な身体がゆっくりと宙へ浮き上がった。

 

「アイテールに戻るんですか?」

 

「ああ」

 

 リモルさんは退屈そうな顔を隠そうともせず、リーリエさんの背中へ視線を向けた。

 

「説教臭い空気は嫌いなのでね。退散させてもらうよ」

 

 どうやら、リーリエさんの回答が気に入らなかったらしい。

 

 何が気に入らないのかまでは分からない。

 

 だけど、態度にはありありと表れていた。

 

「一つだけ、聞かせてください」

 

 上昇を始めたリモルさんを、静かに呼び止める。

 

「リモルさんが【出雲】へ来た、本当の目的は何ですか?」

 

 警戒を込めて、その紅い瞳を見つめる。

 

 リモルさんの考えていることは、いまだによく分からない。

 

 【魔神】の<神話継承(ジョブ)>に憑いた彼の腹の底を読み切れないことなど、承知している。

 

 それでも、不気味だった。

 

 リリアも僕の後ろで、いつでも剣を抜けるように構えていた。

 

「そう警戒するな」

 

 リモルさんは、僕らを安心させるように両手を広げる。

 

「僕は、この国になど毛ほども興味がない」

 

 ゆっくりと語りながら、心底愉しそうに笑った。

 

 紅い瞳が、ぎらぎらと危うい光を放っている。

 

「僕の狙いは、ただ一つ」

 

 黄金に関する情報へ釣られ、不法入国してくるであろう一人の教授。

 

「リーリエの元弟子にして、<叡智の学堂(アルカヌム・マギステル)>における最高権力者の一人」

 

 口元を、悪辣に吊り上げる。

 

「錬金学科祭主――惟任(コレトー)小鳥遊(たかなし)

 

 リモルさんは、その名を愛おしむように口にした。

 

「彼女との対談だよ」

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「エディ~ン!!」

 

 少し重たくなった空気を吹き飛ばすように、予想外の声が僕の耳を打った。

 

 声の主は、先頭を歩いていたリーリエさんなど眼中にない様子で横を駆け抜ける。

 

 そのまま一直線に僕のもとへ迫り、身体を軽々と抱え上げた。

 

「わっ、イルク!?」

 

 僕の兄貴分、イルク。

 

 旅装に身を包み、荷物まで抱えた僕を難なく持ち上げ、その場でくるくると回り始めた。

 

 柔らかな笑顔。

 

 懐かしい藍色の瞳。

 

「【出雲】まで来てくれて、ありがとね~!」

 

 ぎゅう、と強く抱き締められる。

 

「外にバーベキューの用意してるからさ。百人前くらいなら余裕で食べられるよ~!」

 

「ほ、本当!?」

 

「もちろん。それより、だいじょうぶ?」

 

 イルクの藍色の瞳が、心配そうに揺れる。

 

「ドチビクソカスサディストとか、そこの倫理観ド腐れカス女に変なことされなかった?」

 

 ちょ、イルク……!

 

 周囲の人が見てるから……!

 

 「あの二人は一体どういう関係なんだ」みたいな目で見られてるから!

 

 物凄く変な目立ち方してるから……!

 

「おいお~い。イルクくぅ~ん?」

 

 背後から、妙に明るい声が響いた。

 

「倫理観ド腐れカス女って、誰のことかな?」

 

 リーリエさんが、満面の笑顔でこちらを見ている。

 

「テメエ以外に誰がいるんだ、間抜け」

 

 イルクは僕を抱えたまま、絶対零度の視線を返した。

 

「陰陽師や錬金術師なんざ、倫理観の『り』の字もねえだろ」

 

「へえ……?」

 

 リーリエさんの声が、さらに陽気になる。

 

「さすが、お仕事をサボって弟分のところへすっ飛んでくる、倫理観の鑑ことフレドリクス・アイネイアス君は言うことが違うねえ」

 

 フレドリクス。

 

 イルクの本名だ。

 

 僕の兄貴分は、本名で呼ばれることを嫌っている。

 

 実際、僕がそう呼んだ時も、すごく嫌そうな顔をしていた。

 

「勤労精神とか、お持ちでないのかな?」

 

「迷宮特典で作った分身体を残してきてるに決まってんだろ、バ~カ」

 

 イルクは鼻で笑う。

 

「俺が持ってる迷宮特典の数を調べてから出直してこいよ。自称・神獣軍大将軍様」

 

「はぁ~?」

 

 リーリエさんのこめかみに、青筋が浮かぶ。

 

「此は、正式に閣下から認められてますし~?」

 

 煙管をくるりと回し、笑顔のままイルクを睨みつけた。

 

「フレドリクス君の飼い主である、初恋拗らせ腹黒政略大好きロリエルフおばさんと違って、葬儀にもちゃんと参列してますから~?」

 

「…………」

 

「負け犬の遠吠え、乙! って感じ?」

 

「はっはっは~」

 

 イルクが朗らかに笑った。

 

 目だけが、全く笑っていない。

 

「さすが、神獣軍のおっかけファンは格が違うね」

 

 僕を抱いている腕へ、少しずつ力が籠もっていく。

 

「始まりの地である【出雲】を自分の墓場にしたいなんて、殊勝な心掛けじゃないか」

 

「何それ、ウケるんですけど」

 

 リーリエさんも、あり得ないほど楽しげに笑う。

 

「武器自慢しか能のない脳筋子犬が、武も魔法も極めた此に勝てると思ってんの~?」

 

「「はっはっはっはっは!!」」

 

 ……胃が痛い。

 

 イルクが僕を抱く力が、どんどん強くなっている。

 

 腕も少し痛くなってきた。

 

 リーリエさんも一見いつも通りだが、手にした煙管がぎしぎしと軋んでいた。

 

 何より、周囲には既に強固な結界と認識阻害の術が張られている。

 

 どう見ても、大乱闘開始の数秒前だ。

 

 ありがとうございました。

 

 イルクは背広の内側へ隠している黄金の腕輪へ、気魄を流していた。

 

 収納能力に特化した迷宮特典。

 

 その内側から、恐ろしく鋭い刀の気配が滲み出している。

 

 リーリエさんも魂の源流基盤へ気魄を巡らせ、格納している武装を、いつでも肉体と融合させられる状態へ移行していた。

 

 朗らかに笑い合ってはいる。

 

 だが、一触即発。

 

 噴火寸前の火山が、一瞬だけ静寂に包まれているような恐怖が漂っている。

 

 二人が同時に、大きく息を吸い込んだ。

 

「――ストォォップ!!」

 

 イルクの腕から、ひらりと飛び降りる。

 

「お互い、怒らないの! もういい大人でしょ!」

 

 二人の間合いが交錯する、その一点。

 

 僕は魂から【天璽聖劍】を顕現させ、そのまま二人の間へ放り投げた。

 

 黄金の聖劍が、稲光のように宙を奔る。

 

 二人の魔力を切り裂きながら、その間へ深々と突き立った。

 

 イルクが、たたらを踏む。

 

 その手には、物騒極まりない漆黒の太刀。

 

 リーリエさんも立ち止まっていた。

 

 片腕は既に巨大な薙刀へ変貌し、周囲には大量の霊符が衛星のように浮遊している。

 

「喧嘩、よくない」

 

 咄嗟に片言となりながら、二人へ掌を向ける。

 

「ここ、都市部。二人が暴れたら、吹っ飛ぶ。お分かり?」

 

 心胆が縮み上がっていた。

 

 ……怖ぇ。

 

 やめてよね。

 

 二人がぶつけ合っていた殺気の余波とはいえ、それを僕へ向けるの、本気で怖いから。

 

 割って入った僕が悪いんだけど!

 

 だけど、こんな場所で人外二人の魔境決戦が始まったら、【出雲】の街くらい簡単に吹き飛ぶ。

 

 【聖劍宮】で戦ったトワさんすら上回る覇気と殺気に挟まれれば、さすがの僕でも失禁しかねない。

 

 現に、少し離れたところでモーリス君が気絶していた。

 

 アルターはリリアに庇われている。

 

 庇っている当人である、戦闘大好き少女のリリアさえ顔色が悪い。

 

 膝ががくがくと笑う。

 

 涙目になった僕を見て、イルクとリーリエさんが顔を見合わせた。

 

 その時。

 

 ぴん、と上空から一筋の光が差し込んだ。

 

 強固な結界。

 

 認識阻害。

 

 殺気と魔力が渦巻く、戦闘開始寸前の空間。

 

 その真上から、何の遠慮もなく光が降り注いでいる。

 

 光の柱が明滅し、やがて小柄な人影へ変わった。

 

「――まったく」

 

 呆れ果てたような声。

 

「貴公らは、落ち着きというものを知らんのか」

 

 青い髪を揺らし、小柄な少年が空中から僕らを見下ろす。

 

「少しは僕を見習え。僕を」

 

「「「「お前が言うな!!」」」」

 

「お前が言うな、なのです!!」

 

 全員から、間髪を容れない突っ込みが入った。

 

 どの口で言ってんだ、リモルさん(あんた)

 

 賭博感覚でリーリエさんと怪獣大戦を始めようとした、倫理観の欠片もない【魔神】が、堂々と帰還してきた。

 

「それで」

 

 リモルさんは、何事もなかったかのように地面へ降り立つ。

 

「バーベキューは? やるのであろう?」

 

「「「「「殴り込みに来たんじゃねえのかよ!!」」」」」

 

 ほんと、何なんだ。

 

 この人たち……。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 浜辺。

 

 小さな漁村の近くにある、白砂の海岸。

 

 御料所のような気品を持つ一角を丸ごと貸し切り、僕らはバーベキューを始めていた。

 

「それじゃ、全員が無事に到着したことを祝って――」

 

「乾杯!」

 

「「「「「「乾杯!」」」」」」

 

 かん、とグラス同士がぶつかる音が浜辺へ響いた。

 

 麦酒と呼ばれる黄金色の酒を、年長組が一気に飲み干す。

 

 直後、心底旨そうな呻き声が幾つも上がった。

 

「旨いね~!」

 

 リーリエさんは、金網の上で焼いていたイカ串を手に取る。

 

「やっぱり、浜辺のバーベキューは季節を問わず最高さ!」

 

 上機嫌に笑いながら、イカへ齧りついた。

 

「エディンくぅん」

 

 今度は、いい具合に焼けた肉串を一本持ち上げる。

 

「イルクが用意したタレを塗った肉串、すっごく美味しいから食べてみ?」

 

 僕へ差し出してきた。

 

 ……珍しい。

 

 この御仁が、自分から何かを勧めてくるなんて。

 

「ありがとうございます。それじゃ、いただきます!」

 

 受け取った串へ、思い切り齧りつく。

 

 瞬間。

 

 旨味が、口の中で爆発した。

 

 分厚い肉。

 

 この強い弾力と濃厚な脂は、【豚鬼(オーク)】だろうか。

 

 肉そのものの歯応えと旨味は、語るまでもなく素晴らしい。

 

 だけど、それ以上に塗られたタレが絶品だった。

 

 弾けるような辛さ。

 

 舌へ叩きつけられる、力強い塩味と深いコク。

 

 ただ辛いだけではない。

 

 遅れて果実のような酸味と柔らかな甘みが広がり、刺激を包み込みながら、舌の上へ色とりどりの味を残していく。

 

「おいし……!」

 

 思わず、目を見開いた。

 

「イルク! これ美味しいよ! すっごく美味しい!」

 

「本当ね……。これ、何のタレかしら」

 

「んんっ! ずいぶんと珍しい味付けなのです! でも、どこか懐かしい味なのですよ!」

 

「ぴりっと来るけど、癖になる味だね」

 

 リリアとアルター、モーリス君も肉串や魚串を頬張り、驚いたように目を丸くしていた。

 

 ちなみに、僕らの飲み物は全員果実水だ。

 

 公共の場だから、酒は禁止と言われてしまった。

 

 けち臭い……。

 

 まあ、僕は酒にあまり強くないから、別にいいんだけどさ。

 

「でしょ~?」

 

 イルクは金網の前へ座り、新しい肉を次々と並べていく。

 

「エリス流バーベキュー。昔、徹底的に仕込まれたからね~」

 

 慣れた手つきで肉を返し、特製のタレを塗っていく。

 

「どんどん焼いていくから、好きなだけ食べてって~」

 

「ならば、僕も百五十本ほど頂こうか」

 

「テメエはピーマンでも食ってろ」

 

「僕はピーマンが嫌いなのだが!?」

 

 イルクとリモルさんが、金網を挟んで派手に揉め始めた。

 

 でも、二人とも楽しそうだ。

 

 声は怒鳴り合っているけれど、先ほどのリーリエさんとのやり取りとは違う。

 

 空気の中に、明確な遊びがあった。

 

 あ。

 

 そうだ。

 

 この雰囲気に流されて、聞かなきゃいけないことを忘れるところだった。

 

「そういえば、リーリエさん」

 

 麦酒を呷りながら、イルクとリモルさんの争いを見て笑っていたリーリエさんへ声をかける。

 

「僕らに<荒神祭>の護衛依頼を出していましたけど、具体的には何をすればいいんですか?」

 

「んー?」

 

 今回の依頼は、<荒神祭>の護衛。

 

 正確には、黄金を売り捌く市場の警備だと聞いている。

 

 用意周到なリーリエさんのことだ。

 

 僕ら以外にも、当然護衛を雇っていると思っていた。

 

 その人たちとの顔合わせもしておきたい。

 

 だけど、周囲にはそれらしい人間が見当たらない。

 

 本当に大丈夫なのだろうか。

 

 リーリエさんは、ばつが悪そうに頭を掻いた。

 

「実はね」

 

 視線を逸らしながら、言いづらそうに口を開く。

 

「<荒神祭>そのものの護衛をやってもらうつもりだったんだけど……」

 

「はい」

 

「怪しいからって、断られちゃったんだよね」

 

「え?」

 

 思いもよらない返答に、僕は固まった。

 

 断られた?

 

 じゃあ僕は、何のために【出雲】まで来たの?

 

「いや、本当にごめんよ」

 

 リーリエさんは、珍しくしっかりと頭を下げた。

 

「本当は<荒神祭>の中枢警備へ、君たちをねじ込む予定だったんだ」

 

 申し訳なさそうに説明を続ける。

 

「だけど、神事を取り仕切ってる連中から断られた。身元も経歴も怪しすぎるってさ」

 

「まあ……」

 

 僕ら、ここへ来たばかりの外国人だもんな。

 

 それは断られても仕方ない気がする。

 

「だから、表向きの依頼は黄金競売の警護だ」

 

 リーリエさんは人差し指を立てる。

 

「ただし、<荒神祭>の方で何か起きた場合は、そちらへも向かってもらう」

 

「なるほど」

 

 頷きを返す。

 

「なら、今のうちに手伝えることはありますか?」

 

「そっちは、まだ会場の設営中だから仕事はないよ」

 

 リーリエさんは肉串を一本取り、肩を竦める。

 

「他の警備担当については、後で紹介する。あいつらが【出雲】へ来るのは、もう少し先だからね」

 

「分かりました」

 

「それまでは、表通りへ行って時間を潰してくれていいよ。屋台や見世物も、もう始まってるからさ」

 

 にやりと笑い、財布を振るような仕草をする。

 

「かかった費用は、後で経費として落としてくれて構わない」

 

「なら、僕も一緒に――」

 

「オメーは駄目ー」

 

 立ち上がろうとしたモーリス君の左足を、リーリエさんが素早く掴んだ。

 

「此と、義足を使ったお修行でーす」

 

「えっ、ちょ、師匠!?」

 

 モーリス君が砂浜を引きずられていく。

 

「今日は休みだって聞いてたんですけど!?」

 

「移動日が休養日だろ。甘えんな」

 

「横暴だあああああ――!」

 

 悲痛な叫び声を上げながら、どこか遠くへ連れ去られていった。

 

 可哀想に……。

 

 僕には両手を合わせ、モーリス君の武運を祈ることしかできない。

 

 ……ほむ。

 

 つまり、しばらくは仕事がないということか。

 

 リリアとアルターの二人へ顔を向ける。

 

 二人とも、爛々と目を輝かせていた。

 

 僕には分かる。

 

 二人が、とんでもなく楽しみにしている時の目だ。

 

「よし!」

 

 勢いよく立ち上がり、片手を挙げる。

 

「それじゃあ、明日は三人でお祭りへ繰り出そうか!」

 

 笑顔で二人を見回す。

 

「一緒に行く人、手を挙げて!」

 

「「はーい!」」

 

 二人が揃って手を挙げたのは、言うまでもなかった。

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