アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜 作:鹿鳴弥
列車が完全に停止した。
真っ先に目へ入ったのは、駅の
不自然なほど広い。
今は人影もまばらだが、普段は大勢の旅客や出店で賑わっている場所なのだろう。窓から眺めるだけでも簡単に想像できた。
証拠に、列車の出口へ敷かれた鉄板は大きくすり減っている。
日常的に、数え切れないほどの人々が行き交ってきた痕跡だ。
思っていた以上に、この国では多くの人が鉄道を利用しているらしい。
「さ。着いたし、降りようぜ」
リーリエさんが愉しげに告げ、肘掛けへ指先を置いた。
座席から緑色の魔力線が走る。
車内を支えていた不思議な浮遊感が消え、列車の重みが線路へ落ちた。
同時に、重厚な音を立てて扉が開く。
アルターが椅子から立ち上がった。僕も続いて腰を上げ、荷物棚へ載せていた全員分の荷物を取り、それぞれへ手渡しながら出口へ向かう。
「ん~、いい薫りなのです」
「本当だね」
先に外へ出たアルターと並び、駅へ流れ込む街の香りを嗅ぐ。
微かな潮風。
乾いた砂と、日に温められた土の匂い。
近くには漁村があり、地図を見た限りでは鳥取砂漠なる場所も隣接している。その二つが混ざった香りなのかもしれない。
「ヴシュウウウウ…………」
列車の前方から、疲れ切ったような呻き声が聞こえた。
<式神・火牛>だ。
よく視れば、蹄は傷つき、脚の筋肉も一部が断裂している。
【伯方】から【出雲】まで、数百キロにも及ぶ道のり。
リーリエさんから馬鹿げた量の魔力を供給されていたとはいえ、それを僅か一時間で踏破したのだ。
そりゃあ、こうもなるよな……。
あまりに可哀想だったので、<
描き上げた魔法陣から白い光が溢れ、<火牛>の傷ついた身体を、健康だった状態へと回帰させていく。
「ありゃ。悪いね、エディン君」
リーリエさんが軽い調子で笑った。
「そんなとんでもない魔法まで使って、ウチの木偶に気を遣わせちゃってさ」
人差し指と中指を揃え、刀印を結ぶ。
その指先を、縦一文字に振り下ろした。
瞬間。
長大な列車が、白煙の中へ消えた。
煙の奥から数十枚もの形代が飛び出し、次々とリーリエさんの指の間へ収まっていく。
うっひゃあ……。
あれだけ巨大な列車を、一瞬で符へ戻した。
霊符に使われている素材も、間違いなく最高級品だ。
物質圧縮。
重量軽減。
内部空間の拡張。
それらの術式を息を吸うように同時行使している。
この人、本当にどうなってるんだよ……。
「いや~、助かったよ。ほんと」
へらへらと笑いながら、リーリエさんが再び印を結ぶ。
「――召還」
<火牛>の全身を、緑色の術式が包み込んだ。
巨大な身体が光へ変わり、一枚の霊符へと収束していく。
……なるほど。
あれが式神術か。
陰陽道・式神術。
魔獣や魔物を使役する術とは、どのようなものなのかと思っていたが、その実態はかなり高度な術だった。
霊魂。
肉体。
精神。
生物を構成する三つの要素を術式へ変換し、符の中へ刻みつける。
生きた魔獣を、術者の命令へ従う人工生命へと作り替える術だ。
術式の構造から察するに、魔物や魔獣を式神へ変えるためには、対象を屈服させる<調伏の儀>が必要となる。
極めて危険な儀式だろう。
だが、その危険を乗り越えた分、式神となった後の安全性と持続性は抜群だ。
どれほど無茶な使い方をして傷つけても、霊符へ戻せば、蓄えられた魔力によって肉体が徐々に修復される。
……ちょっと待て。
これ、人道的にどうなんだ?
「まあ、魔物だしな」
僕の考えを読んだように、リーリエさんが言った。
「人間サマを食い殺しに来たんだ。骨の髄まで利用されたところで、文句は言えないだろ」
霊符へ戻った<火牛>を寄木細工の箱へ入れ、その上から封印用の符を貼り付ける。
「同意だな」
リモルさんも当然のように頷いた。
「使えるものを徹底的に使い尽くす。それこそが陰陽道であり、錬金術だ。尊厳など二の次なのだよ」
「倫理観が、この中で一番終わってるヤツに言われたかないんですけど」
リーリエさんが不満げに言い返す。
……なるほど。
そうした容赦のない精神性こそが、陰陽道の根底にあるのか。
圧倒的な効率性。
僕はそれを高く評価していた。
だけど見方を変えれば、これは病的なまでの
奪った命も、死骸も、魂すらも無駄にしない。
何もかもを資源と捉え、徹底的に使い切る。
モーリス君へ目を向ける。
彼は澄み切った、どこか遠い瞳で、師匠が収めた式神の箱を眺めていた。
「吝嗇。ドケチ。外道。大いに結構」
リーリエさんは、何でもないことのように語る。
「命を奪った以上、どう取り繕っても外道なんだ。だったら、奪った命を最大限に活用することも、一つの弔いだろう」
リリアの眉間へ、深い皺が寄った。
武人としての矜持が強い彼女にとって、到底受け入れやすい話ではないのだろう。
間違っている。
糾弾するべきだ。
僕の心の一部も、そう叫んでいる。
だけど、東塔で培った冷静な思考は、リーリエさんの言葉にも一理あると認めてしまっていた。
「死した聖人や偉人を喚び戻す<神話招来・英霊召喚>なら、此だって相応の敬意を払うよ」
リーリエさんは煙管を取り出し、雁首へ刻み煙草を詰める。
「だが、こいつらは別だ」
指先に火を灯し、煙草へ火種を移す。
「此は、この国の最強だ」
煙管を咥え、深く吸い込む。
「此がわざわざ出向かなきゃならん時点で、特大の被害案件なんだよ」
細く紫煙を吐き出した。
「人が死んでる。土地が荒れてる。生き物が食い荒らされてる。誰かの生活が、根こそぎ壊されてる」
煙の向こうから、緑色の瞳が僕らを見回す。
「そんな魔物を殺して、ただ穴へ埋めて終わるより。式神にして、人や土地を守らせる方が、よほど世の中の役に立つとは思わんかね」
リリアは何も答えなかった。
言い返せないのだろう。
人の社会で生きる以上、人へ害意を向ける魔物は明確な天敵だ。
それを討つのが、戦士や冒険者、騎士の務めでもある。
戦士としての責務を誰よりも重んじるリリアだからこそ、その合理性だけは否定できなかったのだと思う。
リーリエさんの言わんとしていることは分かる。
東塔にいたころの僕だって、襲ってきた魔物を殺し、その肉を食べた。
骨や皮、内臓に至るまで、使えるものは余すところなく利用した。
瘴気の問題が根深いこの国において、魔物は人道的な配慮の対象外なのだろう。
だけど。
それを当然だと思うことには、喉へ小骨が刺さったような違和感が残る。
どうにも胸の奥が、もやもやしていた。
「ま、理解しなくてもよろしい」
リーリエさんは短く笑う。
「理解するのも、しないのも。受け入れるのも、拒むのも。人に許された自由だからさ」
僕らへ背を向ける。
豪奢な着物を羽織り直し、紫煙を引き連れながら駅の出口へ歩き出した。
「つまらんことを言うヤツだな」
リーリエさんの後ろへ続きながら、リモルさんが肩を竦める。
そのまま自分の身体へ、複雑な魔法陣を描いた。
上空から、肉眼では捉えられない魔力の光が降り注ぐ。
魔法陣へ光が集まるにつれて重力が弱まり、リモルさんの小柄な身体がゆっくりと宙へ浮き上がった。
「アイテールに戻るんですか?」
「ああ」
リモルさんは退屈そうな顔を隠そうともせず、リーリエさんの背中へ視線を向けた。
「説教臭い空気は嫌いなのでね。退散させてもらうよ」
どうやら、リーリエさんの回答が気に入らなかったらしい。
何が気に入らないのかまでは分からない。
だけど、態度にはありありと表れていた。
「一つだけ、聞かせてください」
上昇を始めたリモルさんを、静かに呼び止める。
「リモルさんが【出雲】へ来た、本当の目的は何ですか?」
警戒を込めて、その紅い瞳を見つめる。
リモルさんの考えていることは、いまだによく分からない。
【魔神】の<
それでも、不気味だった。
リリアも僕の後ろで、いつでも剣を抜けるように構えていた。
「そう警戒するな」
リモルさんは、僕らを安心させるように両手を広げる。
「僕は、この国になど毛ほども興味がない」
ゆっくりと語りながら、心底愉しそうに笑った。
紅い瞳が、ぎらぎらと危うい光を放っている。
「僕の狙いは、ただ一つ」
黄金に関する情報へ釣られ、不法入国してくるであろう一人の教授。
「リーリエの元弟子にして、<
口元を、悪辣に吊り上げる。
「錬金学科祭主――
リモルさんは、その名を愛おしむように口にした。
「彼女との対談だよ」
※※※
「エディ~ン!!」
少し重たくなった空気を吹き飛ばすように、予想外の声が僕の耳を打った。
声の主は、先頭を歩いていたリーリエさんなど眼中にない様子で横を駆け抜ける。
そのまま一直線に僕のもとへ迫り、身体を軽々と抱え上げた。
「わっ、イルク!?」
僕の兄貴分、イルク。
旅装に身を包み、荷物まで抱えた僕を難なく持ち上げ、その場でくるくると回り始めた。
柔らかな笑顔。
懐かしい藍色の瞳。
「【出雲】まで来てくれて、ありがとね~!」
ぎゅう、と強く抱き締められる。
「外にバーベキューの用意してるからさ。百人前くらいなら余裕で食べられるよ~!」
「ほ、本当!?」
「もちろん。それより、だいじょうぶ?」
イルクの藍色の瞳が、心配そうに揺れる。
「ドチビクソカスサディストとか、そこの倫理観ド腐れカス女に変なことされなかった?」
ちょ、イルク……!
周囲の人が見てるから……!
「あの二人は一体どういう関係なんだ」みたいな目で見られてるから!
物凄く変な目立ち方してるから……!
「おいお~い。イルクくぅ~ん?」
背後から、妙に明るい声が響いた。
「倫理観ド腐れカス女って、誰のことかな?」
リーリエさんが、満面の笑顔でこちらを見ている。
「テメエ以外に誰がいるんだ、間抜け」
イルクは僕を抱えたまま、絶対零度の視線を返した。
「陰陽師や錬金術師なんざ、倫理観の『り』の字もねえだろ」
「へえ……?」
リーリエさんの声が、さらに陽気になる。
「さすが、お仕事をサボって弟分のところへすっ飛んでくる、倫理観の鑑ことフレドリクス・アイネイアス君は言うことが違うねえ」
フレドリクス。
イルクの本名だ。
僕の兄貴分は、本名で呼ばれることを嫌っている。
実際、僕がそう呼んだ時も、すごく嫌そうな顔をしていた。
「勤労精神とか、お持ちでないのかな?」
「迷宮特典で作った分身体を残してきてるに決まってんだろ、バ~カ」
イルクは鼻で笑う。
「俺が持ってる迷宮特典の数を調べてから出直してこいよ。自称・神獣軍大将軍様」
「はぁ~?」
リーリエさんのこめかみに、青筋が浮かぶ。
「此は、正式に閣下から認められてますし~?」
煙管をくるりと回し、笑顔のままイルクを睨みつけた。
「フレドリクス君の飼い主である、初恋拗らせ腹黒政略大好きロリエルフおばさんと違って、葬儀にもちゃんと参列してますから~?」
「…………」
「負け犬の遠吠え、乙! って感じ?」
「はっはっは~」
イルクが朗らかに笑った。
目だけが、全く笑っていない。
「さすが、神獣軍のおっかけファンは格が違うね」
僕を抱いている腕へ、少しずつ力が籠もっていく。
「始まりの地である【出雲】を自分の墓場にしたいなんて、殊勝な心掛けじゃないか」
「何それ、ウケるんですけど」
リーリエさんも、あり得ないほど楽しげに笑う。
「武器自慢しか能のない脳筋子犬が、武も魔法も極めた此に勝てると思ってんの~?」
「「はっはっはっはっは!!」」
……胃が痛い。
イルクが僕を抱く力が、どんどん強くなっている。
腕も少し痛くなってきた。
リーリエさんも一見いつも通りだが、手にした煙管がぎしぎしと軋んでいた。
何より、周囲には既に強固な結界と認識阻害の術が張られている。
どう見ても、大乱闘開始の数秒前だ。
ありがとうございました。
イルクは背広の内側へ隠している黄金の腕輪へ、気魄を流していた。
収納能力に特化した迷宮特典。
その内側から、恐ろしく鋭い刀の気配が滲み出している。
リーリエさんも魂の源流基盤へ気魄を巡らせ、格納している武装を、いつでも肉体と融合させられる状態へ移行していた。
朗らかに笑い合ってはいる。
だが、一触即発。
噴火寸前の火山が、一瞬だけ静寂に包まれているような恐怖が漂っている。
二人が同時に、大きく息を吸い込んだ。
「――ストォォップ!!」
イルクの腕から、ひらりと飛び降りる。
「お互い、怒らないの! もういい大人でしょ!」
二人の間合いが交錯する、その一点。
僕は魂から【天璽聖劍】を顕現させ、そのまま二人の間へ放り投げた。
黄金の聖劍が、稲光のように宙を奔る。
二人の魔力を切り裂きながら、その間へ深々と突き立った。
イルクが、たたらを踏む。
その手には、物騒極まりない漆黒の太刀。
リーリエさんも立ち止まっていた。
片腕は既に巨大な薙刀へ変貌し、周囲には大量の霊符が衛星のように浮遊している。
「喧嘩、よくない」
咄嗟に片言となりながら、二人へ掌を向ける。
「ここ、都市部。二人が暴れたら、吹っ飛ぶ。お分かり?」
心胆が縮み上がっていた。
……怖ぇ。
やめてよね。
二人がぶつけ合っていた殺気の余波とはいえ、それを僕へ向けるの、本気で怖いから。
割って入った僕が悪いんだけど!
だけど、こんな場所で人外二人の魔境決戦が始まったら、【出雲】の街くらい簡単に吹き飛ぶ。
【聖劍宮】で戦ったトワさんすら上回る覇気と殺気に挟まれれば、さすがの僕でも失禁しかねない。
現に、少し離れたところでモーリス君が気絶していた。
アルターはリリアに庇われている。
庇っている当人である、戦闘大好き少女のリリアさえ顔色が悪い。
膝ががくがくと笑う。
涙目になった僕を見て、イルクとリーリエさんが顔を見合わせた。
その時。
ぴん、と上空から一筋の光が差し込んだ。
強固な結界。
認識阻害。
殺気と魔力が渦巻く、戦闘開始寸前の空間。
その真上から、何の遠慮もなく光が降り注いでいる。
光の柱が明滅し、やがて小柄な人影へ変わった。
「――まったく」
呆れ果てたような声。
「貴公らは、落ち着きというものを知らんのか」
青い髪を揺らし、小柄な少年が空中から僕らを見下ろす。
「少しは僕を見習え。僕を」
「「「「お前が言うな!!」」」」
「お前が言うな、なのです!!」
全員から、間髪を容れない突っ込みが入った。
どの口で言ってんだ、
賭博感覚でリーリエさんと怪獣大戦を始めようとした、倫理観の欠片もない【魔神】が、堂々と帰還してきた。
「それで」
リモルさんは、何事もなかったかのように地面へ降り立つ。
「バーベキューは? やるのであろう?」
「「「「「殴り込みに来たんじゃねえのかよ!!」」」」」
ほんと、何なんだ。
この人たち……。
※※※
浜辺。
小さな漁村の近くにある、白砂の海岸。
御料所のような気品を持つ一角を丸ごと貸し切り、僕らはバーベキューを始めていた。
「それじゃ、全員が無事に到着したことを祝って――」
「乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
かん、とグラス同士がぶつかる音が浜辺へ響いた。
麦酒と呼ばれる黄金色の酒を、年長組が一気に飲み干す。
直後、心底旨そうな呻き声が幾つも上がった。
「旨いね~!」
リーリエさんは、金網の上で焼いていたイカ串を手に取る。
「やっぱり、浜辺のバーベキューは季節を問わず最高さ!」
上機嫌に笑いながら、イカへ齧りついた。
「エディンくぅん」
今度は、いい具合に焼けた肉串を一本持ち上げる。
「イルクが用意したタレを塗った肉串、すっごく美味しいから食べてみ?」
僕へ差し出してきた。
……珍しい。
この御仁が、自分から何かを勧めてくるなんて。
「ありがとうございます。それじゃ、いただきます!」
受け取った串へ、思い切り齧りつく。
瞬間。
旨味が、口の中で爆発した。
分厚い肉。
この強い弾力と濃厚な脂は、【
肉そのものの歯応えと旨味は、語るまでもなく素晴らしい。
だけど、それ以上に塗られたタレが絶品だった。
弾けるような辛さ。
舌へ叩きつけられる、力強い塩味と深いコク。
ただ辛いだけではない。
遅れて果実のような酸味と柔らかな甘みが広がり、刺激を包み込みながら、舌の上へ色とりどりの味を残していく。
「おいし……!」
思わず、目を見開いた。
「イルク! これ美味しいよ! すっごく美味しい!」
「本当ね……。これ、何のタレかしら」
「んんっ! ずいぶんと珍しい味付けなのです! でも、どこか懐かしい味なのですよ!」
「ぴりっと来るけど、癖になる味だね」
リリアとアルター、モーリス君も肉串や魚串を頬張り、驚いたように目を丸くしていた。
ちなみに、僕らの飲み物は全員果実水だ。
公共の場だから、酒は禁止と言われてしまった。
けち臭い……。
まあ、僕は酒にあまり強くないから、別にいいんだけどさ。
「でしょ~?」
イルクは金網の前へ座り、新しい肉を次々と並べていく。
「エリス流バーベキュー。昔、徹底的に仕込まれたからね~」
慣れた手つきで肉を返し、特製のタレを塗っていく。
「どんどん焼いていくから、好きなだけ食べてって~」
「ならば、僕も百五十本ほど頂こうか」
「テメエはピーマンでも食ってろ」
「僕はピーマンが嫌いなのだが!?」
イルクとリモルさんが、金網を挟んで派手に揉め始めた。
でも、二人とも楽しそうだ。
声は怒鳴り合っているけれど、先ほどのリーリエさんとのやり取りとは違う。
空気の中に、明確な遊びがあった。
あ。
そうだ。
この雰囲気に流されて、聞かなきゃいけないことを忘れるところだった。
「そういえば、リーリエさん」
麦酒を呷りながら、イルクとリモルさんの争いを見て笑っていたリーリエさんへ声をかける。
「僕らに<荒神祭>の護衛依頼を出していましたけど、具体的には何をすればいいんですか?」
「んー?」
今回の依頼は、<荒神祭>の護衛。
正確には、黄金を売り捌く市場の警備だと聞いている。
用意周到なリーリエさんのことだ。
僕ら以外にも、当然護衛を雇っていると思っていた。
その人たちとの顔合わせもしておきたい。
だけど、周囲にはそれらしい人間が見当たらない。
本当に大丈夫なのだろうか。
リーリエさんは、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「実はね」
視線を逸らしながら、言いづらそうに口を開く。
「<荒神祭>そのものの護衛をやってもらうつもりだったんだけど……」
「はい」
「怪しいからって、断られちゃったんだよね」
「え?」
思いもよらない返答に、僕は固まった。
断られた?
じゃあ僕は、何のために【出雲】まで来たの?
「いや、本当にごめんよ」
リーリエさんは、珍しくしっかりと頭を下げた。
「本当は<荒神祭>の中枢警備へ、君たちをねじ込む予定だったんだ」
申し訳なさそうに説明を続ける。
「だけど、神事を取り仕切ってる連中から断られた。身元も経歴も怪しすぎるってさ」
「まあ……」
僕ら、ここへ来たばかりの外国人だもんな。
それは断られても仕方ない気がする。
「だから、表向きの依頼は黄金競売の警護だ」
リーリエさんは人差し指を立てる。
「ただし、<荒神祭>の方で何か起きた場合は、そちらへも向かってもらう」
「なるほど」
頷きを返す。
「なら、今のうちに手伝えることはありますか?」
「そっちは、まだ会場の設営中だから仕事はないよ」
リーリエさんは肉串を一本取り、肩を竦める。
「他の警備担当については、後で紹介する。あいつらが【出雲】へ来るのは、もう少し先だからね」
「分かりました」
「それまでは、表通りへ行って時間を潰してくれていいよ。屋台や見世物も、もう始まってるからさ」
にやりと笑い、財布を振るような仕草をする。
「かかった費用は、後で経費として落としてくれて構わない」
「なら、僕も一緒に――」
「オメーは駄目ー」
立ち上がろうとしたモーリス君の左足を、リーリエさんが素早く掴んだ。
「此と、義足を使ったお修行でーす」
「えっ、ちょ、師匠!?」
モーリス君が砂浜を引きずられていく。
「今日は休みだって聞いてたんですけど!?」
「移動日が休養日だろ。甘えんな」
「横暴だあああああ――!」
悲痛な叫び声を上げながら、どこか遠くへ連れ去られていった。
可哀想に……。
僕には両手を合わせ、モーリス君の武運を祈ることしかできない。
……ほむ。
つまり、しばらくは仕事がないということか。
リリアとアルターの二人へ顔を向ける。
二人とも、爛々と目を輝かせていた。
僕には分かる。
二人が、とんでもなく楽しみにしている時の目だ。
「よし!」
勢いよく立ち上がり、片手を挙げる。
「それじゃあ、明日は三人でお祭りへ繰り出そうか!」
笑顔で二人を見回す。
「一緒に行く人、手を挙げて!」
「「はーい!」」
二人が揃って手を挙げたのは、言うまでもなかった。