アプレ・ラプルイの朝日 〜幽閉から始まる神喰らいの英雄譚〜   作:鹿鳴弥

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狩りの朝

 

 

 

 

 

 目が覚める。

 

「ん、んぅ……」

 

 月光がカーテンの隙間からもれ出ていた。

 

 辺りにはかすかな潮風。

 むかし嗅いだ、港の腐ったような香りじゃない、透き通るような海の香。

 

 部屋の広さは五畳半ほど。

 

 僕一人の私室として十分すぎる大きさ。

 東塔よりは小さいけど、あれはあれで広すぎて寂しい。

 

 今くらいの広さが僕にはちょうどよかった。

 

「……あれ、寝ちゃってた」

 

 時刻は午前3時半頃。

 

 あくびを漏らし、周囲の惨状を見る。

 部屋はぐちゃぐちゃになっていた。ベッドは乱れ、あちこちにねじ切れた髪が散乱している。

 

 ううむ、取り敢えず髪の毛切って試してみたけど、駄目だった。

 束で纏めた髪であの謎の力を試してみたけど、力で掴んだ瞬間に束が爆散したし。難しいことこの上ない。

  

 イルクが扱う謎技術を修得すると意気込んでいた。

 できるまで寝ずに練習する覚悟だったんだけど……。

 

「不甲斐ない……」

 

 まさか寝てしまうとは……。

 

 ううん、やってしまった……。

 

 リステリアにいた頃は無駄にエネルギーを

 消費しないように、ほとんど寝てたからな……。

  

 今まで通りの生活をしていたら自堕落一直線だ。

 

 気をつけないと。

 

 体を起こして窓を開け、布団から起き上がる。

 

 青白い月光が西に傾いている。

 夜明け前だ。

 

 突き抜けるような海の香りと

 夜明け前の清々しい空気が入り込んできた。

 

 枕元には木剣が立てかけられている。

 

 イルクが最初にくれた思い出の品。

 武器にするのはあまりにももったいない。

 

 燭台やらなんやらを東塔で使っていたけど、もうそうは言ってられないだろう。

 

「よし」

 

 木剣を握る。

 

 すぅ、と頭が冷え込んでいく。

 

 剣を握るとき特有の冷たい高揚感。

 熱が引くような集中が脳と脊椎に走る。

 

 朝と呼ぶには少し早いが朝の日課、

 剣の修練の始まりだ。

 

 まずは素振りから。

 

 一振り。

 二振り。

 飛んで百振り。

 

 風切り音が部屋に響き、木製の刃が加速していく。

 

 感覚を確かめるように振る。

 

 剣先でアレアから教わった剣の動きをなぞる。

 

 すなわち、型。

 剣技の型を忠実に再現する。

 

 流れる水の如く自然に。

 凪の湖畔のように静かに。

 そして、滝のように力強く。

 

 基礎となる型をがむしゃらに振るい、

 肉体の動きと自分の思考をすり合わせていく。

 

「さて」

 

 確認完了。

 振るう剣に澱みはない。身体の調子もすこぶる良好。

 いいね、今日は冴えてる。

 

 剣を構え、意識を刃に集中させる。

 

「――【旧流法(レアーラ)】」

 

 御名を唱える。

 

 【旧流法(レアーラ)】。

 アレアライトから夢の世界で

 教えてもらった剣技を再現していく。

 

 身体から魔力が少し抜け、技にキレが増した

 

 魔力を込めて技の名前を唱えるだけで少し威力が上がる。

 だけど、魔力を消費するし、

 集中が途切れるからここぞという時以外は唱えない方針で戦ってきている。

 

 構え、技、九つの奥義。

 

 順繰りに繰り出し、感覚を己の思考に落とし込んでいく。

 

(それにしても、あと一歩だと思うんだけどな。イルクの使ってたあの技)

 

 結局イルクの使ってた技の感覚が掴めないまま終わった。

 

 力を込めすぎると壊れる。

 だけど力が足りないと動きすらしない。

 

 ただでさえ謎エネルギーの操作に苦戦してるのに、

 それを経由して力場に干渉するのが難しすぎる。

 

 最後は自分を持ち上げて練習してたけど、身体がバキバキになった。

 

 力加減がうまく行かないんだよなぁ……。

 骨折寸前までいったから身体を浮かす訓練は辞めた。

 

 ほーむ。

 魔法を自分で作ってた頃より遥かに難しい。

 

「やめやめ。もっと単純に捉えよう。今日は、そうだな」

 

 刀掛けから木剣を取り出し、掌の上でぐるぐると回しながら顎に手を当てる。

 

「一狩り、いってみようか」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 大海原がどこまでも続いている。

 

 昼間はミャーミャーと鳴いていたウミネコは姿を消し、

 艦が征く音だけが聞こえる。

 

 海の波は高く、【赤戦神艦】の甲板間際まで海水が飛んでくる。

 

 潮風が身体にまとわりつき、この身にある魔力が奪われていく感覚。

 

 夜の海は暗く、深い。

 月が雲を纏い、夜空には星の光が微かに瞬いていた。

 

 十年ぶりの海だ。

 

 最後に来たのは母様と港に来たときだったけど、

 海は十年ポッチじゃ変わんない。

 

 退魔の力は相も変わらず、遍く全てから魔力を奪う海の神秘。

 

「さて、と」

 

 雑念はさておき、《蒼眼》の視点を海中へと入れる。

 

 視界が大海原から海中へと切り替える。

 果て無き大空から、魔獣や魔物が巣食う魔境の世界に変わる。

 

 有象無象の魔物が【赤戦神艦】の船底に攻撃を仕掛けようと突撃する。

 

『掃討』

 

 【赤戦神艦】から無機質な声が響き、

 海中に雷撃が放たれる。

 

 迫る魔物はことごとく、自動迎撃機能によって散っていく。

 

「……ほむ」

 

 うーむ……。

 獲物たくさんいるのに全然食いでがありそうな感じのものが出てこない。

 

 【赤戦神艦】直下だと即座に死んじゃうな。となると、遠方からでも誘き寄せるっきゃない。

 

「ん」

 

 木剣をベルトに差し込み、左手の袖を捲って肌を露出。

 

 白い肌だ。

 手首も掌も真っ白で、ほとんど外に出てない軟弱の肌。

 

 ……やるかー、やるしか、ないかー。

 

 懐から丸いナイフを取り出し、ため息をつく。

 

「……うし」

 

 手の甲にナイフで傷を付ける。

 

 熟れた果汁のように血が溢れ、どくどくと血が垂れてくる。

 鼻に鉄の香りが突き抜け、不快な生臭さが辺りに広がる

 

「んー、痛い。痛いな」

 

 だけど匂いは強烈。

 

 魔物ほど無条件には人を襲わない魔獣。

 でも血に魔力をふんだんに含ませたこれの匂いは十分撒き餌になる。

 

 左手を大きく振り、海へ放り投げる。

 

 瞬間――。

 

「おおっ!」

 

 【赤戦神艦】の警戒砲撃を抜け、巨大な魚影が空を舞う。

 

 鮭だ。

 五メテルもある鮭が尾鰭を叩いて大空へ舞い上がり、

 雲を切って僕めがけて大口開けて落ちてくる。

 

 ――サケノミ。

 ノミのように飛び上がり、

 五メテルの巨大で船ごと人間を潰してから食べる結構やばい魔物だ。

 

「ははっ、すっごい跳躍力!」

 

 壮観だ。

 僕の身の丈の数倍もある魚が水柱を立てて飛び、

 僕めがけて落ちてくる。

 

 負けてられない。

 先程覚えた魂の力を足元に流す。

 

 同時に足に魔力を纏わせて膨大な強化を施し、

 

「ふんっ!」

 

 跳躍。

 二メテルはあった水柱を一跳びで飛び越え、

 身体が興奮で沸き立っていく。 

 

「Shake!」

 

 ノミのように飛び上がった鮭が口から液体を放射。

 

 《蒼眼》の視点を海中から己の元へ戻し、液体の組成を確認する。

 

 酩酊と痙攣効果のある弱毒性の液。

 

 浴びるだけでも効果を発揮するスグレモノだ。

 

 手にかかれば手が麻痺し、揮発した液を吸い込んで酩酊させる。

 

 厄介だ。早めに仕留めよう。

 

「【旧流法(レアーラ)】、(はち)の刃」

 

 供えるはアレアの剣技。

 木剣を引き抜き、腰だめに構え。

 

「《祓雷(はらい)》」

 

 一閃。

 

 木剣に衝撃と熱を纏わせ、

 迫る毒液を彼方に弾き飛ばす。

 

 そして眼前にはサケノミの大口。

 

 生臭く、血に濁った瞳で僕を見つめるサケノミ。

 

 牙の生え揃った大口の一撃を

 身体ごと空中で捻って躱し、サケノミの身体を足がかりに空を舞う。

 

 サケノミが虚をつかれたような目でこちらを見てくるが、もう遅い。

 

 木剣はすでに大上段に構え、木の刃は重力を味方につけた。

 

「【旧流法(レアーラ)】、漆の刃」

 

 

「《獄門(ごくもん)》」

 

 両手で木剣を握り、落下する自分の体重もかけて

 木剣をサケノミの頭部へ叩き込む。

 

「Sha……!」

 

 めきぃ、とサケノミの頭に木剣が食い込み、鮭の魔物が悲鳴を上げる。

 

 それだけじゃ終わらせない。

 

 木剣に限界まで魔力を込め、石並に固く頑丈なものへと変え、

 

「おうりゃぁっ!」

 

 更に強化の入った足で木剣の腹に踵落としを叩き込んだ。

 

 ボギぃ、と嫌な音を立ててサケノミの首がへし折れた。

 

 サケノミは音にならぬ悲鳴を上げて

 【赤戦神艦】の甲板へと叩きつけられ、絶命した。

 

「ふう……」

 

 死んだサケノミの身体の上に着地し、一息をつく。 

 かなりダーティな戦いをしてしまった……。

 

 だけど、いい汗をかいた。

 思ってた数倍手強い獲物が来て、少しびっくりした気持ちもある。

 海の魔物って相当強いんだな……。

 

「いい勝負だった」

 

 額に滲んだ汗を拭い、

 サケノミの健闘を称える。

 

 強かった。

 東塔にちょくちょく魔物と魔獣が湧いて、

 それを狩ってたことあるけど、そいつらとは桁違いの強さだった。

 

 死体になってわかる、こいつの迫力の凄まじさよ。

 

 なによりぶよぶよしている皮膚だから、木剣が通りにくい。

 刃物なんて上等なものはないから尚更だ。

 

「いや……」

 

 サケノミの皮膚の下を《蒼眼》で透視する。

 

 皮膚下の脂肪が結構分厚いな。

 脂で切れ味もなまるし、下手な技量だと途中で刃が止まる。

 

 刃物はアレアの夢の中でしか使ったことがないからら真剣だと駄目にしていた可能性が高い。

 

「でも、もう狩っちゃったもんね〜!」

 

 僕の勝ちは勝ちだ。

 サケノミの肉はイルクと僕の朝ごはんになる。

 

 視たところ一部の臓器以外毒はない。

 

 気をつけてバラせば毒も無し。

 脂も赤身もしっかりある素晴らしい魚だ。

 こりゃーイルクも喜んじゃうな!

 

「ふんふんふーん」

 

 腕と木剣に魔力を流し込み、サケノミの鱗を木剣で剥ぐ。

 

 とにかくデカイ。切るならともかく、鱗を剥ぐなら木剣くらいのサイズがいい。剣の精密動作の練習にもなる。

 

 だけど木剣じゃサケノミの身体は切れない。

 

 ここで出番になるのが……!

 

「昔拾ったいい感じの黒曜石!」

 

 すでに物を切れるくらいには加工してある。

 

 十年以来使っている便利道具だ。

 東塔の宝物庫にあった中で一番硬かったものを強引に加工した相棒だ。

 

 ……まあ、ナイフとは言えない見た目だけど。

 触ると切れる石だけど。それでも僕にとってはナイフだ。

 

「まず、皮を剥いで――」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 一時間後。

 

「よし! 上手くバラせたぞ!」

 

 部位ごとにキレイに解体できた。

 

 甲板の上においてあるけど、問題なし。

 一応魔法で洗浄してあるし、あとでまた洗う。

 

 毒肝は処理済みだ。美味しかったよ。

 

 舌がビリビリするけど。

 

 骨はいい感じに加工して武器にできないか試してみたい。

 取り敢えず肉の部分ははぎ取ったから、あとで骨燃やして腐らないように加工しないと。

 

「でもこれ一気に運ぶの面倒だなー……」

 

 かなりデカかったせいで、肉だけでも結構な量になってしまった。

 

 一部は昔雑草で作った紐で天日干しにしてる。

 

 あれ、日の出前にやるのはよくないんだっけ?

 

 ……まあいっか。今の時刻は四時半。

 十分と経たずに夜明けは来る。

 

 ただなぁ……。

 何片かの魚肉は干してるけど、それでも百個近くの魚肉は血抜きしかしてない。

 

 流石にこの量を一気に運ぶのは難しい。

 

 けど、イルクを驚かせたい。

 

 普段お世話になってるお礼を、少しでも返すんだ。

 

 なので一人で運びたいんだけど……。

 

 魔法で運ぶのは海上だとちょっと不安なんだよな……。

 

 海に魔法に込めた魔力も抜かれるし。

 

「……よし」

 

 決めた。

 

 ここで昨日イルクが使ってたあの浮かせるやつ、ここで習得しちゃおう。

 

 

 目を閉じる。

 

 外に向いていた意識を肉体の裏側、次元の裏側とでも形容すべき場所に向ける。

 

 そこで眠っていた力の塊を引きずり出し、自分の肉体に流し込む。

 

 塊のままの力を伸ばし、加工し、外へと流す。

 

 枝葉のように広がった力に意識を集中させ、サケノミの肉の周囲の力場を弄る。

 

 物体に触るのが駄目なら、周囲の力場を変えてしまえばいい。

 集中のあまり出た汗を拭い、重力から解放されたサケノミの魚肉を力場ごと浮かす。

 

 一個、二個、三個……。飛んで百六個……。

 

「……できた」

 

 できた。できちゃった。

 まさかできるとは思わなかった。

 

 でも感覚は掴んだ。

 あとは力場を操作し、ゆっくりと艦内へ搬入するだけ。

 

 少しでも気を抜けば落としてしまいそうなほど繊細な力操作で魚肉を浮かし、慎重に動かしていた。

 

 そんな時だった。

 

 ガシャン、と物が落ちる音がした。

 ビクッ、と肩が震えて集中が切れ、サケノミの身が甲板へ落ちる。

    

「――……マジか」

 

 驚愕に満ちた声。

 あっけにとられた顔。

 

 持ってきたスープを落としたまま、呆然と立ち尽くすイルクが、信じられないものを見るような目で僕を見ていた。

 

 

 

 

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