アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜 作:鹿鳴弥
「よし。それじゃあ、皆で村へ戻りましょう」
ぱんぱん、と手を叩き、二人の注目を集める。
日は既に沈みかけている。
海へ目を向ければ、先ほどまで水面から覗いていた岩の一部が、波の下へ沈んでいた。
満ち潮だ。
月が近づいている影響か、波も次第に高くなり始めている。
「おー、せやね。ログマへ渡した魔導具も、魔法を維持するためだけの代物だ。海風に晒されるくらいならともかく、海水を被ったら流石にヤバいし」
のほほんとした調子で、コレトーさんが海を眺める。
白波が荒々しく岩へ砕け、砂浜を洗い流していた。
場に満ちる退魔の気配も、一層濃くなり始めている。
「で、俺は宿をどうすりゃいいかな。この辺り、宿なんかないよな?」
コレトーさんは『あなたが思う、大和撫子』を読みながら頭を掻き、困った顔で僕を見た。
思わず、ため息が漏れる。
の、ノープランすぎる……!
この人は一体、どうやってこの国で過ごすつもりだったんだろう。
危機感というものが、根本から欠落しているんじゃないか。
「……分かりました。少し考えてみます」
顎へ手を当て、思考を巡らせる。
一番簡単なのは、コレトーさん自身に家を造ってもらい、そこで生活してもらうことだ。
あれほど高度な錬金術を扱えるのだから、廃材を利用して小屋を一軒建てるくらい、造作もないだろう。
(でもなあ……)
知り合いを一人で野宿させるのは、どうなんだろう。
何より、これほど閉鎖的な村へ、昨日まで存在しなかった家が突然一軒生えたら、村人たちが何をしでかすか分からない。
十中八九、悪い方向へ転ぶ。
<
だけど、隠さなければならない相手は、村人だけじゃない。
『ほほほほ……!』
脳内で高笑いを響かせる、【魔神】の姿が浮かぶ。
コレトーさんは、リモルさんにも狙われている。
隠れているものを探す際の定石。
それは、痕跡を探ることだ。
隠れられそうな場所を探し、隠蔽術式が施されていそうな地点を洗い出す。
今回なら、どうなるだろう。
僕が隠蔽術式を組み、人目につかない場所へコレトーさんを潜ませる。
もし、それをリモルさんが見つけたら――。
『その身柄、もらい受けても?』
『あ~れ~!!』
あっという間に、コレトーさんがリモルさんへ攫われる。
勢いよく頭を横へ振った。
駄目だ。
碌なことにならない。
むしろ、隠したことでリモルさんの好奇心を余計に刺激する未来しか見えない。
自分の魔法には、それなり以上の完成度があると自負している。
だけど、流石にリモルさんの目は欺けない。
魔法師として、存在する次元がまるで違う。
だって、相手は【魔神】だ。
イルク曰く、最高位に位置する魔法師系統の<
生きとし生ける全ての魔法師、その頂点に位置する超越者。
小細工で隠し通せる相手ではない。
「……僕の仲間が、宿泊場所を確保しているはずです。そこへ泊まっていただけますか?」
「お? マジ? いいの?」
「ただし」
一歩踏み込み、コレトーさんの顔へ至近距離まで近づく。
「その卓越した錬金術を見せびらかさず、下手なふりをしてください」
「お、おう? いきなり褒めてくれてありがとう? でも、なんで?」
銀髪の少女が困惑した表情を浮かべ、曖昧に笑った。
「僕の仲間には、リーリエさんの直弟子がいます」
「はーい! 忍びまーす!!!」
コレトーさんは勢いよく敬礼し、腹の底から返答した。
よし。
これだけ釘を刺しておけば、多少は気も引き締まっただろう。
「そういや、その弟子って金嗣とか? 岸辺辺りもいんのか?」
「いいえ。石上モーリス君です」
「知らねえ奴だ~~! 安泰!」
「野宿がお好みですか?」
「あっ……。いえ、そんなことはないです……ぅ。わたくし、大和撫子ですわ~」
胡乱なことを言い始めたコレトーさんを無視し、今後について考える。
(リモルさんへ正体が露見しないよう対策して……。発覚した場合に備えて、イルクにも事情を伝えて……。リリアとアルターにも協力を頼んで……。あとは、コレトーさんを保護した経緯を説明するための話も考えて……)
やることが多い。
多すぎる……!
自分で背負い込んだことだから、文句を言うつもりはない。
だけど、流石にこれは、一人で抱える量を超えていないか!?
「エディン、エディン」
思考の渦へ沈みかけていると、コレトーさんに肩を叩かれた。
「ほい」
銀髪の彼女は懐から巾着を取り出し、僕の手のひらへ置いた。
「食事代と宿代。二十万テレスあれば足りるっしょ」
「そ、そんなに要らないと思いますけど……」
預かった巾着の重みへ若干引きながら、コレトーさんへ返そうとする。
イルクもそうだけど、浮世離れした凄い人というのは、実力だけじゃなく金銭感覚まで狂っていることがあるよね。
「一泊二万テレスもあれば充分です。それに、潜入作戦を提案したのは僕です。宿代くらい、僕が持ちますよ」
「要らねえって。年下のガキに奢らせたら、俺が嫌な気持ちになるの。あと、ガキが妙な遠慮すんな」
コレトーさんは眉間へ皺を寄せ、無理やり僕の懐へ巾着をねじ込んだ。
「あれだ。ログマの宿泊費も含めてると思って、受け取っとけ」
そう言うと、コレトーさんは僕へ背を向け、海岸線の奥へ歩き始めた。
……大人らしい対応だ。
イルクの洗練された気遣いとは違う。
荒っぽくて、不器用で、だけど拒絶する余地を与えない優しさ。
人情、というものだろうか。
「……コレトーさん」
一人ですたすたと歩いていく背中へ、声をかける。
「水陰村は、逆方向です」
「先に言ってくんないかなぁ!?」
明後日の方角へ散歩を始めていたコレトーさんの怒号が、海岸線へ響き渡った。
※※※
水陰村。
昼間でも薄暗かった村へ、夜の帳が降り始めている。
だけど、不思議と周囲は明るかった。
海の傍だというのに、辺りを無数の蛍が飛び交っているからだろうか。
「――あら。戻ったのね」
柱へ背を預けていた赤髪の少女が目を開き、僕の方を見る。
「リリア! 待っててくれたの!?」
「探索は、リモルとイルクさんが請け負ってくれたの。わたしたちは、エディンが戻るまで待っていろって言われたわ」
「アルターは?」
「あそこ」
リリアが親指を広場へ向けた。
そこでは、白髪の少女と茶髪の青年が、村人たちと何やら論争を繰り広げていた。
「競売会場の件で交渉中よ。わたしたちが戻ってきても、まだ揉めていたから、アルターにも助勢を頼んだの」
片腕を組み、空いた手を顎へ添えながら、リリアがため息を吐く。
口の巧いアルターですら、説得に難航しているのか……。
アルターは一見すると、普段と変わらない穏やかな様子で話している。
だけど、よく視れば、白いアホ毛が細かく揺れていた。
だいぶ怒っているな……。
それでも青筋一つ浮かべず、笑顔で交渉を続けているのは、流石は百戦錬磨の商人だ。
この程度の諍いでは、感情を表へ出さない。
「ところで、そちらのお二人は?」
リリアの立ち居振る舞いが、即座に丁寧なものへ切り替わった。
自然な微笑を浮かべ、僕の後ろへ目を向ける。
「ログマと、ドールさん。ログマが、例の御簾籠りの人だよ。ドールさんは……漂流してきた人」
一瞬、言葉に詰まった。
コレトーさんを、どう説明すればいいのか分からなかったのだ。
でも、まあ、大筋としては間違っていないだろう。
「あら。そうなの」
一瞬だけ、リリアの瞳へ好奇心の光が灯った。
だけど、すぐにそれを消し去る。
外向きの整った微笑を浮かべ、ログマとコレトーさんへ向き直った。
「お初にお目にかかります。わたしはリリア・ヴェセル・アガレイド。こちらのエディンと、同じパーティに所属しております」
リリアは衣服の裾を摘まみ、流麗に一礼した。
「オッス! 俺――僕、いや、わたくしはコレ……ドール! エディンとログマに助けられたんす……ですわ! よろしくお願いしますわ~!」
「感謝。丁寧なご挨拶をありがとうございます。外套を纏ったままで失礼いたします。ワタシはログマと申します。巷では、御簾籠りの奇人と呼ばれております。よろしくお願いいたします」
コレトーさんとログマが、それぞれ挨拶を返した。
コレトーさんは本名を口走りかけ、ログマは認識阻害の外套を被ったままだ。
先行きが不安すぎる。
この二人、本当に正体を隠す気があるのだろうか。
リリアの視線に、僅かな険が混じった。
微笑は崩していない。
だけど、何かを隠していると察し、その正体を探ろうとしている目だ。
僕はリリアへ歩み寄り、そっと耳元へ口を寄せた。
(大丈夫。二人とも、信頼できる人たちだよ。隠している理由は、後できちんと説明する。今は、話を合わせてほしい)
リリアとアルター、そしてイルクには、本当のことを伝えておいた方がいい。
だけど、この場で騒がれれば、大変なことになる。
リリアは腰へ手を当て、大きくため息を吐いた。
仕方ない、とでも言いたげな様子だ。
何度か頭を振り、長い赤髪を耳へかける。
纏っていた警戒心が、僅かに薄れた。
「そう。エディンが信頼できると言うのなら、わたしも信じるわ」
リリアは、いつもの自信に満ちた笑みを浮かべる。
「……よろしく、お二人さん」
片手で髪を耳へかけたまま、少しだけ顔を背けた。
……どうして、耳を隠しているんだろう。
僅かに赤くなっているようにも見えるけど。
「ん? アルターたちが、こちらへ手を振っているな」
《蒼眼》で周囲を眺めていると、アルターが僕たちへ手招きしている姿が見えた。
周囲に村人の姿はない。
隣ではモーリス君も、同じように手を振りながら何かを口にしている。
何を言っているんだろう。
声までは聞こえないな……。
あ、騒ぐな、と言っているのか。
それで、読唇しろと。
人使いが荒いな、もう……。
ほむ。なるほど。
「リリア」
振り返り、小首を傾げた彼女へ伝える。
「宿を確保できたみたい。とりあえず、そっちへ行こう」
※※※
時刻は黄昏時。
漁村に住む村人の多くは、既に家へ戻っていた。
周囲に人の姿はほとんど見当たらない。
アルターは、一足先に宿へ向かっている。
ログマと二、三言交わした後、モーリス君を連れ、食材の交渉へ行ってくれたのだ。
曰く、
『エディンの食事量は、巨人よりも多いのです』
とのこと。
仲間からの誹謗が鋭すぎて、泣いてしまいそうだね。
村の中央へ進むと、少しばかり古びた庵が、海浜へひっそりと建っていた。
ログマの住処だ。
「色々置かれてるね」
御簾の前には皿が並べられ、その上へ大量の魚が盛りつけられていた。
鯵に秋刀魚。
米や水。
酒まで供えられている。
「困惑。申し訳ない気持ちでいっぱいです。彼らも、決して生活に余裕があるわけではありませんので」
「ほとんど無償で、治癒魔法を施していたんだろう? 村の皆も、きっとログマへ恩返しがしたいのさ」
正直、ログマが使う治癒魔法の価値は桁外れだ。
城主や宮廷――この国で言うなら、将軍家や皇室か。
そういった特権階級へ召し抱えられていても、何ら不思議ではない。
それほどの術を、ログマは見返りも求めず施してきた。
この村の人たちも、その価値を理解しているのだろう。
「胸を張ろうよ。ログマが頑張って、皆から認められた証だろ?」
ログマの背中を軽く叩き、笑いかける。
「…………肯定。そう、ですね。エディンの言う通りです」
「照れちゃって~! もっとこう、堂々と胸を張らなきゃ!」
「擬態。こう、ですか?」
「いやいや。もっと、こう!」
ログマの前へ立ち、思い切り胸を張ってみせる。
ログマは今、認識阻害の外套を被っている。
リリアの目にも、人の姿として映っているはずだ。
隣へ目を向ければ、彼女の青い瞳が、微笑ましいものを見るように細められていた。
口元にも、小さな笑みが浮かんでいる。
(きちんと、リリアにもログマの正体を伝えないとな)
今夜か、遅くとも明日の朝には伝えたい。
だけど、ログマの様子を見れば、自分の秘密を他人へ吹聴されることを望んでいないのは分かる。
リリアは信頼できる。
だけど、それは僕がリリアを知っているから、信頼できるという話だ。
ログマにとって、リリアは今日初めて会った人物にすぎない。
彼が隠しておきたい正体を、僕の判断だけで明かすのは、ログマから寄せられた信頼へ背く行為になる。
だけど、仲間へ隠し事をしたままでいることは、許されるのだろうか。
リリアへの信頼を理由に、ログマの秘密を明かすのか。
ログマとの約束を守るため、リリアへ隠し事をするのか。
僕は、どうすればいいんだろう。
「それじゃあ、ログマ。また明日」
御簾へ足を踏み入れたログマへ、手を振る。
「了承。また明日ですね、エディン」
ログマは小さく頭を下げ、御簾の奥へ消えていった。
潮騒だけが耳へ残る。
寄せては返す波の音が、堂々巡りを続ける僕の悩みと重なって聞こえた。
仲間であるリリア。
異種であるログマ。
どちらの信頼を優先するべきなのか。
顎の辺りを擦りながら考えてみても、答えは出ない。
「……それで、エディン」
腕を組んだリリアが、
「おほほ。わたくしですの? わたくしの好物は、プリンと焼き肉ですわ~! 甘味をこよなく愛する、花も恥じらうおしとやかな大和撫子でしてよ~! よろしくお願いあそバセ~!! シャナリ、シャナリ」
その先には、大和撫子を完全に見失ったコレトーさんがいた。
「なに、これ」
僕は静かに、天を仰いだ。