アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜 作:鹿鳴弥
陽が中天を過ぎ、西へ傾いた午後の頃。
「おっす。お疲れさん」
ドールさん……いや、コレトーさんとともに、ログマの庵を訪れた。
見た目は相変わらず銀髪に灰色の瞳。全身に球体関節を仕込んでいる影響か、人間の可動域では不可能な方向へ指を曲げていた。
「お待たせしました、ドールさん」
「あー、分かりづらいからコレトーでいいわ。【愛し姫の代詠】の効果も今は切れてるし」
コレトーさんが腕をぷらぷら振りながら、庵の戸を開ける。
「! 満悦。エディン、コレトー。来てくれたのですね」
中には、人の姿に擬態している友人――ランニングマグロのログマがいた。
僕たちの姿を見るや、破顔する。
マグロの姿の時は分からなかったけど、ログマって結構表情豊かだよね。
「質問。時にエディン。ご予定の方は大丈夫なのですか?」
「うん。今日の探索はイルクとリモルさん――僕の仲間がやってるから問題ないよ」
どうやら今日のリモルさんは、相当やる気に満ちあふれていたらしい。
さっき、モーリス君がやたら迷惑そうな顔で話していた。
まあ、そりゃそうだろうなあ。
リモルさんは好奇心が疼いたら、国家でもなんでも敵に回すアレな性格だもの。
リーリエさんという国家経営者の近くにいたら、そりゃリモルさんは迷惑の対象でしかないよね。
「主題。ともかく、今日は治癒魔法の限界についてお話しします」
ログマは手を叩いて注目を集め、穴の開いた魚を見せた。
「解説。既存の治癒魔法は難解。効果の割に、治療に必要な魔力も多いです」
「効率が悪いってことか?」
「肯定。その通りです、コレトー」
ログマが十字型の魔法陣を描く。
中にはたくさんの魔法文字が記されている。主原素は木。成長を示すもの。描かれている魔法文字数は千文字と少ない。
効果を視る。
ほむほむ。やっぱりか。肉体の細胞を増殖させ、免疫を向上させている。その効果で傷や毒を癒しているんだ。
術式が円陣ではなく十字型なのは、術式を循環させず、あえて効率を落とすためか。
僕も試したけど、木原素による治癒魔法は効果を高めすぎると、細胞が癌化する。
「そうかな。僕の使ってる<
僕は魔法陣を展開し、ログマに見せる。
中にはびっしりと、余白もないほどの魔法文字が刻まれている。主原素は光。回帰を司る回復魔法。
要は、霊魂にある肉体情報を引っ張り出し、その通りに肉体を回帰させる魔法だ。描かれている魔法文字数は五万を超える。
消費する魔力量はログマの術式の数十倍以上。
その代わり、四肢切断だろうが、すぐさま癒せる。僕では二発使うのが限界なくらい、魔力効率が悪い。
「うわあ……。なんだ、この変態術式……。つか、人間種の魔法じゃなくね? 人間の魔力じゃまともに機能しねえだろ。どうやってお前、使ってん?」
「魔力特性を魔族のものに変質させて使ってます」
「??????????」
コレトーさんが背景に宇宙を背負った。
腕を組み、目を大きく見開いたまま微動だにしない。
いいや、放置しよう。
「魔族…………」
ログマが何やら複雑そうな顔で僕を見ていた。
……ははーん。やっぱり、そうか。たぶん、イルゲルムと接触しているとみていいな。
「ふー、びっくりした。エディンが自分の魔力特性を変更して使ってるとか言ってるのかと思った」
「使ってますよ」
「お黙り!! あと、お前それ絶対言うなよ!? <
コレトーさんが勢いよく僕に指を向ける。
とんでもなく血相を変えている。汗まで出ている。
生身の身体じゃないのに、人間の身体の再現度が高いな。
ふーむ。普通の人は魔力の変質ができないのか。
「じゃあ、どうやって魔法の効率を上げてるんですか? 魔力特性を組み替えないと、魔力のロスがすごいことになりますよね。それじゃ、大規模魔法なんて連発できないじゃないですか」
「おバカにも分かりやすく言うとだな。大規模魔法は普通、連射するものじゃねえんだ。超越者とか、魔力お化けがやることなんだ」
ありえない馬鹿を見るような目で、身体を若干引きながらコレトーさんが語った。
納得いかない……!
「コレトーさんに馬鹿って言われるの、なんか悔しいです」
「お前、今俺のこと遠回しに馬鹿って言ったよな? いいのか? 泣くことになるぞ、俺が。往来のど真ん中で、でっけ~~声で」
「頑張って他人のふりします」
「うし……」
「分かりました。僕が悪かったです。立ち上がらないでください。マジで勘弁してください」
立ち上がったコレトーさんを、どうどうとなだめる。
有言実行の鬼が過ぎるでしょ。大人の誇りとかないんだろうか。
「回帰。話を戻しましょう。今日、皆さんに集まっていただいたのは、ほかでもありません。ワタシの術式を改善していきたいのです」
ログマは心苦しそうに顔を歪め、頭を下げる。
「懇願。ワタシから差し出せるものはありません。厚かましいと分かっています。ですが、どうか。ワタシに力をお貸しください」
コレトーさんと僕は顔を見合わせた。
「いや、言われるまでもねーし。俺はログマに恩返しとして付き合うって言ってるだけだし。お前、俺の命の恩人って自覚ないだろ」
「僕は治癒魔法を教えてもらいに来たんだし。あと、僕、友達三人しかいないけどさ。友達同士で貸し借りなんている?」
今更、何を言っているんだろう。
そんなことを言ったら、治癒魔法を教えてもらっている側の僕が、頭を下げなきゃならない立場だ。
僕、二回でガス欠になる回復魔法しか使えないし。
「……感謝。ありがとうございます」
僕とコレトーさんは何も言わない。
ただ、ログマに笑いかけた。
「じゃあ、始めようか!」
空中に魔力の板を浮かせ、アイデアを書き留める場所を作る。
「燃費が良くて効果量の高い、新たな治癒魔法の開発を!」
一拍遅れて。
全員の力強い返事が返ってきた。
まずは、アイデア出しだな。
※※※
三時間後。
僕の浮かべた魔力板には、多数の情報が書き連ねられていた。
「……よし。だいぶ出尽くしたね」
コレトーさんからもらった甘いお米のお菓子――ポン菓子なるものを頬張りながら、魔力板を見る。
数十のアイデアが魔力板に書かれており、途中にはバツ印や斜線で消されたアイデアも散らばっていた。
「感想。結構、時間が経っていましたね」
「俺はお前らの会話についていくので必死だったよ。<
俺は錬金術の教授なんだぞ……と、疲れた様子でコレトーさんが金平糖を口に放り込み、ログマが淹れてくれた緑茶を啜る。
「まあまあ、そう言わずに。ちなみに、コレトーさんはこの中だったら、どれが一番いいと思います?」
「ええ……。二人の中で結論出てるだろうに、言う必要ある?」
まあ、いいけどさ。
コレトーさんが立ち上がり、一番上に書かれたアイデアを指さす。
「霊魂の肉体情報をもとに、木原素で治癒を促進させる術式の開発。これが一番いいんじゃね?」
うん。なんだかんだ、コレトーさんもこの議論の内容を理解してるじゃん。
魔法の知識でフォローしてくれていたし、魔法の知識そのものは僕より遥かに上だと確信できた。
「じゃ、軽く術式を編んでみますね」
「おいおい、それは明日でいいんじゃね? さすがに今からやったら日が……」
「できました」
「はえーよ。どうなってんだ」
仕方ないじゃない。
できそうだったんだもの。
「と言っても、原型だけですよ。ここから細部を調整していかなきゃ」
「ああ……そう……。なんか、もう、いいや……」
コレトーさんは非常に疲れた顔をして、ため息を吐いた。
ログマも目を白黒させ、何も言わなかった。
みんなしてなんだよ。早く終わるなら、それに越したことはないだろうに。
釈然としない思いを抱えながら、指の腹を噛み切り、傷口へ痺れ毒を塗り込む。
コレトーさんたちには反対されたけど、確実なのはこの方法だ。
人体で試して臨床データを取らないことには、術式は完成しない。
その傷口に、完成した魔法陣を重ねる。
円の内部に十字を埋め込んだ術式。十字に見える部分は、すべて魔法文字。ざっと千五百文字の術を起動する。
「ほむ。治らないな」
失敗。
傷は塞がったが、指先は痺れたまま。
――耐性獲得。【毒性】。
温存していた源流能力、【星輝戴星】を行使し、毒を無効化。そして、耐性を即座に削除する。
「提案。十字右側の解析術式の関数。ここが重複し、バグになっているのかもしれません。そこを治癒に置き換えてみましょう」
「わっからんこと言ってる~」
頭から湯気を上げるコレトーさんの隣で、ログマが告げる。
その意見を参考に、術式を書き換えた。
再度、傷をつけて毒を塗り直す。
――失敗。
毒は抜けたが、傷が塞がらない。
別の方法を試す。
――失敗。
今度は指の腹が破け、血が飛び散った。
別の方法を試す。
――失敗。
傷も毒も治らず、肩の凝りだけが消えた。
別の方法を試す。
――失敗。
傷が盛り上がり、細胞が癌化した。
別の方法を――。
※※※
四時間が過ぎた。
夜の帳はとうの昔に降りている。民家には明かりが点き、空には満天の星々と上弦の月が浮かんでいる。
「……諦観。やっぱり、駄目なのでしょうか」
ログマが落ち込んだように語った。
庵の床に敷いた布の上には、飛び散った血が広がっていた。
僕の血だ。
洗浄魔法をいちいちかけ直す魔力がもったいないから、使わなくなった古着の上で試している。
五百通り近く試したが、全く有効なものが見つからない。
「なあ……。帰ろうぜ。ここまでこぎ着けただけでも十分じゃん。魔法を一日で開発するなんて無茶よ」
「――同感。そうですね……。やはり、今日は失敗ということで」
「違う」
諦めかけたログマの肩を掴む。
「違う。これは失敗じゃないよ。どこまでなら壊れないかってのが分かったんだ」
「否定。……エディン、顔が冷たいです。血が足りていないんです。休んでください」
ログマが僕の頬に手を当てた。
暖かいログマの手が、ぼんやりと冷たくなった頬を温めた。
「いや。次で成功させる。今度こそ、確実にね」
ログマの制止を振り切り、術式を再構築する。
コレトーさんは腕を組んだまま動かない。
「次が最後だぞ」という、無言の圧を感じた。
再構築。
今度は十字じゃない。逆十字だ。
術式効果を逆順に記載し、細胞同士を繋げ直すもの。
指を噛み切り、傷口へ毒を塗りたぐる。
びりり、と指先が痺れた。鉄の味と香りが舌と鼻を突き抜け、部屋に僕の血の匂いが充満する。
瞬間。
柔らかな、新緑の光が僕の指先を包み込んだ。
傷が、見る見るうちに癒えていく。
毒も一瞬で消えていく。肌が荒れることも、細胞が癌化することもない。
これは……!
「成功だ!!」
「ぃよし!!!!」
コレトーさんが被っていた帽子を空へ投げた。
やった、やった!
ようやく、ようやっと満足のいく効果を持った術式が完成した。
回復、解毒、状態異常緩和、魔力汚染の洗浄、肉体情報の補正を兼ねた汎用治癒魔法。
これなら、瘴気による損傷も緩和できる。
重傷用の<
それ以外の傷に使う、この術式。
明確な使い分けができる。
「エディン……」
ログマが目を潤ませながら、僕へ歩み寄る。
「ログマ!」
迷わず、僕は抱き着いた。
「ありがとう、ログマ! ログマのおかげだよ! これで、いろんな人を助けられる治癒魔法が、ようやく完成した!」
一瞬、ログマの身体が硬直した。
しかし、それも一瞬。
ログマの表情が柔らかくなり、ゆっくりと僕の身体に腕を回した。
「否定。いいえ、エディン。あなたのセンスのおかげです。エディンがいなければ、もっと時間がかかっていました」
「感謝。ありがとう、エディン」
……!
ログマが、笑った。
張り詰めていた緊張のようなものが解け、柔らかい笑顔を浮かべている!
やった、やったぁ!
魔法の名前を考えなきゃなあ。ログマと一緒に考えて……。
瞬間、《蒼眼》が何かを捉えた。
ログマの手首にあるもの。
逆十字の文様が刻まれた、緑の宝石付きのブレスレット。
ほかのランニングマグロが身に着けていたものと、同じだった。
「……ログマ」
僕は抱き寄せたまま、ログマの身体を固定する。
「君が治癒魔法にこだわるのは、魔物になったランニングマグロたちを元に戻すため?」
びくん、とログマの肩が跳ねた。
抱き寄せたまま、視点を俯瞰に変える。
ログマの顔には、万華鏡のように感情が入り乱れていた。
驚愕、恐怖、焦燥。
そして。
「――はい」
諦観。
「その通りです、エディン。ワタシが治癒魔法を研究していたのは、エディンの《蒼眼》の力を求めたのは」
「仲間たちを、元に戻すためです」