アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜   作:鹿鳴弥

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異端の智

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「着いたぞ」

 

 ふわふわと浮遊するリモルさんが指先を向ける。

 断崖に形成された海上洞窟だ。

 

 水陰村から4キロほど離れた無人島にある。漁師さんから小舟を借り、海底に掘られた坑道に沿って進んだ先だ。

 魔力は清浄。瘴気の気配も薄く、自然物と一体化している。

 

「洞窟の奥に、瘴気がある」

 

 《蒼眼》に映った洞窟の最奥には、どす黒い魔力が滞留していた。

 

「そうそう。この先に、小規模な迷宮があったんだよ~」

「ホントだ。だいぶ奥に、迷宮の門みたいなものがある」

 

 《蒼眼()》を凝らせば、150メテルほど地下。瘴気の奥に小さな門があった。

 

 ――瞬間、脳裏をよぎるのは、細切れになったヴァルガスさんの最期。

 血さえも剣閃に刻まれ、血潮が香る間すらなく消え去ったあの瞬間が、閃光のように蘇ってくる。

 迷宮という言葉に反応し、心の底に染み込んだ拭いようのない記憶が、苛むように頭を鷲掴みにしてきた。

 

「――エディン?」

 

 リリアの青い瞳が僕を覗き込む。

 僅かに震えていた手には、白魚のように柔らかい手が添えられる。

 伝わってくる掌の温かさが記憶を溶かし、不自然に跳ねた鼓動を穏やかなものにしてくれた。

 

「ありがとう、リリア」

 

 浅くなっていた息を整え、リリアに礼を言うと、彼女は静かに微笑みを返し、無言の返事をくれた。

 

 にしても、いけない。無意識のうちに見落としていた。

 

 頬を叩き、意識を呼び戻す。

 こういう地形に瘴気が滞留するのは普通だから、まったく気にも留めていなかった。

 

「でも、そんなに深いのなら、調査に行くだけでも時間がかかりそうね。リモルの魔法でどうにかするのかしら」

「馬鹿を言え。僕は指名手配されているのだぞ。

 この一帯は海だ。相当な大魔力を放出しなければ、掘削用の魔法を維持すらできん。

 そんなことをしてみろ。一発で僕に討伐隊が差し向けられる。面倒だろう」

「罪人が報いを受けてハッピー。アルターたちは道ができてハッピー。討伐隊も仕事ができてハッピー。三方良しなのですよ」

「アルター嬢の発言はさておきとして、こういう時こそ錬金術師の出番だと思うのだがな。ログマ君、彼はどうした」

「回答。ドールさんなら、怖いところへ行きたくないと言って部屋に引きこもっています。モーリス君が面倒を見ています」

「ほなダメかあ。ドールさんは割と慎重だからね。それでイルク、どうしようか」

 

 全員の意見をまとめ、船頭に立つイルクへ目を向ける。

 

「ん~? ああ、ちょっと待っててね」

 

 小さな掛け声と共に、イルクが跳躍する。

 岸に接舷するより先に小舟から砂浜へ着地し、黄金の腕輪を煌めかせた。

 

 放たれた光が空中へ投射され、剣の影を空に編み込む。

 

「さて」

 

 イルクが影の柄を握った。

 影が反転し、空想が現実のものとなる。

 

 凄絶極まる魔力を内包していた。

 円筒状の、ドリルのような琥珀色の刃。

 柄にあしらわれた黄金や宝飾類の華美さとは対照的に、刃は非常に簡素そのもの。

 しかし、浮世離れした異質な力。

 それが迷宮特典(固有の法則)そのものであると、蒼い己の瞳が強く訴えてきた。

 

 イルクは逆手に持ち替え、無造作に地面へ突き刺す。

 

「嘶け」

 

 黒衣の兄貴分は静かに命ずる。

 迷宮特典が脈打ち、イルクから気魄を吸い上げていく。

 

 魔導線のような光脈が刃に走り、大地が震えだす。

 海が揺れ、大地が鳴り、大気が唄うように軋み、膨大な神秘が現実を押し退けていく。

 地中から力が溢れ、地面へ突き刺された迷宮特典の円周部を周遊し、加速していくのが肉眼でも視えた。

 

 イルクはその中心で静かに笑い、

 

「――【星殻器(せいかくき)】」

 

 その御名を唱えた。

 瞬間、刃が回転する。

 

 大地が隆起し、海底を持ち上げながら、すり鉢状に島を掘削していく。

 地面が瞬きひとつの間に消えていく。

 

 刃の回転は島を削り取った。

 ランニングマグロたちが掘った坑道すら、螺旋状に掘り進めていく。

 

 海が、消えていく。

 僕らの後背に大地が屹立し、囲うように円形の柱が壁となって覆った。

 見る見るうちに海水が押し退けられ、干上がったお椀状の大地だけが小舟の周囲に残る。

 

 目の前に残ったのは、地底の奥深くにある、小さな迷宮の門だけだった。

 

 イルクは額を拭い、綺麗な笑顔を浮かべた。

 

「これでよし!」

「よしじゃないが」

 

 大改造された島と海を見て、思わず僕は突っ込んだ。

 何を見て良しと言ったんですか??

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 迷宮の内部は、静かな迷路だった。

 磯臭く、空気が湿っていた。床は僅かに濡れ、洞窟のような壁はごつごつと岩肌が剥き出しになっている。

 

 壁にこびりついた苔が僅かに光っている。迷宮内は非常に薄暗いが、この苔のおかげで完全な暗闇にはなっていなかった。

 

「瘴気の濃度は5級。たぶん、鉄級未満なのですよ」

 

 音叉型の魔導具を取り出したアルターが静かに説明してくる。

 

「ふーん。なら、こいつはいらないか~」

 

 イルクはそう言うと、紫色に輝く馬上槍の穂先で地面を突いた。

 

「戻れ、【萬瘴竜跪(まんしょうりゅうき)】」

 

 腕輪から放たれた光が影となり、槍の迷宮特典を飲み込んだ。

 代わりに現れたのは、鍔のない、柄と刃だけで象られた白鞘の太刀。

 

 イルクが柄を握る。

 

 太刀が、白い桜吹雪を纏った。

 実際の桜吹雪ではない。太刀の放つ極低温の冷気が塵や水分を凍らせ、それらが気流に乗って周遊している。

 

 これもまた、迷宮特典。

 どんだけ迷宮特典を持ってるんだ、イルクは。

 

「この先、進行方向に魔物発見!」

 

 ウツボ型の魔物だ。

 僅かに水のある大地を這うように進み、ミミズのようにこちらへ迫ってきていた。

 

「リモル」

「<北極洗礼(ガッデス)>」

 

 リモルさんが魔法陣を描く。

 瞬間、ウツボたちが氷の刃に貫かれた。

 

「敵影、まだ健在!」

 

 しかし、まだ動く。

 ウツボたちは分裂し、それぞれ別個の生物となってこちらに迫ってきた。

 

「【(ドスト)】・《恩赦(アンチェイン)》」

 

 イルクが太刀を持ち上げ、片手で構える。

 腕に絡みついた鎖が蠢動し、イルクをきつく縛り上げた。

 

肉体解放(オリジン)・1%」

 

 どくん。

 大気が、イルクの鼓動と共に震えた。

 兄貴分の肉体性能が解放される。頑強さ、固有速度、膂力の三種が制限付きで解放され、柄が僅かに軋む。

 

「抜刀」

 

 暴が、解き放たれる。

 腕は軽々と音速を踏み越え、振り下ろされた一太刀は真空波となり、纏った極寒が前方にいるウツボの群れを完全に凍結させた。

 

「と、こんなもんかな」

 

 イルクは得意げな顔をこちらに向け、笑った。

 僕らは何も言えない。

 

 ただ口を開け、目の前で大破壊を引き起こしたイルクを見つめることしかできない。

 いや、あの……。なんていうか、その……。

 

「張り切りすぎだ、馬鹿者め」

 

 リモルさんのため息交じりの突っ込みが、僕らの思ったすべてを代弁してくれた。

 普段よりも力が入り、やたらとやる気に満ちているイルクを前に、僕らにはまったく出る幕がなかった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 最初の戦闘から、三十分が経過。

 

「具申。イルクさん、この先に隠し部屋があります」

 

 ログマが先頭を進むイルクを呼び止める。

 

「そっか。エディン」

「ん、だいたい200メテル先。右手の洞窟に入り口がある」

「様子は?」

「生体反応は視えない。魔物もいないよ。ただ、生活痕がある」

 

 隠し部屋には、大量の骨や肉片が転がっているのが視えた。

 生物はいない。しかし、排泄物や寝床の跡などがある。何よりも、隠し部屋がとにかく広い。

 

 村の広場の十倍以上。何者かは知らないが、最低限の生活をするうえで十分な広さを誇っていた。

 

「よし、分かった。教えてくれてありがとね~、ログマ。偉いぞ、エディン。みんなも行こう」

 

 イルクは満面の笑みを浮かべ、前を向いて一人で歩き出した。

 時折、鼻歌交じりに刃を振るえば、隠れて様子を窺っていたウツボが瞬時に両断される。

 

「……ねえ、エディン」

 

 うん、リリア。言いたいことは分かる。そのすんごい仏頂面になる理由も、聞かずとも分かる。

 

「わたしたち、いらなくない?」

 

 リリアがため息交じりに言う。

 言わずとも分かるけどさぁ……。それ言ったら、おしまいじゃん。

 

「あの馬鹿め。よほどエディン君と冒険するのが嬉しかったのだろうよ。いい年をして、あの浮かれよう。後々に見せたら愉快な顔が拝めそうだ」

 

 リモルさんは喜々として、イルクの様子を魔法で撮影している。悪辣さは欠片も変わっていない。

 

「アルターは嬉しいのですよ? 素材がザックザック。凍っているので長期保存もできるって売り込みもできる。凍結した肉は高く売れるのです。最高なのですよ~!」

 

 アルターは転がったウツボの死体めがけて片端からツルハシを振るい、その肉を収納していく。

 

「質問。皆さんは普段から、このような感じなのでしょうか」

「……まあ、いつも通り…………かなあ」

「いつも通りね……」

 

 僕とリリアは揃ってため息を吐いた。

 自由人を極めているのは……否定しづらいが、その通りでしかない。

 

「おーい、みんな何してんだよ~! 隠し部屋の入り口があったから、さっさと調査しようぜ~!」

 

 うっきうきの笑顔を浮かべた、いい年をした大人がぶんぶんと手を振っていた。

 ログマの言葉も、リモルさんの言葉も、まったく否定できない。

 

「はーい、今行くよー!」

 

 イルクに手を振り返し、みんなを引き連れて歩みを進める。

 自分の声が少し上ずり、鼓動が速まっているのを感じた。

 

 どうため息を吐いても、結局みんなと冒険するのは楽しい。

 その点ではイルクも僕も変わらないことに、遅まきながら気づいた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 隠し部屋の中は、生活感に溢れた場所だった。

 生き物の脂。ないしは体臭と呼ぶべきものが、壁や床にこびりついている。血とはまた違う、生々しい動物の匂い。

 俗に言う生活臭に近いものが、一帯に満ちていた。

 

「水道かな」

 

 イルクがしゃがみ込み、魔導線の繋がった青い宝石を持ち上げながら観察する。

 

「壁画もあるな。魚に手足の生えた集団が、海で狩りをしている」

 

 リモルさんが壁画を眺め、宙に浮いたまま足を組んだ。

 本当だ。手足の生えたマグロが、海の中で狩りをしている。サメやクジラなど、大量の巨大魚を狩り、運び込んでいる図だ。

 

「加工場なのです。海鉄(トリトン)と骨が置かれているのです。鉄と素材を融合させる感じのものでしょうか~?」

 

 アルターは写影機を取り出し、何枚か写真を撮っていた。

 ……ほむ。人を恨む魔物とは思えない知性。いや、文化的な物品が多い。やっぱり、ログマの見せてくれた記憶には偽りがない。

 

 そう。見せてくれた記憶には、偽りがない。

 

「うん。水道だね。蒼瑠璃(ラピス・ラズリ)に魔力を通して、水を出すための物品だ」

 

 《蒼眼》でじっくり視れば、粗雑ながらも丁寧に作られた物品であることが分かる。

 

「似たようなものがいくつかあるわ。これなんか、面白いわよ」

 

 ぽい、と一冊の本をリリアが投げてきた。

 《統巡》で気魄の枝を伸ばし、力場で本を絡め取って手元へ引き寄せる。

 

「もっと本は丁寧に扱ってよね、っと……」

 

 受け取った本を手に取ってみると、質感が普通の本とは違った。

 掌に吸い付くような軽さとしなやかさ。だが、少しざらつくような手触りの本。何より、水に濡れても問題のない耐水性。

 

 牛革とも、羊皮紙とも違う特殊な肌触りの表紙を、思わずじっと見つめてしまった。

 

(エイ……。いや、鮫の皮か!)

 

 面白い。水の近くに住むからこその発想の本だ。

 本を開けば、虹色に光る、今まで見たことのない文字が書かれていた。

 

 ……ほむ。読めない。

 何かの記号のようなものが崩れ、繋がったように文章として書かれている。

 

人類言語(メツォラ)の系列でも、古代語である日本語や英語、サンスクリット語でもない。いや、漢字には少し雰囲気が近いかな。そして無数に異なる文字があることから、表意文字の類いって感じ。でも、統一言語(アルレアラ)では翻訳不可)

 

 ぺらぺらと何度かページをめくりながら、全文を暗記する。

 手足が生えた魚の身体図が載っている箇所もある。そこに記された頻出単語から中身を解読していけば……っと。

 

「魔族語で書かれた、ランニングマグロに関する本か」

 

 だいたい翻訳できるって寸法よ。

 

「……驚愕。エディンは、魔族語が分かるのですか?」

「正確には、今読めるようになった、かな」

 

 僕はちらりと、ログマの方を視る。

 その視線は、本に記された文字列を正確になぞっていた。

 

 なるほど。

 ログマ、魔族語が分かるな?

 

「ログマ、これってこの読み方で合ってる?」

 

 本をぺらぺらとめくりながら、ログマに見せる。

 ランニングマグロの彼はすぐそばまで寄り、本の中身を覗き込む。

 

「……回答。分かりません」

「ん、なるほど」

 

 ログマの脈拍と視線に、僅かな乱れ。

 嘘だな。ログマは魔族語が読める。

 

 僕は本を閉じ、ログマへ満面の笑みを浮かべ、彼の肩を叩く。

 

 魔族語は、統一言語の翻訳範囲外。

 僕はこういう暗号解読や文字の可読化には慣れている。だけど、ログマはそうじゃない。

 

 誰かから習わなければ、習得は困難。

 

 つまり……。

 

(ログマは、魔族と繋がりがある可能性が高い)

 

「そういうことか。なら、いざという時はよろしくね」

 

 ログマはほんの一瞬、僕から目を逸らした。

 

 やっぱり、ログマの反応が妙だ。

 変によそよそしい。ただ、悪意からではない。

 

 ログマから害意を一切感じない。

 普通、僕らを罠に嵌めたり、情報を抜き出そうとしているのなら、何かしらの悪意が出る。

 

 そして、僕にはそういった害意がよく視える。

 なのに、今日に至るまでログマから悪意を感じた試しがない。

 

 純粋な人助けと、楽しそうな姿ばかりを記憶している。

 

 僕一人の問題なら、ログマを心の底から信じる。

 それで裏切られても、死ぬのは僕一人。

 

(……これだけじゃ、決めつけはできない。けど……)

 

 顔の前で両手を擦り合わせ、思考を巡らせる。

 僕の知らない何らかの神秘で感情を隠匿している可能性もある。薬物なりなんなりで、脳を騙しているってことも、ね。

 

 脳に関連する高度な刺激は、往々にして特殊な反応を示すものだ。

 

 リステリアで、蒼輝水を使った尋問を視たことがある。

 それでも脳の反応なり、魔力回路の痙攣なりは起きていた。

 

 ログマには注意が必要だ。

 僕らの知らない情報網がある可能性が高い。

 だが。

 

(今更だな)

 

 その可能性を考慮したうえで、背負いきると決めたのだ。

 懸念が一つ増えただけ。何も難しいことではない。

 

 僕は、ログマの善性を信じるのみ。

 

「おおーい、エディン~! 変なオーブ見つけたよ~」

 

 イルクが大きく手を振っていた。

 満面の笑みを浮かべ、片手に握った紫色のオーブを掲げている。

 

「ん! イルゲルムの魔力反応だ」

 

 【豚鬼宮】で見た、イルゲルムの魔力がオーブから漏れ出ていた。

 僅かに、ログマの身体が震えた。驚愕ではなく、嫌悪から来るような拒絶の竦みが、一瞬垣間見えた。

 

 ……ほむ。

 

「よし、なら破壊しちゃうよ~」

「はーい!」

 

 イルクはそう言うと、法力をオーブへ込め、跡形もなく爆散させた。

 ログマの表情は、どこか安堵したように見えた。

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