アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜   作:鹿鳴弥

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焦燥

 

 

 

 

 夕日が水平線へ傾きかけていた。

 暮れの夕闇と麦穂色の空が混ざり合い、東から夜が昇り始めている。

 

「ふふふ~……」

 

 大きな屋敷の一室。

 畳が敷き詰められた立派な部屋には、長身の男性が笑みを浮かべていた。

 

 イルク。

 珍しく着流しに袖を通し、武装のほとんどを外していた。

 

 机に頬杖をついている。

 視線の先には筒状の魔導具があり、中には紫色の破片が入っていた。

 

「いやあ。ほんと、エディンはすごいなあ」

 

 イルクはぼやくように語る。

 

「まだ一か月も経ってないんだぜ? なのに、あんなに頑張ってさあ。スポンジみたいに知識を吸収しやがる」

 

 将来が楽しみだ、とイルクは語りながら、目の前の魔導具を観察する。

 

「さて、鑑定結果はどうなるかなっと」

 

 筒状の魔導具に満たされた液体が、ごぽごぽと泡を立てる。

 瘴気から魔族の強さを測る代物は、七色に変化しながら鑑定を続ける。

 

「ま、分身体とはいえね。エディンが倒せたくらいなら、上から三番目。伝説級くらいでしょ。そんぐらいなら俺一人でよゆーよゆー。戦いの余波で町がぶっ飛ぶ心配もないし」

 

 イルクは退屈な演劇でも見るような、興味の薄そうな目で魔導具を見守り――。

 

 

「――は?」

 

 

 目を大きく見開いた。

 

 それも一瞬。

 弛緩していた表情を引き締め、茶を一気に飲み干す。

 着流しから普段のスーツ姿へ着替え、即座に腰へ刀を佩く。

 

 言葉はない。

 ただ、僅かに駆け足で自室を去る。

 

 魔導具が示していた文字。

 

『黒晶級』

 

 この魔導具が表示しうる、最強の等級だった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「よいしょ、っと」

 

 夕日が傾いてきた。

 ログマの庵から戻った僕は、人型の形代に魔力を込めていた。

 

 コレトーさんに作ってもらった形代だ。

 東塔時代から保管していた魔物の素材を渡せば、すぐに錬金術で作ってくれた。

 

 イルクから昨日出された課題。

 戦闘における自分の明確な弱点を克服するため、とにかく魔力を貯蔵しているんだ。

 

「よし」

 

 僕の魔力が十分に充填された形代を見て、僕は頷いた。

 コレトーさん、普段の態度はあれだけど、やっぱり錬金術の腕は確かだ。

 

 僕の魔力の半分を詰められる形代なんて、露店でも売っていない。

 僕も作成を試みたけど、満足のいくものができなかった。魔力の一割も込めていないのに爆散したもん。

 

 やるなら、もっと練習しなきゃ。

 

「エディ~ン」

 

 なんて考えながら形代に魔力を込めていると、三回のノック。

 イルクだ。飄々とした、普段通りの喋り方。

 

 ……だが、妙だ。

 普段よりも口調が速い。

 

「どうぞ~」

 

 すぐさま僕は入室を勧める。

 イルクはすぐに襖を開け、部屋へ入ってくる。

 

 イルクが一度も目を合わせてくれない。

 普段なら視線を合わせてくれるイルクが、明後日の方向を向いている。

 

「ほ~。感心感心。陰陽道で魔力の温存を試みてるのね。偉い偉い。ところで」

 

 イルクの目が細まった。

 

「その程度で、この国に残してもらえると思ってるのかな?」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ずかずかとイルクが廊下を歩く。

 

「待って、待ってよ! もう僕一人分くらいの魔力は溜め込めたんだよ!? なのになんで!」

 

 右手で僕を俵のように担いだまま、無言でイルクは宿の出口へ向かう。

 

 止まる気配がない。

 喋ろうともしていない。

 

 ただ、イルクはじたばたと暴れる僕の抵抗を意に介さず、歩みを進めている。

 

 話を、まったく聞いてくれない。

 

「なら、力ずくで……!」

 

 身体に気魄を回す。

 肉体の器を広げ、魔力を巡らせて活性化。

 

 イルクの拘束から逃れるべく、思い切り身体を捩る――。

 

「うご、かない……!」

 

 イルクの動きは止まる気配を見せない。

 外へと向かう勢いが速まるばかり。

 

 イルクが左手を天へ掲げる。

 腕につけた黄金の腕輪が輝き、外に巨大な影が生まれ――。

 

 反転する。

 

 真っ赤な戦艦が空に浮いている。

 【赤戦神艦】だ。神の嵐すらも突破できる、超級の艦船。

 

 まずい。

 あれに乗せられたら、もうこの国から出るしかなくなる……!

 

 ……どうしよう、どうしよう。

 期待に応えられなかった。イルクの足手まといになっちゃった。

 

 鼻がつんと詰まって、息が苦しい。

 

 どうすれば……!

 

 一歩、イルクが外へ踏み出した瞬間。

 

 氷の華が、イルクの足を縫い付けた。

 

「まあ、待て」

 

 奥から響く、尊大な少年の声。

 足音はない。空中をふわふわと浮きながら、イルクの後ろから声をかける。

 

 緩慢な動作で、イルクが後ろを見る。

 その目には感情が映っていない。

 

 凪いだ殺意。

 

 一般人なら、それだけで殺せそうな濃密な殺意が、リモルさんへ浴びせかけられる。

 

「それはあまりに横暴だろう。エディン単独で、イルクを相手に食い下がってみせたのだろう?

 それで十分ではないかね? 何を焦っている」

 

 リモルさんは身じろぎ一つしない。

 笑っている。いつものような、にたにたと絡みつくような笑み。

 

「……てめえには、関係ねえだろ」

 

 イルクは吐き捨て、青い稲光を迸らせる。

 足の氷塊が焼き飛ばされ、イルクは足を軽く振った。

 

 その足には痛ましい傷ができている。

 火傷したような跡が、スラックスの裾から覗いていた。

 

「地金が出ているぞ、フレドリクス。いつもの三文芝居はどうした」

 

 朝食を食べる前のような悠然とした態度で、イルクを挑発し続ける。

 

「てめえには関係ねえ」

「ほほほ。もう少し語彙を学んだらどうだ? ああ、いや。できぬか。なにせ」

 

 にい、と笑みを深めてリモルさんが続ける。

 

「焦燥のあまり、愛しい弟分の顔すら見られない愚か者には、土台無理な話よな」

「………………!」

 

 イルクが顔を背ける。

 

 目が合った。

 

 イルクの瞳は揺れていた。

 表情は引き締まっている。だけど、その目だけは潤んでいた。

 

「……くそ」

 

 イルクはそう吐き捨てると、僕を下ろした。

 

「イルク……。僕、頑張ったよ……? 新しい回復魔法だって考えたんだ。お願い。僕の話を聞いてよ」

「………………」

 

 イルクは痛ましい顔をしたまま、そっぽを向いた。

 

「はあ。見てられんな」

 

 リモルさんは心底から呆れた顔を浮かべ、肩を竦めた。

 

 イルクは何も言わない。

 ただ、唇が一文字に結ばれている。握った拳が揺れていた。

 

 表情が、揺れていた。

 

「てめえには、分からねえだろ。俺が、どれだけ……!」

「ああ。分からんさ。分かろうとも思わん。それはお前の感情なのだ。僕の知ったことではない」

 

「だがな」

 

 リモルさんはモノクルの位置を直し、イルクを睨みつけた。

 

「努力をすべて見なかったことにし、彼が危険へ挑む自由に手をかけるのは虐待だ。貴公が蔑んでいたエディン君の親御と、やっていることは何も変わらんよ」

「…………!」

 

 イルクは拳を握り締める。

 

「そのうえで、魔力量の多寡を問う? 他ならぬ貴公がか? それで不快な思いをした貴公が、エディン君に同じことをしていると気づけんのか」

 

 リモルさんの舌が鋭さを増していく。

 口元を吊り上げるように歪め、どこか小さくなったイルクをよそに、僕のもとへやってきた。

 

「エディン君。君の、君たちの開発した魔法を見せたまえ。君の魔法の師として、僕には見る義務と権利がある」

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 囲炉裏のある広間へ移った。

 場には三人。僕、イルク、リモルさん。

 

 全員、囲炉裏を囲うように座っている。

 

 目の前には湯呑が置かれている。

 中は玉露のお茶だ。

 

 夜の帳が下り始めた頃だった。

 春もまだ浅い頃。南東に位置するリステリアよりも北にあるこの国では、まだ肌寒い時期。

 

 囲炉裏の火が弾ける。

 火の粉が舞い、薪の弾ける音が響く。

 

 イルクは眉を顰め、腕を組んでいた。

 そっぽを向き、顎に指を当てたまま外を見ていた。

 

「――たった一日で魔法開発なんざ、できっこねえよ」

 

 荒っぽい言葉のまま、あぐらをかいて言う。

 

「これでも俺は魔導の頂点、アイネイアス家の人間だ。魔法の開発なんざ、うまくいくわきゃねえんだ」

 

 イルクの視線の先には、浮遊する赤い戦艦。

 後部にある噴射口には、青い火花が灯っていた。

 

 艦全体に空間迷彩が施されている。

 魔力探知の対策もされているそれは、僕の《蒼眼》以外で捉えることは困難だろう。

 

「だが、エディン君は貴公の<蒼仙法>をたった一日で物にしたではないか」

 

 リモルさんは空中にふわふわと浮き、魔力を放出したまま笑っている。

 

 何でもないように振る舞っている。

 だが、その体内の奥で練っている魔力は、臨戦態勢のそれ。

 

 意識のすべてを、イルクへ傾けていた。

 

「治癒魔法は勝手が違えんだよ」

 

 イルクは頭を乱暴に掻きむしり、リモルさんへ半目を向ける。

 

「他人の体内をいじくる治癒魔法は、自分と世界を一体化させる<蒼仙法>とは方向性が違う」

 

 カミソリのような視線をリモルさんへ突き刺し、湯呑を手に取った。

 

「治癒魔法の難易度は、すべての魔法の中でもトップクラス。超越者でも開発には数十年かかるもんだ。

 ログマが洞窟で使ってた治癒魔法も未熟なもんだったろうが。あれでイルゲルムを相手に戦えるわけがねえんだ」

 

 一気に中の茶を飲み干す。

 心なしか力強く置かれた湯呑の音が、部屋に木霊した。

 

「<回帰原理(イニラ・イム)>っつったか。あれ、魔族の魔法だよな。しかも、自分に二発撃つのが限度。

 

 いいか、エディン。本体はな、お前が戦った分身体とは比べ物にならない強さなんだよ」

 

 イルクは黄金の腕輪を天へ掲げる。

 空中に球の影が浮かび、現実へ反転する。

 

 護符で包まれた、弾力のある塊だった。

 

 ――心臓だ。

 赤い普通のものではない。夜の闇よりもなお濃い、暗黒の臓物。

 

 どくん、と脈を打った。

 

 息が、できなくなった。

 

 瘴気を超えたどす黒い何かが、一瞬で周囲の大気を穢し尽くし、僕の肺と魔力回路に致命的な損傷を与え――。

 

 ――耐性獲得。『呪力』

 

 瞬間、息が軽くなる。

 【星輝戴星】が発動し、聞いたこともない力への耐性が全身を駆け巡った。

 

「これが黒晶級の化け物。<第三の太陽>、アイオーンの心臓だ。

 エディン。お前が倒した分身体は、こんな圧を放っていたか?」

 

 ふるふると首を横に振る。

 

「だからな、お前には――」

「イルク」

 

 優しく話し始めたイルクの言葉を遮る。

 目に力を入れ、真っすぐイルクの目を見つめる。

 

 一瞬、イルクの目が細くなった。

 それを気にせず、立ち上がってイルクのそばへ寄る。

 

「見てて」

 

 指先が、僅かに震えている。

 失敗したら、間違いなく連れていかれる。

 

 ――やるんだ。

 やってやる。

 

 大きく息を吸い、唾と一緒に恐怖を飲み込む。

 

 覚悟を決める。

 

 掌を広げ、魔力を展開する。

 行き先はイルクの足元。

 

 凍傷と、法力の稲妻によって焼き焦げた足を、じっと睨む。

 

 掌で固めた魔力を分散させ、円と十字の魔法陣を描く。

 

「ほお」

 

 リモルさんは興味深そうな目を浮かべ、空中に寝そべった。

 

 巻きつく蛇のような視線を気にせず、治癒の術を起動させる。

 緑色の光がイルクの足を包み込み、瞬時にその怪我を癒した。

 

「…………嘘だろ」

 

 イルクが大きく目を見開いている。

 

「本当だよ」

 

 立ったまま、座ったイルクを見つめる。

 

「頑張ったよ、イルク。イルクから出された課題を越えるために。

 いろんな人を助けられるくらい低燃費の魔法を、ログマと一緒に作ったんだ」

 

 何通りも、何時間もかけて作った。

 

 イルクが言うように、何年も時間をかけたわけじゃない。

 でも、僕はイルクからの課題で配られた条件(カード)を最大限に使って、ここまで来たんだ。

 

「僕には【星輝戴星】もある。リモルさんから教わった<紅蓮砲殲火>もある。何より」

 

「イルクから教わった武術と、<蒼仙法>がある。リリアとアルターの二人もいる」

 

 イルクは唇を噛み、目を逸らそうとする。

 

「イルク」

 

 だけど、させない。

 イルクの頬を両手で掴み、こちらへ向かせる。

 

「約束する。絶対、足手まといになんかならない。それでも僕を連れていくのは、一緒に戦うのは嫌?」

「………………それは」

 

 イルクが言葉を濁らせ、乾いた唇を開こうとする。

 

「もういいだろう、イルク」

 

 そこへリモルさんがくちばしを突っ込んだ。

 

「ここまで規格外の成長を見せられたのだ。お前の論は、すでに崩れておるよ」

 

 リモルさんは心底楽しそうに笑い、空を泳ぎながら僕のそばへ寄る。

 

「そこな、強さだけが取り柄の馬鹿はな、エディン君が心配なのだよ。イルゲルムという大物がエディン君を狙い、それを受けて立とうとする姿がね。

 

 魔力量の不足や、消耗の大きい回復魔法に頼り切りなのが心配でならない。という建前で、君を安全な国へ移動させようとしているのだろう」

 

 親指をイルクのもとへ向ける。

 

 ――そうだろうな、とは思っていた。

 

 イルクは優しいから。

 僕が傷つくのを嫌がって、死ぬのを怖がっているんだって、痛いほど分かる。

 

「イルク」

 

 だからこそ、正面から向き合う。

 

「僕も、冒険者だよ」

 

 短く、イルクへ言葉を伝える。

 

 冒険者とは、自由なもの。

 自由とは、自分の道と、自分の末路に責任を持つこと。

 

 いつまでもイルクの庇護の翼の下にいるものではない。

 

 自分の足で、脅威へ立ち向かうものなんだ。

 

 イルクは大きく目を見開いた。

 視線が左右に揺れ動き、何かを喋ろうとしては口を閉じる。

 

 大きく、ため息をついた。

 

「――分かったよ。ごめん、エディン。俺が悪かった。しばらく、一人にしてくれないか」

 

 イルクは力なく笑い、部屋から出ていった。

 その表情は暗く、力がなかった。

 

「いやはや。愉快愉快。やはり正論で人を殴るのは極上の気分だ」

 

 リモルさんは最低の発言を繰り出した。

 

「イルク……」

 

 イルクの去った部屋の方角を見る。

 

 話しかけに行くことも、《蒼眼》で覗くこともはばかられるほど、深い悲しみを背負っていた。

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「はあ…………」

 

 イルクは部屋に戻るや否や、大きなため息を漏らす。

 黄金の腕輪から映像を空中へ映し、中に封じている迷宮特典を数える。

 

 その中に、エディンを守り切れるものがあるか。

 神話級の相手と死力を尽くしながら、彼を護れるものがあるか。

 

 伝説の大魔族、イルゲルム。

 二千年前の大戦争、五年戦争を生き延びた老兵。

 

 エディンは理解しているのだろうか。

 エディンたちが討伐した分身体と、本体とでは天と地ほどの戦力差があることを。

 

 オーブを見て、イルクは分かった。

 あれは、己が死力を尽くしてようやく勝ちの目が見える相手。

 

 現代の魔族とは比べ物にならない、強大な魔族。

 

「俺だけじゃ、厳しいかもな」

 

 大きくため息をつき、夜へ傾き始めた空を睨む。

 

 神話級の魔族。

 それはつまり、神格にも匹敵する強さを持つ者。

 

 並の超越者では、相手にもならない。

 

「隠密にまつわる伝説ばかりが残っていたからって、油断していたな……」

 

 イルクは揺れる蝋燭を見ながら、思案を巡らせる。

 あれに確実に勝てるとなれば、同じく二千年前から生きる、最強の超越者でなければ相対は困難だ。

 

 イルクが知る限り、神話級を相手に勝利を確実に見込める人類は、故人を含めてたったの五人。

 

 ――<雷光>のアルフェウス。

 

 ――<翼ある蛇>のリヴェータ・ロット・アイネイアス。

 

 ――無劫、クロウ・レイヴン。

 

 ――【現竜神】エリス・アヌマティ。

 

 そして――。

 

「イルク」

 

 背後から、気配。

 

「……っ!」

 

 瞬時に《恩赦(アンチェイン)》を起動。

 十%まで解放した最大威力の回し蹴りを、背後へ見舞う。

 

 巨岩すら粉砕するイルクの蹴り。

 

 旋回する暴風の化身が、背後に現れた人物の腕へ吸い込まれ――。

 

「落ち着け」

 

 受け止められた。

 

 部屋に満ちる強烈な衝撃。

 屋敷もろとも吹き飛ばしかねない風圧まで、目の前の人物は、受け止めた腕に纏わせた魔法で封じ込めていた。

 

「すまない。取り込み中だと思ったからな。思考が片づいた気配が見えたため、声をかけさせてもらった」

 

 現れたのは、痩躯の壮年だった。

 

 白髪交じりの茶髪。

 頬や額には傷痕の目立つ、細身の人物。

 

 渋柿色の冒険者装束に身を包み、大きな十文字槍を背負う男がいた。

 

 五人目の大英雄。

 

 ――依頼達成率百パーセント。

 誰にも気配を捉えきれない、幽谷の執行者。

 

 <鉄山血河>のローグ。

 

 イルゲルムを倒せる可能性の高い、最強の英雄の一人であり。

 

 イルクが慕う、二千年前の英傑の一人である。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「いきなり背後に立つのは、やめてもらえませんか。心臓に悪い。ローグさん。いつからいらっしゃったんですか」

 

「今日の朝から待機していた」

 

 ローグは淡々と告げる。

 

 イルクとて無能ではない。

 部屋にある私物から、砂虫、ネズミに至るまで、すべての気配を捉えることができる。

 

 しかし、眼前の男。

 ローグから感じる気配は、ほとんどない。

 

 まるで植物のような闘気。

 強者が持つ特有の圧が、彼からは感じられない。

 

「壮健そうで何よりだ。先ほどの一撃、防護魔法を張っておらねば粉砕されていたな。あれほどの一撃を易々と繰り出す者など、世界でもそうはいまい。

 休みの最中でも、強さに陰りはないようだな」

 

 ローグは抑揚を感じさせない声で、イルクへ応じる。

 

 イルクは何も言わない。

 顔を伏せ、困ったように視線を逸らすばかりだ。

 

 ローグも語らない。

 鳶色の瞳でじっとイルクを見つめ、部屋の外へ視線を向ける。

 

「あれが今代の勇者か」

 

 視線の先。

 遠見の魔法を使っているのだろうか。

 

 エディンを見ながら、ローグは座り込み、スキットルからコニャックを呷る。

 

「優秀だな。あれほどの治癒魔法は学堂にもない。一からあれを作り上げるなど、相当なものだ。アルフェウスを彷彿とさせる。あれで十三の齢とは、末恐ろしいものだな」

 

 イルクは僅かに肌が粟立つのを感じた。

 

 彼は、一度たりともエディンの年齢をローグへ伝えていない。

 会話でも、エディンの齢を口に出していない。

 

 そのようなことは些事だとばかりに、ローグは見抜いていた。

 

「……ローグさん。なぜここに。イフィゲネイアの調査で忙しいはずでしょうに。教え子もいるでしょう」

「ある程度片づいたのでな。今日は友人からの頼み事で、ここまで来た」

 

 そう言うと、ローグは手紙を差し出す。

 

 手紙を見ると、青い封蝋が押印されていた。

 青の封蝋に、翼を持つ銀の蛇が刻まれている。

 

「リヴェータ様からの手紙……!」

 

 イルクは血相を変え、封蝋を慎重に指で外す。

 急いで手紙を開け、中を確認する。

 

「どうだった」

 

 ローグの茶色の瞳が、イルクへ向く。

 

「……俺への労りが半分。<魔人戦線>の悪化についての内容が半分でした」

「そうか」

 

 ローグは知ったことではないとばかりに、葉巻へ火をつける。

 

 <魔人戦線>。

 二千年前から続く、魔族と人族の大戦争。

 

 大陸の西端にて、血で血を洗う闘争が繰り広げられている戦場は、小康状態に戻っているはずだった。

 

「膠着状態だったはずでは。封印が解けたんですか」

「新たな【魔王】が就任してな。軍隊全体に強さが戻った。

 今の侵攻経路の狭さならば、まだ現在の戦力で抑えが利く。

 

 だが、お前が守護していた月佳樹の海を走破されると、今の人軍では抑えきれん」

 

 ローグは淡々と語る。

 

「休みは終わりだ。お前にはすぐにでも、魔界の門番としての仕事へ戻ってもらう。リヴェータも、それを望んでいた」

 

 だが、イルクの表情は硬いまま。

 視線は動いていない。だが、その意識はずっと後ろへ。

 

 エディンのもとへ向いていた。

 

「分かっている」

 

 ローグが静かにイルクの肩を叩く。

 

「あの子が大事なのだろう? それはリヴェータも理解している。

 任せろ。休みが終わりとは言ったが、まだ猶予はある。しばらくの間、月佳樹の海は俺が面倒を見ておこう」

 

 ローグはそう言うと、イルクの前に新たなスキットルを置き、蓋を開けて渡す。

 

 コニャックだ。

 琥珀色の酒面が、銀の酒瓶の中で揺れた。

 

 ブドウ酒を蒸留させた、華やかな香りが部屋に満ちる。

 同じ焦げ茶色の瞳をしたローグが、感情を窺わせない虹彩をイルクへ向ける。

 

「……ひときわ懐かしい魔族の気配があった。俺が対処してもいいが」

 

 反応を示さないイルクに、ローグが小さく声をかける。

 

「いいえ。俺がやります」

 

 イルクは力強く答える。

 渡されたコニャックを一気に飲み干し、鋭い目をローグへ向けた。

 

「あいつは、イルゲルムは、弟分とかち合った奴です。なら、兄貴分である俺がエディンを守らなければならない。

 それに、舞台を整えてくれた奴らもいる。ここで引いたら、俺はあいつの兄貴分を名乗れません」

 

 イルクは少し自嘲気味に笑い、僅かに肩を竦めた。

 

「たとえ、兄貴分として失格でも。その筋だけは通しますよ、師匠」

 

 イルクは、昔呼んでいた呼び方でローグを呼んだ。

 

「そうか」

 

 ローグは何も言わない。

 しかし、まったく変わらない鉄のような表情筋。その口角が、僅かに上がっていた。

 

「よく頑張ったな」

 

 ぽん、とローグはイルクの頭に手を乗せる。

 優しく、彼の頭を撫で回す。

 

 イルクは何も言わない。

 俯き、堪えるように目と口に力を入れていた。

 

「なら、あれの処遇はお前に任せる。だが、無理はするなよ。イルゲルムだけが敵ではないだろうからな」

 

 ローグはコートを着直す。

 持っていた葉巻を魔法で灰へ変え、灰皿の中へ落とした。

 

 ローグは乾いた目を、イルクへ向ける。

 

「あの子の――エディンといったか。別れについては、きちんと済ませろ。得意ではないだろうが、別れる時くらいは向き合えよ。

 そういうものは、しこりになりやすい。努々、忘れるな」

 

 イルクが俯く。

 

 ふと、前を見た瞬間には、ローグの姿は消えていた。

 

 イルクは何も言わない。

 残されたスキットルを飲み干し、部屋の窓を開ける。

 

 涼しい夜風だ。

 潮の香りが僅かに鼻腔をかすめ、清涼な空気が部屋を満たした。

 

「別れ、か」

 

 天に輝く月を見る。

 縋るように、問うように、月へ言葉を投げかけた。

 

 返ってくるはずのない悩みを胸に、イルクは窓にもたれかかり、目を閉じた。

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ド直球な陵辱エロゲ世界で何も知らずニチアサやってる奴(作者:らっこ)(オリジナル現代/冒険・バトル)

 魔獣と戦ったりオークから人間にまで陵辱されたり箱化したりしそうな世界観で戦う少女達と、それとは全然関係ない所で勝手に改造手術されて戦う羽目になったニチアサ野郎がドッタンバッタンするお話▼「なんだあの露出度……痴女か!?」▼「なんであの重い鎧装備して動けるんだろう……ゴリラ?」


総合評価:9053/評価:8.23/連載:18話/更新日時:2026年08月09日(日) 00:05 小説情報


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