アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜 作:鹿鳴弥
更新が遅くなり、申し訳ございません。
あと広報用のツイッターアカウントが乗っ取られました。アルターが騒いでおります。
<荒神祭>まで、残り二日となっていた。
水陰村にも人が集まり始めている。陰陽師や商人などが、旅籠へ出入りする姿も増えていた。
【出雲】の魔力も、日に日に高まっている。
《蒼眼》で南東を視てみたけど、水を含んだ雲が順調に【出雲】へと向かっている。
「と、いうわけで」
「明日からの競売の対策会議~!!」
いえーい、どんどんぱふぱふ~。
コレトーさんが袋から取り出した魔導具が、囃し立てる。
朝方の庵に、少し高い女性的な声が響く。
なるほど、ああいうふうにして盛り上げるのが正解なのか。
「どんどんぱふぱふ~!」
僕も一緒になって手を叩き、天井を指さして立っているコレトーさんを囃し立てる。
「どんどんぱふぱふなのです~!」
「ど、どんどんぱふぱふ……」
アルターが元気よく続く。
リリアは小声だ。顔を赤らめ、恥ずかしそうに小さな音で手を叩いている。
「どんどんぱふぱふ」
何の抑揚もつけず、ござに座るログマが人に擬態したまま手を叩いていた。
「エディンも盛り上げ方分かってるじゃーん!」
コレトーさんが僕の前に両手を広げる。
これはあれだ。本で読んだことがある。
ハイタッチってやつだ。思い切り手に向かって叩くやつ。
「いえーい!!」
思い切り振りかぶり、全力で手のひらを叩きつける。
パァン、と乾いた音がコレトーさんの手から放たれた。
「痛ったあ!? 何すんのお前!」
コレトーさんの手が真っ赤に腫れ上がっていた。
涙目のまま、コレトーさんが両手を冷ますように振っている。
「つい、勢いで……」
「勢いで人の手を破壊することある??」
痛い、痛いよう、とコレトーさんが情けない声を出しながら手を押さえていた。
それをリリアが白けた目で見ていた。コレトーさんのこと嫌いすぎじゃない?
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、魔法陣を描く。
逆十字の魔法陣を描き、コレトーさんの手のひらを治癒する。
「助かったぜ……。でも、次は力加減を考えてくれよな」
コレトーさんが困った顔をしながら癒えた手を眺め、咳払いする。
「いよぅし! なら作戦会議だぜ! 明日の競売どーしよ!」
調子を取り戻したコレトーさんが、笑顔のまま問うてくる。
「どうしよう、って。コレトーさんって何か決めてることあるんですか?」
「いや、なーんも。黄金が競売にかけられるってこと以外知らん。黄金以外の代物って競売にかけられるの?」
真顔でコレトーさんは無知を誇っていた。
なるほど……。こいつは参ったな。
「今回は黄金以外にも、いろいろ競売にかけられるらしいですよ。茶器とか、魔導具とか、骨董品とかも」
リーリエさんから預かっていた巻物を取り出し、皆の前に広げる。
「驚愕。ここまでの数があるとは思いませんでした。茶器がたくさんありますね」
「それ以外にも刀剣の類があるじゃない。わたしも少し気になるかも。アルターは?」
「やっぱり茶器が狙い目なのですよ~。しかも、鹿紋時代の一品なのです。これを二百万テレスくらいで競り落とせたら、かなりおいしいのですよ」
アルターが目をぎらぎらと輝かせながら語る。
「あれ。アルターって競売の参加券もらってたっけ」
「リーリエさんのお屋敷でお願いしたのですよ。アルターは戦力にならないので、護衛から外してほしいってお願いしたのです」
さすがアルター。
僕とリーリエさんが真面目な話をしていた裏で、そんな約束を取り付けていたのか。商人として有能だな。
「興味ねえなあ。やっぱり、黄金以外は俺はいらないかな」
コレトーさんが顎に手を当てて考え込んでいる。
「ちなみに、コレトーさんの予算はどのくらいあるんですか?」
「二十億」
「二十億!?」
いきなりとんでもない数字が出てきたな。
え、は? もしかしてコレトーさんって、僕が思うより相当な金持ちだったりする?
「学科領の予算と有り金、全部持ってきた」
「えっ! それって、横領じゃないので――」
「転貸! 転貸資金です!」
「どっちも駄目なのですよ!?」
アルターがコレトーさんに思い切り突っ込みを入れる。
「帳簿の数字をごまかしただけだから! 先っちょだけだから!」
「二十億のどこが先っちょだけなのですか! あと、帳簿をごまかすとか、リヴェータさんにばれたらただじゃ済まないのですよ!?」
アルターが、<
にしても、リヴェータさんってどういう人なんだろう。
何だか知らないけど、すごい人ってことは分かる。
イルクの親戚で、偉い人で、コレトーさんの上司らしい。
ぼんやりと庵の天井を見上げる。
アルターが喧々囂々とコレトーさんを説教している。僕はそれをあまり聞いていない。
そこら辺の資金管理とかは、アルターに任せてるからね。
……んん?
《蒼眼》で視界を広げて庵の外を見ていると、高速で飛来する何かを捉えた。
【出雲】からだ。
太鼓を叩くような衝撃音が辺りに響き、空気の壁を貫いている。
行き先は真っすぐこちら。
庵に魔力障壁を張る。アルターとコレトーさん、みんながこちらを見るが関係ない。
着弾まで、あと少し。
三、二、一――。
轟音。衝撃。暴風。
着弾したそれは浜辺の砂を撒き散らし、周囲を砂塵で覆った。
それは、鉄の棺桶だった。
形は紡錘形。しかし、人一人がようやく入れるほどの大きさ。
吹き荒れる砂嵐の中、鉄の扉が重厚な音を奏でながら開く。
中から現れたのは、一人の女性。
彼女は鼻歌を歌い、着崩した着物から一本の煙管を取り出す。
そのまま庵の戸に手をかけ――。
「いえーいっ! 此、参上っ!」
一気に開いた。
ぽかん、とみんな呆気に取られていた。
現れたのは白髪の女性。
ふてぶてしい自信の笑みを浮かべた彼女は、手に持った煙管へ火を落とした。
紫煙をくゆらせ、煙草の香りを肺へ収める。
「みんな大好き、リーリエ・アモン。堂々登壇!」
思い切り胸を張りながら、僕らにその顔を存分に見せつけた。
※※※
「り、リーリエさん……」
引きつりそうになる表情を意識して抑えながら、彼女を見る。
まずい。
最悪だ。
ログマは変装こそしているが、コレトーさんは……。
「げぇ……っ、し、し――」
師匠、と言おうとしていたのだろう。
咄嗟に言葉を引っ込めてはいた。
だけど、その表情は歪み、恐怖に揺らいでいた。
「んん~? そこの銀髪の君……」
リーリエさんの緑色の瞳がコレトーさんへ向く。
普通に変装していない元弟子のコレトーさんは、固まったまま動かない。
蛇に睨まれた蛙のようだ。
リーリエさんはずかずかと踏み込み、彼女との距離を詰めていく。
万事休すか――。
「かわいいねえ~!!」
抱き上げ、彼女の頭を撫で回した。
凄まじい猫可愛がりだ。
気に入った犬や猫を撫で回すように全身をまさぐり、頭を撫で回していた。
「すべすべのお肌に、くりくりのお目目のかわいこちゃんじゃーん! いいな~、どこから来たの~?」
「せ、【聖都】から」
「聖教の子か~! てか、翼ある蛇のアクセサリーがあるってことは【叡神派】? いいねえ、リヴェータおばさんと仲良くやれてるんだ! 名前、何ていうの?」
「ドールです…………」
「
……あれ?
何だか、リーリエさん、コレトーさんの正体に気づいてない?
目を細め、口が弧の形に歪んでいた。
笑っている、んだろうか。
というか、コレトーさんは球体関節とかで身体ができていたな。
もしや、コレトーさんって……。
「へー! ってか、ここに来てるってことは、この子も競売に参加するの? こんなの最前列に並ばせてあげなきゃじゃん!」
リーリエさんはやたら機嫌よさげに、コレトーさんを撫で回している。
「かわいこちゃんだから、これあげようかな!」
リーリエさんはそう言うと、懐から紙を取り出し、コレトーさんに手渡した。
「アリガトウゴザイマス…………」
解放されたコレトーさんは、虚無の表情のまま渡された紙を受け取る。
そのまま横になり、隣にいたログマへもたれかかった。
「それにしても、リーリエさん。<荒神祭>の準備とかしなくてよかったんですか?」
「もー大丈夫よ。大変だったからさー。何と、【出雲】に繋がる道やら橋が全部駄目になっちゃってて。船で呼び寄せるしかなくってさー。港を確保する必要もあって、ほんと大変だったよ」
んー、と伸びをしたリーリエさんが、愚痴るように語る。
「それは……大変でしたね。経年劣化でしょうか」
「やーん、エディン君やさしいー! ……まあ、いろいろあったしね~。改修にはちょうどいいかも?」
リーリエさんはけらけらと笑った。
しかし、その瞳に宿る眼光の鋭さは変わらない。
獲物を見定めた肉食獣のような、老練な賢者のような知性を湛えた光が、海の方へ向けられていた。
……ほむ。
なるほど。これは何かしらの事件か、何かがあったんだな。
リーリエさんはそれを把握したうえで、泳がせている。
現状は、そんなところか。
相変わらず、油断ならない人だ。
「それじゃ、忙しいのではありませんこと? こんなところに来る余裕があるのですか?」
リリアがお嬢様モードになり、リーリエさんに問いかける。
だが、僕もそれなりの期間を一緒に過ごしたから分かる。
リリアの表情の裏には、嫌悪というか、苦手意識が透けて見える。
「んー、まあね。ただ」
リーリエさんが、にやりと笑う。
「御簾籠りの奇人さんに、ご挨拶をと思ったのさ」
リーリエさんは飄々とログマとの距離を詰める。
ログマに身構える隙すら与えず、その両手を握った。
「君の高名は聞いているよ! いやー、
リーリエさんは人のよさそうな笑みを浮かべる。
「このまま頑張ってくれたらさ。此も便宜を図るから、ね?」
ぞくり。
僕とログマの背に、冷や汗が流れた。
同族。
大変なことになっている。
人ではなく、ニンゲンという語彙の選択。
間違いない。
リーリエさんの口ぶりは、ログマの正体を理解している。
彼がランニングマグロだということを、分かっているようなものだった。
「じゃ、挨拶も終わったし。疲れたから、此は屋敷で寝るから」
じゃ、あと頑張ってね~と、リーリエさんは笑う。
リーリエさんの瞳に、コレトーさんが映った。
一瞬、その瞳に宿る感情が揺れ、寂しそうに笑った。
瞬間、その姿が光の粒子となって消えた。
「――相変わらず、とんでもねえよ。師匠」
ふう、とリーリエさんが去ったあと、コレトーさんがため息を漏らす。
完全に同意だ。
あの短いやり取りでログマの正体を見抜き、コレトーさんを撫で回したあとに何かを渡して、去っていった。
本当に嵐のような人だ。
「ところで、コレトーはリーリエさんから何をもらったのです?」
自然にコレトーさんを呼び捨てにし始めたアルターが、リーリエさんからもらった紙に目を通す。
「って、これ! 競売の順番が記載された、とんでもない代物じゃないですか!」
アルターが目を剥いた。
「それってすごいの?」
「すごいなんてもんじゃないですよ、エディン! こういうのって、普通は配布されるものじゃないのですよ!? とんでもなく有利に競売を運べるようになるのです! さっそく打ち合わせをしましょう、コレトー!」
「何だか分からんが、応! この身体をかわいく造ってよかった~。かわいこちゃんに甘いからなー、師匠」
コレトーさんの戯言を聞き流しながら、思考を巡らせる。
リーリエさんは確かに適当だ。
かわいい子に弱いし、甘い。
だが、その判断は基本的に政治的でありながら、公平だ。
競売でこちらが一方的に有利になるような真似をする理由がない。
ふと、リーリエさんの去り際の表情を思い出す。
寂しそうに、懐かしむように細められた目。
コレトーさんを撫で回しているときの彼女の目も、同じように細められていた。
「……何だ。リーリエさん」
「
思わず笑い、静かに口の中で言葉を反芻する。
そう。
リーリエさんは、とっくの昔にコレトーさんが迷宮都市国家へ戻ってきていることに気づいていたのだ。
しかし、コレトーさんは今やリヴェータさんの部下で、密入国してきた立場。
これが明るみに出れば、国際問題になることは免れない。
聞く限り、リヴェータさんはやり手の政治家で、迷宮都市国家を快く思っていない。
聖教国のお偉いさんでもある彼女なら、コレトーさんを拉致したという建前で、何かしらを仕掛けてくる可能性だってある。
師匠としては再会を喜びたくとも、政治家として、その正体を公に認める判断はできない。
だからこそ、気づいていないふりをした。
そのうえで、弟子に贈れる最大限の贈り物を、コレトーさんへ渡したのだ。
「不器用な人だな」
また騒がしくなってきた議論の中で、屋敷へ戻ったリーリエさんの方角を見ながら、僕は静かに笑った。