アプレ・ラプルイの朝日 〜幽閉から始まる神喰らいの英雄譚〜   作:鹿鳴弥

7 / 9
迷宮都市国家 ~冒険者試験編~
幼年期の始まり


 

 

 

 

 

 「――ほお。貴公が僕を頼るのも珍しい。ほほほ、珍しいこともあるものだね」

 

 少年の声が弾んだ。

 

 舞台は黄金の城。

 その謁見の間たる玉座に一人の少年がいた。

 

 背丈は小柄。

 青い髪を肩口で切りそろえた髪型。

 見た目は幼年の域を出たばかり。12〜13歳くらいの小人であろうか。

 

 玉座に深々と腰掛け、

 膝をむき出しにしたまま足を組んでいる。

 

 モノクルをかけた奥には、紅葉(もみじ)色の瞳。知性と好奇が満たされた瞳は妖しく揺らめいていた。

 

 ぶかぶかの白衣の袖を上機嫌に揺らし、

 頭には光輪のような王冠が揺れる身体に合わせて頭の上で跳ねている。

 

「ああ、よかろう。旧き友たっての頼みだ。

 なに、君ほどの男に恩を売れるのだ。そう思えば安いと思わんかね?ほほ、今更気にしたところでどうにもならんよ、イルク。では」

 

 上機嫌に少年は通話を切った。

 

「あら、ずいぶんと上機嫌ね。貴方のそんな顔、初めて見たわ」

 

 謁見の間の奥より凛とした少女の声が届く。

 

「リモル」

 

 赤髪碧眼の少女だ。

 燃えるような深紅の髪を弄ることなく、腰まで伸ばしている。

 

 深い碧の瞳は海のように深い。

 青色とは静かなものだが、彼女のそれは燃える青だ。

 少し釣り目の、心が強い勝ち気な瞳。

 

 腰には(あか)色の剣。

 旧い衣装で拵えられた彼女の剣は全てが赤い。

 

 しかし、鞘に収めていてもなお、

 その刃の『熱』は赫々と周囲を照らしていた。

 

「ああ。長年の知己(ちき)から連絡があったのだよ。リリア」

 

 青髪の少年――、リモルは口の端を歪め、玉座に頬杖を付く。

 

「あら、意外。貴方に友人なんていたのね。自己中のサディスト、好奇心の暗黒面そのものみたいな貴方にいるとは思わなかったわ。イルクって人はどんな聖人なのかしら」

 

 リリアはニコリと微笑み、毒を吐いた。

 

「面白い男だよ。僕が知る限り、地上で最強の戦士と言っていい。過去、あやつと何度共闘し、何度死闘を繰り広げたことか。ほほほ。最後にあやつと戦ったのは、魔法都市強奪以来か」

 

 リモルはリリアの毒を無視する。彼女の威嚇にも近い皮肉を受け流し、懐古の念を瞳に浮かべていた。

  

「へえ。楽しみ。わたしも手合わせしてみたいわ」

 

 リリアの品のある顔が獰猛な笑みに染まる。

 

 楽しそうでいて野性的。

 野性的でありながら品のある、不思議な佇まいであった。

 

「普段ならば貴公の無駄口にも付き合ってやるのだがね。

 あいにく、今僕は忙しい。ここ、マグナ大陸の極西から、極東の島国たる迷宮都市国家へ向かうのだ。他の小人族に遊んでもらうといい」

 

 リモルは玉座を指で叩く。

 玉座を中心として魔力線が走り、城のすべてに行き渡っていった。

 

 黄金の椅子はリモルから

 膨大な量の魔力を吸い上げ続けるも、彼は意に介さない。

 

 城から外苑へ。

 外苑から島へと魔力が流れ行き、島のすべてが音を立てて揺れ始めた。

 

『固定雲、隠蔽霧、解除(パージ)。迷宮特典【鯨呑雲(ゲドゥバ)】、駆動。機動要塞モードへ変形します』

 

 無機質な女性の声が響く。

 

 城の下にある()が形を換え、

 黄金の城とその城下町なる島の下へと集まっていく。

 

 雲の下には絶海。

 (よすが)とする陸は、肉眼のどこにも見当たらない。

 

 ――大陸西方に浮島あり。

 

 ここは地上の城にあらず。

 小人たちが支配する天空国家。雲を土とし、空の上に君臨する移動国家。

 

 名を、【飛航国 アイテール】。

 

 島下(とうか)の雲が、魔法陣を象った。

 風に流れる雲のように島が東へ向けて舵を取り、極東へと向かい始めた。 

 

「さて、彼の地に現れた天才とは。果たして如何なるや?」

 

 人類史、最大魔力。

 【魔神】、出航。

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 航海を始めてから、イルクに気持ちを受け止めてもらってから3日が経った。

 

 僕らの朝は早い。

 

「はーい、朝だよー! エディン、おっはよー!」

 

 朝四時。

 何時に眠ったとしてもイルクがこの時間に叩き起こしに来る。

 

「……あとごふん」

 

 イルクの声を無視し、あたまから布団をかぶる。

 

 ちくしょめ……!

 昨日夜遅くまで魔法開発なんかするんじゃなかった。

 

 何時に寝たかは覚えてないけど、

 日付は確実に跨いでたはずだ。

 

 ぐおお、眠い……。

 僕は寝るんだ。あと三時間は寝る。

 睡眠時間は最低でも七時間はほしい……。

 

「だめですよー、はい! ぐっもーにん」

 

 ゔぁ、寒……っ。

 《統巡(とうじゅん)》で強制的に布団を剥ぎとられ、僕は宙に浮かされた。

 

「はーい、おはようさん。エディン、おはようは?」

「……おやすみ」

「おやすみ、じゃないでしょ。ほら、起きようねー」

「ゔあ゙ー…………」

 

 イルクが僕を肩に担ぎ、シャワー室へと歩いていく。

 やだ、眠い……。寝るんだ……。

 

「はい、シャワー浴びといで。眠いままじゃ、朝の修練まともにやれんよ?」

 

 あっという間に服を脱がされ、僕はシャワー室へ叩き込まれた。

 

「ゔー……」

 

 眠気にゆらぐ視界になんとか活を入れながら、

 シャワー栓を捻る。

 

 冷水が頭にかかり、

 燃えるような眠気が水が引くように消えていく。

  

「――よし、スッキリした……かも」

 

 眠いには眠いが、ある程度脳みそは起きた。

 冷水を止め、シャワー室を出てタオルで髪の毛を拭く、

 

「やるか」

 

 訓練着に身を包み、置いてあった木剣を手に取って、僕は訓練所へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 火花が散っていた。

 木剣と木剣がぶつかり合い、汗が玉のようになって弾ける。

 

「すぅ――っ!」

 

 息を吸い込む。

 

 力を漲らせる。

 全身の筋肉に血と酸素を張り巡らせ、木剣を振るう。

 

 喉元、頭、胴。

 狙えるものをすべて狙い、木剣に体重を載せて振るう。

 

「ほらほらー、もうバテてきてんのー? はやいはやーい、もっと余裕持ってやらなきゃ」

 

 しかし、届かない。

 木剣を両手で握っている僕の攻撃を

 イルクは片手の木剣のみで凌いでいる。

 

 イルクの防御は岩山。

 

 片手に込められている筋力が桁違いだ。

 僕が全霊で打ち込んだとしても、鼻歌交じりに受け止められる。

 

「そ〜れ」

 

 悪寒。

 

「……っ!」

 

 半歩、ずらす。

 半身になった僕のすれすれを

 イルクの剛剣が通り過ぎ、剛風を纏って背後の植木を粉砕した。

 

「そらそら、次々次ー」

 

 軽い調子で放たれる剛剣の数々。

 

 さながら大砲みたいな、僕の渾身を軽く超える一撃を、連打するな……!

 

 木剣の一撃を躱し、見切り、躱し、そして一本踏み込む。

 

 

「――【旧流法(レアーラ)】、弐の刃……!」

 

 

 絶え絶えになる息を整え、木剣を強く握る。

 同時に《流月(るげつ)》で気魄を外へ流し、《統巡》の構えを取る。

 

「おや?」

 

 イルクが変な顔をしながら僕の脳天に木剣を振り下ろしてくる。

 ――来る!

 

「――《鏡花(きょうか)》!」

 

 鈍い金属音。

 おおよそ木からは奏でることのない高音を発しながら僕はイルクの一撃を弾いた。

 

 【旧流法(レアーラ)】、弐の刃。

 《鏡花》。

 

 攻撃に合わせて特殊な斬撃を挟むことで、

 相手の剣を弾き、相手の姿勢を揺さぶる技。

 

 取った! 《統巡》の脈は既にイルクの足元を絡め取った。決める――!

 

「――はい、残念」

 

 イルクが震脚を踏み込む。

 ただ、それだけで僕の《統巡》の力場は散らされ、

 無防備な脳天にイルクの木剣が叩き降ろされた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食にて。

 

「エディン。【迷宮都市国家 メーヴェ・ジ・パン】まで、もうすぐだよ〜」

 

 並べられた古今東西の海鮮の珍味を楽しんでいると

 コック服姿のイルクが声をかけてくる。

 

「……………………ふんだ」

 

 知らない。

 めちゃくちゃ痛かったんだから。

 思いっきり木剣を脳天に振り下ろしてきたイルクなんて知らない。

 

「ごめんて〜。ちょっとびっくりしちゃってさ。こうも速く戦闘に<蒼仙法>持ってこれるとは思ってなかったのよー」

 

 イルクが両手を突き合わせて謝ってくる。

 ……む、褒めてるの、かな?

 

「ほら、俺のスモークサーモンマリネあげるから。ゆるして?」

「………………しょうがないなぁ」

 

 そこまで言われちゃ仕方がない。

 僕の実力不足なのは事実だし、イルクを無視するのもしんどいし。

 イルクからもらったサーモンを頬張った。

 

「……それでさ、何分くらいで付くの?」 

「ざっと二十分で入港予定〜。暫くしたらちょっと揺れるから、ごめんね〜」

 

 イルクはそう言うと食堂の扉を開け、どこかへ向かっていった。

 

 ……《蒼眼》で視るに、艦橋かな?

 

「【赤戦神艦】が揺れる、ねぇ」

 

 【赤戦神艦】が揺れるってのがあまり想像がつかない。

 

 リステリアを超える時の嵐以外では揺れることなんてほぼ無かったし。

 

 今も自動修復中なのに修復音すら聞こえないし。

 

 ただ、イルクがわざわざ揺れるって明言するってことはそれなりにしっかり揺れると見たほうがいい。

 

 サケノミのバターソテーを頬張り、バゲットと一緒に口の中に飲み込む。

 ……よし、これで全部食べ終わったね。

 

「ごちそうさまでした」

 

 手を合わせてごちそうさまを言い、食器を重ねてシンクへ持っていく。

 洗い物は流しの中に置いておけば全自動でやってくれる。【赤戦神艦】ってめちゃくちゃ便利だな……。

 

 流しの中に置いた食器が音を立てて現れていくのを確認し、艦橋へと向かう。

 

「――よし、一三〇ノットから八六ノットまで速度、落とせ。艦体を四三〇メテルから一八〇メテルにまで格納。空間拡張の使用を許可」

 

 扉の向こうからイルクの声が聞こえる。

 ふふ、イルクの真面目な声だ。普段のおちゃらけた感じの声じゃないイルクの声、なんだか聞いていて安心する。

 

「イルクー、なにして……」

 

 艦橋前の扉を開き、足を踏み入れた瞬間。

 

 《蒼眼》が異変を捉えた。

 

 艦のあらゆる箇所からから閂のような太さのネジが無数に噴出し、反時計回りに回転していく。

 

「わ、わ……!」

 

 その余波でガタガタと体が左右に揺れる。

 

「っと、危ない危ない……」

 

 ネジの回転と同時にガタンと揺れ動き、震え始めた艦でバランスを崩し、僕はイルクに片手で抱えられる。

 

「あ、ありがと……って! イルク、流石に恥ずかしい! 降ろして! お~ろ~し~て~!」

 

 流石に担ぎ上げられたままだと恥ずかしい。

 じたばたと暴れて抗議してもイルクにはなしのつぶて。

 

「いいもん見せてあげるから、四の五の言わないの~」

 

 むんず、と担ぎ直されて僕を完全に無力化することに成功したイルクは、上機嫌に操舵室へ向けて歩いていく。

 

「さて、空間機能も修復完了だね。探知機能半径三キロ以内の領海内に艦を〈短距離跳躍航行(ショートジャンプ)〉」

 

 ガゴン、と一際強い震動が発生と同時に細々とした揺れが収まった。

 矢継ぎ早に廊下全体、否。艦全体が蒼白に輝き始める。

 

『艦体のおよそ三分の一の小型化格納完了。戦艦規格から巡洋艦規格へ縮小確認。

 〈短距離跳躍航行(ショートジャンプ)〉、コマンド入力終了。亜空間探知を開始――完了。

 特殊炉魄『赤き心』、励起――完了。全行程終了確認。〈短距離跳躍航行(ショートジャンプ)〉、開始します』

 

 一本調子の声が響く。

 

 視界全体が真っ白に染まったかと思いきや、大砲のような強烈な着水音が響き、明滅していた視界が元の船の内部へと戻った。

 

「すっご……」

 

 一部始終を確認していた僕はすっかり感心していた。

 

 一瞬で術式が展開されて、一瞬で転移が完了していた。演算能力が高いなんてものじゃない。高度な術式を、あんな一瞬で完了するのは、【赤戦神艦】の超高度な演算能力がないと無理だろう。

 

「よし、目的地付近に無事着水~。さて、エディン、甲板に行こっか~」

 

 担ぎ上げられたのも忘れて呆然としている僕を他所に、イルクは甲板へと足を進めていた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 見たことがないほど栄えた港があった。

 

 形は円形。巨大な港。

 

 帆船やボートに留まらず、大型の金属であしらわれた魔導船もいくつも停泊しており、海の男達が自慢の豪腕で木箱の荷物を運び出していく。

 

 大型の船でも、小型化した【赤戦神艦】よりは小さい。

 だけど、【赤戦神艦】よりも小さい大型の船から次々と積荷が降ろされていく。

 

「すっげぇ…………!」

 

 港の波止場の先にあるのは無数の人。

 寄せては返す波のように船着き場に

 

 ここまでの賑わいをリステリアで見たことが一度もない。

 

 ある所には棒の両端に桶を括り付けたモノを担ぎ、桶に魚を入れて売り捌いる男。

 木箱を線路らしきものの上を自走する大きな大八車――トロッコと呼ばれるものが走り、港の先には蔵が大量に並んでいる。

 

 蔵の付近にはいくつもの商店や食事処が並んでおり、仕事を終えたのか、はたまた仕事を始めるのか、筋骨隆々の男達が慌てた様子で飯屋へと入っては消えていく。

  

「ふう、到着だね」

 

 イルクはにっこりと笑って潮風を大きく吸い込み、僕を甲板へと降ろした。

 

「ようこそ、エディン」

 

 イルクは不敵に笑い、似合わないお辞儀をする。

 

「――【迷宮都市国家】が五大都市。《ギルド本部都市》【伯方】へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。