将軍との話し合いを終えたワタシは、タコたちが行き交う生活エリアへと戻ってきた。
警備中のタコたちはワタシとすれ違えばピシリと敬礼してくれる。
休憩時間中だったり仕事が休みらしいタコたちは軽く会釈してくれたり、おかえりなさいと声を掛けてくれたり。
あったけぇ。あったけぇ職場(兼実家)である。
流石に唯一のイカとだけあってなのか、ワタシはオクタリアンの中では中々の有名人だ。
*1勤勉だし、*2早起きだし、*3几帳面だし。その辺の種族柄と噛み合わない部分も手伝ってか、めちゃくちゃに興味を持たれていた。
まぁそれを抜きにしてもタコたちとは仲良しだし、コネクションも多い。
潜入捜査員になってから頻度は減ったが、帰省した時には必ず会いに行ってる子たちだっている。
その中でも特に絡みが多い子たちが━━━━━
「“あら? ナツメちゃんじゃないの〜♪ 帰ってきてたなら連絡しなさいよぉ”」
「“……げっ”」
思考に割り込むように耳に入ってきた大人びた声に、ワタシの口から思わず嫌そうな声が出た。
振り返ると、そこに立っていたのは1人のタコゾネス。
腰まで伸ばした髪に、他のゾネスよりも少し重厚感のある装備品、両手は薄いアームカバーと指先までの革製グローブに覆われており、その指を唇に這わせたやけに色気のあるポーズで佇んでいる。
ワタシを見るじっとり熱を孕んだ視線と口許に浮かべた見るからに危険なタイプの笑みは、ワタシの発した声を聞いてか途端にムッとした表情に変わった。
「“何よ〜『げっ』って。ワタシと会うのがそんなに嫌だったのかしら? お姉ちゃん寂しいわ〜…”」
「“誰がいつアンタの妹になったのさ……”」
相変わらず彼女の自認はワタシのお姉ちゃんらしい。ワタシからしたら教育係とか、親とかの方が近いと思うのだが、親と呼ぶと怒るのだ。
「“……ただいま、それと久しぶり。ムラキ先輩”」
彼女は嬉しそうに笑った。
「“ウフフ、おかえりなさい♪ 久々にお顔が見られて嬉しいわ”」
『ムラキ=ユイ』先輩、年齢不詳のベテランデラタコゾネス。ワタシが物心ついた時からそばに居て、タコ語に戦術から何まで教え導いてくれたオクトリング。
容姿も立ち振る舞いも怪しいが、実際は面倒見が物凄く良いヒトだ。そしてこう見えてめちゃくちゃ戦いが強い。
何度も手合わせをして貰っているが、その中で勝てたのは片手で数えられる程度か。まぁワタシたちがやっているのはスプラトゥーンらしい撃ち合いではなく、ほぼ徒手空拳の組み手なんだが。
しかし、今彼女が教官を務めている養成所のクラスからは頻繁に悲鳴と高笑いが聞こえてくるので、撃ち合いでもちゃんと強いのだろう。あまり生徒をいじめないでやってほしい所だ。
「“ねぇ、ナツメちゃん、今回はしばらくここにいるのよね?”」
前に覗きに行った時の訓練所の惨状を思い返していると、先輩が首を傾げてそう訊いてきた。ワタシは仕事上地上の賃貸と地下を行き来しているのだが、ムラキ先輩はワタシが帰ってくる度に同じことを訊く。
「“あー、まぁね。例の計画終わるまではこっちに拠点置くつもりにしてるよ”」
例の計画、とは勿論オオデンチナマズを攫う計画のことだ。
一般戦闘員には『近い内に大規模な戦闘の可能性アリ』とだけ周知されているこの計画は、上層部のタコに限り詳細が伝えられている。
ワタシとムラキ先輩は、その数少ないメンバーだ。
潜入捜査員としてイカと深く関わっているワタシは言わずもがな、先輩は教官であると同時に『ワサビ補給部隊』の一員である為に計画も伝えられている。
……ちなみに設定では『エリートしかなれない最前線部隊』ということしか分からなかった『ワサビ補給部隊』だが、今世で知った限りやはり名前と行っていることは違うようだ。
将軍が戦う時の支援をする部隊のことをそう呼ぶらしく、攻撃発動時のサポートだとか、インク補充だとかを行うらしい。…ワサビの補給も一応支援内容に入ってるので、完全に違うわけでも無いとのことだが。
ムラキ先輩は戦闘もだが、機械工学にも強い。
だから普段は養成所の教官をして、戦いの際には最前線で将軍の支援に回るのだとか。
これだけでタコからすれば超のつくほどのエリートで、本来なら憧れ尊敬の的として羨望の視線を浴びる所なのだが……まぁ、彼女に関しては、普段の振る舞いのせいで完全に引かれている。それさえ無ければ普通の優等ゾネスなのに勿体ないものだ。
ちなみに主な前科は『遠目からタコゾネスたちを凝視しながら舌なめずりする』だとか『訓練終わりのタコゾネスを自室に誘う』だとかである。完全にアウト。前者はギリギリセウトだとしても後者は説明不要。もしこのヒトが恩師じゃなかったなら、ワタシは全力で関わらないようにしていたと思う。
「“ふ〜ん? なら今回はたっくさん一緒に居られるのね♪ 楽しみねぇ…”」
「“うわぁこっち見んな舌なめずりすんな”」
見てくるムラキ先輩の『獲物を見つけた』って言わんばかりの目に、名状しがたい寒気を感じた。文字通りにロックオンされているようだ。
先輩はどういうわけかワタシ大好きなので、ワタシが地下にいる間はタコゾネスたちの方へ行かずにワタシに着いて回る。ワタシを犠牲にタコゾネスたちの安寧が約束されるというわけだ、良かったね。*4
先輩に見つかったのが運の尽きなので仕方なく受け入れよう。見つからなかったことなんて無いんだけども。
「“はぁ…んじゃあもう行くよ”」
「“あら、どこに?”」
分かってるだろうに、白々しく聞いてるんじゃないよ先輩。
「“そりゃあいつもの場所だって。分かるでしょ?”」
「“ふふ、まぁね♪
「“やっぱり分かるんじゃん……なんでわざわざ聞いたよ”」
「“分かってても聞くわよぉ、アナタと一言でも多く話したいし♪”」
「“……そっか(思考放棄)”」
脳死で先輩の言うことを聞き流し、ワタシは早足でさっさと歩き出した。
到着した所は、工兵たちが集って作業をする機械工場だった。
コンベアの横に並び、黙々と部品だったり大掛かりなパーツだったりを作成していたタコゾネスたちは、ワタシたちに気付くとわざわざゴーグルを外して敬礼してくれる。ワタシに対してはにこやかに……ムラキ先輩に対しては怖々としながら控えめに。
そんな彼女らに先輩は満面の笑みを浮かべ……小さく悲鳴を上げられて悲しそうにしていた。残当。
「“やぁね〜…今のワタシは無害よ?”」
「“普段は有害って自覚あるんかい……”」
ついでに知りたくなかった事実まで判明した。あの振る舞いは無自覚じゃなかったらしい。…ますます厄介じゃないかソレ?
……考えないようにしておこう。そうしよう。
思考をシャットアウトしてそのまま工場奥へと向かった。
工場内を進んだ先の別フロアでは、別所で作られたパーツを組み上げて兵器を完成させる工程が行われている。
殆どは機械で行われる組み立て作業を目視で確認していたり、手作業で微調整していたり。各々が与えられた役目を全うしていた。
ワタシはその中に、目的の少女の髪型を見付ける。
上位種の証たる黒に、ターコイズブルーのグラデーションが掛かったタコ足。将来ロングになるその髪は、今はまだタコゾネスらしいショートボブ。
ワカメの揺れるスコープ越しに、接合部の調整を行っていたその背に声を掛けた。
「“よ、イイダ。順調?”」
「“! その声は…!”」
ワタシの声が届いた瞬間、頭上に『!』が見える勢いで身を跳ねさせた彼女が振り返る。スコープが首元まで下げられ、その下からまつ毛の長い整った顔が現れた。
「“ナツメ先輩〜っ!! お帰りなさい! 戻って来てたんですね!”」
その顔に満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきたタコゾネス、その名を『イイダ=マリネ』。ワタシを慕ってくれる可愛い後輩である。…後輩といっても、学校を卒業したのはワタシと同年なんだけれども。物凄い速度で飛び級して迫ってくるもんだから、ワタシも謎に焦って追いつかれないように単位を取りまくったがそれでも結局逃げ切れなかった。天才ってこわい。
そしてご存知の通り、近い未来にアーティストユニット『テンタクルズ』のDJとして大活躍する未来の大スターでもある。正直、オクタリアン陣営として転生して1番嬉しかった事は、こうしてタコのネームドキャラのオクタリアン時代を間近で見られるということだと言っても過言じゃないと言えると思う。
元オクタリアンのキャラたちの過去の姿は残念ながらイラストでしか描写されていない。だからプロテクター姿で動いている様子を見られることはこの上なく嬉しいわけで。
幼少期は、目の前で嬉しそうに飛び跳ねるイイダに口角がだらしない上がり方をしそうになるのを耐える日々だった。
「“久しぶりー、元気してた?”」
「“ハイ! あ、そうです先輩、ワタシ先日『ワサビ補給部隊』への昇格が決まったんですよ!”」
ワタシに飛び付いて笑うイイダが、嬉しそうに報告してきた。ワタシの居ない間にそんな大出世をしていたとは……思わず現役ワサビ補給部隊であるムラキ先輩の方を見る。
「“え、マジで? ……ムラキ先輩?”」
「“ええ本当よ? 聞かれなかったから言わなかっただけ♪”」
先輩からはそう返ってきた。そして「ね〜♪」とイイダに笑いかけ、苦笑いで返されている。先輩、ここまでの間どこに行っても相手から引かれていて少し面白いな。
原因は本人の振る舞いだから何とも言いようは無いが。
「“まぁいいや……イイダ、あとどれくらいで作業終わりそう?”」
「“担当時間は、あと10分ほどだと思いますが……”」
「それが何か?」と言いたげな顔で首を傾げるイイダ。
「“もう1人の後輩にも、久々に挨拶しに行かないとだからね。イイダも一緒に行くかなって思って”」
無言の疑問にそう答えるワタシの頭の中に、イイダとは別の後輩……兵服をだらりと着崩した、無気力な問題児の姿が浮かんだ。
「“……あぁ、あの子にも会いに行くんですね! …ならワタシも、借りてたレコード返したいのでご一緒します!”」
「“おーけー、なら少し外で時間潰してるよ。終わったら連絡してね”」
「“ハイ!”」
スコープを目元まで上げながら作業に戻っていくイイダと一度別れ、工場前にある空き地の瓦礫に腰掛けた。隣にムラキ先輩が座ってくるが、3人は座れそうな大きな瓦礫にも関わらず、随分と距離が……
「“……先輩、近い。絶対もう少し離れられるでしょ”」
「“あら、そうかしら? これくらい詰めなきゃ、ワタシにはちょっと狭いと思うのだけどね♪”」
ワタシの抗議の視線は意にも介されなかった。それどころか楽しそうにニコニコと笑って、更にくっついてくる。
……早々にワタシは抗議を諦め、されるがままになった。
作業時間を終え、CDの入っているらしい紙袋を抱えたイイダと合流したワタシたちは、人気の少ない寂れた倉庫の立ち並ぶ場所へとやって来た。
イイダ曰く『今は警備担当中』とのことなので、ここに間違いなく居るはずだ。
少し歩いた先、一棟の倉庫の出入り口に『彼女』は居た。
顔の半分が髪で隠れており、規定から大きく外れた着こなしに、両耳にはビッシリと付けられた鈍く光る金属のピアス。
暇そうな立ち姿のその後輩に、声をかけた。
「“━━仮にも仕事中なんだから、そんなダルそうにするんじゃないよ、ミズタ”」
後輩が顔を上げる。尖った容姿に反して中々かわいらしいタレ目が覗いた。
「“……あれ、いつの間に戻ってきてたんだ”」
オクタリアンの中の異端児、無気力なタコゾネスこと『ミズタ=アハト』の黄色い瞳が、驚いたように見開かれた。
【人物紹介】
*ムラキ=ユイ
・年齢:不詳
・身長:180cm
・種族:オクトリング
・所属:オクタリアン ワサビ補給部隊
ナツメの面倒を幼い頃から見てきた教育係の女性。やけに距離感が近い。普段の立ち振る舞いが危険人物過ぎてタコゾネスから距離を置かれている。
*ナツメ&ムラキの容姿⬇
遅くなりましたァ!
なんか色々重なった上に、登場キャラの口調がなんか違和感拭えなくて(特にイイダ。推しなのに分からん)微調整してたらこんな経ってました……
オリキャラさんも今回登場しましたからね……いやぁ書いたことないタイプの子なので難しかった()
次からはまた少しずつペース上がっていくハズなので、どうか気長に……お待ちいただけますと……
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是非ともこれからも『ワケアリばかりのイカガール』をよろしくお願いしますm(_ _)m