二番道路に入ると、ブラッシータウンの町並みが少しずつ後ろへ遠ざかっていった。
道の両側には草むらが広がっている。風が吹くたびに草が揺れ、その奥から野生ポケモンの鳴き声が聞こえた。
ホップはスマホロトムを取り出して、ポケモン図鑑を開いた。
まだ空白の多い画面。
けれど、そこにはもうヒバニーの情報が入っている。隣を歩くマサルの図鑑には、メッソンが入っているはずだった。
「この辺、ポケモン多そうだね」
「そうだね」
マサルも草むらを見る。
「ボールは足りる?」
「うん。さっき多めに買ったよ」
「準備いいね」
「忘れたら困るし」
「確かに」
ホップは鞄の中を軽く確認した。
自分のボールも、ちゃんとある。
足元ではヒバニーが元気よく跳ねていた。マサルの近くでは、メッソンが少し周りを気にしながら歩いている。
まだ博士の家までは距離がある。
けれど、もう旅は始まっていた。
ホップはそう思いながら、二番道路を進んだ。
道中、何度も野生ポケモンと出会った。
ホップはウールーを捕まえた。
続けて、草むらの近くで出てきたココガラも捕まえた。
マサルも、道中で出会ったガーディをメッソンと一緒に相手取り、ボールに収めた。
捕まえたポケモンの情報が、図鑑に増えていく。
朝にはほとんど空白だった図鑑に、少しずつ記録が埋まっていく。鞄の中のボールも増えた。
それは嬉しかった。
けれど、二番道路は思っていたより忙しかった。
草むらを抜ければ野生ポケモンが出る。
道を進めば、トレーナーに声をかけられる。
バトルをして、倒して、また進む。
その繰り返しだった。
ヒバニーはよく動いた。
捕まえたばかりのウールーとココガラも、何度かバトルに出た。
マサルのメッソンも、少しずつバトルに慣れていく。ガーディは元気に前へ出たがることが多く、マサルがそのたびに落ち着かせていた。
楽しい。
でも、楽しいだけではない。
ポケモンたちは、思っていたよりも疲れる。
博士の家へ向かう坂が遠くに見え始めた頃、ホップは足を止めた。
ヒバニーはまだ元気そうだったが、朝のように跳ね続けてはいなかった。
ウールーとココガラも、捕まえたばかりでバトルをした。
マサルのメッソンも少し疲れているように見える。ガーディはまだ元気そうだったが、それでも連戦したことに変わりはない。
「ねえ、マサル」
「何?」
「一回、休ませない?」
マサルはメッソンを見た。
それから、ガーディの入ったボールを見る。
「うん。そうしよう」
「キャンプできそうな場所、あるかな」
「あそこなら大丈夫そうだよ」
マサルが道の脇を指した。
草むらから少し離れた、開けた場所がある。休むにはちょうどよさそうだった。
「じゃあ、あそこで」
「うん」
二人は道の脇へ移動した。
初めてのキャンプだった。
道具は持ってきている。
けれど、実際に広げてみると、思っていたより部品が多かった。
ホップは説明書を開く。
マサルは布と支柱を持って、地面に並べた。
「まず支柱だね」
「こっち?」
「えっと……待って。絵だと、こっちが上かな」
「これでいい?」
「うん。たぶん合ってる」
「たぶんなんだ」
「説明書の絵が小さいんだよ」
「本当だ。小さいね」
マサルは少し顔を近づけて説明書を見た。
それから支柱を持ち直す。
「じゃあ、こっちでやってみようか」
「うん」
二人で布を広げる。
風で端が少しめくれた。
「マサル、そっち押さえてくれる?」
「分かった。ここ?」
「もう少し端」
「ここだね」
「うん、ありがとう」
ホップが留め具を刺そうとすると、少し斜めになった。
うまく入らない。
「これ、固いね」
「代わる?」
「もう少しやってみる」
「分かった」
何度かやって、ようやく留め具が入った。
ホップは息を吐く。
「できた」
「うん。入ったね」
「キャンプって、もっと簡単だと思ってた」
「俺も。張ってあるところを見るのと、実際にやるのは違うね」
「本当だね」
少し時間はかかったが、どうにかテントは立った。
形は少し歪んでいる。
けれど倒れそうではない。
ホップは一歩下がって見た。
「……ちょっと曲がってる?」
「少し曲がってるね」
「やっぱり?」
「でも、ちゃんと立ってるよ」
「ならいいかな」
「うん。休むには大丈夫だと思う」
マサルがそう言って、支柱の部分を軽く確認した。
それを見て、ホップは少しだけ笑った。
「マサル、結構ちゃんと見るね」
「倒れたら困るからね」
「それは困るね」
「カレー作ってる途中で倒れたら嫌だよ」
「それはかなり嫌だね」
二人で軽く片付けてから、ポケモンたちを外に出した。
ヒバニーは真っ先に辺りを見回し、すぐにホップの足元へ戻ってきた。
ウールーは少し戸惑ったようにその場に立っている。
ココガラは近くの低い枝にとまった。
メッソンはマサルのそばへ寄り、ガーディは地面の匂いを嗅いでから顔を上げた。
急に賑やかになった。
今朝、ハロンタウンを出た時はヒバニーだけだった。
それが今は、ウールーとココガラもいる。
マサルの方にも、メッソンとガーディがいる。
手持ちが増えるというのは、こういうことなのだと、ホップは少し遅れて実感した。
「みんな、今日はお疲れさま」
ホップはしゃがんで、ヒバニーたちを見る。
「まだ途中だけど、いっぱい頑張ってくれたね」
ヒバニーが元気よく鳴く。
ウールーは少しだけ近づいてきた。
ココガラは枝の上からこちらを見ている。
捕まえたばかりだから、まだ距離はある。
それでもよかった。
これから一緒に歩いていくのだから、少しずつ近づけばいい。
マサルも、メッソンとガーディの前にしゃがんでいた。
「メッソン、大丈夫?」
メッソンは小さく頷いた。
「疲れたよね。少し休もう」
マサルがそう言うと、メッソンはマサルの足元に寄った。
ガーディはその横で元気に鳴く。
「ガーディは元気そうだね」
ホップが言う。
「うん。かなり元気だよ」
「さっきから動きたそう」
「そうなんだよね。休ませるつもりで出したんだけど」
マサルがガーディを見る。
「少しだけ待って。カレー作るから」
ガーディは尻尾を振った。
分かっているのか、いないのか。
でも、嬉しそうではあった。
「カレー、作ろうか」
ホップが言う。
「うん。作ろう」
二人でカレーの道具を広げた。
鍋を置いて、火を起こす。
袋に入れていたきのみを出すと、ヒバニーがすぐに反応した。ホップの手元を見上げ、今にも近づいてきそうになる。
「ヒバニー、まだだよ」
ホップが言うと、ヒバニーは少し不満そうに鳴いた。
ガーディも鍋の近くへ来ようとする。
「ガーディも、まだだよ」
マサルが声をかける。
ガーディは座った。
けれど視線は鍋に向いたままだ。
「すごく見てる」
「早く食べたいんだと思う」
「分かりやすいね」
「うん。分かりやすい」
マサルが少し笑った。
ホップは並べたきのみを見る。
甘そうなもの、少し辛そうなもの、酸っぱそうなもの。
どれを入れればいいのか、まだ感覚が分からない。
「どれ入れる?」
「ヒバニーは元気だから、辛いの好きそう」
「見た目で決めてない?」
「バレた?」
「バレバレだよ」
ホップは笑って、辛そうなきのみを一つ手に取った。
「メッソンは?」
「甘いのがいいかも」
「それも見た目?」
「うん」
「じゃあ、甘いのも入れよう」
二人できのみを選び、鍋に入れていく。
バターライスも用意する。
湯気が上がり始めると、カレーの匂いが少しずつ広がった。
ヒバニーはそわそわし、ガーディは座ったまま尻尾を振っている。
ウールーは匂いにつられたように近づき、ココガラも枝の上から下りてきた。
メッソンは少し離れたところから鍋を見ていた。
「火、強いかな」
ホップが聞く。
「少し強いと思うよ」
「弱められる?」
「うん。弱めるね」
マサルが火を調整する。
ホップは鍋を混ぜた。
「焦げてない?」
「まだ大丈夫だと思う」
「本当?」
「匂いはまだ大丈夫」
「匂いで分かるの?」
「少しは」
「すごいね」
「焦げたら分かるだけだよ」
「それは分かるか」
ホップは少し笑って、鍋を混ぜ続けた。
マサルが横からきのみを足す。
「それ、全部入れる?」
「多いかな」
「少し多いかも」
「じゃあ半分にするね」
「うん」
初めてのカレー作りは、思っていたより慌ただしかった。
きのみの量も、火加減も、混ぜるタイミングも、正しいのか分からない。
けれど、二人で鍋を見て、少しずつ調整していくのは楽しかった。
出来上がったカレーは、少しだけ焦げた匂いがした。
それでも、ちゃんとカレーだった。
ホップはバターライスを器によそい、その上からカレーをかける。
ポケモンたちの分も用意した。
最初にヒバニーが食べ始めた。
ウールーも続く。
ココガラは少し警戒していたが、ヒバニーが食べているのを見て近づいた。
メッソンはマサルの近くで静かに食べる。
ガーディは勢いよく食べ始め、途中で少しむせた。
「ガーディ、ゆっくり」
マサルが言う。
ガーディは一度顔を上げ、今度は少しだけゆっくり食べ始めた。
「ちゃんと聞いたね」
「うん。偉いね」
マサルがそう言うと、ガーディは嬉しそうに尻尾を振った。
ホップはその様子を見て、小さく笑う。
捕まえたばかりのポケモンたちが、同じ場所で同じカレーを食べている。
それだけで、少し距離が縮まった気がした。
二人もカレーを食べる。
熱い。
少しだけ焦げた味もする。
きのみの甘さと辛さが混ざっていて、思っていたより複雑な味だった。
けれど、悪くなかった。
「どう?」
ホップが聞く。
「おいしいよ」
「本当?」
「本当だよ」
「ちょっと焦げてるよね」
「少し焦げてるね」
「そこは正直だね」
「でも、おいしいよ」
マサルは普通にそう言って、もう一口食べた。
ホップは少しだけ視線を落とす。
「……そっか」
「うん」
「ならよかった」
カレーが上手くできたかどうかは、正直分からない。
少し焦げたし、きのみの組み合わせも合っていたのか怪しい。
けれど、マサルが普通に食べている。
ポケモンたちも食べている。
それだけで、ホップは少し安心した。
「次はもう少し上手く作れるかな」
「作れると思うよ」
「本当?」
「火を少し弱めれば、焦げにくいと思う」
「次は最初からそうしよう」
「うん。あと、きのみは少し少なめでいいかも」
「それはマサルも途中で気づいたやつだね」
「うん。入れる前に気づいてよかった」
「入れてからだったら大変だったね」
「鍋から戻すことになったかも」
「それは嫌だな」
二人でそんな話をしながら、カレーを食べる。
大きな話ではない。
兄のことでも、ジムチャレンジのことでもない。
火が強かったとか、きのみが多かったとか、ガーディが食べるのが早いとか、そんな話ばかりだった。
けれど、ホップにはそれが楽しかった。
旅に出るというのは、ジムを巡って、強い相手と戦って、兄に挑むことだと思っていた。
もちろん、それは間違っていない。
でも、それだけではなかった。
ポケモンたちが疲れたら休む。
捕まえたばかりの子たちと一緒にご飯を食べる。
少し失敗したカレーを、マサルと並んで食べる。
そういう時間も、旅の中にある。
ヒバニーは食べ終わると、満足そうに座り込んだ。
ウールーは眠そうにしている。
ココガラは羽を整えている。
メッソンはマサルの近くで落ち着いていた。
ガーディは空になった器をまだ見ている。
「ガーディ、もうないよ」
マサルが言う。
ガーディは少し残念そうに鳴いた。
「次も作るから」
マサルがそう言うと、ガーディは尻尾を振った。
「次も食べる気だね」
ホップが言う。
「うん。たぶん楽しみにしてる」
「次は焦がさないようにしないとね」
「そうだね」
マサルが頷く。
「ガーディに期待されてるし」
「ヒバニーにもね」
ホップがヒバニーを見ると、ヒバニーは元気よく鳴いた。
その声に、ホップは笑った。
少しの間、二人はそのまま休んだ。
ポケモンたちも、それぞれ好きな場所で休んでいる。
捕まえたばかりで、まだ完全に慣れたわけではない。
それでも、同じ場所で休んで、同じご飯を食べた。
その分だけ、少し近づいた気がする。
「キャンプしてよかったね」
ホップはぽつりと言った。
「うん」
「みんな、少し休めたみたい」
「ホップも休めた?」
「私?」
「うん。朝からずっと動いてたから」
ホップは少しだけ瞬きをした。
ポケモンたちのことばかり考えていた。
けれど、言われてみれば、自分も少し疲れていた。
旅立って、相棒を選んで、バトルして、図鑑をもらって、二番道路を進んで。
楽しいから気づきにくかっただけで、身体も心も動き続けていた。
「……休めたと思う」
「ならよかった」
マサルはそう言って、自分の器を片付けた。
ホップは少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。
マサルはいつも、そういうところに気づく。
大げさには言わない。
けれど、見ていないわけではない。
「マサルも休めた?」
「うん。休めたよ」
「ならよかった」
「カレーも食べたし」
「少し焦げてたけど」
「でも、おいしかったよ」
またそう言われて、ホップは少しだけ視線を逸らした。
「……次はもっと上手く作るよ」
「俺も手伝う」
「うん」
それが、当たり前みたいに聞こえた。
次も一緒に作る。
次も一緒に休む。
次も一緒に進む。
そう思うと、ホップの胸の奥にまた温かいものが広がった。
しばらく休んでから、ホップは空を見上げた。
昼間より、少し色が濃くなっている。
カレーを作って、食べて、ポケモンたちを休ませているうちに、思っていたより時間が経っていた。
「……もう夕方だね」
ホップが言うと、マサルも空を見た。
「本当だね」
「博士の家、見えてはいるんだけど」
「うん」
坂の先には、マグノリア博士の家が見えていた。
行こうと思えば、まだ行ける距離ではある。
けれど、初めての道を歩いて、バトルをして、ポケモンを捕まえて、キャンプをして、カレーまで作った。
ポケモンたちは休めたようだが、今日一日が長かったことに変わりはない。
「今日は、ここで泊まろうか」
ホップが言った。
マサルは少しだけテントを見る。
「うん。その方がいいと思う」
「明日の朝、博士の家に行けばいいよね」
「うん。遅くに行くより、その方がいいよ」
「じゃあ、今日はここまで」
「そうしよう」
決めてしまうと、少し身体の力が抜けた。
旅に出た一日目。
もっと先へ進まなければいけない気がしていた。
けれど、急がなくてもいい。
ポケモンたちが疲れたら休む。
日が暮れたら、泊まる場所を決める。
そうやって進むことも、旅なのだと思った。
ヒバニーは少し眠そうにしていた。
ウールーはホップのそばで丸くなりかけている。
ココガラは低い枝の上で羽を整えていた。
メッソンはマサルの足元にいて、ガーディはまだ周りを気にしている。
「ガーディ、見張りする気かな」
ホップが言う。
「そうかも」
「頼もしいね」
「うん。でも、ちゃんと寝てほしいね」
マサルがそう言うと、ガーディは元気よく鳴いた。
「寝る気なさそう」
「あとで寝ると思うよ」
「本当?」
「たぶん」
「そこはちょっと怪しいね」
ホップが笑うと、マサルも少し笑った。
二人は改めてキャンプの周りを整えた。
倒れないように支柱を確認し、荷物を濡れない場所へ寄せる。
張る時よりは、少しだけ手際がよかった。
「これ、ちゃんと一晩持つかな」
「持つと思うよ」
「本当?」
「ちゃんと立ってるし」
「少し曲がってるけど」
「少し曲がってるだけだよ」
「それは大丈夫ってことでいいのかな」
「大丈夫だと思う」
マサルが支柱を軽く押さえる。
テントは少し揺れたが、倒れはしなかった。
「ほら」
「うん。大丈夫そう」
ホップは頷いた。
ポケモンたちも、少しずつ落ち着いていった。
ヒバニーはホップの近くに座り、ウールーはその隣で丸くなる。
ココガラは枝の上からこちらを見ている。
メッソンはマサルのそばで目を細め、ガーディはしばらく周りを歩いたあと、ようやくマサルの近くに腰を下ろした。
「ガーディ、寝るみたいだね」
「うん。よかった」
「見張りは?」
「明日からでいいよ」
「明日からなんだ」
「今日は疲れてると思うし」
「優しいね」
「普通だよ」
マサルはそう言って、ガーディの頭を軽く撫でた。
ガーディは気持ちよさそうに目を細める。
その様子を見て、ホップは少しだけ胸の奥が温かくなった。
朝よりも、手持ちが増えた。
図鑑の記録も増えた。
初めてキャンプをして、初めて二人でカレーを作った。
少し焦げたけれど、ポケモンたちは食べてくれた。
マグノリア博士の家は、もう見えている。
けれど、今日はここで止まる。
それも悪くなかった。
ホップはヒバニーを見て、それからマサルを見る。
「明日、行こう」
「うん」
マサルが頷く。
「明日、博士の家に行こう」
空はゆっくり暗くなっていく。
旅に出た一日目の夜が、二番道路に降りてきていた。