私は親友のままでいたくない   作:さぶろー

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第11話 願い星

 二番道路に夜が降りていた。

 

 昼間は草むらの奥から何度も野生ポケモンの気配がしたけれど、今はずっと静かだった。

 

 風が吹くたびに草が揺れる。

 

 坂の先には、マグノリア博士の家が見えている。窓の明かりは遠く、そこだけが夜の中で少し温かそうに見えた。

 

 明日の朝には、あそこへ行く。

 

 そう決めてから、ホップとマサルはキャンプの片付けをした。

 

 食事を終えて、少し休んだポケモンたちを、それぞれボールへ戻す。

 

「今日はありがとう。ゆっくり休んでね」

 

 ホップはヒバニー、ウールー、ココガラのボールを鞄にしまった。

 

 マサルも、メッソンとガーディを戻している。

 

「ガーディ、明日また歩こうね」

 

 マサルがそう言うと、ボールの中へ戻る直前、ガーディは元気よく鳴いた。

 

 昼間は賑やかだったキャンプが、急に静かになる。

 

 それは少し寂しくもあったが、同時に、夜のキャンプらしくもあった。

 

 ポケモンたちは休ませる。

 

 人も休む。

 

 そうしないと、明日また歩けない。

 

 ホップはそう思いながら、鞄の中のボールを確かめた。

 

 みんな、そこにいる。

 

 それで十分だった。

 

 テントに入ってからも、ホップはなかなか眠れなかった。

 

 疲れているはずなのに、目を閉じても頭が静まらない。

 

 朝はハロンタウンにいた。

 

 昼には二番道路を歩いていた。

 

 野生ポケモンと出会って、トレーナーとバトルして、ウールーとココガラを捕まえた。

 

 初めてキャンプを張って、マサルと一緒にカレーを作った。

 

 少し焦げたカレーを、ポケモンたちと一緒に食べた。

 

 たった一日なのに、ずいぶん遠くまで来たような気がする。

 

 ホップは静かに身体を起こした。

 

 マサルを起こさないように、そっとテントの外へ出る。

 

 外の空気は、思っていたより冷たかった。

 

 ホップは腕を軽くさすりながら、空を見上げる。

 

 星が出ている。

 

 ハロンタウンで見ていた空と、同じはずだった。

 

 けれど、旅に出た一日目の夜に見る空は、少し違って見えた。

 

 ホップは博士の家の方を見る。

 

 二年前、この家の名前を聞く時、胸の奥が少し重くなった。

 

 原因を調べるため。

 

 戻る方法を探すため。

 

 自分に何が起きたのか、誰かに確かめてもらうため。

 

 でも、今は違う。

 

 明日、ホップは自分の足であの家へ行く。

 

 自分のポケモンたちと。

 

 マサルと一緒に。

 

「眠れない?」

 

 後ろから声がした。

 

 振り返ると、テントからマサルが出てきていた。

 

 手には上着を持っている。

 

「少しだけ」

 

「寒くない?」

 

「大丈夫」

 

 そう答えたのに、マサルはホップの肩に上着をかけた。

 

「夜は冷えるよ」

 

「……ありがとう」

 

 ホップは上着の端を軽く掴んだ。

 

 マサルは隣まで来て、同じように空を見る。

 

 しばらく、二人とも何も言わなかった。

 

 草の揺れる音だけが聞こえる。

 

「今日、長かったね」

 

 ホップが言った。

 

「そうだね」

 

「朝はハロンタウンにいたのに」

 

「うん」

 

「今は博士の家の近くでキャンプしてる」

 

「遠くまで来たね」

 

「まだ二番道路だけどね」

 

「でも、遠くまで来た感じはするよ」

 

 マサルがそう言った。

 

 ホップは少しだけ笑う。

 

「マサルもそう思う?」

 

「うん」

 

「そっか」

 

 それが少し嬉しかった。

 

 自分だけがそう感じているわけではない。

 

 同じ道を歩いて、同じカレーを食べて、同じ夜の空を見ている。

 

 それだけのことなのに、胸の奥が静かに温かくなる。

 

「カレー、次は焦がさないようにしないとね」

 

 ホップが言う。

 

「うん」

 

「きのみも少なめ」

 

「火も少し弱め」

 

「マサル、結構覚えてるね」

 

「次も作るし」

 

「……うん」

 

 次も。

 

 その言葉が、当たり前みたいに置かれた。

 

 ホップはそれに気づいて、少しだけ視線を落とした。

 

 次も一緒に作る。

 

 次も一緒に休む。

 

 次も一緒に進む。

 

 そう思えることが、今は自然になっている。

 

 その時だった。

 

 夜空を、赤い光が走った。

 

 ただの流れ星よりも色が濃い。

 

 炎の赤とも違う。

 

 ガラルで何度も話に聞いた、ダイマックスの光に似た赤だった。

 

 光は夜をまっすぐ裂くように流れ、博士の家の方角より少し手前へ落ちていく。

 

「今の、見た?」

 

 マサルが言う。

 

「見た」

 

 ホップは、光が落ちた方角を見つめた。

 

 胸が少し高鳴っている。

 

「あれ、願い星だ」

 

「願い星?」

 

「うん。兄貴から聞いたことある。ガラルに落ちる、赤い流れ星みたいな石」

 

 ホップはマサルを見る。

 

「近くに落ちたよね」

 

「うん。近かったと思う」

 

「探してみよう」

 

「分かった」

 

 二人は足元に気をつけながら、光が落ちた方へ向かった。

 

 草むらは夜になると、昼間より深く見えた。

 

 風が吹くと、草の影が揺れる。

 

 夜の道を歩いているのは、ホップとマサルだけだった。

 

 少し怖くないと言えば嘘になる。

 

 けれど、不思議と足は止まらなかった。

 

 隣にマサルがいる。

 

 それだけで、夜の二番道路も歩ける場所になる。

 

「願い星って、拾うと願い事が叶うって言われてるよね」

 

 ホップは草の間を見ながら言った。

 

「聞いたことあるよ」

 

「マサルは、何か願う?」

 

 マサルは少し考えるように黙った。

 

 それから、草むらの先を見ながら答える。

 

「まだ分からないかな」

 

「そっか」

 

「ホップは?」

 

「私も、まだ分からないかな」

 

 そう答えてから、ホップは少しだけ自分の胸に意識を向けた。

 

 願い事。

 

 そう言われれば、二年前ならすぐに浮かんだと思う。

 

 元に戻りたい。

 

 何もかも、前と同じに戻してほしい。

 

 きっと、そう願った。

 

 迷わずに。

 

 泣きそうになりながら。

 

 けれど今は、すぐには言葉にならない。

 

 元に戻りたいと、まったく思わないわけではない。

 

 二年前の痛みが、全部消えたわけでもない。

 

 それでも、今の自分をなかったことにしたいとは思わなかった。

 

 今の自分で、ヒバニーと出会った。

 

 ウールーとココガラも捕まえた。

 

 マサルと一緒に旅に出た。

 

 少し焦げたカレーを食べて、同じ空を見ている。

 

 それらを全部なくしてまで、何かを願いたいのか。

 

 答えは、まだ出なかった。

 

「あ」

 

 マサルが足を止めた。

 

 草の間に、小さな赤い光が見える。

 

 ホップも近づいて、しゃがみ込んだ。

 

 それは石のようだった。

 

 けれど、普通の石ではない。

 

 内側に赤い光を抱えているように、静かに輝いていた。

 

「これだ」

 

 ホップはそっと手を伸ばした。

 

 指先が触れると、少しだけ温かい気がした。

 

 拾い上げると、手のひらの中で赤い光が淡く揺れる。

 

「願い星……」

 

 ホップは小さく呟いた。

 

「綺麗だね」

 

 マサルが言う。

 

「うん」

 

 ホップは頷いた。

 

「マサルの分もあるかな」

 

「探してみる」

 

 二人はもう少し周りを探した。

 

 赤い流れ星は一つに見えたけれど、落ちた場所には小さな光がいくつか残っているようだった。

 

 しばらくして、少し離れた草の間に、もう一つ赤い光が見えた。

 

「あった」

 

 マサルがしゃがみ込む。

 

 ホップはその横に寄った。

 

 マサルが拾い上げると、その手の中でも願い星は同じように淡く光っていた。

 

「二つあったね」

 

 ホップが言う。

 

「うん」

 

「すごいね。旅に出た一日目で願い星なんて」

 

「明日、博士に見てもらおう」

 

「うん。そうしよう」

 

 ホップは願い星を落とさないように、手のひらの中で包んだ。

 

 赤い光は強すぎない。

 

 でも、確かにそこにある。

 

 マサルも隣で、自分の願い星を見ていた。

 

 何を考えているのかは分からない。

 

 でも、同じ空から落ちてきた光を、今、二人で持っている。

 

 それが少し嬉しかった。

 

 しばらくして、二人はキャンプへ戻った。

 

 テントの近くは、出てきた時と同じように静かだった。

 

 火はもう落としてある。

 

 荷物も、ボールも、ちゃんと決めた場所に置いてある。

 

 ホップは鞄の中を軽く確認した。

 

 ヒバニーたちのボールが、そこにある。

 

 みんな休んでいる。

 

 明日また、一緒に歩くために。

 

 ホップはテントの前で足を止める。

 

 夜空をもう一度見上げた。

 

 さっき赤い光が走った場所は、もう普通の星空に戻っている。

 

 それでも、手の中には願い星があった。

 

 確かに落ちてきた光。

 

 確かに拾った願い星。

 

 ホップは、落ちた光の方を見つめた。

 

 二年前なら、何を願っただろう。

 

 今なら、何を願うだろう。

 

 答えは、すぐには言葉にならなかった。

 

 けれど、隣にはマサルがいた。

 

 それだけで満足している自分もいた。

 

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