私は親友のままでいたくない   作:さぶろー

13 / 18
第13話 ダイマックスバンド

 マグノリア博士が願い星を預かってから、少し時間が経った。

 

 ホップとマサルは、ソニアに案内されて居間で待っていた。

 

 窓の外には庭が見える。

 

 その向こうには、昨日歩いてきた二番道路が続いていた。

 

 朝の光の中で見ると、夜に願い星を探した草むらは、思っていたより普通の場所に見えた。

 

 赤い流れ星が落ちた場所。

 

 そこで二人で願い星を拾ったことが、少しだけ夢のようにも思える。

 

 けれど、夢ではない。

 

 さっきまで鞄の中にあった願い星は、今、博士の手元にある。

 

「緊張してる?」

 

 ソニアが聞いた。

 

 ホップは少しだけ肩を揺らす。

 

「してる、かも」

 

「かもなんだ」

 

「うん。楽しみでもあるし、変な感じもする」

 

「ダイマックスバンドだもんね」

 

 ソニアはそう言って、窓の外を見た。

 

「ダンデも持ってるし、ガラルのジムチャレンジでは見慣れたものだけど、実際に自分が持つとなると、また違うでしょ」

 

「うん」

 

 ホップは頷いた。

 

 兄の腕にあるもの。

 

 スタジアムで、リザードンと一緒に立つ時にあるもの。

 

 それはずっと、ダンデのものだった。

 

 チャンピオンのものだった。

 

 自分からは遠い場所にあるものだった。

 

 けれど、昨夜拾った願い星がそれになる。

 

 そう考えると、まだ少し落ち着かなかった。

 

 隣にいるマサルは、静かに座っている。

 

 けれど、ぼんやりしているわけではなかった。

 

 さっきから時々、博士のいる部屋の方を見ている。

 

「マサルも気になる?」

 

 ホップが聞く。

 

「うん。気になるよ」

 

「だよね」

 

「願い星がどうなるのか、気になるからね」

 

「うん」

 

 ホップも同じだった。

 

 昨夜、手のひらの中で光っていた石。

 

 それが形を変える。

 

 ただの石ではなく、旅の中で使うものになる。

 

 それを待っている時間は、思っていたより長く感じた。

 

 しばらくして、奥の部屋からマグノリア博士が戻ってきた。

 

 手には、小さな箱を持っている。

 

 ソニアが立ち上がった。

 

「できたの?」

 

「ああ」

 

 博士は二人の前まで来ると、箱を開いた。

 

 中には、二つのダイマックスバンドが入っていた。

 

 白い本体に、願い星の赤い光を宿した腕輪。

 

 ホップは思わず息を止めた。

 

 昨夜拾った光とは、もう形が違う。

 

 けれど、そこには確かに同じ赤があった。

 

「これが、君たちのダイマックスバンドだよ」

 

 博士は静かに言った。

 

「願い星を使って作った。ガラルのパワースポットで、ポケモンをダイマックスさせるための道具だ」

 

 ホップは博士の手元を見る。

 

「これを、私たちが……」

 

「ああ」

 

 博士は一つをホップへ差し出した。

 

 ホップは両手で受け取る。

 

 思っていたより軽かった。

 

 けれど、腕に巻くと、少しだけ重みを感じた。

 

 物の重さではない。

 

 兄が持っていたものと同じものを、自分も身につけている。

 

 その事実が、手首に残るようだった。

 

 マサルも、もう一つのダイマックスバンドを受け取った。

 

 腕に巻いて、少しだけ角度を変えて見ている。

 

「どうだい?」

 

 博士が聞く。

 

「不思議な感じです」

 

 ホップは正直に答えた。

 

「昨日まで、ただの願い星だったのに」

 

「願い星は、ただの石ではないからね」

 

 博士は頷く。

 

「ダイマックスは、どこでも起こせるわけではない。ガラルにあるパワースポットや、スタジアムのような場所で起きる現象だ。このバンドは、その場でトレーナーとポケモンを結びつける役目をする」

 

 ホップは自分の腕を見る。

 

 赤い部分が、朝の光を受けて淡く光った。

 

「スタジアムで……」

 

 ホップは小さく呟いた。

 

 ダンデが立っていた場所。

 

 観客の声が響く場所。

 

 ポケモンが巨大な姿でぶつかり合う場所。

 

 そこへ自分も行くのだと、改めて思う。

 

 昨日までは、まだ遠かった。

 

 ジムチャレンジに行くと決めていた。

 

 兄に挑むと決めていた。

 

 けれど、ダイマックスバンドを腕に巻いた瞬間、その場所が少し近くなった気がした。

 

「マサル」

 

「何?」

 

「これ、兄貴と同じだね」

 

「うん」

 

「私たちも、スタジアムに立つんだね」

 

「そうだね」

 

 マサルは自分の腕を見て、それからホップを見る。

 

「行くんだよね」

 

「うん」

 

 ホップは頷いた。

 

「行く」

 

 その言葉は、思っていたよりはっきり出た。

 

 博士はその様子を見て、少しだけ目を細めた。

 

 ソニアも何も言わずに笑っている。

 

 ホップはもう一度、自分の腕のダイマックスバンドを見る。

 

 昨夜、願い事はすぐには思いつかなかった。

 

 二年前なら、きっと迷わなかった。

 

 男に戻りたい。

 

 元の自分に戻してほしい。

 

 そう願ったはずだった。

 

 その願いが、消えたわけではない。

 

 もう何も気にしていないわけでもない。

 

 けれど、昨日の夜、ホップはそれを願えなかった。

 

 願い星を手にした時、最初に思い浮かんだのは、戻りたいという言葉だけではなかった。

 

 二年の間、隣にいてくれたマサルのこと。

 

 今の自分で旅立った朝のこと。

 

 ヒバニーを選んだこと。

 

 ウールーとココガラを捕まえたこと。

 

 少し曲がったテントを二人で立てたこと。

 

 焦げたカレーを、マサルが「おいしいよ」と言って食べたこと。

 

 夜の草むらで、マサルが隣にいたこと。

 

 それらを全部なくしてまで願いたいことが、あの時のホップには思いつかなかった。

 

 だから、願いはまだ言葉にならなかった。

 

 けれど、言葉にならなかった願い星は、今、ダイマックスバンドになって腕にある。

 

 なくなったわけではない。

 

 誰かに取られたわけでもない。

 

 形を変えて、ここにある。

 

 ホップはそっと手首に触れた。

 

 それだけで、少し胸の奥が熱くなる。

 

「ホップ?」

 

 マサルが声をかけた。

 

 ホップは顔を上げる。

 

「何でもない」

 

「大丈夫?」

 

「うん。大丈夫」

 

 そう答えてから、ホップは少しだけ笑った。

 

「ただ、すごいなって思っただけ」

 

「ダイマックスバンド?」

 

「うん」

 

 ホップは腕を少し上げた。

 

「昨日拾った願い星が、これになったんだね」

 

「そうだね」

 

「大事にしないとね」

 

「うん」

 

 マサルも自分のダイマックスバンドを見る。

 

「なくさないようにしないと」

 

「それは本当にそう」

 

「旅立ってすぐなくしたら困るし」

 

「困るどころじゃないよ」

 

 ホップが少し笑うと、マサルも笑った。

 

 ソニアがそのやり取りを見て、楽しそうに肩をすくめる。

 

「二人とも、ちゃんと扱いなよ。博士が作ったんだから」

 

「分かってるよ」

 

「はい」

 

 ホップとマサルがそれぞれ答えると、博士は穏やかに笑った。

 

「大事にするのはいいことだ。けれど、道具は使うためにある。いつかスタジアムで、そのバンドを使う時が来るだろう」

 

 ホップは頷いた。

 

「はい」

 

「その時は、ポケモンとよく息を合わせることだね」

 

「分かりました」

 

 ポケモンと息を合わせる。

 

 それは、まだよく分からない。

 

 ヒバニーとは出会ったばかりだ。

 

 ウールーとココガラも、まだ捕まえたばかりだ。

 

 けれど、昨日一緒に歩いた。

 

 一緒にバトルした。

 

 一緒にカレーを食べた。

 

 これからもっと一緒に進んでいく。

 

 その先に、スタジアムがある。

 

 そう思うと、少し緊張した。

 

 でも、怖いだけではなかった。

 

「お、できたみたいだな!」

 

 外から明るい声が聞こえた。

 

 振り返ると、ダンデが庭の方から入ってきた。

 

 ソニアが呆れたように息を吐く。

 

「ダンデ、普通に玄関から入れないの?」

 

「庭にいたんだから仕方ないだろう?」

 

「仕方なくないでしょ」

 

 ダンデは気にした様子もなく、ホップとマサルの腕を見る。

 

「似合っているぞ、二人とも!」

 

「兄貴」

 

 ホップは思わず腕を見せるように上げた。

 

「本当にできたよ」

 

「ああ。よく似合っている」

 

 ダンデは満足そうに頷く。

 

「それを手にしたなら、いよいよだな」

 

「いよいよ?」

 

「ジムチャレンジだ」

 

 その言葉に、ホップの背筋が少し伸びた。

 

 ダイマックスバンド。

 

 願い星。

 

 博士の家。

 

 そこまで来て、次に来る言葉は分かっていたはずだった。

 

 それでも、兄の口から聞くと、胸の奥が強く鳴った。

 

 ダンデはホップとマサルをまっすぐ見る。

 

「ホップ、マサル。お前たちは二年待った」

 

 その声は、いつもの明るさを残しながらも、少しだけ真剣だった。

 

「ただ待っていただけじゃないことは、見れば分かる」

 

 ホップは何も言わなかった。

 

 マサルも静かにダンデを見ている。

 

「だから、次は見せてもらおう」

 

 ダンデは庭の方へ視線を向けた。

 

「二人が、どんなトレーナーになったのか」

 

 ホップはマサルを見る。

 

 マサルもホップを見た。

 

 自然と、昨日のバトルのことを思い出す。

 

 ヒバニーとメッソン。

 

 最初の相棒同士のバトル。

 

 負けた悔しさ。

 

 それでも、同じ場所から始まった嬉しさ。

 

「バトル、だね」

 

 ホップが言う。

 

「うん」

 

 マサルは頷いた。

 

「やろう」

 

 ダンデは笑う。

 

「いい返事だ」

 

 ホップは自分の腕のダイマックスバンドに、もう一度触れた。

 

 願い星が形を変えたもの。

 

 兄と同じもの。

 

 これからスタジアムへ向かうためのもの。

 

 それを腕に巻いたまま、ホップは庭の方を見た。

 

 次は、マサルとのバトルだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。