私は親友のままでいたくない   作:さぶろー

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第14話 推薦

 マグノリア博士の家の庭に出ると、朝の光が芝生の上に落ちていた。

 

 昨日、窓越しに見ていた庭。

 

 今はその真ん中に、ホップとマサルが向かい合って立っている。

 

 ホップは自分の腕を見る。

 

 さっき受け取ったばかりのダイマックスバンドが、手首にある。

 

 まだ使う場面ではない。

 

 ここはスタジアムではないし、ダイマックスを起こす場所でもない。

 

 それでも、腕にあるだけで、これから自分が向かう場所を思い出す。

 

 スタジアム。

 

 ジムチャレンジ。

 

 そして、兄が待つ場所。

 

「ルールはシングルバトルだ」

 

 ダンデが二人の間に立って言った。

 

「今の手持ちで、今の二人を見せてくれ」

 

「分かった」

 

 ホップは頷いた。

 

「うん」

 

 マサルも頷く。

 

 ソニアとマグノリア博士は、少し離れたところで見ていた。

 

 ホップはボールを手に取る。

 

 昨日捕まえたばかりのウールー。

 

 まだ一緒に過ごした時間は長くない。

 

 けれど、二番道路を一緒に進んで、キャンプで同じカレーを食べた。

 

 それだけでも、昨日の朝とは違う。

 

「行こう、ウールー」

 

 ホップがボールを投げる。

 

 ウールーが庭に出た。

 

 向かい側では、マサルがガーディを出している。

 

 ガーディはすぐに前へ出たがるように姿勢を低くした。

 

「ガーディ、落ち着いて」

 

 マサルが言うと、ガーディは一度だけ尻尾を振り、前を向いた。

 

「始め!」

 

 ダンデの声で、バトルが始まった。

 

 最初に動いたのはガーディだった。

 

 勢いよく前へ出て、ウールーへ向かってくる。

 

 ウールーも逃げずに受けた。

 

 ホップは声を出す。

 

 マサルも、ガーディに指示を出す。

 

 庭に、二人の声とポケモンたちの足音が響いた。

 

 ウールーはよく粘った。

 

 けれど、ガーディの勢いを最後まで止めきれず、先に動けなくなった。

 

「ウールー、ありがとう」

 

 ホップはウールーをボールに戻した。

 

 胸の奥が少し熱くなる。

 

 負けたから終わりではない。

 

 まだ次がある。

 

「ココガラ、お願い」

 

 次に出したのはココガラだった。

 

 ココガラは庭の上を低く飛び、ガーディの動きをよく見ていた。

 

 ガーディはもう一度前へ出る。

 

 けれど、今度は届く前にかわされる。

 

 ココガラは空から何度も動き、少しずつガーディの体力を削っていった。

 

 やがて、ガーディが足を止める。

 

「ガーディ、戻って」

 

 マサルがボールへ戻した。

 

「頑張ったね」

 

 その声は、いつも通り落ち着いていた。

 

 けれど、ちゃんとガーディへ向いている声だった。

 

 マサルが次のボールを手に取る。

 

「行こう、メッソン」

 

 メッソンが庭に出た。

 

 昨日より少しだけ、前に出る動きが早い。

 

 ホップはそれを見て、息を吸った。

 

 メッソンは強い。

 

 最初のバトルで、ヒバニーはこのメッソンに負けた。

 

 でも、今はあの時と同じではない。

 

 ココガラが動く。

 

 メッソンも、それをよく見ていた。

 

 空から動くココガラに対して、メッソンは慌てずに距離を取る。

 

 マサルの声が届くたび、メッソンの動きが整っていく。

 

 しばらくして、メッソンの攻撃が決まった。

 

 ココガラが芝生へ降りる。

 

「ココガラ、ありがとう」

 

 ホップはココガラを戻した。

 

 これで、ホップの残りは一体。

 

 マサルの残りも一体。

 

 ホップは最後のボールを見る。

 

 ヒバニー。

 

 最初に選んだ相棒。

 

 昨日、マサルのメッソンに負けた相手。

 

 ホップはボールを握り直した。

 

「行こう、ヒバニー」

 

 ヒバニーが庭に出る。

 

 出た瞬間から、目はメッソンを見ていた。

 

 メッソンもヒバニーを見る。

 

 相性なら、メッソンが有利だった。

 

 それはホップにも分かっている。

 

 でも、ここで引く理由にはならなかった。

 

「ヒバニー」

 

 ホップが声をかける。

 

「勝とう」

 

 ヒバニーが強く鳴いた。

 

 最後の一戦が始まった。

 

 メッソンは落ち着いていた。

 

 ヒバニーはよく動いた。

 

 一度距離を取られ、攻撃を受ける。

 

 それでも止まらない。

 

 ホップはヒバニーの動きを見て、声を出した。

 

 マサルもメッソンに指示を送る。

 

 庭の空気が、少しだけ熱を持った。

 

 ヒバニーは最後まで足を止めなかった。

 

 何度も動いて、何度も向き直って、メッソンの動きを追う。

 

 そして、最後の一撃が決まった。

 

 メッソンがその場に膝をつく。

 

「そこまで!」

 

 ダンデの声が響いた。

 

 ホップは一瞬、息を止めた。

 

 それから、胸の奥から声が出る。

 

「勝った!」

 

 ヒバニーがその場で大きく跳ねた。

 

 ホップは駆け寄って、しゃがみ込む。

 

「やったね、ヒバニー」

 

 ヒバニーは嬉しそうに鳴いた。

 

 勝った。

 

 マサルに勝った。

 

 昨日は負けた。

 

 今日は勝った。

 

 それがただ、嬉しかった。

 

 マサルはメッソンのそばにしゃがんでいた。

 

「メッソン、ありがとう」

 

 メッソンをボールに戻してから、マサルはホップの方を見る。

 

「負けたね」

 

 ホップは立ち上がる。

 

「うん」

 

「強かったよ」

 

 マサルは普通にそう言った。

 

 悔しがっていないわけではないと思う。

 

 でも、その言葉に嘘はなかった。

 

 ホップは少しだけ笑う。

 

「次も勝つよ」

 

「次は俺が勝つよ」

 

「言ったね」

 

「言ったよ」

 

 そのやり取りに、ソニアが少し笑った。

 

 ダンデも満足そうに頷いている。

 

「いいバトルだった」

 

 ダンデはそう言ってから、二人のボールを見た。

 

「だが、まずはポケモンたちを休ませよう」

 

 ホップとマサルは、それぞれのボールをダンデへ渡した。

 

 ダンデは慣れた手つきで、傷ついたポケモンたちを回復していく。

 

 ホップはそれを黙って見ていた。

 

 ウールー。

 

 ココガラ。

 

 ヒバニー。

 

 みんな、それぞれの場面で戦ってくれた。

 

 外に出ているのは最後まで残ったヒバニーだけだったけれど、勝ったのはヒバニーだけのおかげではない。

 

 ガーディを相手に粘ったウールー。

 

 ガーディを倒したココガラ。

 

 最後にメッソンと向き合ったヒバニー。

 

 その全部で、今日の勝ちだった。

 

 マサルの方も同じだ。

 

 ガーディも、メッソンも、よく動いていた。

 

 だからこそ、勝てたことが嬉しかった。

 

「よく頑張ったな」

 

 ダンデが言った。

 

 それはポケモンたちに向けられた言葉だった。

 

 けれど、ホップとマサルにも向けられているように聞こえた。

 

 回復を終えたダンデは、二人へボールを返す。

 

「ありがとう」

 

 ホップは受け取ったボールを、大事に鞄へしまった。

 

 マサルも頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

 

 ダンデは二人を見た。

 

 さっきまでの明るい兄の顔とは少し違う。

 

 チャンピオンとして、二人を見ている顔だった。

 

「ホップ、マサル」

 

「はい」

 

「うん」

 

「二人とも、いいトレーナーになった」

 

 その言葉に、ホップは一瞬だけ息を止めた。

 

 二年前。

 

 ジムチャレンジへ行けなかった時。

 

 それでも、兄は待つと言ってくれた。

 

 マサルは隣にいてくれた。

 

 自分は、自分のままでいていいのだと、少しずつ思えるようになった。

 

 そして今、兄の前でマサルとバトルをした。

 

 勝った。

 

 ヒバニーたちと一緒に。

 

「今日のバトルを見て、はっきり分かった」

 

 ダンデは続ける。

 

「お前たちは、もうジムチャレンジへ向かえる」

 

 ホップの手首で、ダイマックスバンドが朝の光を受けた。

 

 昨日拾った願い星。

 

 今は、自分の腕にある。

 

「チャンピオン、ダンデの名において」

 

 ダンデはまっすぐに二人を見る。

 

「ホップとマサル。二人をジムチャレンジへ推薦する」

 

 庭に、少しだけ風が吹いた。

 

 ホップはすぐには声を出せなかった。

 

 ジムチャレンジ。

 

 二年前、行けなかった場所。

 

 行かないと決めた場所。

 

 それでも、諦めなかった場所。

 

 そこへ向かうための言葉が、今、兄から渡された。

 

「ありがとう、兄貴」

 

 ホップは言った。

 

「絶対、挑みに行くよ」

 

「ああ」

 

 ダンデは笑う。

 

「待っている」

 

 マサルも静かに頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「マサルも、遠慮はいらないぞ」

 

 ダンデは笑った。

 

「全力で来い」

 

「もちろんです」

 

 マサルが頷く。

 

 ホップはその横顔を見る。

 

 マサルも、同じ推薦を受けた。

 

 同じ道へ進む。

 

 親友で、ライバルで、一緒に旅をする相手。

 

 昨日の夜、願い事はまだ分からないと言った。

 

 今も、全部が言葉になったわけではない。

 

 けれど、これだけははっきりしている。

 

 私はこの道を進みたい。

 

 マサルと一緒に。

 

 自分のポケモンたちと一緒に。

 

 そして、いつか兄に挑むために。

 

 ホップは自分の腕のダイマックスバンドに触れた。

 

「行こう、マサル」

 

「うん」

 

 マサルは頷いた。

 

「行こう」

 

 推薦を受け取って、二人のジムチャレンジがようやく本当に始まる。

 

 ホップは庭の向こう、二番道路の先を見た。

 

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