推薦を受けたあと、やることは思っていたより少なかった。
ダンデから、次に向かう場所を聞く。
エンジンシティ。
ジムチャレンジの開会式が行われる町。
そこへ行けば、いよいよ本当にジムチャレンジが始まる。
「開会式で待っている」
ダンデはそう言った。
「二人とも、遅れるなよ」
「兄貴じゃないんだから迷わないよ」
「ホップ、それはどういう意味だ?」
「そのままの意味」
ソニアが横で小さく笑った。
「ダンデは本当に迷うからね」
「ソニアまで言うのか」
「事実でしょ」
そのやり取りに、ホップは少し笑った。
ダンデもソニアも、マグノリア博士もいる。
けれど、ホップの意識はもう次の道へ向いていた。
ダイマックスバンドは手首にある。
推薦も受けた。
ポケモンたちも、ダンデに回復してもらった。
行ける。
今度こそ、本当に。
「図鑑も忘れないでね」
ソニアが言う。
「うん。ちゃんと埋めるよ」
「無理しすぎないこと。昨日みたいに、疲れたらちゃんと休む」
「分かってる」
ホップが頷くと、ソニアは少しだけ目を細めた。
「なら大丈夫かな」
マグノリア博士は、玄関先で二人を見た。
「行っておいで」
「はい」
「自分の目で見て、自分で考えるんだよ」
ホップはもう一度頷いた。
その言葉は、二年前に聞いたら、少し重かったかもしれない。
何を見ても、何を考えても、答えが出ない気がしていたから。
でも今は違う。
分からないことがあっても、歩いていける。
隣に、マサルがいる。
「行こう、マサル」
「うん」
二人はマグノリア博士の家を出た。
庭を抜け、門を出る。
二番道路の空気は、昨日より少し明るく感じた。
実際には、同じ道だ。
昨日もここを歩いた。
ポケモンを捕まえて、バトルをして、キャンプをして、願い星を見つけた。
けれど、今日は腕にダイマックスバンドがある。
鞄の中には、推薦を受けた事実がある。
同じ道なのに、少しだけ違って見えた。
ホップは歩きながら、自分でも分かるくらい口元が緩んでいた。
前を見ているつもりなのに、気づけば頬が上がっている。
ウールー。
ココガラ。
ヒバニー。
みんなで勝った。
マサルに勝った。
昨日は負けた。
今日は勝った。
今は一勝一敗。
そう考えるだけで、胸の奥が軽くなる。
「嬉しそうだね」
隣から声がした。
ホップは足を止めかけた。
「あ、ごめん。出てた?」
「うん」
マサルは普通に頷いた。
「すごくニコニコしてるなって」
ホップは自分の頬に手を当てる。
熱いわけではない。
でも、言われると急に恥ずかしくなった。
「なんか、そう言われるとちょっと恥ずかしいね」
「何か良いことあったの?」
「うん」
ホップは少しだけ視線を外した。
隠すことでもない。
でも、正面から言うには少しだけ照れる。
「マサルにさっき勝てたなぁって思ってさ」
「うん」
「今が一勝一敗でしょ」
「そうだね」
「次も勝つぞって考えてたら、私たち、ライバルなのかもって思っちゃって」
言いながら、ホップは少し笑った。
「なんか、それが嬉しくてさ」
マサルは少しだけ目を瞬かせた。
それから、ほんの少し笑った。
声を上げるほどではない。
でも、確かに笑っていた。
ホップはその表情を見て、少しだけ不安になる。
「やっぱり変だった……?」
「いや」
マサルは首を横に振った。
「ごめんね」
「何が?」
「互いにチャンピオンを夢見てた頃から、俺はホップのこと、ライバルだと思ってたからさ」
ホップは瞬きをした。
「そうだったんだ」
「うん」
「昔から?」
「昔から」
マサルは前を見たまま、普通に言った。
「ホップはダンデさんに挑むってずっと言ってたし。俺もチャンピオンになりたいって思ってたし」
「うん」
「同じものを目指してたから、ライバルだと思ってたよ」
ホップは黙ってその言葉を聞いた。
嬉しかった。
今、自分がマサルをライバルだと思ったことが、変ではなかったから。
それどころか、マサルはずっと前からそう思っていた。
ホップだけが、今になって浮かれていたわけではなかった。
昔から、そこにあった言葉だった。
「そっか」
ホップは小さく言った。
「マサルは、ずっとそう思ってたんだ」
「うん」
「そっか」
同じ言葉をもう一度言ってしまう。
でも、他にすぐ出てこなかった。
嬉しい時ほど、言葉は少なくなるのかもしれない。
ホップはもう一度歩き出した。
マサルも隣を歩く。
二番道路の先には、ブラッシータウンがある。
その先に駅があって、もっと先にエンジンシティがある。
ジムチャレンジの開会式。
スタジアム。
兄が待つ場所。
考えることはいくらでもある。
けれど、今は隣を歩く足音が一番近かった。
「俺も、少し思ったことがあってさ」
マサルが言った。
ホップは顔を向ける。
「何?」
「一緒に旅して」
「うん」
「一緒にご飯を作ったりして」
「うん」
「テントを立てたり、ポケモンを休ませたりして」
昨日のことが頭に浮かぶ。
曲がりそうになった支柱。
少し焦げたカレー。
夜の冷たい空気。
落ちた願い星。
「相棒だなって思ってさ」
ホップは足を止めた。
マサルも少し先で止まって、振り返る。
「ホップ?」
「相棒」
ホップはその言葉を繰り返した。
親友。
ライバル。
そして、相棒。
どれもマサルとの言葉だった。
どれか一つにしなくてもいい。
昔から親友で。
昔からライバルで。
今、旅に出て、相棒にもなった。
そう思うと、胸の奥がまた温かくなる。
「そうだね」
ホップは顔を上げた。
「私たち、相棒だね!」
言葉にすると、思ったよりも嬉しかった。
ヒバニーのことも相棒だと思う。
ウールーも、ココガラも、これから一緒に進む大事な手持ちだ。
でも、今マサルが言った相棒は、たぶんそれとは少し違う。
同じ道を歩いて、同じものを目指して、隣にいる相手。
そういう意味の、相棒。
マサルは少し笑って頷いた。
「うん。相棒」
ホップはまた歩き出した。
さっきより少し歩幅が大きくなる。
「嬉しそうだね」
「うん」
今度は隠さなかった。
「嬉しいよ」
「そっか」
「うん」
ホップは前を見る。
二番道路の先へ。
その先にある町へ。
もっと先にあるスタジアムへ。
マサルは隣にいる。
親友で、ライバルで、相棒。
その言葉が増えただけで、同じ道が少し違って見えた。
「マサル」
「何?」
「次も勝つよ」
「俺も勝つよ」
「じゃあ、次で二勝一敗だね」
「俺が勝てば、俺の二勝一敗だよ」
「そうはさせない」
「俺もさせないよ」
ホップは笑った。
マサルも少し笑っていた。
勝ったことが嬉しい。
ライバルだと分かったことが嬉しい。
相棒だと言われたことが嬉しい。
嬉しいことが増えていく。
その全部が、今のホップのものだった。
ホップは手首のダイマックスバンドに軽く触れる。
願い星は、形を変えてここにある。
言葉にならなかった願いも、たぶんどこかにある。
今はまだ、全部を言わなくていい。
ただ、この道を進めばいい。
マサルと一緒に。
「エンジンシティ、楽しみだね」
「うん」
マサルが頷く。
「楽しみだね」
二人は二番道路を歩いていく。
ジムチャレンジの開会式が待つ町へ。
親友で。
ライバルで。
相棒として。