ブラッシータウンへ戻る頃には、空は高く明るくなっていた。
昨日は、ここから二番道路へ向かった。
ポケモン図鑑を受け取って、初めての道を進んで、キャンプをして、願い星を拾った。
そして今日は、推薦を受けて戻ってきた。
同じ町なのに、昨日とは少し違って見える。
手首にはダイマックスバンドがある。
鞄には、旅の荷物がある。
ボールの中には、一緒に戦ってくれたポケモンたちがいる。
隣にはマサルがいる。
ホップは駅へ向かう道を歩きながら、少しだけ自分の手首を見た。
「気になる?」
マサルが言った。
「うん」
ホップは頷く。
「まだ、ちょっと不思議な感じがする」
「そうだね」
「兄貴と同じものなんだよね」
「うん」
「それを私たちも持ってるんだね」
言葉にすると、少しだけ胸が熱くなる。
兄の背中を追いかけるためのもの。
スタジアムへ向かうためのもの。
昨日、夜の草むらで拾った願い星は、今は腕にある。
願い事はまだ分からない。
けれど、それでも前へ進むための形にはなった。
駅に着くと、エンジンシティへ向かう人たちの姿がいくつも見えた。
大きな荷物を持つ人。
ポケモンの入ったボールを腰につけている人。
ジムチャレンジャーらしい子たちもいる。
ホップは自然と背筋を伸ばした。
自分たちも、その中の一人になったのだと思う。
「人、多いね」
「うん」
「みんな、開会式に行くのかな」
「たぶん」
マサルの声はいつも通りだった。
でも、視線は駅の中をよく見ている。
ホップはそれを見て、少し笑った。
「マサルも気になってる?」
「うん。気になるよ」
「だよね」
同じものを見ている。
同じ場所へ向かっている。
それだけで、少し落ち着く。
二人は列車に乗った。
窓の外を、見慣れた景色が流れていく。
ハロンタウンから出た時よりも、遠くへ行く感じがした。
ホップは座席に座りながら、膝の上で指を軽く握った。
ジムチャレンジへ向かっている。
二年前に行けなかった道を、今、進んでいる。
そう考えると、少し緊張する。
でも、不思議と怖くはなかった。
「ホップ」
「何?」
「大丈夫?」
マサルが聞いた。
ホップは少しだけ驚いて、それから笑った。
「うん。大丈夫」
「そっか」
「緊張はしてるけど」
「うん」
「でも、嫌な感じじゃないよ」
マサルは頷いた。
「なら、よかった」
それだけ言って、また窓の外を見る。
余計なことは言わない。
でも、いつも気にかけてくれる。
それが、嬉しかった。
列車は途中の駅で止まった。
エンジンシティの手前。
ワイルドエリア駅。
そこから先は、少し歩いてエンジンシティへ向かうことになる。
駅の外へ出た瞬間、風の広さが変わった。
ホップは思わず足を止める。
目の前に、広い草原が広がっていた。
ハロンタウンの道とも、二番道路とも違う。
ずっと遠くまで、地面が続いている。
草むらがあって、水辺があって、遠くには強そうなポケモンの影も見えた。
「広い……」
言葉が自然と出た。
「うん」
マサルも隣で頷く。
「すごく広いね」
ホップは少しだけ息を吸った。
風の匂いがする。
草と土と、水の匂い。
それから、どこかでポケモンが動く音。
ここには、知らないポケモンがたくさんいる。
知らない道がある。
知らないトレーナーもいる。
ジムチャレンジへ向かう途中なのに、もうそれだけで一つの旅みたいだった。
「このまま通り抜けるだけじゃ、もったいないね」
ホップが言うと、マサルも頷いた。
「少し、手持ちを慣らしていこうか」
「うん。そうしよう」
エンジンシティへ急ぐ必要はある。
けれど、ただ歩くだけが旅ではない。
昨日も、休んだからこそ見えたものがあった。
ここでも、少し立ち止まることにした。
二人はワイルドエリアを進みながら、何度か野生ポケモンとバトルをした。
知らない動きをするポケモンもいた。
二番道路よりも強い相手もいた。
ホップは自分の手持ちが、昨日より少しだけよく動くようになっているのを感じた。
マサルも、メッソンやガーディに声をかけながら、無理をさせないように戦っていた。
勝つことだけではなく、慣れること。
見ること。
休ませること。
それもトレーナーの仕事なのだと、少しずつ分かってくる。
何度目かのバトルを終えたあとだった。
マサルが、少し先の草むらを見た。
「ホップ」
「何?」
「あのポケモン」
ホップもそちらを見る。
草むらの向こうに、小さな青い体が見えた。
丸い鼻のような部分を揺らしながら、地面を踏むポケモン。
「ゾウドウだ」
ホップが言った。
名前は知っている。
けれど、実際に近くで見るのは初めてだった。
ゾウドウは、こちらに気づくと足を止めた。
逃げる様子はない。
むしろ、じっとこちらを見ている。
「捕まえる?」
ホップが聞く。
マサルは少しだけ考えてから、頷いた。
「うん。捕まえたい」
「分かった」
ホップは一歩下がる。
マサルがボールを手に取った。
バトルは長くはかからなかった。
ゾウドウは見た目よりもずっと力が強く、地面を踏むたびに重い音がした。
けれど、マサルは落ち着いていた。
相手の動きを見て、無理に攻めず、少しずつ体力を削っていく。
最後に投げたボールが、草の上で揺れた。
一度。
二度。
三度。
音が鳴る。
ゾウドウは、ボールの中に収まった。
「捕まえた」
マサルが言った。
その声は大きくはなかったが、少しだけ嬉しそうだった。
ホップは近づいて、ボールを見る。
「頼もしい子が増えたね」
「うん」
マサルはボールを手に取る。
「力強いね」
「うん。すごかった」
「これからよろしく」
マサルがボールに向かってそう言った。
ホップはそれを見て、少し笑った。
マサルの手持ちは、メッソンとガーディとゾウドウ。
少しずつ増えていく。
自分の手持ちもそうだ。
昨日の朝には、まだヒバニーだけだった。
今はウールーとココガラもいる。
旅に出るというのは、こういうことなのかもしれない。
一緒に進む仲間が、少しずつ増えていく。
少し休んでから、二人はまたエンジンシティへ向かって歩き出した。
ワイルドエリアの向こうに、大きな町が見えてくる。
遠くからでも分かるほど、大きな建物。
煙突。
歯車のような形。
町全体が、何か大きな機械のようにも見えた。
「あれが、エンジンシティ……」
ホップは足を止めずに呟いた。
「大きいね」
「うん」
ハロンタウンとはまるで違う。
ブラッシータウンよりも、ずっと大きい。
人も多いだろう。
ジムチャレンジャーも集まっているはずだ。
開会式がある。
スタジアムがある。
兄が待つ道の、最初の大きな場所。
ホップは少しだけ緊張した。
けれど、隣を見ると、マサルがいた。
マサルも町を見ている。
同じ方向を見ている。
「行こうか」
マサルが言った。
「うん」
ホップは頷いた。
「行こう」
二人はワイルドエリアを抜け、エンジンシティへ入った。
門を越えた瞬間、空気が変わる。
人の声。
足音。
蒸気の音。
遠くから聞こえる機械の動く音。
町の熱が、一気に近くなる。
ホップは思わず周りを見上げた。
建物が高い。
道が広い。
人が多い。
その中に、自分たちも入っていく。
知らない人たちがすれ違う。
誰もホップのことを不思議そうには見ない。
ただ、一人のジムチャレンジャーとして通り過ぎていく。
それが少し不思議で、少し楽だった。
「すごいね」
ホップが言う。
「うん」
マサルが頷く。
「すごいね」
同じ言葉を返されて、ホップは少し笑った。
エンジンシティ。
ジムチャレンジの開会式が行われる町。
そこに、マサルと一緒に来た。
親友で。
ライバルで。
相棒として。
ホップは手首のダイマックスバンドに触れてから、前を向いた。
まずはホテルへ。
開会式は、もうすぐそこだった。