私は親友のままでいたくない   作:さぶろー

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第17話 スボミーイン

 エンジンシティの中は、ワイルドエリアとはまるで違う広さだった。

 

 空が広いのではなく、建物が高い。

 

 草の匂いではなく、蒸気と機械の匂いがする。

 

 道は広いのに、人が多いせいで、少し狭く感じる。

 

 ホップはマサルと並んで歩きながら、何度も周りを見上げた。

 

 大きな歯車。

 

 煙突。

 

 石造りの建物。

 

 行き交う人たちの声。

 

 その中には、ジムチャレンジャーらしい子たちもいた。

 

 同じように荷物を持って、同じように開会式へ向かっている人たち。

 

 その中に、自分もいる。

 

 ホップは少しだけ背筋を伸ばした。

 

「すごいね」

 

「うん」

 

 マサルが頷く。

 

「人も多いね」

 

「うん。すごく多い」

 

 そう言ってから、マサルはまたホップの方を見た。

 

 さっきから何度目かだった。

 

 視線だけで、すぐに分かる。

 

 心配している。

 

 ホップは少しだけ口元を緩めた。

 

「見すぎだよ、マサル」

 

 マサルが目を瞬かせる。

 

「え?」

 

「せっかく初めての街に来たんだから、そっち見ようよ」

 

 ホップは町の方を指した。

 

「私は大丈夫だから、ね?」

 

 マサルは少しだけ気まずそうに視線を外した。

 

「あ、ごめん」

 

 それから、頬を指で掻く。

 

「つい癖で」

 

 ホップは小さく笑った。

 

 その癖を、知っている。

 

 二年前からだ。

 

 ホップが外へ出る時。

 

 人のいる道を歩く時。

 

 少し無理をしていないか、マサルはよく気にしていた。

 

 何も言わずに隣にいて、必要な時だけ声をかける。

 

 今も、それが残っている。

 

「昔から変わらないよね」

 

 ホップは言った。

 

「いつもありがとう」

 

 マサルは少しだけ目を伏せた。

 

「うん」

 

 短い返事だった。

 

 でも、耳のあたりが少しだけ赤く見えた。

 

 ホップはそれを見て、また少し笑う。

 

「ほら、行こう」

 

「うん」

 

 二人は人の流れに沿って、エンジンシティの奥へ進んだ。

 

 坂を上がるにつれて、さらに大きな建物が見えてくる。

 

 エンジンスタジアム。

 

 町の中でも、ひときわ目立つ場所だった。

 

 ホップは足を止める。

 

 そこに、開会式がある。

 

 そこから、ジムチャレンジが始まる。

 

 二年前、行けなかった場所への入り口。

 

 兄が待つ場所へ続く道の、最初の門。

 

「ここなんだね」

 

 ホップは呟いた。

 

「うん」

 

 マサルも隣で立ち止まる。

 

「大きいね」

 

「うん。大きい」

 

 スタジアムの前には、ジムチャレンジャーらしい人たちが集まっていた。

 

 受付の案内を確認している人。

 

 緊張した顔でスタジアムを見上げている人。

 

 友だち同士で話している人。

 

 その全部が、ホップには少し眩しく見えた。

 

 自分もここに来た。

 

 マサルと一緒に。

 

 ヒバニーたちと一緒に。

 

 ダイマックスバンドを腕につけて。

 

「ホップ」

 

「何?」

 

「行く?」

 

 マサルが聞いた。

 

 ホップは一度だけ、自分の手首に触れた。

 

 願い星が形を変えたもの。

 

 兄と同じもの。

 

 これから使うことになるもの。

 

「うん」

 

 ホップは頷く。

 

「行こう」

 

 必要な確認を済ませると、今日はホテルで休むように案内された。

 

 開会式は明日。

 

 宿泊先はスボミーイン。

 

 ホップはその名前を聞いて、少し肩の力が抜けた。

 

「まずは休めってことだね」

 

「そうだね」

 

「ソニアにも言われたし」

 

「うん。疲れたら休む」

 

「もう覚えた?」

 

「覚えたよ」

 

 マサルが普通に答えるので、ホップは笑った。

 

 スタジアムを離れて、二人はホテルへ向かった。

 

 道の途中にも人は多かった。

 

 店の前で話す人。

 

 ポケモンを連れた人。

 

 ジムチャレンジの話をしている人。

 

 エンジンシティ全体が、明日の開会式を待っているようだった。

 

 ホップも落ち着かない。

 

 けれど、嫌な落ち着かなさではなかった。

 

 胸の奥が少し浮く。

 

 明日が来るのが怖いのではなく、待ち遠しい。

 

 そんな落ち着かなさだった。

 

「明日、開会式なんだよね」

 

「うん」

 

「なんか、まだ変な感じ」

 

「変?」

 

「うん。ちゃんとここまで来たんだなって」

 

 ホップは前を向いたまま言う。

 

「二年前は、ここに来ることもできなかったから」

 

 言ってから、少しだけ息を吐いた。

 

 重くしたいわけではなかった。

 

 ただ、事実として、そこにある。

 

「でもちゃんと来れたね」

 

 マサルが言った。

 

 ホップは横を見る。

 

 マサルは前を見ていた。

 

 言葉は短い。

 

 でも、曖昧ではなかった。

 

「うん」

 

 ホップは頷く。

 

「来たね」

 

「うん」

 

「マサルと」

 

「うん」

 

 それだけで、十分だった。

 

 しばらく歩くと、スボミーインが見えてきた。

 

 大きな建物だった。

 

 入口には明かりが灯り、行き来する人の姿もある。

 

 ここにもジムチャレンジャーが泊まるのだろう。

 

 ホップは少しだけ緊張しながら、マサルと一緒に中へ入った。

 

 ホテルの中は、外よりも落ち着いた空気だった。

 

 磨かれた床。

 

 受付。

 

 壁に飾られた絵。

 

 旅の途中で泊まる場所というより、ちゃんとした大きなホテルだった。

 

 けれど、その落ち着いた空気を壊すように、受付の前に騒がしい集団がいた。

 

 黒とピンクの服。

 

 大きな声。

 

 派手な動き。

 

 ホップは足を止める。

 

「なに、あれ」

 

「分からない」

 

 マサルも少し眉を寄せた。

 

 受付の前にいる人たちは、どう見ても普通に並んでいる様子ではなかった。

 

 通ろうとする人の前に立ったり、大きな声で何かを叫んだりしている。

 

「今日はここ、通せねえんだよ!」

 

「大事な人のために、場所を守ってるんだ!」

 

「ジムチャレンジャーなら、他を当たりな!」

 

 受付の人が困った顔をしている。

 

 周りの客も、少し離れたところで様子を見ていた。

 

 ホップはマサルを見る。

 

 マサルもホップを見た。

 

 言葉にしなくても、考えていることは同じだった。

 

 このままでは、チェックインできない。

 

 それに、受付の人も困っている。

 

 ホップは一歩前へ出た。

 

「あの」

 

 騒いでいた一人が、こちらを向く。

 

「ああ?」

 

「そこ、通りたいんだけど」

 

「だから通せねえって言ってるだろ!」

 

「でも、ここホテルだよね」

 

 ホップはできるだけ落ち着いて言った。

 

「泊まる人が受付できないのは困るよ」

 

「こっちにも事情があるんだよ!」

 

「その事情で周りに迷惑かけるのは違うと思うけど」

 

 そう言うと、相手は少しむっとした顔をした。

 

 横から別の一人が前に出てくる。

 

「なんだよ、ジムチャレンジャーか?」

 

「そうだよ」

 

 ホップは頷く。

 

「明日の開会式に出る」

 

「だったら余計に通せねえな!」

 

 相手は大きく腕を振った。

 

「ここは大事な場所なんだよ!」

 

 ホップは少しだけ息を吐いた。

 

 話して分かる相手ではなさそうだった。

 

 隣で、マサルが静かにボールへ手を伸ばす。

 

「ホップ」

 

「うん」

 

 ホップもボールを手に取った。

 

 騒いでいた人たちは、それを見てにやりと笑う。

 

「やる気か?」

 

「通してくれないなら」

 

 ホップは前を見る。

 

「バトルで決めるしかないでしょ」

 

 マサルも隣に立つ。

 

「受付の前は空けてもらうよ」

 

 騒いでいた集団の声が、さらに大きくなった。

 

「いい度胸じゃねえか!」

 

「後悔すんなよ!」

 

 ホテルの中で、周りの人たちがさらに距離を取る。

 

 ホップはボールを握り直した。

 

 明日は開会式。

 

 今日は休むだけのはずだった。

 

 けれど、ジムチャレンジに向かう道は、どうやら静かなことばかりではないらしい。

 

「行くよ、マサル」

 

「うん」

 

 マサルが頷く。

 

「行こう」

 

 ホップはボールを投げた。

 

 スボミーインの受付前で、最初の騒ぎが始まった。

 

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