私は親友のままでいたくない   作:さぶろー

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第18話 マリィ

 勝敗は、すぐについた。

 

 受付の前で騒いでいた相手は、勢いだけはあった。

 

 けれど、ホップとマサルが並んで相手をすると、長くは続かなかった。

 

 ホテルの中にいた人たちが少し離れて見守る中、最後のポケモンが動けなくなる。

 

「そこまで」

 

 マサルが静かに言った。

 

 ホップはボールを下ろす。

 

 受付の前は、ようやく少しだけ静かになった。

 

「だから言ったでしょ。泊まる人が受付できないのは困るって」

 

「ぐっ……!」

 

「でも、これで通してくれるよね?」

 

 ホップが言うと、相手は悔しそうに顔をしかめた。

 

 それでも、すぐにどく気配はない。

 

「まだだ! 俺たちは――」

 

「まだ騒ぐつもりなん?」

 

 その声に、騒いでいた人たちの動きが止まった。

 

 ホップも振り返る。

 

 ホテルの入口の方から、一人の女の子が歩いてきていた。

 

 黒い髪。

 

 落ち着いた目。

 

 ホップやマサルと同じくらいの年に見える。

 

 けれど、受付前で騒いでいた人たちは、その子を見た瞬間に明らかに慌てた。

 

「お、お嬢!」

 

「いや、これはその」

 

「お嬢のためにですね!」

 

 お嬢と呼ばれた女の子は、少しだけ眉を寄せた。

 

「うちのためって言うなら、ホテルで迷惑かけんといて」

 

 その声は大きくはなかった。

 

 でも、騒いでいた人たちにはよく効いたらしい。

 

 さっきまであれだけ強気だったのに、全員が一斉に肩を縮める。

 

「ごめんね」

 

 マリィはホップとマサル、それから受付の人に向かって言った。

 

「エール団って、うちの応援団なんだけど……みんな浮かれてて」

 

「応援団?」

 

 ホップが聞き返す。

 

「うん。ジムチャレンジでうちを応援するって言って、ついてきとるんよ」

 

 マリィはため息をつく。

 

「でも、こうやって周りに迷惑かけるのは違うやろ」

 

 それから、エール団の方へ向き直った。

 

「ほら! みんな、はよ帰って! 帰って!」

 

「で、でもお嬢!」

 

「でもじゃない」

 

 マリィが少し強めに言う。

 

「明日は開会式やろ。騒いどる場合じゃなか」

 

「は、はい!」

 

「お嬢がそう言うなら!」

 

「今日は引きます!」

 

 エール団は騒がしく、けれど先ほどよりはずっと小さくなった声で口々に言いながら、受付前から離れていった。

 

 その背中を見送ってから、マリィはもう一度ホップたちを見る。

 

「ほんと、ごめんね。迷惑かけた」

 

「ううん」

 

 ホップは首を横に振った。

 

「ちゃんと止めてくれたし」

 

「バトルまでさせてしまったけん」

 

「それは、まあ」

 

 ホップは少しだけ笑う。

 

「通してくれなかったから仕方ないよ」

 

 マリィはその言葉に、少しだけ目を細めた。

 

「強かったね、二人とも」

 

「ありがとう」

 

 ホップが答えると、マサルも軽く頭を下げた。

 

「ありがとう」

 

「うちはマリィ」

 

 マリィが言った。

 

「スパイクタウンから来たジムチャレンジャー」

 

「私はホップ」

 

 ホップも名乗る。

 

「こっちはマサル。私たちも、明日の開会式に出るんだ」

 

「マサルです。よろしく」

 

 マサルが言う。

 

「よろしく」

 

 マリィは短く頷いた。

 

「明日の開会式、あんたたちも出るんよね」

 

「うん」

 

「じゃあ、また会うかもね」

 

「そうだね」

 

 ホップは頷く。

 

「その時はよろしく、マリィ」

 

「うん。よろしく」

 

 マリィはそう言って、少しだけ笑った。

 

 落ち着いた子だと思った。

 

 エール団があれだけ騒いでいたのに、慌てず、怒鳴り散らすこともなく、ちゃんと止めた。

 

 同じジムチャレンジャー。

 

 明日、同じ開会式に出る相手。

 

 ホップはそのことを、少し不思議な気持ちで受け止めた。

 

 受付の人が、ほっとした顔で頭を下げる。

 

「ありがとうございます。お二人とも、チェックインですね」

 

「あ、はい」

 

 ホップは慌てて受付に向き直った。

 

 エール団の騒ぎが収まると、ホテルの中には少しずつ落ち着いた空気が戻ってきた。

 

 手続きを済ませ、それぞれの部屋の鍵を受け取る。

 

 当然、ホップとマサルの部屋は別だった。

 

 廊下へ向かいながら、ホップはさっきのことを思い出す。

 

「マリィ、しっかりした子だったね」

 

「うん」

 

 マサルが頷く。

 

「応援団があれだけ騒いでたのに、ちゃんと止めてたし」

 

「慣れてる感じだったね」

 

「大変そうだけどね」

 

「うん」

 

 ホップは少しだけ笑った。

 

「でも、同じジムチャレンジャーなんだよね」

 

「そうだね」

 

「明日の開会式、あの子も出るんだ」

 

「うん」

 

 ジムチャレンジャー。

 

 その言葉が、また少しだけ近くなる。

 

 ハロンタウンを出た時は、自分とマサルと、兄と博士たちの中にあった言葉だった。

 

 けれど、ここには他にもいる。

 

 マリィもそうだ。

 

 エンジンシティに集まっている、たくさんの子たちもそうだ。

 

 同じ開会式に立つ。

 

 同じジムチャレンジに挑む。

 

 ホップは自分の手首にあるダイマックスバンドを軽く見た。

 

「明日、本当に始まるんだね」

 

「うん」

 

 マサルが答える。

 

「始まるね」

 

 廊下を進み、それぞれの部屋の前に着く。

 

 部屋は隣同士だった。

 

 ホップは鍵を見てから、自分の部屋の扉を見る。

 

 今日はここで寝る。

 

 明日の朝、起きたら開会式に向かう。

 

 そう思うと、急に少しだけ現実味が増した。

 

「ホップ」

 

「何?」

 

「明日の朝、ちゃんと起きられる?」

 

 マサルが聞いた。

 

 ホップは一瞬きょとんとして、それから笑った。

 

「マサルこそちゃんと起きられる?」

 

「正直、少し自信ないかな」

 

「だよね」

 

 ホップは頷く。

 

「私も」

 

 二人とも少し笑った。

 

 朝が弱いというより、今日はきっと眠る前に色々考えてしまう。

 

 開会式のこと。

 

 ジムチャレンジのこと。

 

 今日会ったマリィのこと。

 

 エール団の騒ぎのこと。

 

 それから、ここまで来たこと。

 

「ならさ」

 

 ホップは鍵を指先で軽く揺らした。

 

「朝、起きられた方がモーニングコールしない?」

 

「モーニングコールか」

 

 マサルは少し考えてから頷く。

 

「良いね。助かるよ」

 

「もう掛けられる側でいるつもりなの?」

 

「いや、掛けたいとは思うけど」

 

「うん」

 

「モーニングコールで目を覚ますのは、俺な気がして」

 

「なにそれ」

 

 ホップは思わず笑った。

 

 マサルも少しだけ笑っている。

 

「じゃあ、起こしてあげるから安心して寝てて良いよ」

 

 ホップは少し胸を張る。

 

「私がちゃんと起きるからさ」

 

「いや、俺だってちゃんと起きるよ」

 

「ほんとに?」

 

「ほんとだよ」

 

「ほんとにほんと?」

 

「ほんとにほんと」

 

 二人でまた少し笑った。

 

 明日の朝のことを話しているだけなのに、少し楽しい。

 

 開会式の前の夜。

 

 緊張してもいいはずなのに、こうして笑っていられる。

 

 それが、ホップには嬉しかった。

 

 ホップは自分の部屋の扉に鍵を差し込む。

 

「じゃあ、おやすみ、マサル」

 

「うん」

 

 マサルも隣の扉の前に立つ。

 

「おやすみ、ホップ」

 

 短い挨拶を交わして、それぞれの部屋へ入る。

 

 扉が閉まると、廊下の音が少し遠くなった。

 

 ホップは部屋の中に入り、荷物を下ろす。

 

 明日は開会式。

 

 本当に、ジムチャレンジが始まる。

 

 緊張はある。

 

 けれど、嫌な緊張ではなかった。

 

 ホップはスマホロトムを取り出し、アラームを確認する。

 

 それから少し考えて、マサルにもメッセージを送った。

 

『ちゃんとアラームかけた?』

 

 すぐに返事が来る。

 

『かけたよ』

 

 ホップは少し笑って、もう一度送る。

 

『私もかけた』

 

 返事は短かった。

 

『よかった』

 

 ホップはスマホロトムを置いて、ベッドに腰を下ろす。

 

 知らない町。

 

 知らないホテル。

 

 隣の部屋にはマサルがいる。

 

 それだけで、少し安心できた。

 

 ホップは手首のダイマックスバンドに触れてから、ゆっくり息を吐いた。

 

 明日、開会式が始まる。

 

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