私は親友のままでいたくない   作:さぶろー

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第7話 三匹のはじまり

 駅でダンデと合流したあと、三人はハロンタウンへ戻った。

 

 ブラッシータウンからハロンタウンまでの道は、さっき歩いてきたばかりだ。けれど、隣にダンデが加わるだけで、空気が少し変わる。

 

 チャンピオンのダンデ。

 

 ホップにとって、兄はずっと遠い背中だった。

 

 誰よりも強く、誰よりも真っ直ぐで、ガラル中の人がその名を知っている。テレビの向こうでも、スタジアムの中心でも、兄はいつも眩しかった。

 

 その兄に挑む。

 

 二年前から変わらない目標だ。

 

 その気持ちが薄れたわけではない。

 

 今でも、兄に追いつきたいと思っている。いつか同じ場所に立って、自分の力で勝ちたいと思っている。

 

 けれど。

 

 ホップは隣を歩くマサルを見た。

 

 黒いニット帽の下で、マサルはいつも通りの顔をしている。特別はしゃぐわけでもなく、緊張している様子を見せるわけでもない。

 

 それでも、目が少しだけ明るい。

 

 分かりにくいけれど、楽しみにしているのだと思った。

 

 マサルと旅をする。

 

 同じ道を歩いて、同じ町へ向かって、同じジムチャレンジに挑む。

 

 そのことを考えると、胸の奥が温かくなる。

 

 兄に挑む道が始まる。

 

 それは確かに大きなことのはずなのに、今のホップの中では、マサルと一緒に旅に出ることの方が近くで膨らんでいた。

 

 気づけば、ホップはマサルの横顔を見ていた。

 

 マサルが視線に気づいて、こちらを見る。

 

「どうかした?」

 

 ホップは一度瞬きをした。

 

 それから、首を横に振る。

 

「何でもないよ。ただ、楽しみだなって」

 

 マサルは少しだけ目を細めた。

 

「そうだね。俺も楽しみ」

 

 その返事が、ホップの胸に静かに沈んだ。

 

 兄に挑む道が始まる。

 

 そのはずなのに、今はマサルのその一言の方が、少しだけ近くで響いていた。

 

 ハロンタウンへ戻ると、ダンデはホップの家の前で足を止めた。

 

 庭には、母が待っていた。

 

 ダンデが帰ってくることも、今日二人が旅立つことも、当然知っている。それでも、母はいつもより少しだけ落ち着かない顔をしていた。

 

「戻ったぞ」

 

 ダンデが言う。

 

 母は頷いて、ホップとマサルを見た。

 

「いよいよなのね」

 

「うん」

 

 ホップは頷いた。

 

「いよいよ」

 

 その言葉を自分で言うと、急に現実味が増した。

 

 ダンデは笑って、持っていたボールを三つ取り出した。

 

「さて。二人を送り出す前に、まずは相棒を選んでもらわないとな」

 

 ボールが開く。

 

 光の中から、三匹のポケモンが現れた。

 

 ヒバニー。

 

 サルノリ。

 

 メッソン。

 

 三匹はそれぞれ違う反応を見せた。

 

 ヒバニーは元気よく跳ねて、サルノリは周囲を見回しながら、持っていた枝を軽く叩く。メッソンは少し後ろに下がって、ダンデの足元からこちらを見上げていた。

 

 ホップは思わず息を呑んだ。

 

 ここから始まる。

 

 二年前、手を伸ばせなかった場所に、今、自分は立っている。

 

「まず、マサル」

 

 ダンデが言った。

 

「お前から選べ」

 

 マサルは三匹を見た。

 

 それほど迷っているようには見えなかった。

 

 メッソンが少しだけ顔を上げる。

 

 マサルはその前にしゃがみ込んだ。

 

「来る?」

 

 メッソンは少し迷って、それから小さく頷いた。

 

 マサルは少しだけ笑った。

 

「じゃあ、よろしく」

 

 ダンデが頷く。

 

「マサルはメッソンか」

 

 ホップはその様子を見ていた。

 

 マサルとメッソン。

 

 何となく、似合うと思った。

 

 次に、ダンデがホップを見る。

 

「ホップ」

 

「うん」

 

 ホップは一歩前に出た。

 

 三匹のうち、メッソンはもうマサルの隣にいる。残るのはヒバニーとサルノリだ。

 

 サルノリは枝を持ったままこちらを見ていて、ヒバニーは元気よく跳ねながらホップを見上げていた。

 

 ホップはヒバニーの前にしゃがむ。

 

 ヒバニーは逃げなかった。

 

 じっとホップを見ている。

 

 その目が、何だか頼もしかった。

 

「私と来てくれる?」

 

 ヒバニーは返事の代わりに、その場で軽く跳ねた。

 

 まるで返事みたいだった。

 

 ホップは笑った。

 

「よろしくね」

 

 ヒバニーが嬉しそうに跳ねる。

 

 ホップはその小さな体を見つめた。

 

 自分で選んだ。

 

 今の自分で、最初の相棒を選んだ。

 

 それが、思っていたよりもずっと嬉しかった。

 

「よし。ホップはヒバニーだな」

 

 ダンデは満足そうに言った。

 

 残ったサルノリが、ダンデを見上げる。

 

 ダンデは屈んで、その頭を軽く撫でた。

 

「お前はオレと来るか」

 

 サルノリは枝で地面を軽く叩いて、それから頷いた。

 

 母がその様子を見て、静かに笑った。

 

「いい子たちね」

 

「もちろんだ」

 

 ダンデは胸を張る。

 

「どの子も、二人にふさわしい最高のポケモンだ」

 

 その言い方が兄らしくて、ホップは少し笑った。

 

 ヒバニーがホップの足元に寄ってくる。

 

 ホップはもう一度しゃがみ、その頭をそっと撫でた。

 

 温かい。

 

 生きている。

 

 これから一緒に旅をする、自分の相棒。

 

 胸の奥に、じわりと熱が広がった。

 

「ホップ」

 

 ダンデが呼ぶ。

 

 顔を上げると、兄はチャンピオンの顔をしていた。

 

「相棒を選んだなら、次にすることは分かるな」

 

 ホップはマサルを見る。

 

 マサルもこちらを見た。

 

 メッソンがマサルの足元からこちらを見ている。ヒバニーも、ホップの前で軽く跳ねた。

 

「バトルだね」

 

「ああ」

 

 ダンデは頷いた。

 

「最初の一戦だ。勝っても負けても、ここから始まる」

 

 ホップは息を吸った。

 

 最初の相手がマサル。

 

 それは、二年前から何度も想像したことだった。

 

 ジムチャレンジに出たら、きっと何度も戦うことになる。勝ったり、負けたり、追いかけたり、追い越されたりする。

 

 その最初が、今ここにある。

 

「マサル」

 

「うん」

 

「負けないよ」

 

 マサルは短く返した。

 

「俺も」

 

 それだけで十分だった。

 

 バトルは、あっという間だった。

 

 ヒバニーはよく動いた。

 

 ホップの声にも反応した。初めて組んだとは思えないくらい、まっすぐに向かってくれた。

 

 けれど、メッソンはよく見ていた。

 

 マサルの指示は少なかったが、必要なところで迷わなかった。

 

 最後にヒバニーが足を止めた時、勝負は決まっていた。

 

 ホップは負けた。

 

 悔しさが、胸の中にすぐ湧いた。

 

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 

 負けたことは悔しい。

 

 でも、同じスタートラインに立てたことが嬉しかった。

 

 マサルと向かい合って、バトルをして、負けて、次は勝ちたいと思えた。

 

 それが嬉しかった。

 

「ヒバニー、ありがとう」

 

 ホップはヒバニーの前にしゃがんだ。

 

 ヒバニーは少し悔しそうにしていた。

 

 その顔を見て、ホップは笑う。

 

「次は勝とうね」

 

 ヒバニーが顔を上げる。

 

 力強く頷いた。

 

 マサルがメッソンに声をかけてから、ホップの方を見る。

 

「もう一回やる?」

 

「今日はいい」

 

「そっか」

 

「次は勝つから」

 

「分かった」

 

 マサルはいつも通りだった。

 

 勝ったことを大げさに喜ばない。

 

 負けたホップを慰めすぎない。

 

 ただ、次があることを当然のように受け取る。

 

 それが心地よかった。

 

 ダンデが近づいてくる。

 

「いいバトルだった」

 

 ホップは少しだけ眉を上げた。

 

「負けたけど?」

 

「負けたから悪いバトルだった、なんてことはない」

 

 ダンデははっきり言った。

 

「ホップ、お前はちゃんとヒバニーを見ていた。マサルもメッソンを見ていた。最初の一戦としては十分だ」

 

 それから、少し笑う。

 

「もちろん、チャンピオンを目指すなら、それだけじゃ足りないけどな」

 

「分かってる」

 

 ホップは立ち上がった。

 

「私はもっと強くなる」

 

「ああ」

 

 ダンデは頷いた。

 

「そうでなくちゃな」

 

 兄の言葉は、胸を熱くした。

 

 やはり、兄は遠い。

 

 そして、追いかけたい相手だ。

 

 その気持ちは変わらない。

 

 けれどホップは、すぐ隣にいるマサルも見た。

 

 マサルはメッソンと何か短く話している。メッソンは少しだけ安心したように、マサルのそばにいた。

 

 兄の背中を追いかけたい。

 

 でも、それだけではない。

 

 マサルと並んで進みたい。

 

 マサルに負けたくない。

 

 マサルと、次の町へ行きたい。

 

 その気持ちが、胸の中ではっきりと形を持ち始めていた。

 

「ホップ?」

 

 マサルがまたこちらを見る。

 

 今度は、ホップもすぐに返せた。

 

「何でもない」

 

「そう?」

 

「うん。ただ、次は勝つって思ってただけ」

 

「そっか」

 

 マサルは少しだけ口元を緩めた。

 

「じゃあ、俺も負けないようにする」

 

「そうして」

 

 ホップも笑った。

 

 母が二人を見ていた。

 

 その表情は少し寂しそうで、それでも安心しているようだった。

 

「本当に、行くのね」

 

 母の言葉に、ホップは振り返る。

 

「うん」

 

 今度は迷わなかった。

 

「行ってくる」

 

 母は頷いた。

 

「気をつけて」

 

「うん」

 

 ダンデが二人に向き直る。

 

「まずはブラッシータウンだ。そこから先、ジムチャレンジの手続きも進めていくことになる」

 

「分かった」

 

「はい」

 

 マサルも頷く。

 

 ホップは鞄の紐を握り直した。

 

 足元にはヒバニーがいる。

 

 隣にはマサルがいる。

 

 そして、前には兄がいる。

 

 二年前には立てなかった場所に、今、自分は立っている。

 

「行こう、ヒバニー」

 

 ホップが言うと、ヒバニーが元気よく返事をした。

 

 マサルもメッソンと並ぶ。

 

 その姿を見て、ホップの胸がまた少し温かくなった。

 

 兄に挑む道。

 

 マサルと旅をする道。

 

 その二つが重なって、ようやく本当に始まったのだと思った。

 

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