私は親友のままでいたくない   作:さぶろー

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第8話 ブラッシータウン

 ハロンタウンを出る。

 

 それだけのことなのに、ホップには少し不思議な感じがした。

 

 何度も歩いた道だった。

 

 ブラッシータウンへ向かう道も、草むらも、遠くに見える駅も、何も珍しいものではない。子どもの頃から知っている場所だ。

 

 けれど、今日は違った。

 

 足元にヒバニーがいる。

 

 隣にはマサルがいて、その近くにはメッソンがいる。

 

 それだけで、いつもの道が少し違って見えた。

 

 ヒバニーは元気よく前へ出たり、ホップの足元へ戻ってきたりを繰り返していた。まだ旅が何なのか分かっていないのかもしれない。それでも、外へ出られるのが嬉しいらしく、時々小さく跳ねる。

 

 メッソンは、マサルのすぐ近くを歩いていた。

 

 少し不安そうに周りを見て、時々マサルの足元へ寄る。マサルはそれを急かさず、歩幅を少しだけ合わせているように見えた。

 

 ホップはその様子を見て、小さく笑った。

 

「メッソン、マサルのそばから離れないね」

 

「そうだね」

 

「可愛い」

 

「うん」

 

 マサルが短く返す。

 

 メッソンは自分の話をされていると気づいたのか、少しだけ顔を上げた。それから、またマサルの影に隠れるように寄る。

 

 ヒバニーがそれを見て、元気よく鳴いた。

 

 まるで、一緒に前へ行こうと言っているみたいだった。

 

「ヒバニー、あんまり先に行きすぎないでね」

 

 ホップが声をかけると、ヒバニーは振り返って跳ねた。

 

 返事なのか、ただ楽しいだけなのかは分からない。

 

 でも、ちゃんとこちらを見てくれた。

 

 それが嬉しかった。

 

 旅が始まった。

 

 その実感は、まだ大きなものではない。

 

 スタジアムに立ったわけでもない。ジムリーダーと向き合ったわけでもない。強いトレーナーに勝ったわけでもない。

 

 ただ、マサルと並んで、ポケモンたちと一緒に歩いている。

 

 その何でもない時間が、ホップには妙に特別だった。

 

「ねえ、マサル」

 

「何?」

 

「本当に始まったんだね」

 

 マサルは少しだけこちらを見る。

 

 それから、前へ視線を戻した。

 

「うん」

 

「二年待ったのに、始まってみると普通だね」

 

「普通じゃ駄目?」

 

「駄目じゃない」

 

 ホップは首を横に振った。

 

「むしろ、いいと思う」

 

「そっか」

 

「うん」

 

 普通に歩ける。

 

 普通に話せる。

 

 普通に旅が始まる。

 

 二年前は、その普通がどれだけ遠かったかを知っている。

 

 だからこそ、今こうして歩いていることが、ホップには大事だった。

 

 ブラッシータウンに着くと、駅の周りには人が行き交っていた。

 

 見慣れた町だ。

 

 けれど、ジムチャレンジの準備を始める場所として見ると、少しだけ違って見える。

 

 ダンデは町の入口で足を止めた。

 

「まずはポケモンセンターだな。相棒たちの様子を見てもらって、それから必要なものを揃えるといい」

 

「うん」

 

「分かった」

 

 マサルも頷く。

 

 ポケモンセンターに入ると、ヒバニーがきょろきょろと辺りを見回した。メッソンは少し驚いたようにマサルの後ろへ隠れる。

 

 ホップはその様子を見て、少しだけ肩の力が抜けた。

 

 自分だけが初めてではない。

 

 ヒバニーも、メッソンも、これから少しずつ旅を覚えていく。

 

 受付で相棒たちを見てもらう。

 

 初めてのバトルのあとだったが、二匹とも大きな問題はなかった。

 

 ヒバニーが元気に戻ってくると、ホップの前で軽く跳ねた。

 

「お疲れさま」

 

 ホップが手を出すと、ヒバニーはその手に顔を寄せた。

 

 温かい。

 

 さっき選んだばかりなのに、もう少しだけ距離が縮まった気がした。

 

 隣では、マサルがメッソンに声をかけている。

 

「大丈夫?」

 

 メッソンは小さく頷いた。

 

「そっか」

 

 それだけだった。

 

 でも、メッソンは少し安心したように見えた。

 

 マサルは相変わらず、余計なことを言わない。

 

 ポケモンに対してもそうなのだと思った。

 

 相手が不安そうなら、無理に励ましすぎない。ただ、そこにいる。

 

 ホップはその横顔を見ていた。

 

 マサルが気づく前に、視線を戻す。

 

 また見ていた。

 

 最近、少し多い。

 

 そう思ってから、ホップは胸の奥に浮かびかけたものを押し込めた。

 

 今は旅の準備をしに来たのだ。

 

 それでいい。

 

「次はショップ?」

 

 ホップが言うと、マサルは頷いた。

 

「ボールとキズぐすり」

 

「あと、どくけしとか?」

 

「いるかも」

 

「じゃあ買っておこう」

 

 二人でショップに向かう。

 

 モンスターボール、キズぐすり、どくけし。

 

 必要なものを一つずつ確認していく。

 

 マサルは迷わず選ぶ。ホップは少し多めに持っておきたくなって、鞄の中を見ながら数を考えた。

 

「持ちすぎじゃない?」

 

 マサルが横から言う。

 

「足りないよりいいでしょ」

 

「重くなるよ」

 

「大丈夫」

 

「本当?」

 

「本当」

 

 そう返してから、ホップは少し笑った。

 

 いつもと逆だ。

 

 自分がマサルに確認されている。

 

「何?」

 

「何でもない。ちょっとおかしかっただけ」

 

「そっか」

 

 マサルはそれ以上聞かなかった。

 

 買い物を終えると、二人は店の外へ出た。

 

 ダンデは少し離れた場所で誰かに声をかけられていた。チャンピオンが町にいれば、どうしても目立つ。人が集まり、笑顔で手を振られ、ダンデもそれに応えている。

 

 ホップはその姿を見る。

 

 やっぱり、兄は眩しい。

 

 遠い。

 

 あの場所まで行きたいという気持ちは、今も確かにある。

 

 けれど、少し前のように、兄だけを見ているわけではなかった。

 

「ダンデさん、やっぱりすごいね」

 

 マサルが言った。

 

「うん」

 

 ホップは頷く。

 

「すごいよ。兄貴は」

 

 それは本心だった。

 

 誇らしい。

 

 追いつきたい。

 

 勝ちたい。

 

 その気持ちは、変わっていない。

 

 でも、そのあとでホップは、隣にいるマサルを見た。

 

 マサルはダンデを見ている。

 

 その横にメッソンがいて、少し後ろでヒバニーが跳ねている。

 

 ホップはふと思った。

 

 兄の背中を追いかける道に、マサルがいる。

 

 それが、今は嬉しい。

 

 兄に追いつくことだけを考えていた昔の自分とは、少し違う。

 

 けれど、それを嫌だとは思わなかった。

 

「ホップ?」

 

 マサルがこちらを見る。

 

 ホップは少しだけ瞬きをした。

 

「また何でもない?」

 

「うん」

 

「そっか」

 

「でも、本当に楽しみなんだと思う」

 

 そう言ってから、ホップは自分でも少し驚いた。

 

 思っていたより、素直な言葉が出た。

 

「旅が」

 

 慌てて足す。

 

「ジムチャレンジも、バトルも、兄貴に挑むのも。全部」

 

 そこで一度、言葉を切る。

 

 そして、少しだけ声を落とした。

 

「マサルと一緒に行けるのも」

 

 マサルはホップを見た。

 

 ほんの少しだけ、表情が柔らかくなる。

 

「俺もだよ」

 

 短い返事だった。

 

 でも、それで十分だった。

 

 ホップは視線を逸らして、ヒバニーの方を見る。

 

 ヒバニーが足元で元気よく跳ねていた。

 

 胸の奥が温かい。

 

 それは今朝に感じたものと同じで、けれど少しだけ強くなっている気がした。

 

 その正体を考えるのは、まだ少し怖い。

 

 でも、完全に目を逸らせるほど遠くもなかった。

 

 ダンデが戻ってくる。

 

「待たせたな」

 

「大丈夫」

 

「買い物は済んだか?」

 

「うん」

 

 ホップが答えると、ダンデは満足そうに頷いた。

 

「なら、次は研究所だ。ソニアにも顔を出しておいた方がいい」

 

「ソニアさん?」

 

「ああ。ジムチャレンジのことも、ポケモンのことも、色々助けてくれるはずだ」

 

 ダンデはそう言ってから、少しだけ笑った。

 

「それに、二人が出発することも知りたがっていたしな」

 

 ホップはマサルを見る。

 

 マサルも頷いた。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 ブラッシータウンの道を歩く。

 

 さっきまでただの町だった場所が、少しずつ旅の最初の町になっていく。

 

 ポケモンセンターに行った。

 

 道具を買った。

 

 相棒たちが隣にいる。

 

 ダンデが前を歩いている。

 

 マサルが隣にいる。

 

 一つ一つは、本当に小さなことだった。

 

 けれど、その小さなことの積み重ねが、ホップに旅の始まりを実感させた。

 

 研究所の前まで来ると、ヒバニーが先に駆け出しかけた。

 

「ヒバニー」

 

 ホップが呼ぶと、ヒバニーはすぐに振り返る。

 

「一緒に行こう」

 

 そう言うと、ヒバニーは嬉しそうに戻ってきた。

 

 ホップはその頭を軽く撫でる。

 

 そして、隣のマサルを見る。

 

「行こうか」

 

「うん」

 

 マサルの足元で、メッソンも小さく頷いた。

 

 ホップは研究所の扉を見る。

 

 ここからまた、次のことが始まる。

 

 まだジムチャレンジは始まったばかりだ。

 

 スタジアムも、ジムリーダーも、チャンピオンカップも、ずっと先にある。

 

 でも今は、それでよかった。

 

 まずはこの町から。

 

 マサルと、ヒバニーと、メッソンと一緒に。

 

 ホップは扉の前で息を吸い、前へ進んだ。

 

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