ガンダム ゼロ 鳥の人は、まだ歌を忘れていない――U.C.0079、ガンジスに墜ちた|可変試作機《ヴイエフ》 ガンダム×マクロス 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
対峙は、そのまま4時間続いた。
連邦艇は上空で旋回を続け、ジオン降下艇は雲の端に張りついたまま動かない。青いザクIは川岸に片膝をついた姿勢で静止していた。誰も撃たない。誰も帰らない。まるで、先に瞬きした方が負けという間抜けな睨めっこだった。
村の広場では、ララァが浅い眠りに落ちていた。クスコがそばで団扇代わりに布を振り、シローは壁にもたれて痛む肋骨をなだめていた。
長老が近づいてきたのは、日が高くなった頃だった。
「外の軍人」
老人の声は、先ほどより低く、疲れていた。
「お前の仲間は、いつまでここにいる」
「わかりません」
シローは正直に答えた。嘘をつく体力すら惜しかった。
「私が指示できる立場でもない。ただ、あなたたちを撃たせないことだけは約束します」
「約束が紙より薄いことは、もう知っている」
老人は皮肉げに言った。
「連邦もジオンも、同じ紙を使う。破るための紙だ」
反論できなかった。実際、シローが今持っている「約束」の裏付けは、彼自身の意地と、通信機1台分の出力だけだった。担保としては、ずいぶん頼りない。
そのとき、村の見張りが走ってきた。
「連邦の艇が、また高度を下げています」
シローは立ち上がった。痛みに顔をしかめながら、境界の外を見る。
連邦の回収艇が、ゆっくりと川辺へ降下していた。着陸態勢だ。ジオン側もそれに合わせて機体を沈める。
「まずいな」
呟いた声に、背後から応じたのはマチルダだった。
いつの間に到着していたのか、彼女は簡易ヘルメットを小脇に抱え、村の入口に立っていた。連邦の徽章をつけた護衛が数名、その後ろに控えている。この状況で単身に近い形で乗り込んでくる度胸は、正直なところ尊敬に値した。
「アマダ少尉。無事で何よりです」
「マチルダ少尉……どうしてここに」
「回収部隊の指揮を執っています。あなたを迎えに」
彼女はそこで言葉を切り、村の様子を見渡した。恐怖に強張った顔、破損した護符、地下から響く低い振動。マチルダの表情がわずかに翳る。
「聞いていた以上の状況ですね」
「地下に何かがある。バベルという名で呼ばれている装置です」
シローは一気に説明した。地下構造、識別子、村の伝承、ララァの状態。話しながら、自分でも整理しきれていない事実の量に眩暈がした。
マチルダは黙って聞いていた。話が終わる頃、彼女の顔から血の気が引いていた。
「なぜ、それを」
「知っているんですね」
「……名前だけです。詳細は知らされていません。ただ、この地域が『特別監理区域』に指定された理由の1つだと」
「特別監理区域とは」
マチルダは一瞬、言葉を選んだ。
「民間人が住んでいても、統治記録から除外できる区域です。何かが起きても、公式には何も起きなかったことにできる」
シローは息を呑んだ。
つまりこの村は最初から、消しゴムで消せる場所として扱われていた。地図の余白というのは、比喩ではなく実務だったわけだ。
「私を含めて、この基地の人間は皆、その仕組みの一部です」
マチルダは静かに続けた。
「知らなかったでは済まされない。私は、そのための書類にサインしてきました」
その告白には、隠しようのない痛みがあった。
「今からでも」
シローは言った。
「今からでも、違うことができます」
マチルダはシローを見た。士官学校を出たばかりの少尉の言葉にしては、青すぎる正論だった。だが、その青さを笑う気力は、もう彼女に残っていなかった。
「回収部隊の着陸を止めます。少なくとも、この村の直上には降ろさせない」
「本当に、できるんですか」
「私の階級では、命令はできません。ただ、意見具申と、遅延工作くらいは」
マチルダは苦笑した。上司には嫌われますが、と付け加えて。今さら好かれる気もなかったのだろう。
彼女は無線機を取り上げ、艇へ連絡を入れ始めた。技術的な理由、着陸適地の再選定、危険性評価の未了——軍隊という組織が最も得意とする、時間稼ぎのための言葉が並んだ。
一方、ジオン側でも動きがあった。
青いザクIから、ランバ・ラルが降りてきた。搭乗ハッチが開き、長身の男が姿を見せる。武装は最小限。両手は空いていた。
村人たちがざわめいた。連邦兵よりも、モビルスーツの操縦者としての姿は異様だった。だが、その足取りに敵意はなかった。むしろ、儀礼に近い緊張感がある。
「連邦の若い将校殿」
ラルはシローの前で足を止めた。近くで見ると、その体躯は想像以上に大きい。だが目には、粗暴さではなく静かな観察がある。
「先ほどの通信、感謝する。危うく、若い兵を2重に死なせるところだった」
「2重、とは」
「私が撃った兵を、私がもう1度殺すところだったという意味だ」
その言葉には、皮肉ではなく本物の重さがあった。
シローは何と返すべきか、しばらく言葉を選んだ。
「あなたが、私を撃ったことに恨みはありません。戦場でしたから」
「殊勝だな」
ラルはわずかに口の端を上げた。
「だが、私は今ここにいる理由を、恨みだけでは語れない」
彼は視線を村の奥、まだ低く唸り続ける地下へ向けた。
「バベル、と呼ばれる名を知って、私はここへ来た。連邦が何を隠しているのか、この目で確かめるためにな」
「あなたも、詳細は知らないんですか」
「知らん。だが、この名を口にしただけで沈黙する将校を、私は何人か見てきた。それだけで、十分に不吉だ」
ラルはそこで、少し離れた場所に横たわるララァへ視線を移した。眠っているように見えるが、その額には玉のような汗が浮いている。
「あの娘が、鍵か」
シローは思わず身構えた。
「彼女は道具じゃない」
「わかっている」
ラルの声は静かだった。
「私は掠奪者ではない。子どもを差し出せと言うつもりはない。ただ、この状況を見誤れば、貴様の連邦も、我がジオンも、あの娘を道具として扱うだろう。そちらの心配をしている」
その言葉には、皮肉にも真実味があった。
「では、どうすれば」
「情報を共有する。私が知る限りの上層部の動き、貴官が知る現場の事実。それを突き合わせなければ、この村は生き残れん」
シローはラルの目を見た。
敵将校と手を組む。教科書には決して書かれていない選択だった。だが今、この場所で、教科書の出番はとうに終わっていた。
「一時休戦、ということですか」
「そう呼びたければ、そう呼べ。私は、紙の約束は信じない。だが、目の前で人が死なせたくないと思う気持ちだけは、まだ信じている」
そのとき、マチルダが通信を終えて戻ってきた。彼女はラルの姿を見て一瞬身構えたが、シローが小さく首を振ると、警戒を緩めた。
「着陸は、あと1時間だけ止められます。それ以上は、私の一存では」
「1時間あれば十分だ」
ラルが言った。
「地下構造の入口を、私は把握している。今回の降下前に、断片的な資料を見せられた」
「見せてもらえるんですか」
「情報の交換だ、少尉。私だけが与える側では困る」
シローは頷いた。
「わかりました。俺たちが知っていることは、全部話します」
3人——連邦の若い少尉、連邦の補給士官、そしてジオンの大尉——は、村の広場の片隅で、地図と記憶を突き合わせ始めた。
その光景を、少し離れた場所からクスコが見ていた。
「敵と味方が仲良く相談してる」
彼女は誰にともなく呟いた。
「変な光景」
「変だな」
いつの間にか目を覚ましていたララァが、隣に座って同じ光景を見ていた。
「でも、悪くない」
ララァは小さく笑った。長い1日の中で、初めての、本物の笑みだった。
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