ガンダム ゼロ 鳥の人は、まだ歌を忘れていない――U.C.0079、ガンジスに墜ちた|可変試作機《ヴイエフ》 ガンダム×マクロス 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
1時間の猶予は、予定通りには終わらなかった。
終わらせたのは、第3の勢力だった。
「敵機、複数、東の稜線から接近」
村の見張りが叫んだ直後、上空でけたたましい警報が鳴った。連邦艇のレーダーが、新たな機影を捉えていた。
ジオンでも連邦でもない。いや、正確には両方に属さない、独立した部隊識別符号だった。
「情報部隊……いや、査察部隊か」
マチルダが唸る。
「本国から直接派遣された監察機です。ここでの事態が、正規の指揮系統を飛び越えて報告されたのでしょう」
ラルの表情が険しくなった。
「私を貸し出した連中の、さらに上か」
「知り合いですか」
「知り合いというより、飼い主だ。あまり気分のいい表現ではないが」
灰色に塗られた3機のモビルスーツが、稜線を越えて姿を現した。連邦のジムでもなければ、ジオンの量産機とも意匠が違う。どちらの陣営のマークも掲げていない、正体不明の統一デザインだった。関節の動きひとつとっても、量産機とは別の思想で組まれているのがわかる。無駄がなく、そして人間味もない。
「あれは」
シローが息を呑む。
「特務。おそらく、バベルの管理か回収を専門とする部隊」
マチルダが低く言った。
「私が知らされていた以上の存在です」
3機は、迷いのない動きで村を包囲する位置へ展開した。連邦艇にもジオン降下艇にも目もくれない。標的は、地下のバベルそのものだった。
「排除する」
無機質な合成音声が、共通回線に流れた。
「対象、村落及び地下施設。周辺の連邦軍、ジオン軍は速やかに離脱せよ。従わない場合、敵対勢力とみなす」
その一言で、それまでの脆い均衡が崩れた。
連邦艇のパイロットが叫ぶ。「こちらが先だ、退避しない理由がない」。ジオン降下艇も同調するように機首を巡らせる。誰もが、目の前の脅威よりも、自分の陣営の面子を優先しようとしていた。
「待て、村人がまだ避難していない」
シローが叫んだ。だが、灰色の機体はすでに動き出していた。
先頭の1機が、村の外周に向けてビームを放つ。着弾点は建物ではなく、境界の赤い布の門だった。祈りの象徴が、一瞬で炭化する。焦げた匂いが、まだ湿った朝の空気に混じった。
村人の悲鳴が、地下の鼓動と重なった。
「シロー」
ララァが叫んだ。
「今、起きようとしてる。止めて」
だが止める手段は、もうシローの手の中にはなかった。ラルが動いた。
青いザクIが跳躍し、灰色の機体へマシンガンを放つ。牽制のための一撃だった。
「貴様ら、独立部隊風情が村を焼く権限などない」
ラルの怒声が回線に響く。灰色の機体は反応せず、淡々と第2射を準備した。感情のない相手ほど、交渉が通じない。
連邦艇のパイロットも、ようやく状況を理解したらしい。艇の機首が灰色機体へ向く。
「村を守れ。あいつらが敵だ」
「試験機2号、中間形態へ移行」
スレッガーの声とともに、機体が跳ねるような姿勢へ変形した。航空機の速度と、機動兵器の格闘能力を、半端に併せ持つ姿。渡り方をまだ知らない鳥が、それでも無理やり羽ばたこうとする瞬間だった。関節の一部が悲鳴じみた音を立てる。整備班が完成させる前に飛ばされた機体は、こういうときにいちいち文句を言う。
にわかに成立した奇妙な連合が、村の上空で交錯した。連邦の艇載火器、ジオンの機体、そして正体不明の灰色機。三つ巴の空中戦が、静かだった村の空を切り裂いた。
シローは村の中を駆け回り、逃げ遅れた住民を杭の陰へ誘導していた。痛む身体を無視して、何度も同じ経路を往復する。肋骨の奥で、何かが軋むたびに視界が白く欠けた。それでも足を止めなかった。止めれば、誰かが確実に死ぬ場所にいる。
クスコもまた、子どもたちの手を引いて走っていた。
「こっち、板が厚いところ」
「クスコ、すごいな。もう避難誘導の資格取れるぞ」
「後で証明書ちょうだいね」
軽口を叩き合う余裕は、恐怖を紛らわすための最後の手段だった。だが実際、クスコの判断は的確だった。彼女は村の構造を、大人よりよほど正確に把握している。杭の太さ、板の厚み、水位が上がったときの逃げ道まで。
灰色の機体の1機が、川岸に着地しようとした瞬間、水面が大きく膨らんだ。
バベルの反応だった。長く抑えられていた鼓動が、ついに閾値を超えた。水中から放たれた見えない衝撃波が、機体の脚部を弾き飛ばす。灰色機はバランスを崩し、川へ半身を沈めた。
「今のは」
マチルダが息を呑む。
「装置自体が、防御反応を起こしている」
シローの脳裏に、あの走り書きがよぎった。恐怖と殺意の濃度が閾値を超えたときに起動する。今、村の上空は、その閾値を軽々と突破していた。
川面から、白い光が再び漏れ始めた。今度は、先ほどよりも強い。
「まずい」
ララァが胸を押さえてうずくまる。
「もう、聞かなくていい範囲を、超えてる」
シローは彼女のそばへ駆け寄った。
「離れろ、ここから」
「離れても、届く。もう、村全体が繋がってる」
その言葉通り、村中の護符が一斉に発光を始めた。木の柱、屋根の梁、干された魚の下に吊るされた小さな飾りにまで、同じ白い光が宿る。まるで村そのものが、巨大な回路の末端になってしまったようだった。
上空では、灰色機のもう1機が、村の中心部へ照準を移していた。
「照射角度、変更。地下対象へ直接干渉を試みる」
合成音声が、感情のかけらもなく告げる。ビームサーベルに似た光刃が展開され、川へ向けて振り下ろされようとした。
「させるか」
マチルダが、護衛の兵に指示を飛ばした。地上に据えられていた対空機銃座が、灰色機へ集中砲火を浴びせる。命中はしない。だが、照準を一瞬だけ逸らすことはできた。
「アマダ少尉、村の東側から、まだ子どもが2人残っています」
無線越しの報告に、シローは反射的に走り出した。
「場所は」
「井戸の裏、崩れかけた小屋です」
肋骨の痛みは、もう感覚の外にあった。走るたびに視界の端が黒く欠けるが、止まる理由にはならない。井戸の裏に辿り着くと、幼い兄妹が抱き合ってうずくまっていた。
「大丈夫だ、こっちに来い」
「でも、あそこ、光ってる」
妹の指さす先で、地面の隙間から白い光が漏れていた。兄の方は、すでに涙も涸れたような顔で震えている。
「光ってるのは、怒ってるからじゃない。ただ、話をしたがってるだけだ」
自分でも、その言葉にどれだけの確信があるのかわからなかった。それでも、口にした瞬間、少しだけ足が軽くなった気がした。シローは2人を両脇に抱え、崩れかけた小屋を出た。
背後で、灰色機の光刃が川面を薙いだ。直撃はしなかった。だが水柱が高く上がり、村全体を細かい飛沫で覆った。
「近い、近すぎる」
クスコが叫ぶ声が、遠くから聞こえた。
シローが子どもたちを高台へ押し上げたとき、頭上でスレッガー機と灰色機が交錯した。装甲同士が擦れる金属音が響き、火花が夜明け前の残照に散る。
「新入り、そっちの様子はどうだ」
「なんとか。子どもは無事です」
「上等だ。こっちはあと5分は保つ。その間に、村ごと沈まないよう祈っとけ」
軽口の奥に滲む余裕のなさを、シローは聞き逃さなかった。
戦争は、望まない形で、ついに封じられていたものを叩き起こしていた。
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