機動戦士ガンダム BABEL CORE―第08MS小隊、シロー・アマダが見た「もう一つの一年戦争」と、ララァ・スンが名前を得る前の記録―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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蒼き空の死闘

最初の交差は、ほとんど音より速かった。

 

スレッガー機が可変翼を浅く畳み、機首を落とす。大気が機体表面を叩き、白い圧縮雲が翼端から引き剥がされた。ラルのザクIはそれを追わない。追えば、重い機体は谷底へ引きずられる。代わりにラルは推力を斜め上へ逃がし、スレッガーの旋回先へ先回りした。

弾丸が空を裂いた。

 

命中しない。命中させるための射撃ではなかった。進路を削るための線。逃げ道を狭め、次の機動を読ませ、さらにその読みを裏切るための罠。シローは地上から見上げながら、胸の奥が冷えるのを感じた。

 

空では、技術が言葉の代わりになっていた。

 

スレッガーは挑発するように谷の壁面ぎりぎりを走る。岩肌が機体の下で流れ、土煙が追いすがる。ラルは上を取ったまま、ザクIの右腕をわずかに下げた。マシンガンではない。機体そのものを落とす角度だ。

 

「来るぞ」

 

シローが呟いた瞬間、青い巨人が落ちた。

 

落下ではない。斬撃だった。重力と推力を同じ方向へ束ね、人型の質量を巨大な刃に変える。スレッガー機は寸前で腹部ノズルを噴かし、ありえない横滑りで回避した。青いザクIの脚が空を裂き、谷底の岩を砕く。破片が散弾のように舞い上がった。

 

通信機からスレッガーの笑い声が漏れた。

 

「危ねえな、旦那。今のは殺す気だろ」

 

「戦場で殺す気のない一撃など、礼を欠く」

 

「いいねえ。嫌いじゃないぜ、そういう古臭さ」

 

次の瞬間、スレッガーは笑いながら上昇した。機体を垂直に立て、可変翼を開く。失速寸前で姿勢を固定し、ホバー推力を噴かせる。航空機が一瞬だけ空中に立った。その真下を、ラルの弾幕が通過する。

 

シローは息を呑んだ。

 

あれは機体性能ではない。スレッガー・ロウという人間が、未完成の機械に無理やり魂を入れている。機体の癖、推力の遅れ、翼面の震え、燃料の重さ。すべてを肉体感覚に変換して、空の上で殴り合っている。

 

ラルも同じだった。旧式のザクIは飛ぶための機体ではない。大気圏内で機動戦をするなど、設計者なら正気を疑う。だが青い機体は、空を歩いていた。いや、空を地形として扱っていた。見えない足場を踏み、見えない崖を蹴り、重力の癖を読んでいる。

 

クスコが隣で小さく言った。

 

「空なのに、地面みたいに戦ってる」

 

「あの2人には、そう見えてるんだろうな」

 

シローは苦く笑った。自分が同じ空にいたことが、急に信じられなくなる。夜明け前、あの戦闘に割り込んだ自分は、パイロットではなく、戦場に投げ込まれた未翻訳の文字列だったのだ。

 

ララァが目を開けた。

 

「楽しんでる」

 

その言葉に、シローは振り向いた。

 

「誰が」

 

「上の2人。怖いのに、楽しい。死にたくないのに、きれいだと思ってる。そんな音がする」

 

シローは空を見た。白い機体と青い機体が、朝の光の中で交差する。その軌跡は確かに美しかった。だからこそ、腹立たしかった。殺し合いは、美しく見えてしまう瞬間がある。その事実こそが、戦争のいちばん卑怯なところなのだ。

 

空中で、スレッガー機が反転した。機首がラルのザクIを捉える。機銃が火を噴き、曳光弾が青い装甲をかすめた。ザクIの肩部装甲が弾け、破片が陽光を受けて散る。

 

ラルは退かなかった。

 

むしろ被弾を利用した。装甲が削れた分だけ姿勢が乱れる。その乱れをスラスターで増幅し、予測不能な揺れへ変える。スレッガーの2射目が外れた。青い機体はその隙へ身体をねじ込み、左腕のヒートホークを抜いた。

 

「空で斧かよ!」

 

スレッガーの声が笑った直後、刃が試験機の尾翼をかすめた。

 

尾翼の一部が吹き飛び、機体が大きく振られる。警告音が回線越しに漏れた。スレッガーは舌打ちし、機体を谷の底へ落とした。追うラル。2つの機影が岩壁の間へ消える。

 

その瞬間、村の床が震えた。

 

空の戦いは遠ざかったはずだった。弾も爆風も届かない距離だ。なのに、川底の鼓動は強くなっている。シローは嫌な予感とともに、ララァを見た。

 

彼女は耳を押さえていなかった。代わりに、両手を胸の前で握りしめている。指先が白い。目は空ではなく、遠い谷の方角を見ている。

 

「ララァ」

 

「あの人たちの声が、下へ落ちてる」

 

「離れているのにか」

 

ララァは頷いた。

 

「距離じゃない。強さ。あの2人は、声が強い。怖いのも、誇りも、殺す覚悟も、生きる力も。全部、大きい」

 

クスコが不安そうに川面を見た。

 

「じゃあ、遠くで戦っても意味ないの?」

 

「意味はある」

 

シローは言った。言わなければ、足元から崩れそうだった。

 

「ここで撃ち合えば、今すぐ終わる。遠くなら、まだ時間がある」

 

時間。

 

戦場で最も高価な資源。弾薬より、燃料より、命より先に消費されるもの。

 

その時間を、空の2人が命で稼いでいる。

 

その時間を、最初に使ったのはハモンだった。

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