【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
灰色の機体が交戦を続ける間、その母艦は静かに動いていた。
査察部隊の輸送艦は、村から離れた渓谷に着陸していた。連邦にもジオンにも探知されない角度に、意図的に身を隠していた。地形図に載らない谷筋を選んだのは、偶然ではない。この土地に来るのは、初めてではないということだ。
その艦から降りたのは、軍人ではなかった。
白衣に近い簡易防護服をまとった女——ハモン・カストと名乗るその人物は、部下を数名連れ、地下施設への隠しルートを歩いていた。手にした端末には、この地域の誰も持っていないはずの詳細な構造図が表示されている。
「地下access、開通確認。想定より早い覚醒です」
部下の報告に、ハモンは薄く笑った。声には疲労が混じっていたが、目だけは異様に澄んでいた。
「予定通りよ。むしろ、少し遅いくらい」
「予定通り、ですか」
「この装置は、条件が揃わなければ動かない。今日、揃えたのは私たちじゃない。連邦とジオンの、いつもの喧嘩よ」
彼女の声には、憐れみに似た響きがあった。皮肉屋というより、もう感情そのものを使い切ってしまった人間の声だった。
「馬鹿な子たちね。自分が実験の一部だと気づかずに、いつも喧嘩を売ってくれる」
ハモンはかつて、初期の感応実験に関わった研究者の1人だった。バベルの起動条件、被験者の適性、装置の限界。そのすべてを、彼女は当事者として知っていた。
「
彼女は、端末に映る空洞の構造図を見つめながら呟いた。
「歌える者にしか鎮められない兵器。歌えない者には、ただの災厄。よくもまあ、こんな不親切な設計にしたものだわ」
隠し通路は、想像していたよりも長かった。壁面は自然の岩肌ではなく、明らかに加工された痕跡がある。何千年も前の技術で削られたにしては、あまりに精密だった。部下の1人が、壁を指でなぞりながら呟く。
「これ、本当に古代の遺構なんですか。まるで昨日削ったみたいに滑らかです」
「古いから、粗いとは限らない。むしろ古いものほど、私たちよりずっと丁寧な仕事をしていることがある」
彼女の足元を、小さな虫のような機械が走り抜けた。事前に投入した偵察端末だ。壁の亀裂、地下水位、酸素濃度。あらゆる数値が、リアルタイムで彼女の端末へ流れ込んでくる。準備は、決して行き当たりばったりではなかった。
ハモンは端末に指を走らせ、ある数値を確認した。
「感応係数、既知の被験体を大きく超えている。回収対象を変更するわ」
「変更、と言いますと」
「装置ではなく、あの娘を最優先で確保する」
その一言で、部下たちの表情が変わった。
「彼女は民間人ですが」
「知ってる。だから丁寧に扱うのよ。壊れたら意味がないから」
その言い草に、部下の何人かが顔を見合わせた。丁寧に扱う、という言葉の意味が、彼らの考える丁寧さとは根本的に違うことを、全員がすでに理解していた。
ハモンの声には、良心の呵責がまったく感じられなかった。彼女にとって、ララァはすでに人間ではなく、貴重なサンプルとして分類されていた。
「装置本体は」
「起動を止められないなら、制御下に置くしかない。幸い、私たちには制御用の追加端末がある」
彼女は懐から、小さな球体を取り出した。表面には、複雑な回路模様が浮かんでいる。それもまた、正規のカタログには存在しない部品だった。触れると、かすかに温かい。まるで、それ自体が小さな心臓のように、規則正しい脈を刻んでいた。
「これを核へ接続すれば、暴走前提の緊急停止が可能。ただし、使用者に相応の負荷がかかる」
「使用者とは」
「決まってるでしょう。適性のある人間よ」
ハモンの視線が、遠くに見える村の方角へ向いた。彼女の目には、そこにいるはずのシローやララァの姿など見えていない。ただ、実験計画上の変数として、その場所を捉えているだけだった。
部下の1人が、球体を覗き込んだ。
「これ、前にも使ったことが」
「1度だけ。もう10年以上前」
「結果は」
ハモンは、その質問には答えなかった。かわりに、球体をそっと懐へ戻した。その仕草には、彼女らしくない、わずかな躊躇いがあった。10年前、この球体を使った被験者がどうなったのか、記録には「任務完了」としか書かれていない。だが、その1文の裏に何が隠れているのか、ハモン自身が誰よりもよく知っていた。
「聞いてもいいですか」
部下の1人が、珍しく踏み込んだ質問をした。これまで黙々と手足のように働いてきた彼にしては、珍しい踏み込み方だった。
「この装置を、最初に眠らせたのは誰なんです」
ハモンは一瞬だけ、足を止めた。
「知らない方がいいこともあるわ」
「知りたいんです」
「私たちの、遠い遠い先輩よ。この星に人間しかいなかった頃の話。あなたが想像するより、ずっと前の話」
若い部下は、その答えの意味を測りかねたまま黙り込んだ。ハモンは構わず先へ進む。彼女にとって、部下の疑問に丁寧に付き合う時間ほど、無駄なものはなかった。今、必要なのは答えではなく、手足だ。
ハモンの記憶の奥には、まだ若かった頃の光景が残っている。大学の研究室、古びた文献、そして最初にこの遺構の存在を教えてくれた老教授の顔。あの人はもう死んだ。表向きは病死とされているが、ハモンは信じていない。バベルという名前を口にした人間は、いつも都合よく退場していく。それが偶然でないことくらい、彼女にもわかっていた。
「教授、あなたの予言は当たったみたいですよ」
誰にともなく、彼女は口の中で呟いた。あの人は言っていた。この装置は、いずれ人間の手に負えなくなる。だからこそ、扱える者を先に見つけ、飼い慣らしておく必要があると。ハモンは、その言葉を忠実に実行しているだけだった。良心の呵責よりも、師の遺言の方が、彼女にとってはるかに重い。
通路の奥から、低い振動が伝わってきた。装置の鼓動が、少しずつ速くなっている。
「感応係数、さらに上昇中。あの娘、思った以上に食い込んでいます」
「上等じゃない。手間が省けるわ」
ハモンは足を速めた。壁面の加工痕が、次第に密になっていく。羽を広げた人型の浮き彫りが、等間隔で並んでいた。まるで行列でもなすように、暗闇の奥へと続いている。
やがて通路が開け、巨大な空洞へ出た。天井は見えない。壁面は淡い光を帯び、中央には、折り畳まれた翼のような構造物が、うずくまるように鎮座していた。
「これが、本体……」
部下の1人が、思わず声を漏らした。
ハモンは端末をしまい、代わりに小型の照射機を構えた。
「感傷に浸る時間はないわ。核への経路を確保して。
「急ぎましょう。上の子たちが暴れている間に、私たちは仕事を終わらせる」
部下たちは頷き、地下への隠し通路へ足を進めた。
その足取りには、迷いがなかった。良心という装備を、最初から積んでいない者の足取りだった。
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