機動戦士ガンダム BABEL CORE―第08MS小隊、シロー・アマダが見た「もう一つの一年戦争」と、ララァ・スンが名前を得る前の記録― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「来なさい。ここにいれば、あなたもあれに飲まれる」
「いやだ!」
クスコは叫び、ハモンの手に噛みついた。短い悲鳴。ハモンの拘束が緩む。その一瞬、クスコは身体を捻って抜け出し、ララァの方へ駆け戻った。
だが逃げ切ったわけではない。
クスコの悲鳴。ハモンの焦り。シローの怒り。ララァの恐怖。空の2人の誇り。村人たちの祈り。
すべてが、同時に下へ落ちた。
川底が、応えた。
今度の鼓動は、村だけでは終わらなかった。川全体が白く脈打ち、支流の水面に幾何学的な光の線が走る。泥の下、岩盤の下、古い祈りのさらに下で、巨大な構造物が眠りから半身を起こした。
東の空で、スレッガーとラルが同時に機体を引き起こした。
「まずいな」
スレッガーの声から笑いが消えていた。
「あれはもう、寝返りじゃねえ。起きる気だ」
ラルは沈黙した。青い機体のモノアイが、白く光る川を見下ろす。
「ハモン……何をした」
その声は通信に乗らなかった。だが、届いたようにハモンは顔を上げた。
彼女は血の滲む手を押さえ、クスコを見た。連れていくべきか。退くべきか。任務と生存と愛する男の命が、一瞬のうちに彼女の中で衝突する。
そして、彼女は決断した。
「撤退する」
短く告げると、ハモンは葦原へ身を翻した。だがその背を追う余裕は、誰にもなかった。村の中央で、ララァが膝をつき、白い光の中へ両手を沈めていた。
「起きないで」
ララァの声は、もう声ではなかった。水と光と低周波の中へ溶け、村の床板を震わせ、空の機体の計器を乱し、シローの胸の奥へ直接届いた。
「お願い。まだ、起きないで」
白い光は、答えなかった。
ただ、村の下で何か巨大なものが、ゆっくりと目を開ける気配だけがした。
神話は、静かに終わらなかった。
光が強まる直前、ほんの一瞬だけ、村は静かになった。逃げる足音も、祈りも、空の推進音も遠のき、シローにはララァの浅い呼吸だけが聞こえた。その静けさが、これから壊れるものの大きさを教えていた。
最初に割れたのは、祈りだった。長老たちが唱えていた古い言葉は、白い光に触れた瞬間、意味を失った。ただの音節になり、震えになり、恐怖になって床下へ落ちていく。
次に割れたのは、水だった。
川面が線で裂けた。波ではない。流れでもない。幾何学的な白い亀裂が、水の表面を直角に走り、泥と藻と魚影を透かして、さらに深い場所から現れる人工の輪郭を映し出した。
シローは立ち上がろうとした。だが床そのものが呼吸している。板が上下し、杭が軋み、村全体が巨大な胸郭の上に載せられた小さな祭壇のように震えていた。
「ララァ!」
彼女は広場の中央にいた。両手を白い光の中へ沈め、髪を浮かせ、閉じた瞼の裏で何かを見ている。足元の水は床板を越えて上がり、しかし濡らすことなく彼女の周囲で球になって浮かんでいた。
美しかった。
そして、どうしようもなく間違っていた。