【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
村の空では、まだ三つ巴の戦闘が続いていた。
灰色の機体は数の不利にもかかわらず、圧倒的な出力で連邦艇とジオン降下艇を押し返していた。単純な性能差が、陣営の連携を上回っていた。数の暴力より質の暴力の方が、時々よほど厄介だ。
「厄介だな、ありゃ」
スレッガーの声が回線に響く。彼もまた、応援として飛来した試験機で戦線に加わっていた。
「試験機2号、投入か」
シローは思わず声を漏らした。整備が終わっていないはずの機体が、無理やり飛ばされている。連邦軍の判断速度は、こういうときだけ異様に速い。
「文句は基地に戻ってから言え。今は避けるだけで精一杯だ」
灰色機の1機が、スレッガー機へビームを放つ。かろうじて回避したものの、機体の一部が焼け焦げた。中間形態のまま無理な回避運動を続けたせいで、片翼の駆動系が悲鳴を上げている。長くは保たないだろうと、シローにも見て取れた。
「くそったれ、この鳥はまだ半人前だってのに」
スレッガーが吐き捨てる声が、回線越しに聞こえた。悪態の合間にも、彼は決して回避の手を緩めない。
地上では、シローが最後の村人を杭の陰へ押し込んでいた。
「これで全員か」
「たぶん」
クスコが息を切らしながら答える。煤と泥で顔が真っ黒だった。それでも目だけは、まだ諦めていなかった。
そのとき、川面の光がひときわ強くなった。
護符が一斉に砕け散る。木製の柱が軋み、村全体がひとつの巨大な生き物の背に乗っているように震えた。
「起きる」
ララァが呟いた。
「本当に、起きる気だ」
シローは振り返った。
彼女の身体は、もう自力では立てないほど消耗していた。それでも視線だけは、川底の奥へまっすぐ注がれている。唇がかすかに動く。声にならない、旋律の断片だった。
「止められないのか」
「わからない。誰も、これを止めた人はいない」
その答えが、状況の絶望を端的に物語っていた。
長老が、震える声で祈りを唱え始めた。周囲の村人たちも、それに倣う。だが祈りの言葉は、もはや装置に届く言語ではなかった。むしろ、恐怖という燃料をさらに投げ込んでいるだけだった。
「祈るのをやめてくれ」
シローが叫んだ。
「それは逆効果だ。あなたたちの恐怖が、あれを目覚めさせる」
「では、どうしろというのだ」
長老が、ほとんど泣きそうな声で問い返した。
シローには、答えがなかった。
軍人としての訓練は、こういう事態を想定していない。人間の感情そのものが兵器のトリガーになるという状況に、対処マニュアルなど存在しない。教官が今この場にいたら、きっと絶句するだろう。今すぐ士官学校に苦情のひとつも入れてやりたい気分だった。
ララァが、シローの腕を掴んだ。
「シロー」
「なんだ」
「あなたが、聞いて」
「俺が」
「あなたの声は、怖がらせない声だった。あの子にも、そう聞こえたはず。だから——」
ララァの言葉は、そこで途切れた。彼女の身体が、糸が切れたように傾く。
シローが慌てて抱き止めると、ララァの唇から、譫言のような呟きが漏れた。
「起きろ、ではなくて。眠れって、言ってあげて」
「歌が、途中で切れてる……全部、歌いきれば……」
そう言い残し、ララァは意識を失った。
シローは、腕の中の彼女を見下ろした。次に、川面から漏れる白い光を見た。
上空では、まだ戦闘が続いている。地下では、名前のない何かが完全に目を覚まそうとしている。そしてその中心に、意識を失ったひとりの少女がいる。
クスコが、震える声で言った。
「お兄さん、どうしよう。ララァ、こんなの初めて」
「初めて、って」
「今まで、ここまでひどく倒れたことない。いつも、途中で自分から戻ってきた」
その言葉が、シローの胸に重く落ちた。今回だけは、ララァ自身の力でも戻ってこられない場所まで、彼女は入り込んでしまったのかもしれない。クスコの手が、無意識にシローの袖を掴んでいた。まだ幼いその手は、それでも震えを必死に抑え込もうとしていた。
マチルダが、地図と端末を手に駆け寄ってきた。
「アマダ少尉、状況を」
「彼女が意識を失いました。あの装置と、深く繋がったまま」
マチルダの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「まさか、深層接続まで進んだの」
「深層接続、とは」
「初期の実験記録にあった言葉です。感応係数の高い被験体が、装置の中枢まで意識を沈める現象。過去の被験者は、誰も自力で戻ってきていません」
その一言が、シローの背筋を凍らせた。
「戻ってきていない、ということは」
「意識だけが、装置の中に取り込まれたまま。肉体は生きている。でも、中身は空っぽになる」
「そんな話、聞いてない」
「私も、資料の片隅で読んだだけです。詳細は黒塗り。都合の悪い実験結果は、いつもそうやって隠される」
マチルダの拳が、わずかに震えていた。自分もまた、この隠蔽の仕組みに加担してきた1人であることを、彼女は誰よりも自覚していた。
シローは、腕の中のララァを見下ろした。呼吸はある。だが、瞼の下で瞳が異常な速さで動いている。まるで、遠い場所で必死に何かと戦っているかのようだった。
「助ける方法は」
「わかりません。前例で、成功した記録がない」
「なら、俺が前例になる」
その言葉に、マチルダは目を見開いた。
「無茶を言わないで」
「無茶かどうかは、やってみないとわからない」
「あなたが意識を失ったら、誰がこの村を守るんですか」
マチルダの声は鋭かった。だが、シローは引かなかった。
「今、彼女を見捨てて守った村に、どんな価値があるっていうんですか」
その一言に、マチルダは何も返せなかった。彼女自身、心のどこかで同じことを考えていたからだ。ただ、それを口にする勇気が、まだ足りなかっただけだった。
シローは、ララァの額に自分の額を寄せた。冷たい汗が、彼女の肌を濡らしている。
「聞こえるか、ララァ。約束、忘れるなよ」
返事はなかった。それでも、シローは呼び続けることをやめなかった。
上空で、灰色機とスレッガー機がすれ違いざまに火花を散らす。地下では、鼓動がさらに速さを増していく。すべての時間が、この一点へ向かって収束しようとしていた。長老の祈りの声すら、もはや意味を失い、ただの震える呼気に変わっていた。
やるべきことは、ひとつしかなかった。だが、それをどうやってやればいいのか、シローにはまだわからなかった。
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