機動戦士ガンダム BABEL CORE―第08MS小隊、シロー・アマダが見た「もう一つの一年戦争」と、ララァ・スンが名前を得る前の記録―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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暴走する神話

「下がって!」クスコが叫んだ。「みんな、柱から離れて! そこ、折れる!」

 

彼女の声に反応した数人が動いた直後、広場の西側の支柱が白く発光し、内側から砂のように崩れた。木でも鉄でもない。物質が、形を維持する理由を忘れたように粒子へほどけていく。

 

村人たちの悲鳴が重なった。

 

それは、火災でも爆発でもなかった。燃えない。砕けない。壊れるというより、存在が薄くなる。床板の端、吊るされた布、土器の縁。白い光に触れたものから順に、輪郭を失い、細かな輝きになって空中へ溶けた。

 

バベルは、攻撃しているのではなかった。

 

世界を、入力可能な情報へ分解していた。

 

空では、連邦回収艇が警告を発しながら高度を上げた。ジオン降下艇も後退する。だが光の柱は、もう地上の現象ではなかった。川から立ち上がった純白の共鳴場は、まっすぐ空を刺し、雲を焼かずに穴を開けていく。

 

東の谷で、スレッガーの計器が全て白く染まった。

 

「冗談じゃねえ。あれは灯台じゃない。墓標だ」

 

白い試験機は機首を村へ向けた。だがその進路を、青いザクIが横から塞いだ。ラルの機体も傷だらけだった。肩装甲は剥がれ、背部推進器の片側は不規則な炎を吐いている。それでも、巨人は空に立っていた。

 

「どけ、旦那! あそこに俺の若いのがいる!」

 

「貴官が突っ込めば、あれをさらに刺激する。冷静になれ」

 

「冷静でいられるかよ!」

 

スレッガーは引き金に指をかけた。だが撃たなかった。撃てば、ラルとの戦いが再開する。再開すれば、その声がまた下へ落ちる。ララァの言葉を、彼は聞いてしまっていた。

怖いから、撃たせたくない。

 

あの若造の声が、こんなところで邪魔をする。

 

村では、ハモンが撤退の足を止めていた。白い光は葦原へも広がっている。彼女のルッグンは離陸準備に入っていたが、近づく粒子の嵐に機体外板が細かく震え始めていた。

 

「ハモン、退け」

 

ラルの声が、今度は通信に乗った。

 

「その場は危険だ。任務を中止しろ」

 

「任務を中止するのは、あなたでしょう」

 

ハモンの声は静かだった。静かすぎた。

 

「あなたは今、死ぬ理由を探している。あの連邦の男と決着をつけることも、上の連中の思惑も、全部そのための言葉にしているだけ」

 

通信の向こうで、ラルは黙った。

 

沈黙は、否定より重かった。

 

「戻って、ラル。これは戦場じゃない。人が入っていい場所じゃない」

 

ラルは答えなかった。青いザクIはスレッガー機の前から動かない。撤退でも突入でもない。彼はまだ、選べずにいた。

 

その迷いさえも、バベルは聞いていた。

 

白い光柱が、ひときわ強くなった。

 

ララァの身体が宙へ浮いた。

 

シローは痛みを忘れて走った。村人たちが叫ぶ。クスコが泣きながらララァの名を呼ぶ。長老は膝をつき、祈りでも謝罪でもない、壊れた言葉を口の中で転がしていた。

 

「ララァ、手を伸ばせ!」

 

ララァは目を開けた。そこにあったのは恐怖ではない。あまりにも多くを聞きすぎた者の、透明な疲労だった。

 

「シロー」

 

彼女の声が、彼の胸の奥に触れた。

 

「この子、わたしを夢だと思ってる」

 

この子。

 

バベルを、彼女はそう呼んだ。

 

「違う。君は夢じゃない。戻ってこい!」

 

シローの指先が、光に触れた。

 

次の瞬間、彼は見た。

 

地下深くに広がる、都市ほどの空洞。壁面に刻まれた無数の誘導線。脳波の波形を模したような巨大な回路。そこに閉じ込められた、兵士たちの恐怖、研究者たちの野心、村人たちの祈り、名前を与えられなかった実験体の残響。

 

壁面の一部には、連邦軍の試験番号が焼きついていた。BABEL CORE / GAN-03。感応素養者と大気圏内特殊粒子場の共鳴反応を観測する実験施設。後年のサイコミュ理論とは独立に、連邦技術評価委員会の外郭部門が並行的に進めていた失敗系譜。その設計思想だけが、神話の皮膚の下に冷たく残っていた。

 

バベルの試験報告書には、被験者を感応素養者と呼ぶ記述があった。その語彙は、後年ジオン公国のフラナガン機関がニュータイプと呼ぶことになる存在を、まだ言葉にできていなかった連邦技術陣の、不器用な仮命名だった。

 

そして中心に、巨大な白い眼があった。

 

眼はシローを見た。

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