【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
川底の光が、ついに水面を突き破った。
白い柱が空へ立ち上る。太さは家1軒分はあろうかという規模で、村全体を真昼のように照らし出した。空で戦っていた機体たちが、一斉に動きを止める。灰色機体も、連邦艇も、ジオン降下艇も、その光の前では等しく無力な観客になった。
裁きは、罰ではないはずだった。
光の中心、川底の空洞で、巨大な影がゆっくりと形を変えていた。
折り畳まれていた翼状の構造物が、軋みながら開いていく。中央の隆起は、うずくまっていた姿勢を解き、ゆっくりと首をもたげるような動きを見せた。羽を広げた巨人——伝承がそのまま、目の前で現実になっていく。
「なんだよ、あれ……」
クスコの声が震える。両腕で自分の身体を抱きしめ、それでも視線だけは逸らさなかった。かつて墜落機の残骸を「鳥みたい」と言い当てた彼女の目には、今、その言葉の意味が、あまりに正確な形で突きつけられていた。
シローは、意識のないララァを背負ったまま、村の高台へと後退していた。肋骨の痛みなど、もう感覚の外にあった。
「全員、下がれ。できるだけ遠くへ」
「でも、逃げ場がない」
長老が呻く。村は川に囲まれた孤立集落だ。逃げるための陸路そのものが乏しい。
そのとき、上空でスレッガーの声が響いた。
「アマダ、聞こえるか。輸送機をもう1機呼んだ。村の東側、河原に着陸させる。人数分は乗れねえが、まずは子どもと年寄りからだ」
「わかりました」
シローは怒鳴り返し、村人たちを東へ誘導し始めた。クスコが年少の子どもたちを、他の若者たちが老人を支える。パニックはまだ完全には収まっていなかったが、それでも人々は動き出した。恐怖の中でも、誰かが方向を示せば、人は歩ける。足の悪い老婆を背負う若者、泣きじゃくる幼子の手を引く少女。誰もが自分にできることを、必死に探していた。長老でさえ、杖を放り出し、幼い子どもを抱えて走っていた。信仰の言葉より、今は腕の力の方が役に立つ。
一方、光の中心では、灰色の機体たちが不穏な動きを見せていた。
「対象、覚醒段階5。回収は不可能と判断。次善策へ移行」
合成音声が冷たく告げる。次の瞬間、灰色機の1機が、光柱そのものへビームを撃ち込んだ。
「破壊するつもりか」
ラルが叫ぶ。
「制御できないものは処分する。それが我々の任務だ」
灰色機の答えは端的だった。
ビームが光柱に触れた瞬間、周囲の空気が震え、村中の水面が一斉に逆巻いた。破壊行為への反応は、むしろ覚醒を加速させただけだった。水しぶきが村の屋根を叩き、遠くで悲鳴が上がる。
「馬鹿な連中め」
ラルが吐き捨て、青いザクIを灰色機へ突撃させる。マシンガンの弾幕が装甲を削るが、決定打には至らない。装甲の質そのものが、これまで戦ってきたどの相手とも違っていた。
その混乱の最中、シローの視界の端で、地下からもうひとつの光が漏れているのに気づいた。
先ほどとは違う、人工的な明滅を伴う光。誰かが、装置の内部で機器を操作している証拠だった。
——ハモンたちが、まだ地下にいる。
シローは背中のララァを揺すり上げ、光柱の根元へ視線を戻した。翼状の構造物が、さらに大きく開こうとしている。もし完全に開ききれば、その先に何が起きるのか、誰にもわからなかった。伝承にも、記録にも、そこから先のことは書かれていない。
「アマダ少尉」
マチルダの声が、乱れた通信越しに届いた。
「本国から新たな指令です。査察部隊が排除に失敗した場合、対象一帯への戦略級火力投射を検討、と」
「戦略級、って」
「衛星軌道からの精密攻撃です。村ごと消える規模の」
血の気が引いた。連邦もまた、この装置を最終的には「消せるもの」として扱っている。ハモンたちの傲慢さと、根っこは同じだった。
「止めてください」
「私にそんな権限はありません。ただ、決定までにはまだ時間がある。その間に、何とかしなければ」
その「何とか」が、具体的に何を指すのか、マチルダ自身にもわかっていないようだった。それでも、彼女の声には、諦めではなく、まだ何かを探そうとする意志があった。
灰色機の残りの2機が、包囲を狭めるように光柱へ接近していく。連邦艇とジオン降下艇は、もはやそれを止める余力を失いつつあった。何度目かの被弾で、連邦艇の片翼から黒煙が上がっている。
「くそ、燃料も弾もそろそろ底が見える」
スレッガーの声には、いつもの余裕が薄れていた。それでも軽口を完全には手放さない。
「新入り、そっちで何か手はないのか。俺たちはもう、時間稼ぎしかできそうにねえ」
シローは、腕の中のララァを見た。呼吸は浅く、額には玉のような汗が浮いている。彼女の唇が、また微かに動いた。声にならない旋律の断片。まだ終わっていない歌。
「時間を稼いでください」
シローは無線に向かって叫んだ。
「彼女が目を覚ませば、まだ止められる。俺はそう信じてる」
「信じてる、で持つ保証はどこにもねえけどな」
スレッガーは苦笑まじりに答えながらも、機体を灰色機の前へ滑り込ませた。中間形態の関節が、限界を超えた悲鳴を上げる。
村の高台では、避難を終えた人々が、遠く光る川を見つめていた。誰も声を上げない。ただ、祈ることさえ許されない静けさの中で、事の成り行きを見守るしかなかった。
クスコは、シローの隣に立ち、震える指で光柱を指さした。
「あれ、ララァのお母さんも、見たことあるのかな」
唐突な問いだった。だがシローには、その問いの意味がすぐにわかった。
「ララァのお母さんは」
「もういない。ずっと前に、川で」
クスコは、それ以上は語らなかった。だが、その短い言葉だけで、声の守護者という役目がどれほど過酷なものかを、シローは思い知らされた。母から娘へ受け継がれる歌。その歌を継いだ先に待っているものを、村は誰も口にしない。口にすれば、次に選ばれる子どもが怯えてしまうからだ。
シローは、腕の中のララァを見下ろした。彼女の頬を、汗とも涙ともつかない雫が伝っていた。
「お前だけを、その役目のまま終わらせやしない」
誰に向けた言葉なのか、シロー自身にもわからなかった。ただ、口にした瞬間、腕の中の重みが、わずかに軽くなった気がした。
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