【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
地下空洞では、ハモンたちが目覚めゆく巨躯の足元で作業を続けていた。
制御用の球体を、根元の接続端子へ挿し込む。回路が発光し、周囲の壁面に無数の光の筋が走った。羽を広げた人型の浮き彫りのひとつひとつが、内側から発光し始める。まるで、長く眠っていた記録装置が、一斉に目を覚ましたかのようだった。
「接続完了。感応係数、限界値に到達しています」
部下の声には、明らかな怯えが滲んでいた。
「予定通りよ」
ハモンは冷静だった。だが、その手はわずかに震えていた。恐怖ではなく、興奮による震えだった。
「使用者を」
「今から連れてきます、あの娘を」
「急いで。この覚醒段階で放置すれば、この1帯ごと消し飛ぶ」
その瞬間、遠くから重い足音が響いた。武装した部下の1人が、地上との連絡通路から戻ってくる。
「捕捉しました。声の守護者は、村の高台に。連邦の少尉が抱えています」
ハモンの目が細まった。
「連邦の少尉、ね。少しは骨のある子みたいだけど」
「強行突入しますか」
「戦闘は面倒よ。でも、時間もない」
ハモンは端末を操作し、地下空洞から地上へ通じる隠し扉のロックを解除した。
「行きましょう。あの娘を連れてくる。手荒な真似はしたくないけれど、選んでいる余裕はないわ」
彼女の声には、良心の呵責より、業務効率への焦りだけがあった。
地上——村の高台では、シローがララァを背負ったまま、東の河原を目指して走っていた。
そのとき、背後の地面が突然開いた。
隠し扉から、防護服姿の人間たちが姿を現す。武装した部下が、迷いなく銃口をシローへ向けた。
「動くな。少女を渡してもらう」
「渡すわけないだろう」
シローはララァを庇うように身をよじった。だが負傷した身体では、逃げ切れる速度が出ない。肋骨の痛みが、限界を超えて背中まで走った。
「無駄な抵抗はやめて」
ハモンが前に出た。白衣に近い服装が、この状況にひどく場違いだった。
「その子は貴重なサンプルなの。壊されたら困る」
「サンプルだと」
シローの声に、初めて明確な怒りが乗った。
「彼女は人間だ。あんたらの実験道具じゃない」
「あら、正義感が強いのね。でも、正義感で装置は止まらないわ」
ハモンは背後の光柱を指した。
「今、この瞬間にも、あれは覚醒し続けている。止められるのは、適性を持つ人間だけ。そして、あなたの背中にいる子が、今のところ唯一の候補」
「彼女は限界だ。もう意識もない」
「意識がなくても、接続はできる。多少、負担が大きくなるだけ」
その言葉が意味するものを、シローは瞬時に理解した。ララァの命を、装置の部品として使うつもりだ。
「触るな」
シローは低く言った。
「一歩でも近づいたら」
「近づいたら、何?」
ハモンは冷たく笑った。
「あなたに、私たちを止める手段があるとでも?」
その挑発に応えたのは、シローではなかった。
背後から、青白い光線が一直線に走り、ハモンの部下が構えていた銃を弾き飛ばした。
「な——」
振り返ったハモンの視線の先に、スレッガー機が着地していた。試験機の腕部が、まだ焼け焦げた状態で武器を構えている。
「悪いが、その取引には乗れねえな」
スレッガーの声が、コクピットのスピーカーから響いた。
「アマダ、その嬢ちゃんを連れて下がれ。ここは俺が食い止める」
ハモンの表情が初めて崩れた。計算違いという苦い顔だった。
「連邦の兵器風情が、私たちの仕事を邪魔するの」
「仕事の中身次第だな。子どもを実験台にする仕事なら、大いに邪魔させてもらう」
その一言に、シローは救われる思いだった。だが、状況が好転したわけではない。
灰色機がなおも光柱を攻撃し続け、覚醒の進行は止まらない。地下ではハモンたちが手段を選ばずララァを狙う。そして頭上では、まだ本来の戦争——連邦とジオンの争いさえ、完全には終わっていなかった。
すべてが、崩れる寸前で辛うじて均衡していた。
その均衡を最初に破ったのは、意識を失っていたはずのララァだった。
「触れれば……消える」
譫言のような呟きが、シローの耳元でこぼれた。
「何が消えるんだ」
シローが問うと、ララァの瞼がわずかに震えた。完全に目覚めてはいない。だが、その言葉は、どこか別の場所からの警告のように響いた。
「境界に触れたら……この村ごと、消える」
ハモンの部下たちが、じりじりと包囲の輪を狭めてくる。スレッガー機の武器も、そう長くは保たない。弾倉の残量を示す表示灯が、すでに赤く点滅していた。
「アマダ、聞こえるか。俺の後ろに回れ。子どもたちのところまで、あと少しだ」
スレッガーの声は、いつもの軽さを保っていたが、その奥に切迫が滲んでいた。シローは頷き、痛む足を引きずりながら後退を始めた。ハモンの部下たちが追おうとするが、スレッガー機のマシンガンが、その進路を制するように地面を撃ち抜く。
「ここから先は通さない。それが、俺の今日の仕事だ」
ハモンは、忌々しげにその光景を睨んだ。
「時間の無駄ね。連邦の兵隊風情が、こんなところで意地を張るなんて」
「意地じゃない。ただの、当たり前のことをしてるだけだ」
その言葉には、飾り気のない誠実さがあった。ハモンは一瞬だけ怯んだように見えたが、すぐに冷酷な計算に戻った。
「部隊を再編して。正面突破は無理でも、側面から回り込めば」
彼女の指示に、部下たちは無言で頷いた。良心という装備を、最初から積んでいない者たちの動きだった。
シローは、走りながらもララァの様子から目を離せなかった。彼女の唇が、また小さく動いている。声にならない旋律。境界の歌の断片が、途切れ途切れに漏れていた。
「ララァ、頑張れ。もう少しだ」
自分の声が、どこまで届いているのかわからない。それでも、呼びかけることをやめられなかった。
背後で、爆発音が響いた。振り返ると、スレッガー機の右腕が吹き飛んでいる。ハモンの部下が持ち出した携行火器の直撃だった。
「くそ、当ててきやがった」
スレッガーの声に、初めて明確な苦痛が混じった。それでも機体は倒れない。片腕を失ったまま、なおも壁のように立ちはだかり続ける。
「アマダ、急げ。俺の保証期限、そろそろ切れる」
その言葉を最後に、通信が不安定なノイズに変わった。シローは奥歯を噛みしめ、足を速めた。肋骨の痛みなど、もはや数えるだけ無駄だった。
河原まであと少し、というところで、地面がふたたび震えた。今度は、川底からの鼓動ではない。もっと近く、もっと直接的な震動だった。
「これは……」
シローが振り返ると、光柱の根元、装置本体の一部が、明らかに人為的な操作を受けて明滅を強めていた。ハモンたちが、強引に核へ干渉を試みているのだ。
「まずい」
ララァの身体が、腕の中で大きく痙攣した。
「境界が、揺れてる……」
彼女の呟きは、もはや譫言というより、悲鳴に近かった。
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