【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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宇宙世紀0078年11月15日 午後3時15分 夢の底へ

ララァの意識は、身体を離れ、川底の巨躯の内側へ沈んでいた。

 

そこは、光と音でできた奇妙な空間だった。時間の感覚がない。上も下もない。ただ、無数の記憶の断片が、粒子のように漂っていた。

 

古い研究者たちの声。実験記録。悲鳴。データの羅列。そして、何度も繰り返される問い。適性者確保、感応耐性試験、閾値観測。声には温度がなかった。ただ手続きとして、恐怖が測定され、記録され、破棄されていった記憶ばかりだった。

 

ララァは、その中を漂いながら、ひとつの中心を見つけた。

 

そこにあったのは、装置の意識のようなものだった。人間の言葉ではない。だが、感情に近い波形は確かにあった。

 

——こわい。

 

その波形が、ララァの意識に触れた瞬間、彼女は理解した。この巨大な装置の中心には、恐怖しかない。誰かに植え付けられた恐怖、それを何度も上塗りされ続けた、目覚めるたびに殺意にさらされる恐怖。

 

——なんで、いつも、こわいことばかり。

 

ララァは、その声に近づいた。

 

「こわいのは、わかる」

 

彼女は語りかけた。声にならない声で。

 

「わたしも、こわい。でも、こわいから壊してもいいわけじゃない」

 

——でも、こわいから、こわいものを、なくしたい。

 

「なくならない。こわいものは、なくならない。でも、少しだけ、静かにすることはできる」

 

ララァの意識が、装置の中心へさらに深く入り込む。そこには、何層にも積み重ねられた記憶があった。過去に接続された被験者たちの、断片化した意識の残滓。誰もが、恐怖の中で消えていった。

 

その中に、ひとつだけ、違う波形があった。

 

先ほど、シローが呼びかけた声の残響だった。怖いから、撃たせたくない。怖いから、まだ終わらせたくない。

 

ララァは、その波形を装置の中心へ、そっと差し出した。

 

「これも、聞いて」

 

——これは、なに。

 

「怖がりながら、誰かを守ろうとする声」

 

装置の波形が、揺れた。

 

——知らない。こんな声、知らない。

 

「知らなくていい。ただ、聞いて」

 

長い沈黙が、その空間を満たした。ララァには、それがどれくらいの時間なのか、わからなかった。一瞬かもしれない。永遠かもしれない。時間という概念そのものが、この場所では意味を失っているようだった。数えるための身体が、ここにはない。

 

その沈黙の中で、ララァはふと、別の記憶の層に触れた。もっと古い、もっと澄んだ層だった。そこには、恐怖ではない何かが眠っていた。旋律だった。誰かが、かつてこの器に向けて歌った、子守唄のような調べ。

 

「これは……」

 

ララァは、その旋律に耳を澄ませた。聞いたことのある節回しだった。母が、まだ小さかった頃の自分に、何度も口ずさんでくれた歌。境界の歌の、いちばん古い部分。

 

——その歌、知ってる。

 

装置の波形が、初めて明確な反応を示した。

 

——ずっと前、誰かが歌ってくれた。眠る前に、いつも。

 

「あなたに、歌ってくれた人がいたの」

 

——名前は、覚えてない。でも、声は覚えてる。優しい声だった。今はもう、いない」

 

ララァの胸に、痛みに似た共感が走った。この装置もまた、誰かに愛され、そしてその誰かを失った存在なのだと、彼女は初めて理解した。鳥の人(バードヒューマン)が去ったあの日から、この器はずっと、独りで恐怖だけを積み重ねてきたのだ。誰にも歌いかけられることなく、ただ闇の中で、悪意と殺意だけを浴び続けてきた歳月を思うと、ララァは胸が締めつけられる思いがした。

 

「わたしが、歌う」

 

ララァは、静かにそう告げた。

 

——あなたが。

 

「まだ全部は歌えない。でも、覚えている分だけ」

 

やがて、装置の波形が、わずかに変化した。攻撃的な白から、もう少し柔らかい光へと。装置の呼吸のようなものが、ほんの少しだけ深くなった気がした。

 

だが、その変化は完全な鎮静を意味しなかった。むしろ、装置はまだ、答えを決めかねているように揺らいでいた。1つの記憶が優しさへ傾いても、別の層では、まだ恐怖が渦を巻いている。長い年月に積もった傷は、たった1度の歌では、そう簡単には癒えない。

 

ララァの意識が、次第に薄れていく。深く潜りすぎた代償が、彼女自身の存在を、装置の中に溶かし始めていた。

 

「戻らないと……」

 

その呟きは、誰にも届かなかった。少なくとも、まだこの時点では。

 

意識の輪郭が、少しずつぼやけていく。自分がララァであるという感覚さえ、装置の記憶の海の中で、次第に希薄になっていった。それでも彼女は、最後の力で、ひとつの名前だけを握りしめていた。

 

シロー。

 

その名前だけが、彼女を、彼女自身として繋ぎ止める錨だった。

 

装置の内側では、別の変化も起きていた。地上でハモンたちが核へ強引に接続を試みたことで、ノイズにも似た異物感が、装置の意識の奥にまで届いていた。

 

——また、こわいものが、増えてる。

 

「それは、あなたを利用しようとする人たちの声。わたしとは違う」

 

——区別が、つかない。全部、同じ場所から来る。

 

ララァは焦りを覚えた。ハモンたちの干渉が、せっかく緩みかけた装置の警戒を、ふたたび締め上げようとしている。恐怖の器は、優しさと敵意を、まだうまく仕分けられずにいた。当然かもしれない、とララァは思った。何千年もの間、この器に触れてきたのは、ほとんどが恐怖と欲だけだったのだから。

 

「聞いて。全部が、同じじゃない」

 

ララァは、装置の記憶の層を、ひとつひとつ丁寧になぞり始めた。恐怖の記憶の合間に埋もれた、ごくわずかな優しさの痕跡を探すように。かつて誰かがこの器に触れ、壊そうとせず、ただ寄り添おうとした瞬間があったはずだと、彼女は信じていた。

 

やがて、ひとつの記憶が浮かび上がった。ずっと昔、まだ鳥の人(バードヒューマン)がこの地にいた頃。彼らのうちの誰かが、まだ幼いこの器に、初めて歌を聞かせた瞬間の記憶だった。

 

——これ。

 

装置の波形が、その記憶に触れた瞬間、大きく震えた。

 

——思い出した。最初は、これだった。

 

「そう。あなたは、最初から、こわいものじゃなかった」

 

ララァの声に、装置がゆっくりと呼応し始める。だが、その均衡は、地上からの干渉によって、いつ崩れてもおかしくないほど危ういものだった。

 

ララァの意識は、その危うさを抱えたまま、ぎりぎりの均衡の中で、歌の続きを探し続けていた。まだ全部を覚えていない。それでも、覚えている分だけを、丁寧に、丁寧に紡いでいくしかなかった。




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