【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
村の高台では、シローがララァの身体を抱えたまま、彼女の名を呼び続けていた。
「ララァ。起きろ」
呼吸はある。だが、意識は完全に戻らない。瞼の下で、瞳が忙しなく動いていた。まるで、遠い場所で何かと対話しているかのように。
「起きろって言ってるだろう」
シローの声は掠れていた。だが、それでも彼は呼び続けた。他に、できることがなかったからだ。
ハモンは苛立たしげにその様子を見ていた。
「無駄よ。彼女は今、装置の中心と接続している。物理的な声かけで戻るレベルじゃない」
「うるさい」
シローは彼女を無視した。
「ララァ。約束しただろう。眠ったら、俺が起こすって」
そのとき、上空で新たな衝撃が走った。灰色機の1機が、ついに光柱への直接攻撃を成功させたのだ。
装置内部で、悲鳴に似た波形が走る。ララァの身体が、シローの腕の中で大きく痙攣した。
「ララァ!」
シローは思わず叫んだ。
意識の海の中で、ララァはその衝撃を全身で受け止めていた。装置の恐怖が、一気に膨れ上がる。せっかく緩みかけていた警戒が、たった1度の攻撃で、また硬く閉じようとしていた。
——やっぱり、こわい。やっぱり、みんな、こわがらせる。
「違う」
ララァは必死に呼びかけた。
「あれは、一部の人たちだけ。全部じゃない」
——わからない。もう、わからない。
装置の意識が、暴走の方向へ傾き始める。ララァの意識も、その渦に巻き込まれかけていた。
その瞬間、彼女の意識の奥で、もうひとつの声が響いた。
「ララァ、起きろ」
シローの声だった。物理的な声帯を通した声ではない。もっと直接的な、心の奥から届く呼びかけだった。
「約束、忘れたのか」
ララァの意識が、その声に引き寄せられる。
「まだ、終わってない。まだ、俺は起こしてない」
——その声。
装置の波形が、シローの声に反応した。
——こわがらせない、声。
「そう。だから、聞いて」
ララァは、装置の中心へ最後の力を振り絞って語りかけた。
「これが最後。あなたを裁くのは、あなた自身。壊すも、壊さないも、あなたが決めていい。でも、決める前に、もう1度だけ、外の声を聞いて」
装置の波形が、大きく揺れた。
そして、ゆっくりと、静まっていった。完全な鎮静ではない。それでも、暴走へ向かう勢いは、確実に緩んでいた。
ララァの意識が、急速に自分の身体へ引き戻される。
高台で、彼女の瞼が開いた。
「シロー……」
「起きたか」
シローの声には、安堵と、まだ消えない緊張が混じっていた。
「約束、守った」
ララァは弱々しく微笑んだ。
「うん。守った」
その光景を見て、ハモンは舌打ちした。
「まだ間に合うわ。彼女を装置に接続すれば、完全に鎮静できる」
「させない」
シローはララァを抱えたまま、後退した。
「彼女は、もう十分やった。これ以上、あなたたちの道具にはさせない」
その声には、負傷や疲労を超えた、揺るぎない意志があった。ハモンはその目を見て、一瞬だけ、交渉の余地がまったくないことを悟った。
ハモンの部下たちが動こうとした瞬間、上空から新たな砲撃音が響いた。
スレッガー機と、ラルのザクIが、連携して灰色機の一団へ攻撃を仕掛けていた。敵対していたはずの2人が、この瞬間だけは同じ方向を撃っていた。片腕を失った試験機と、装甲のあちこちが焼け焦げたザクI。どちらも満身創痍だったが、その連携には迷いがなかった。
ハモンは、忌々しげにその光景を見た。片腕を失ったスレッガー機が、それでも前線を離れず戦い続けている。連邦とジオン、本来相容れないはずの2つの色が、この瞬間だけは同じ目的のために並んでいた。
「戦争ってやつは、本当に趣味が悪いわね」
彼女は誰にともなく呟いた。皮肉のつもりだったが、その声には、わずかに動揺が混じっていた。計算通りに進まない状況に、彼女自身が最も戸惑っているようだった。
「後退します。強行突破は」
「わかってる。撤収の判断は、私がする」
ハモンは端末を確認した。本国からの新たな指令が、すでに届いていた。文面は簡潔だった。状況掌握不能、撤収を検討せよ。彼女の口元が、皮肉げに歪んだ。
「上の人間は、いつも都合よく逃げ道を用意してくれる」
シローは、腕の中のララァを見下ろした。彼女の呼吸は、まだ弱々しかったが、確かに規則正しくなっている。額の汗を拭ってやると、彼女はかすかに目を細めた。
「まだ、終わってない」
ララァが小さく呟く。
「わかってる」
「でも、さっきより、少しだけ静か」
シローは頷いた。彼女の言う通り、川底からの鼓動は、先ほどよりも間隔が伸びている。まだ危険域を脱してはいない。それでも、確かに何かが変わり始めていた。
クスコが、息を切らして駆け寄ってきた。
「ララァ、目、覚めた」
「うん」
「よかった……ほんとに、よかった」
クスコは、涙と煤で汚れた顔のまま、ララァの手を握った。ララァもまた、その小さな手を握り返す。言葉はいらなかった。
上空では、まだ戦闘が続いていた。だが、その音は、少しずつ勢いを失いつつあるように、シローには聞こえた。あるいは、それは願望に過ぎないのかもしれない。それでも、今はその願望にすがるしかなかった。
「シロー、まだ、聞こえる」
ララァが、川の方角へ視線を向けた。
「装置が、まだ迷ってる。壊すか、壊さないか」
「決めるのは、あいつ自身だって言ったんだろう」
「うん。でも、迷ってる時は、そばにいてほしいものでしょう」
その言葉に、シローは思わず苦笑した。人間も機械も、迷っているときに欲しいものは、そう変わらないのかもしれない。
長老が、遠くからその様子を見守っていた。彼の表情には、まだ困惑が残っている。だが、それは先ほどまでの敵意とは、明らかに違う色をしていた。声の守護者という役目の重さを、彼は今、初めて正しい形で理解しようとしていた。
「われらは、あの子に、ずっと重荷を背負わせてきたのかもしれん」
老人が、誰にともなく呟いた。その声には、これまでの威厳とは違う、ひとりの老いた人間としての弱さが滲んでいた。誰も、それに答えなかった。答える必要もなかった。老人自身が、その言葉の重さを、ようやく噛みしめ始めていたからだ。
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