【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
灰色機の一団は、連携攻撃に押され始めていた。数の利があっても、意志を共有した連携には敵わない。皮肉なことに、その連携を成立させたのは、本来敵同士であるはずの連邦とジオンだった。
「案外、いけるもんだな」
スレッガーが軽口を叩く。片腕を失った機体からとは思えないほど、その声には力があった。
「油断するな。あちらの装置はまだ興奮している」
ラルが冷静に返した。
光柱は、先ほどよりも穏やかな色合いを保っていた。だが、完全に鎮まったわけではない。時折、痙攣するように明滅を繰り返している。
その光の中心で、巨大な影が、ゆっくりと動きを止めていた。
羽を広げかけていた構造物が、途中で止まり、震えている。まるで、飛び立つべきか、眠るべきか、迷っているようだった。
「あれは……泣いているのか」
シローは、光の隙間から漏れる微細な水滴の粒子を見て、そう感じた。涙という表現は、あまりに人間的すぎる比喩だった。だが、そうとしか言いようのない光景だった。
長く眠らされ、何度も恐怖だけを注ぎ込まれてきた装置。それは、目覚めるたびに、憎しみと殺意しか知らなかった。今、初めて別の何かに触れて、戸惑っている。
失敗した神の涙。
その言葉が、シローの脳裏に浮かんだ。誰に教わったわけでもない。それでも、その表現以外に、今この光景を言い表す言葉が見つからなかった。
ハモンが、忌々しげにその光景を見つめていた。
「予定と違う」
彼女の声には、初めて明確な焦りが滲んでいた。眉間に刻まれた皺は、これまでの冷徹な計算高さとは違う、生身の苛立ちを物語っていた。
「こんな中途半端な鎮静化は、想定していない。完全停止か、完全暴走か、どちらかのはずだったのに」
「あんたらの想定なんて知るか」
シローは吐き捨てた。
「これは、あんたらが管理できるものじゃない」
ハモンは反論しかけたが、部下からの緊急連絡が入り、言葉を切った。
「本国から緊急指令です。査察部隊、即時撤収」
「撤収? なぜ」
「詳細不明。ただ、『対象の完全制御は不可能と判断、これ以上の関与は政治的リスクが大きい』とのことです」
ハモンの顔が歪んだ。
「政治的リスク、ね。結局、そこか」
彼女は舌打ちし、シローとララァを一瞥した。
「あなたたち、運がいいわね。上の人間が、面倒事から逃げる決断をしただけ」
「それでも、助かるなら助かる」
「そうね。でも、覚えておきなさい。この装置は、まだ生きている。次に誰かが同じ過ちを繰り返せば、また同じことが起きる」
ハモンはそう言い残し、部下たちを率いて隠し扉の奥へ消えていった。灰色の機体たちも、上空で戦闘を中断し、ゆっくりと後退を始める。
「撤収する気か」
スレッガーが訝しむ。
「命令なら仕方あるまい」
ラルが応じる。
「だが、この場を去るのは、我々も同じだ。連邦の若い少尉。今日のところは、これで手を引く」
「ラル大尉」
シローが呼び止めた。
「なぜ、俺たちに協力した」
ラルは一瞬だけ、考える素振りを見せた。
「戦場で敵の兵を撃つのは、私の仕事だ。だが、子どもを実験の道具にする連中を見過ごすのは、私の流儀に合わない。それだけのことだ」
その声には、恩着せがましさも、正義を気取る響きもなかった。ただ、彼という人間の輪郭が、そのまま言葉になっただけだった。
そう言って、彼は青いザクIへ戻っていった。降下艇が村を離れ、山の稜線の向こうへ消えていく。
戦場は、静けさを取り戻しつつあった。
だが、光柱はまだ、そこにあった。ゆっくりと明滅を繰り返しながら、まだ何かを決めかねているように、村の上空に立ち続けている。
シローは、腕の中のララァを見た。彼女の目は、まっすぐ光柱に向けられていた。
「まだ、決めてない」
ララァが呟く。
「壊すか、壊さないか。あの子、まだ迷ってる」
「時間はかかる。それでいい。急かすもんじゃない」
シローの言葉に、ララァはかすかに頷いた。
村人たちも、遠巻きにその光景を見守っていた。先ほどまでの恐怖とは違う、もっと静かな緊張が、村全体を包んでいた。クスコは、シローとララァのそばに座り込み、両手を握りしめて祈るように空を見上げていた。祈りの言葉は知らない。ただ、何かを願う気持ちだけが、そこにあった。
マチルダが、村の入口から急ぎ足でやってきた。無線機を片手に、彼女の表情には、安堵と緊張が半々に浮かんでいた。
「アマダ少尉、状況は」
「まだ、続いています。でも、さっきより落ち着いてきました」
「本国からは、戦略級火力投射の検討を一時保留するという連絡が入りました。査察部隊の撤収報告が、ぎりぎり間に合ったようです」
「一時保留、ですか」
「安心はできません。この状態が長引けば、また判断が変わる可能性がある」
マチルダの声には、疲労の色が濃く滲んでいた。それでも、彼女は決して諦めた表情を見せなかった。
「私にできることがあれば、何でも言ってください」
「では、上に報告を上げるとき、正確な言葉を選んでください。神でも、怪物でもない。ただの、まだ答えを探している装置だと」
マチルダは、シローの言葉を、しばらく黙って受け止めていた。やがて、静かに頷いた。
「わかりました。正確に、伝えます」
スレッガーの機体が、片腕のまま村の外れに降りてきた。整備兵たちが駆け寄り、焼け焦げた装甲を確認する。
「派手にやられたな、これは」
「言うな。今日1日で、寿命が10年は縮んだ」
軽口を叩きながらも、スレッガーの声には、隠しきれない安堵が滲んでいた。誰も、今日という日を、当たり前には生き延びられなかった。それでも、生き延びた。その事実だけが、今は何よりも重かった。
コクピットから降りてきたスレッガーは、片手で腰を叩きながら、シローの方へ歩いてきた。
「新入り、よくやったな」
「中尉のおかげです」
「俺のおかげじゃねえよ。お前があの嬢ちゃんを見捨てなかったから、俺たちも見捨てずに済んだ。それだけだ」
その言葉には、いつもの軽薄さの奥に、確かな重みがあった。シローは何も返せず、ただ頷いた。
光柱は、なおも村の中心で揺らいでいた。まだ答えは出ていない。だが、その揺らぎの中に、以前とは違う何かが、確かに芽生え始めていた。
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