機動戦士ガンダム BABEL CORE―第08MS小隊、シロー・アマダが見た「もう一つの一年戦争」と、ララァ・スンが名前を得る前の記録― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
その底で、バベルの本体が姿を見せた。
都市ほどの回路が、白く燃えていた。半球状の装甲。塔のような誘導子。脳波を模した光の河。古代遺跡にも聖堂にも見えるそれは、剥き出しになった瞬間、神ではなく機械として死に始めた。
「全員、伏せろ!」
誰かが叫んだ。
次の瞬間、地下から空へ向けて、純白の衝撃波が放たれた。
音は遅れて来た。まず光が通過し、影が消え、輪郭が揺れ、全員の意識が一瞬だけ同じ場所へ引き寄せられる。兵士も村人も、連邦もジオンも関係なく、胸の奥にある最初の恐怖だけが剥き出しにされた。
そして音が来た。
世界を内側から叩き割るような轟音だった。
それは平穏ではない。音を出すための空気そのものが、どこか遠くへ押し流されたような沈黙だった。川の流れも、機体のエンジン音も、兵士の怒号も、子どもの泣き声も、すべてが白い衝撃波に削られ、世界は耳を失った獣のように横たわっていた。
シローは、自分が生きていることを痛みで知った。
背中は泥に沈み、口の中には鉄の味があった。視界は白く焼け、輪郭が戻るまでに数秒かかった。数秒。戦場では永遠に近い時間だ。彼はまず腕を動かそうとした。動いた。次に指。動く。だが、右手には何かを握っていたはずだった。
空だった。
「ララァ……」
喉から出た声は、砂を噛んだように低かった。彼は上体を起こそうとし、すぐに崩れた。だが視界の端で、クスコが見えた。彼女は倒れた小舟の陰に座り込み、胸に誰かを抱えている。
ララァだった。
意識はない。けれど呼吸はあった。細い胸が、かすかに上下している。その事実だけで、シローの中に張り詰めていた何かが一度ほどけた。ほどけた瞬間、痛みが全部戻ってきた。
クスコは泣いていなかった。
泣くことを後回しにした顔だった。煤と泥と血で汚れた頬に、涙の跡だけが乾いて白く残っている。彼女はララァを抱えたまま、崩落した村の中心を見ていた。
そこには、もう広場がなかった。
円形にえぐれた川面の底で、バベルの本体が露出している。だが先ほどまでの神々しい白さは失われていた。巨大な回路の一部は黒く炭化し、塔状の誘導子は途中で折れ、光の河は不規則に明滅している。神話の死骸。そう呼ぶほかなかった。
だが、死骸はまだ完全には死んでいない。
底のほうで、白い眼が開いたり閉じたりしていた。もう誰かを飲み込むほどの力はない。ただ、夢から覚め損ねた巨大な子どものように、暗い水の中で瞬きを繰り返している。
ララァの唇が、わずかに動いた。
「……まだ、眠れない」
シローは這うように近づいた。膝が泥を削る。腕は震え、身体中が壊れた機械のように軋んでいる。それでも彼は、ララァのそばまで辿り着いた。
「起こしただろ」
自分でも驚くほど、声は優しかった。
ララァは目を開けなかった。だが、口元だけが少し動いた。
「今度は、あの子を」
シローはバベルを見た。
底にある白い眼が、ゆっくりと彼を見返した。
遠くで、エンジンが咳き込むように再始動した。連邦回収艇が姿勢を立て直している。ジオンの降下艇も、黒煙を引きながら高度を維持していた。誰も無傷ではない。だが戦場は、負傷しても終わらない。