機動戦士ガンダム BABEL CORE―第08MS小隊、シロー・アマダが見た「もう一つの一年戦争」と、ララァ・スンが名前を得る前の記録― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
轟音のあと、世界は一度、無音になった。
青いザクIは、片膝をついたまま動かなかった。ラルの機体は左腕を失い、背部推進器から黒煙を吐いている。それでもモノアイは消えていない。巨人はまだ、戦場を見ていた。
その向こうで、スレッガーの試験機が低く旋回していた。
飛んでいるというより、墜ちる角度を先延ばしにしているだけだ。翼は半分削れ、機体の腹は白く焼け、尾部からは燃料とも煙ともつかない黒い線が伸びている。だが、その機影はまだシローたちの上にあった。
「アマダ、生きてるか」
割れた通信から、スレッガーの声が落ちてきた。
「はい……まだ」
「なら上等だ。そっちの嬢ちゃんは」
シローはララァの呼吸を確認した。
「生きています」
「よし。じゃあ、今すぐ西岸へ抜けろ。マチルダの艇が拾う。俺は青い旦那を見張る」
「中尉、あなたの機体はもう――」
「俺の心配より、自分の足の心配をしろ。いいか、アマダ。今からが一番危ない。助かったと思った奴から死ぬ」
その言葉が終わる前に、空の色が変わった。
白い衝撃波で穴の開いた雲のさらに上、成層圏の縁で、ジオンのHLVが一機、記録されない航路を刻んでいた。
そこから切り離された小さな赤い影が、大気の膜を単独で貫いてきた。使い捨ての降下シェルは途中で焼け落ち、破片を尾のように引きながら、露出した真紅の機体が一直線に戦場へ降りてくる。
連邦でも、ジオンの降下艇でもない。
だがジオンの機体だった。
ザクIIの試作系譜に連なる、記録されない特務仕様機。先行量産型を基に、大気圏突入用の使い捨てシェルと高推力ユニットを組み合わせた、公式記録には残らない降下機だった。肩も胸も、通常の制式色ではない。戦場の上で名乗る必要がないほど傲慢な赤。
後年、ジオン公国軍の非公式記録に断片的に残ったこの機体は、MS-06系の初期仕様に、大気圏降下用の特殊装備を追加した一回限りの試作機とされている。量産化はされず、機体そのものも回収後に解体された。技術者たちの間では、この機体には正式な形式番号が最後まで与えられなかったと囁かれていた。
後の一年戦争を通じて、ジオンの単機大気圏降下は極めて例外的な運用として扱われる。シャアがこの日行った降下は、公式には存在しなかったものとして処理された。彼自身も、二度とこの方法を採らなかった。
ラルのモノアイが、赤い機体へ向いた。
「……誰だ」
返答はなかった。
真紅の機体は通信にも、警告にも、敵味方識別にも応じない。まるで戦場そのものを迂回して、目的地だけを見ているように、一直線に降下角を変えた。
その先にいるのは、ララァだった。シローは立ち上がろうとして、膝から崩れた。泥が手のひらを飲み込む。それでも、目だけは赤い機体から離れなかった。
シローの背筋が凍った。
ララァは目を閉じたまま、かすかに息を吸った。
「知らない声……でも、強い」
クスコがララァを抱きしめる腕に力を込めた。
シローは泥の中から立ち上がった。もう立てないはずだった。だが、立った。身体に残った最後の命令権を、自分自身へ叩きつける。
「来るな……」
赤い機体は止まらない。
戦争が、最後の獲物を見つけたように、真紅の影がガンジスの空を裂いて降りてきた。