【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
平穏は、長くは続かなかった。
村が落ち着きを取り戻しかけた翌朝、新たな機影が空に現れた。
今度は、灰色でも、連邦の白でも、ジオンの緑でもなかった。
真紅に塗られた1機のモビルスーツが、山の稜線を越えて降下してきた。動きは異様に速い。今まで見たどの機体とも違う、洗練された挙動だった。無駄な動きがひとつもない。まるで機体そのものが、操縦者の意志を寸分の狂いもなく写し取っているかのようだった。
「なんだ、あれは」
シローは思わず身構えた。前日の激戦の疲労は、まだ骨の髄にまで残っている。それでも、身体は反射的に警戒態勢を取った。
真紅の機体は村の外れに着地すると、コクピットハッチを開けた。降りてきたのは、まだ若い男だった。整った顔立ちに、どこか浮世離れした雰囲気を纏っている。歳の頃はシローとそう変わらないはずなのに、纏う空気にはまるで別の年月を生きてきたような重みがあった。
「シャア・アズナブル。連邦、ジオン、どちらの所属でもない。個人的な興味で、ここへ来た」
男は名乗った。その名を聞いて、村人たちの間に、かすかなざわめきが走った。何者かは知らないが、ただならぬ気配を纏っていることだけは、誰の目にも明らかだった。
「個人的な興味とは」
シローは警戒を解かずに問うた。
「バベル・コアという名の装置。
シャアの視線が、ララァへ向いた。
「彼女が、声の守護者か」
「そうだ。でも、あんたに渡すつもりはない」
シローが前に出る。シャアは軽く肩をすくめた。
「奪う気はない。ただ、確認したいだけだ。この装置が、今後どう扱われるべきかを」
「どういう意味だ」
「私は、いずれこの装置と同じ系統の技術に、また出会うことになるだろう。その時のために、今日この場所で何が起きたのか、正確に知っておきたい」
シャアの言葉は、抽象的で、どこか遠い未来を見据えているように聞こえた。シローには、その真意を完全には掴めなかった。
「あんたも、上の連中と同じか」
「違う、と言いたいところだが、否定もしない。私もまた、この技術の可能性に、興味を持っている1人だ」
シャアは、村の様子をゆっくりと見渡した。破損した家屋、疲弊した村人たち、そして静かに流れる川。その視線には、憐れみでも、優越感でもない、ただの純粋な観察があった。まるで、この光景そのものを、記憶の奥深くに正確に刻みつけようとしているかのようだった。
「あの装置は、今、眠っているのか」
「ああ。だが、また目を覚ますかもしれない。次に誰かが、同じ過ちを繰り返せば」
「その通りだ。人間は、学習が苦手な生き物だからな」
シャアの口元に、皮肉げな笑みが浮かんだ。だが、その目は笑っていなかった。
「1つだけ、教えてくれないか。あの少女が、装置を鎮めた方法を」
シローは一瞬、言葉を選んだ。ハモンに対しては、頑なに拒んだ質問だった。だが、シャアの問いには、どこか違う響きがあった。利用しようとする欲ではなく、もっと純粋な、理解しようとする意志があるように感じられた。
「歌だ」
「歌?」
「彼女の一族に伝わる、境界の歌。言葉じゃなくて、旋律で語りかけた」
シャアは、しばらく沈黙した後、小さく頷いた。
「なるほど。理屈ではなく、感応で語りかけたということか。それは、ずいぶん人間らしいやり方だ」
その言葉には、賛辞とも皮肉ともつかない、複雑な響きがあった。
「1つだけ、忠告しておこう」
コクピットへ乗り込む直前、彼は振り返った。
「この装置は、今日、完全には終わっていない。似たようなものが、他にも存在する可能性が高い。声の守護者となった彼女は、これからも狙われ続けるだろう」
その言葉を残し、真紅の機体は再び空へ上がり、去っていった。
シローは、その後ろ姿を見送りながら、拳を握りしめた。
戦争は、まだ終わっていない。むしろ、この日を境に、新しい局面が始まろうとしていた。
ララァが、シローの隣でその機影を見つめていた。
「あの人、悲しい目をしてた」
「悲しい?」
「うん。何かを、ずっと探してる目」
シローには、その印象がどこから来るのか、よくわからなかった。だが、ララァの直感を疑う理由も、もはやなかった。彼女はいつも、言葉より先に、その場にある本当のものを見抜いてしまう。
「あの人、また来るのかな」
「わからない。でも、また来るような気がする」
シローは、遠ざかっていく赤い機影を見つめながら、そう答えた。根拠はなかった。ただ、あの男の目に宿っていた執着に似た光が、簡単に消えるものではないと、直感的に感じただけだった。
マチルダが、遠くから駆け寄ってきた。
「今のは……」
「名乗ってはいましたが、詳しいことはわかりません。連邦でもジオンでもない、と言っていました」
「厄介ですね。得体の知れない第3者まで、この1件に興味を持っているとなると」
マチルダの表情には、隠しきれない疲労が浮かんでいた。それでも、彼女は報告書を作るための端末を、すでに手にしていた。
「この件は、私の一存では処理しきれません。上に報告した上で、あなたたちの安全をどう確保するか、あらためて考える必要があります」
「村ごと、ですか」
「ええ。少なくとも、しばらくは監視の目が必要でしょう」
その言葉に、シローは複雑な気持ちを覚えた。監視という言葉には、保護と支配、両方の意味が透けて見えた。この村を守るための措置が、いつの間にか、また別の形で村を縛る仕組みになりはしないか。その懸念を、彼は拭いきれなかった。
朝の光が、川面に反射して輝いていた。昨日の激戦が嘘のように、空は静かに晴れ渡っている。だが、その静けさの底に、まだ終わっていない何かが、確かに眠っていることを、シローは忘れなかった。
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