【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
数日後、連邦の回収部隊が正式に村へ入った。
マチルダの尽力により、今回の1件は「未確認の地質活動による集落被害」として処理されることになった。バベルの存在は、公式記録から徹底的に削除された。村もまた、地図上でわずかに座標を移された形で再登録され、実質的にその存在をぼかされた。
回収部隊の作業は、静かに、しかし念入りに進められた。破損した通信設備の撤去、地下施設への出入口の再封鎖、そして関係者全員への箝口令。この1件に触れた人間の記憶からも、まるで存在そのものを消し去ろうとするかのような徹底ぶりだった。
シローは、その光景を複雑な思いで眺めていた。表向きは「復旧作業」と呼ばれるそれは、実際には「隠蔽作業」以外の何物でもなかった。だが、それに異議を唱えたところで、状況が変わるわけではない。せめて村人たちの生活が守られることだけを、彼は願うしかなかった。
シローは、基地への帰還命令を受けていた。
出発の朝、彼はララァのもとを訪れた。彼女は、まだ本調子ではないが、自力で歩けるまでに回復していた。
朝の光の中、川辺に佇む彼女の姿は、あの激しい1日が嘘だったかのように穏やかだった。だが、その目の奥には、まだ消えきらない疲労の色が残っている。
「行くのか」
ララァが訊いた。
「命令だからな」
「戻ってくる?」
その問いに、シローは即答できなかった。軍人の身では、約束できることは限られている。
「わからない。でも、忘れはしない」
ララァは、その答えを、静かに受け止めた。
「私も、忘れない」
彼女は、シローの手を握った。小さな、けれど確かな重さのある手だった。
「あなたの声、覚えた。あの子も、覚えた。だから、大丈夫」
「大丈夫、か」
「うん。次に誰かがまた、あれを起こそうとしても、あなたの声があれば、少しは違う」
その言葉に、シローは何も返せなかった。ただ、彼女の手を、少しだけ強く握り返した。
しばらくの沈黙の後、ララァが、ふと思い出したように口を開いた。
「あなたの機体、直ったら、また同じ形になるの?」
「たぶんな。まだ半人前の機体だが」
「半人前でも、飛べたね」
「飛べたな。無理やりだったけど」
ララァは、小さく笑った。
「わたしも、まだ半人前。全部の歌、覚えてない」
「それでも、あいつを眠らせただろう」
「半人前でも、できることはあるって、わかった。あなたが、教えてくれた」
その言葉に、シローは胸の奥が温かくなるのを感じた。互いに未完成なまま、それでも何かを成し遂げた。その事実だけで、十分だった。
クスコが、少し離れた場所から2人を見ていた。
「お兄さん、行っちゃうんだ」
「ああ」
「また来る?」
「わからない。でも、来られたら来る」
「約束じゃないんだ」
クスコは少し不満げに言った。だが、その顔には、どこか大人びた諦めも混じっていた。この村で生きるということは、そういう約束の脆さに慣れることでもあった。
「お兄さんがいなくても、私たちがララァを守るから」
クスコは、胸を張ってそう言った。まだ幼さの残る顔に、確かな決意が浮かんでいる。
「頼りにしてる」
シローがそう言うと、クスコは照れくさそうに視線を逸らした。
「別に、頼まれなくてもやるし」
その素っ気ない返事にも、彼女なりの精一杯の優しさが滲んでいた。シローは、思わず笑みをこぼした。
輸送機が到着し、シローは搭乗の時間を迎えた。
タラップに足をかける前、彼はもう1度、村を振り返った。
川の上に立つ、不安定で、それでも確かに存在する集落。そこに住む人々。そして、まだ完全には理解しきれていない、地下に眠る何か。
長老が、最後に見送りに来ていた。皺の刻まれた手で、シローに小さな布包みを差し出す。
「これを」
「これは」
「境界の門に結んでいた布の切れ端だ。お前が、あの日、燃やされずに済んだ最後の1本を拾っておいた」
シローは、その布を受け取った。焦げた匂いが、まだかすかに残っている。
「持っていてくれ。何かの護りになるかは知らんが、少なくとも、忘れないための道具にはなるだろう」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは、こちらの方だ」
老人はそう言うと、深く頭を下げた。かつて、シローを村から追い出そうとした同じ人物とは思えないほどの、静かな敬意がそこにあった。
マチルダも、見送りに来ていた。
「アマダ少尉、報告書はすでに提出しました。あなたの働きについても、正確に記しています」
「ありがとうございます」
「感謝されることじゃありません。事実を書いただけです」
マチルダは、そう言って小さく微笑んだ。だが、その笑みの奥には、この先の展開への不安も見え隠れしていた。
「またな」
その言葉を残し、シローは輸送機に乗り込んだ。
機体が上昇するにつれ、村は小さくなっていった。ララァとクスコの姿は、やがて点になり、そして見えなくなった。
窓の外に広がるガンジスの流れを見つめながら、シローは、届かなかった何かについて考えていた。
言葉にできなかった感謝。伝えきれなかった約束。そして、もう2度と会えないかもしれないという、静かな予感。もっと言えたはずのことが、いくつもあった気がする。だが、それを言葉にする時間は、いつも足りなかった。
それでも、彼の中には確かに残っているものがあった。
あの少女の声。あの村の風景。そして、機械でも神でもなく、ただ怯えていただけの、巨大な何かの記憶。
機内では、他の兵士たちが、それぞれの帰還の理由を語り合っていた。誰かは家族の元へ、誰かは次の任地へ。シローだけが、少し違う種類の名残惜しさを抱えたまま、窓の外を見つめ続けていた。懐に入れた布切れの感触だけが、今の彼を、あの村と繋ぐ唯一の証だった。
隣の座席に座ったスレッガーが、片腕を吊ったまま声をかけてきた。
「湿気た顔してるな、新入り」
「そんな顔してますか」
「してる。だが、それでいい。何も感じずに帰るような奴には、次の戦場を任せられねえからな」
その言葉には、いつもの軽さの奥に、確かな重みがあった。シローは、小さく頷いた。
輸送機は、雲の上へと高度を上げていく。ガンジスの流れは、もう見えなくなっていた。それでも、シローの中では、まだあの水音が、はっきりと響き続けていた。
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