機動戦士ガンダム BABEL CORE―第08MS小隊、シロー・アマダが見た「もう一つの一年戦争」と、ララァ・スンが名前を得る前の記録― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
スレッガーの声が落ちてきた。怒鳴っているのに、どこか遠い。試験機は黒煙を引きながら高度を失い、ぎりぎりの旋回でシローたちとバベルの間へ身を置いた。
「泣くのは後だ。下がまだ終わってねえ」
その通りだった。
露出したバベルの中心で、白い眼が大きく開いた。ララァを失ったことで静まるのではない。逆だった。最後の通路を奪われた巨大な機械は、自分の中に閉じ込めた恐怖を処理できず、すべての回路を同時に発火させていた。
川底から、黒い光が滲んだ。
白ではない。白く分解するための光ではなく、白を焼き尽くしたあとに残る焦げた無音。回路の節点が次々に暗転し、そのたびに川面が内側から落ち込む。空洞が崩れている。
「全員、西岸へ退避!」
マチルダの声が、今度は迷いなく響いた。
「負傷者を優先。記録装置は捨てなさい。繰り返します。記録装置は捨てなさい」
連邦兵が一瞬だけ躊躇した。機密。証拠。研究成果。彼らの訓練は、それらを守るために身体へ刻まれている。だがマチルダはその迷いを許さなかった。
「命より重い記録などありません」
その言葉で、兵士たちは動いた。ワイヤーが降り、担架が滑り、残った村人たちが半ば引きずられるように西岸へ運ばれていく。誰かが泣き、誰かが祈り、誰かが振り返ろうとして、別の誰かに腕を掴まれた。
クスコだけが動かなかった。
ララァを抱いていた腕は空になっている。それでも、彼女はその空の重みを抱え続けていた。シローが声をかけようとしたとき、マチルダが先に彼女の前へ膝をついた。
「クスコ・アルさん」
名前を呼ばれて、クスコは初めて彼女を見た。
「今は来てください。あなたが見たものを、誰かが覚えていなければならない」
「覚えてたら、ララァは戻ってくる?」
マチルダは答えられなかった。
答えられない大人の沈黙を、クスコはもう知っていた。だから彼女はそれ以上聞かなかった。小さな手で自分の腕を抱き、立ち上がる。マチルダはその手を取った。保護という言葉にしてしまえば簡単だ。だがその手の中にあるのは、救助と管理の境界線だった。
シローはその光景を見て、何かを言おうとした。
言葉は出なかった。
空では、スレッガー機と青いザクIが向かい合っていた。
どちらも満身創痍だった。白い試験機は左翼を半分失い、右エンジンの噴射が不規則に途切れる。青いザクIは片腕を失い、膝関節が白い粒子に削られ、背部ユニットは片肺で黒煙を吐いていた。
それでも、2人は互いから目を逸らさなかった。
「まだやるかい、青い旦那」
スレッガーの声は掠れていた。
「赤いのには逃げられた。下の化け物は壊れかけ。女と子どもはまだ逃げきってねえ。正直、俺はもう十分だ」
「同感だ」
ラルは静かに言った。
「だが、私はここで退けば、何も見届けなかったことになる」
「見届けるってのは便利な言葉だな。死に場所を探す男にもよく似合う」
通信の向こうで、ラルが小さく笑った。
「貴官は口が悪い」
「女に嫌われる理由はだいたいそれだ」
「ならば、ここで決着をつける必要はあるまい」
ラルの言葉に、スレッガーは一瞬だけ黙った。
次の瞬間、バベルの中心が黒く潰れた。