【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
基地へ戻ったシローを待っていたのは、静かな、しかし確実な処理だった。
彼の記録には、簡潔な1文だけが追記された。「試験飛行中の事故により一時行方不明、後に生還」。バベルについての言及は、一切なかった。書類上の彼は、ただ不運な事故に遭い、幸運にも生き延びた1人の少尉に過ぎない。あの村で起きたすべてのことは、どこにも記されない。
マチルダとは、それきり配属が分かれた。彼女は本国への異動を命じられ、シローとは短い別れの挨拶だけを交わした。
「あなたは、正しいことをしました」
彼女はそう言った。
「でも、正しいことをしたからといって、この組織があなたに報いるとは限りません。覚えておいてください」
「覚えておきます」
「もし、また似たようなものに出会ったら」
マチルダは、少し言葉を選んだ。
「今度こそ、逃げてもいいのよ。誰もが、あなたのように立ち向かえるわけじゃない。それでも、あなたはあの時、逃げなかった。それだけで、十分よ」
シローは、彼女の目をまっすぐ見つめた。
「マチルダ少尉も、逃げませんでした」
「私は、命令の抜け道を探しただけです。あなたのような、まっすぐな勇気とは違う」
「同じだと思います。形が違うだけで」
マチルダは、一瞬だけ驚いたような顔をした。それから、これまで見せたことのない、柔らかな笑みを浮かべた。
その言葉を残し、彼女は基地を去っていった。後ろ姿は、いつもと変わらず背筋が伸びていたが、どこか一回り小さく見えた気がした。
スレッガーは、変わらずシローをからかい続けた。
「新入りが英雄気取りとはな」
「英雄のつもりはありません」
「わかってるよ。でも、お前は1つ、いい仕事をした。それは覚えとけ」
「中尉こそ、腕を治さないと」
「なに、こんなもんはすぐ治る。むしろ、この傷跡を肴に、しばらく酒がうまく飲める」
軽口を叩きながらも、スレッガーの目には、確かな信頼の色が浮かんでいた。彼にとってそれは、最大級の褒め言葉のつもりなのだろう。
その日の夜、シローは基地の外へ出て、夜空を見上げた。
星が見える。まだ、この空には星が見える。宇宙のどこかで、この星々の光を遮るほどの戦争は、まだ起きていない。
だが、それも時間の問題であることを、シローは肌で感じていた。ジオンと連邦の対立は、もはや小規模な衝突では収まらない段階に来ている。この日、ガンジスで起きたことも、その大きな流れの、ほんの1滴に過ぎないのだろう。
夜間飛行の訓練を終えたばかりの若い兵たちが、宿舎の前で談笑している声が、遠くから聞こえてきた。彼らはまだ、本物の戦場を知らない。数字としての初陣しか知らない。かつての自分と同じだった。
それでも、シローの脳裏には、あの村の光景が焼きついていた。
青すぎる空の下、川の上に立つ小さな集落。恐怖に怯える人々。そして、その中心で、たった1人、すべてを受け止めようとした少女。
「ララァ」
シローは、誰にともなく呟いた。
その名前は、彼にとって、これから始まる長い戦争の中で、1つの指針になるはずだった。誰かを裁くのではなく、誰かに寄り添う。その選択肢が、この先の戦場でどれだけ通用するのか、彼自身にもわからなかった。それでも、忘れずにいることだけは、自分の意志で選び取れる。
懐に忍ばせた焦げた布の切れ端に、彼は無意識に指を這わせた。手触りだけで、あの村の匂いを思い出せる気がした。
基地の食堂では、整備兵たちが、試験機の今後について話していた。可変機構のさらなる改良、中間形態の安定化、そして正式な制式採用に向けた検討。まだ名前も与えられていないあの機体は、これから先、多くの手によって育てられていくのだろう。
シローは、その会話を聞きながら、複雑な思いを抱いた。あの機体は、彼にとって、ただの兵器ではなくなっていた。まだ渡り方を知らない鳥として、共に空を飛んだ相棒だった。
夜風が、基地の敷地を吹き抜けていく。遠くの山影の向こうに、彼が離れてきた村があるはずだった。今頃、あそこでは誰かが夕食の支度をし、誰かが子どもを寝かしつけているのだろう。日常という営みの強さを、シローはこれまで以上に実感していた。
宿舎に戻る途中、シローは新しく届いた命令書に目を通した。次の配属先、次の任務。文面はいつも通り、事務的で、感情のかけらもない。だが、そこに記された地名を見た瞬間、彼の胸に、奇妙な緊張が走った。
より前線に近い戦域。おそらく、これから本格化するであろう戦争の、最初の激突地点に近い場所だった。
「とうとう来たか」
誰にともなく呟く。恐怖がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に、確かめたいことがあった。あの村で見たものが、この先の戦争の中で、どういう意味を持つのか。それを知るためには、前へ進むしかなかった。
命令書には、部隊再編の内容も記されていた。試験機は、正式に第2次量産型の開発ラインへ組み込まれるという。あの半人前だった鳥は、これから何10機、何百機という数で、量産されていくのだろう。その未来を、シローは複雑な思いで受け止めた。数字になった機体たちの中に、あの夜の記憶は、どれだけ残るのだろうか。
宿舎の窓から、もう1度夜空を見上げる。星々は、何も知らないふりをして、いつも通りの光を放っていた。だが、シローにはもうわかっていた。あの光の向こうで、人類は、これまでとは違う何かに手をかけようとしている。宇宙という新しい戦場、そして、まだ名付けられていない新しい人間の形。
「もし、また会えたら」
シローは、遠い村の方角に向かって、小さく呟いた。
「その時は、ちゃんと歌の続きを聞かせてくれ」
その言葉は、誰にも届かない。それでも、口にしたことで、彼の中の何かが、確かに定まった気がした。
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