【完結済】【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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宇宙世紀0079年1月3日 午前9時 青い空の向こう

宇宙世紀0079年、1月。戦争は、正式に始まった。

 

ジオン公国が地球連邦に対して宣戦を布告し、コロニー落としという未曾有の惨事が、サイド7近郊で引き起こされた。

 

その報せは、シローが所属する部隊にも届いた。基地は慌ただしく動き始め、これまでの試験飛行任務は、実戦配備の準備へと切り替わっていく。整備兵たちは徹夜で機体の最終調整を進め、通信室では絶え間なく緊急連絡が飛び交っていた。廊下を走る足音、怒鳴るような指示、鳴り止まない警報。基地全体が、巨大な生き物のように息を荒くしていた。

 

シローは、新しい任務命令書を受け取りながら、あの日の記憶を思い返していた。ガンジスの村。川底に眠る巨人。そして、あの少女の声。

 

命令書の余白に、彼は小さく1つの言葉を書き添えた。誰かに見せるためではない。ただ、自分自身への覚え書きとして。境界の歌(うた)、忘れるな。その1文だけを記し、彼は命令書を折りたたんで懐にしまった。

 

戦争が本格化する今、あの村がどうなるのか、シローには確認する術がなかった。地図から意図的にぼかされた座標は、彼の権限では追跡できない。それでも、彼は時折、夜空を見上げては、あの村の方角を思い描いた。

 

食堂では、若い兵士たちが、コロニー落としのニュースについて興奮気味に語り合っていた。誰かは怒りを、誰かは恐怖を、誰かは奇妙な高揚感を見せていた。シローは、そのどれにも完全には共感できない自分に気づいていた。彼にとって戦争は、もはや抽象的な数字や大義の話ではなかった。1人の少女が、たった1人で受け止めようとした恐怖の記憶として、身体の奥に刻まれていた。

 

「アマダ、聞いてるか」

 

スレッガーの声に、シローは我に返った。彼の腕は、まだ完全には治りきっていない。それでも、その目には、以前と変わらない鋭さが戻っていた。

 

「聞いてます」

 

「次の戦域、俺も同行することになった。またコンビ組めるな」

 

「頼りにしてます」

 

「頼るのは俺の方だ。お前があの村で見せた度胸、俺はまだ信用しきってねえからな。今度こそ、証明してもらうぞ」

 

その軽口には、いつも通りの温度があった。だが、その奥に潜む信頼の深さを、シローはもう疑わなかった。

 

同じころ、遠く離れたジオン公国軍の中でも、ある変化が起きようとしていた。

 

ランバ・ラルの独立小隊は、正規の戦闘序列に組み込まれ、より苛烈な前線への配属が決まっていた。彼自身は、その決定に不満を漏らすことはなかったが、部下の1人にだけ、こう漏らしたという。

 

「ガンジスで見たものは、忘れるべきではないな」

 

「あの装置のことですか」

 

「装置のことも、そうだが」

 

ラルは、遠い目をした。

 

「あの若い連邦兵のことだ。敵でありながら、あの瞬間、私は彼と同じ側に立っていた。戦争とは、時にそういう瞬間を作る」

 

その言葉の真意を、部下は完全には理解できなかった。だが、ラル自身の中で、何かが変わったことだけは感じ取れた。

 

「大尉は、彼を、また見かけたら撃つんですか」

 

部下の素朴な問いに、ラルはしばらく沈黙した。

 

「戦場でまみえれば、撃つだろう。それが、我々の役目だ」

 

「では、あの日の連帯は」

 

「なかったことにはならない。撃ち合いながらでも、覚えていられることはある。人間とは、そういう厄介な生き物だ」

 

その答えは、部下をますます困惑させただけだった。だが、ラル自身にとっては、それが今、口にできる精一杯の真実だった。

 

ラルの整備班は、片腕を失ったスレッガー機の修復にあたった連邦の技術者たちと、ほんの短い間だけ情報を交換していた。敵同士のはずの整備班が、互いの機体の弱点や強みについて、淡々と意見を交わす。そんな奇妙な光景も、あの1日が生んだ小さな余波のひとつだった。

 

戦争は、これから本格的に激化していく。多くの人間が、敵と味方に分かれ、殺し合うことになる。

 

だが、あの1日、ガンジスの空の下で交わされた、敵味方を超えた1時の連帯は、消えることなく、それぞれの記憶に刻まれていた。マチルダが本国で書き続ける報告書の中にも、ラルが部下に語る言葉の中にも、そしてシローが夜空を見上げるたびに思い出す旋律の中にも、あの日の記憶は、静かに息づいていた。

 

シローの部隊にも、正式な戦闘配置命令が届いた。彼が乗るのは、あの半人前だった可変試作機の、正式量産に向けた改良型だった。中間形態の安定性は改善されていたが、それでもまだ、完全な鳥にはなりきれていない。

 

「お前の機体、少しは大人になったな」

 

整備班長が、そう言って機体の肩を叩いた。シローは、コクピットに乗り込みながら、小さく頷いた。

 

「まだ、半人前ですけどね」

 

「半人前でも、飛べればいい。完璧な鳥なんざ、この世のどこにもいねえよ」

 

その言葉に、シローは思わず笑った。あの村で、ララァが言っていた言葉と、どこか似ていた。半人前でも、できることはある。

 

出撃前、シローは懐の布切れに、そっと触れた。焦げた匂いは、もうほとんど消えていた。それでも、指先に伝わる感触だけは、あの日のままだった。

 

「行ってくる」

 

誰にともなく、彼はそう呟いた。エンジンが唸りを上げ、機体がゆっくりと滑走路へ進んでいく。夜明け前の空は、あの日と同じように、まだ暗かった。

 

管制塔からの発進許可が下りる。シローは深く息を吸い、操縦桿を握り直した。あの夜と同じ手順、あの夜と同じ緊張。だが、今の彼は、あの日とは確かに違っていた。ただ怖がるだけの新兵ではなくなっていた。恐怖を知った上で、それでも前へ進む選び方を、彼はすでに知っていた。

 

機体が加速し、地上を離れる。眼下に広がる基地の灯りが、みるみる小さくなっていった。




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