【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0079年、1月。戦争は、正式に始まった。
ジオン公国が地球連邦に対して宣戦を布告し、コロニー落としという未曾有の惨事が、サイド7近郊で引き起こされた。
その報せは、シローが所属する部隊にも届いた。基地は慌ただしく動き始め、これまでの試験飛行任務は、実戦配備の準備へと切り替わっていく。整備兵たちは徹夜で機体の最終調整を進め、通信室では絶え間なく緊急連絡が飛び交っていた。廊下を走る足音、怒鳴るような指示、鳴り止まない警報。基地全体が、巨大な生き物のように息を荒くしていた。
シローは、新しい任務命令書を受け取りながら、あの日の記憶を思い返していた。ガンジスの村。川底に眠る巨人。そして、あの少女の声。
命令書の余白に、彼は小さく1つの言葉を書き添えた。誰かに見せるためではない。ただ、自分自身への覚え書きとして。
戦争が本格化する今、あの村がどうなるのか、シローには確認する術がなかった。地図から意図的にぼかされた座標は、彼の権限では追跡できない。それでも、彼は時折、夜空を見上げては、あの村の方角を思い描いた。
食堂では、若い兵士たちが、コロニー落としのニュースについて興奮気味に語り合っていた。誰かは怒りを、誰かは恐怖を、誰かは奇妙な高揚感を見せていた。シローは、そのどれにも完全には共感できない自分に気づいていた。彼にとって戦争は、もはや抽象的な数字や大義の話ではなかった。1人の少女が、たった1人で受け止めようとした恐怖の記憶として、身体の奥に刻まれていた。
「アマダ、聞いてるか」
スレッガーの声に、シローは我に返った。彼の腕は、まだ完全には治りきっていない。それでも、その目には、以前と変わらない鋭さが戻っていた。
「聞いてます」
「次の戦域、俺も同行することになった。またコンビ組めるな」
「頼りにしてます」
「頼るのは俺の方だ。お前があの村で見せた度胸、俺はまだ信用しきってねえからな。今度こそ、証明してもらうぞ」
その軽口には、いつも通りの温度があった。だが、その奥に潜む信頼の深さを、シローはもう疑わなかった。
同じころ、遠く離れたジオン公国軍の中でも、ある変化が起きようとしていた。
ランバ・ラルの独立小隊は、正規の戦闘序列に組み込まれ、より苛烈な前線への配属が決まっていた。彼自身は、その決定に不満を漏らすことはなかったが、部下の1人にだけ、こう漏らしたという。
「ガンジスで見たものは、忘れるべきではないな」
「あの装置のことですか」
「装置のことも、そうだが」
ラルは、遠い目をした。
「あの若い連邦兵のことだ。敵でありながら、あの瞬間、私は彼と同じ側に立っていた。戦争とは、時にそういう瞬間を作る」
その言葉の真意を、部下は完全には理解できなかった。だが、ラル自身の中で、何かが変わったことだけは感じ取れた。
「大尉は、彼を、また見かけたら撃つんですか」
部下の素朴な問いに、ラルはしばらく沈黙した。
「戦場でまみえれば、撃つだろう。それが、我々の役目だ」
「では、あの日の連帯は」
「なかったことにはならない。撃ち合いながらでも、覚えていられることはある。人間とは、そういう厄介な生き物だ」
その答えは、部下をますます困惑させただけだった。だが、ラル自身にとっては、それが今、口にできる精一杯の真実だった。
ラルの整備班は、片腕を失ったスレッガー機の修復にあたった連邦の技術者たちと、ほんの短い間だけ情報を交換していた。敵同士のはずの整備班が、互いの機体の弱点や強みについて、淡々と意見を交わす。そんな奇妙な光景も、あの1日が生んだ小さな余波のひとつだった。
戦争は、これから本格的に激化していく。多くの人間が、敵と味方に分かれ、殺し合うことになる。
だが、あの1日、ガンジスの空の下で交わされた、敵味方を超えた1時の連帯は、消えることなく、それぞれの記憶に刻まれていた。マチルダが本国で書き続ける報告書の中にも、ラルが部下に語る言葉の中にも、そしてシローが夜空を見上げるたびに思い出す旋律の中にも、あの日の記憶は、静かに息づいていた。
シローの部隊にも、正式な戦闘配置命令が届いた。彼が乗るのは、あの半人前だった可変試作機の、正式量産に向けた改良型だった。中間形態の安定性は改善されていたが、それでもまだ、完全な鳥にはなりきれていない。
「お前の機体、少しは大人になったな」
整備班長が、そう言って機体の肩を叩いた。シローは、コクピットに乗り込みながら、小さく頷いた。
「まだ、半人前ですけどね」
「半人前でも、飛べればいい。完璧な鳥なんざ、この世のどこにもいねえよ」
その言葉に、シローは思わず笑った。あの村で、ララァが言っていた言葉と、どこか似ていた。半人前でも、できることはある。
出撃前、シローは懐の布切れに、そっと触れた。焦げた匂いは、もうほとんど消えていた。それでも、指先に伝わる感触だけは、あの日のままだった。
「行ってくる」
誰にともなく、彼はそう呟いた。エンジンが唸りを上げ、機体がゆっくりと滑走路へ進んでいく。夜明け前の空は、あの日と同じように、まだ暗かった。
管制塔からの発進許可が下りる。シローは深く息を吸い、操縦桿を握り直した。あの夜と同じ手順、あの夜と同じ緊張。だが、今の彼は、あの日とは確かに違っていた。ただ怖がるだけの新兵ではなくなっていた。恐怖を知った上で、それでも前へ進む選び方を、彼はすでに知っていた。
機体が加速し、地上を離れる。眼下に広がる基地の灯りが、みるみる小さくなっていった。
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