【完結済】【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0079年、1月。戦争は、正式に始まった。
その記録のどこにも、ガンジスの少女の名はない。
ガンジス事件の記録は、その後何度か機密解除の申請を受けた。一年戦争終結後、グリプス紛争前、シャア反乱後。だが担当者は、そのたびに同じ判定を下した。該当ファイル、存在しない。記録されなかった事件は、2度目にも記録されない。それが、記録という装置の唯一の一貫性だった。
後に、この事件の断片的記録を握り潰したのは、連邦側ではレビル中将配下の情報部だった。理由は明白だった。バベルの存在を認めれば、連邦は民間集落を実験場に転用したという汚点を、戦後まで抱えることになる。
ジオン側では、キシリア・ザビの情報網がシャアの独断降下を隠蔽した。その代わりに、彼女は青年将校の内側に1つの疑問を残した。なぜあの少女を連れ帰らなかったのか、私に説明しないのか。
問われても、シャアは答えなかった。答えるべき言葉を、彼自身がまだ知らなかったからである。彼の中で、あの村で見た光景は、まだ言葉という形に整理されていなかった。ただ、いつか必要になる日が来るという確信だけが、静かに残り続けていた。
そして遠い未来、誰かが宇宙で彼女の名を呼ぶとき、その声の奥には、かつてガンジスの川辺で彼女を夢から起こそうとした少年の痕跡が、水音のように残り続けている。それがニュータイプと呼ばれるものの、最初の記録されない姿だったのかもしれない。
戦史を紐解く者は、いつも大きな名前だけを追う。宣戦布告の日付、コロニー落としの規模、将軍たちの決断。だが、その大きな物語の陰には、いつも名もなき無数の日々が埋もれている。あるガンジスの村で、たった1日だけ、少年と少女が、機械でも神でもないものと向き合った記録も、そうした埋もれた日々のひとつだった。
風は、今日もガンジスの水面を渡っていく。歌う者を失った村の跡地に、鳥だけが低く旋回し、やがて青すぎる空の彼方へ消えていった。
——もっとも、村自体はまだそこにあって、クスコが今日も洗濯物を干しながら悪態をついているのだが、公式記録上は「跡地」ということになっている。記録というのは、時々、現実に追いついていない。
ララァは、その日も川辺に立ち、遠い空を見上げていた。まだ幼さの残る横顔に、以前よりも確かな強さが宿っている。境界の歌は、もう彼女1人だけのものではなくなっていた。クスコをはじめとする若い村人たちが、少しずつ、その旋律を分け合い始めている。
季節が巡るごとに、村の暮らしは少しずつ形を変えていった。壊れた家々はすべて修復され、新しい世代の子どもたちが、川辺を駆け回るようになった。彼らのうちの何人かは、まだ幼いながらも、境界の歌の断片を口ずさむことができた。歌は、もはや特別な誰かだけのものではなく、村の暮らしそのものに溶け込みつつあった。
長老は、その光景を見守りながら、静かに目を閉じた。「われらは、ようやく正しい向き合い方を学んだのかもしれん」。誰にともなく、彼はそう呟いた。答える者はいなかったが、その言葉は、確かに風に乗って、村中に広がっていくようだった。
羽を広げた巨人は、2度と目を覚まさない。
村を再訪する者は、後にも先にも、片手で数えられるほどしかいなかった。だが、そのわずかな来訪者の中に、いつか若い技術者が交じっていたという記録が、非公式の日誌の隅にだけ残されている。彼はしばらく村に滞在し、子どもたちに歌を教わりながら、機械と人間の境界について、静かに思索を重ねていたそうだ。日誌の主が誰だったのかは、今となってはわからない。
そしてシローは、今日もどこかの戦場で、その声を思い出しながら操縦桿を握っている。神ではなく、機械として。それでも、誰かを守りたいと願う、ひとりの人間として。
彼の懐には、今も焦げた布の切れ端がある。戦場の喧騒の中で、時折その感触を確かめるたび、彼の脳裏には、あの日の光景が鮮やかに蘇る。川面に反射する朝の光、老人の低い声、少女の掠れた歌声、そして、羽を広げようとして、結局は眠ることを選んだ、名もなき巨人の姿。
戦争は、これからも続いていく。多くの命が失われ、多くの物語が、記録されないまま消えていくだろう。それでも、たとえ公式の歴史書に載ることがなくとも、あの日ガンジスで交わされた声は、確かに誰かの中で生き続けている。
それだけで、十分だったのかもしれない。
遠い後年、ある研究者が、破棄されたはずの実験記録の断片を、偶然にも古い倉庫の奥で発見することになる。黄ばんだ紙には、判読しづらい文字で、こう記されていたという。「対象、感応耐性、閾値観測不能。備考、被験体との対話、成功例1件」。
その報告書には、被験体の名も、対話者の名も記されていなかった。ただ、成功例という2文字だけが、長い年月を経てなお、静かに、しかし確かにそこにあった。
その研究者は、後に自身の論文の末尾に、こう記すことになる。「感応技術の理解は、恐怖の制御ではなく、対話の可能性にこそ向かうべきである」。この1文が、後年の技術発展にどれほどの影響を与えたのか、正確な系譜を辿ることはできない。それでも、ある種の思想の萌芽が、ここに確かに存在していたことだけは、誰にも否定できない事実だった。
研究者は、その意味を完全には理解できなかった。それでも、なぜかその1文を読んだ瞬間、胸の奥が温かくなるのを感じたという。理由のわからない感傷を、彼はしばらく持て余していた。
歴史は、いつも大きな出来事を優先して記録する。だが、本当に大切なものは、時に数行の、名もなき備考の中にだけ残される。ガンジスで交わされた声も、そうした備考のひとつとして、誰にも気づかれないまま、静かに時を渡っていくのだろう。
それでも、確かにそこにあった。それだけで、十分だったのかもしれない。
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