ガンダム ゼロ 鳥の人は、まだ歌を忘れていない――U.C.0079、ガンジスに墜ちた|可変試作機《ヴイエフ》 ガンダム×マクロス   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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宇宙世紀0078年11月15日 午前7時 声の守護者

最初に入ってきたのは、老人だった。

 

痩せた身体。深く刻まれた皺。白く濁った瞳。だが足取りは遅くない。後ろに続く2人の男が、戸口を塞ぐように立った。彼らは武器を持っていない。

 

それでも、シローは反射的に敵性判断を走らせていた。出入口は1つ。窓は小さい。自分は負傷。ララァは非戦闘員。クスコも同じ。

 

最悪だ。歓迎会にしては、出席者の顔ぶれが不穏すぎる。

 

老人の視線は、シローではなくララァへ向いた。

 

「声の守護者よ」

 

低い声だった。祈りのようで、判決文のようでもあった。

 

「境界を越えた男に触れたな」

 

ララァは黙っていた。

 

沈黙は肯定として処理された。

 

「神の声が濁る」

 

「外の殺意を入れてはならん」

 

「お前は、この村の耳だ」

 

村には、古くから伝わる滅びの歌(ほろびのうた)があった。曰く、はるか昔この地を去った鳥の人(バードヒューマン)が、最後にひとつの器を遺していった。鳥の器(あつもの)はいつか目を覚まし、火と殺意に満ちた世界を裁くという。裁きは罰ではなく、浄化(じょうか)であり、生き残る者だけがふたたび歌うことを許される——それが、老人たちの語る鳥の器による裁き(さばき)だった。声の守護者の一族は、その鳥の人(バードヒューマン)の血を、わずかに受け継ぐ者たちなのだとも語られていた。ずいぶん壮大な神話だが、目の前で語られると、笑い飛ばす気力がまったく湧かなかった。

 

老人の後ろにいる男たちが、同じような目でララァを見ていた。敬意ではない。畏怖でも、完全にはない。もっと運用に近い感情だった。重要な装置が規格外の挙動をしたときの、管理者の目。

 

シローの胃の奥が冷えた。

 

守っているのではない。管理している。この少女を。

 

信仰というインターフェースで包み、禁忌というプロトコルで縛り、村の安全装置として使っている。安全装置は普通、自分の意志で泣いたりしないはずなのだが。

 

「彼女は俺を助けただけです」

 

シローは言った。声はひどく掠れていた。だが、沈黙よりはましだった。

 

老人が初めてシローを見た。その視線には、敵意よりも検査に近いものがあった。まるで不良品のチェック工程だ。

 

「外の軍人は、みな同じことを言う」

 

「助けた。守る。必要だ。正しい」

 

「そして最後には、声を奪っていく」

 

空気が固まった。

 

クスコが何か言い返そうとして、ララァに袖を掴まれる。老人は続けた。

 

「その男は村に留められん。日が高くなる前に、境界の外へ戻せ」

 

「動ける状態じゃない」

 

ララァが言った。静かな声。だが、そこに初めて硬い芯が入った。

 

「血が止まっていない。今動かせば死ぬ」

 

「では、声の守護者として看取れ。治す必要はない」

 

その一言で、シローの中の何かが冷たく切り替わった。怒りではない。もっと機械的なものだ。この場の危険度が、数値ではなく身体感覚で跳ね上がった。

 

クスコが小さく舌打ちした。

 

「じゃあ、機械のところへ行けばいい」

 

全員の視線がクスコに集まった。彼女は怯まない。

 

「お兄さんの飛ぶ機械、まだ川辺にある。通信の箱も残ってるかもしれない。助けを呼べるなら、村から出ていける。長老たちも困らない。ララァも、責められない」

 

理屈は雑だった。だが、出口としては機能していた。世の中、切実さは論理の粗さを補ってくれることがある。

 

老人は沈黙した。

 

その沈黙の間に、また低い振動が床を這った。ずん。

 

シローの傷口が、内側から押されるように痛んだ。

 

ララァだけが、顔を上げた。

 

「神が、嫌がってる」

 

老人が呟いた。

 

違う、とシローは思った。これは神ではない。

 

振動には周期がある。揺れ方に癖がある。自然現象ではなく、どこか人工的な反復。地下で、巨大な何かが脈を打っている。

 

これは、羽を持たない者たちが祈った末に作り上げた、鳥の姿をした試練の装置(システム)にすぎない。神と呼べば楽になれる。だが楽になった分だけ、真実からは遠くなる。人間というのは、都合の悪い事実にすぐ神様の格好をさせたがる生き物らしい。

 

本来なら、大気圏内でこのように運用できる機体ではない。推力は足りず、姿勢制御は遅れ、重力下の空戦では通常の兵なら数分も保たない。成立させているのは、機体ではなく、ランバ・ラルという操縦者だった。あの人だけは規格の外側に住んでいるとしか思えない。

 

老人は決断した。

 

「日没までだ」

 

「その男を境界の外へ戻せ。声の守護者よ、お前も同行する。穢れを入れた者が、穢れを出す」

 

ララァは何も言わなかった。

 

ただ、シローの額から布を取る手が、ほんの少しだけ震えていた。

 

クスコはシローに顔を寄せた。

 

「歩ける」

 

「歩くしかないなら、歩く」

 

シローは答えた。痛みはある。だが痛みは、生存確認のログにすぎない。問題は、機体がどれだけ生きているかだ。

 

立ち上がるだけで、世界が傾いた。

 

シローは歯を食いしばった。視界の端が黒く欠け、胸の奥で鈍い熱が膨らむ。肋骨の何本かは、確実に無事ではない。右腕は肩から先が別人のものみたいに重かった。

 

それでも、ララァが差し出した肩に手を置くと、身体は不思議なほど倒れなかった。

 

彼女は細い。支えられているというより、わずかな力の流れを先に読まれている感覚だった。シローが崩れる前に、ララァの足が位置を変える。痛みに身体が逃げる前に、彼女の手が支点になる。オートバランス機能でも仕込んであるのかと疑いたくなるくらいだった。

 

「すごいね」

 

クスコが感心したように言った。

 

「ララァ、人間の壊れ方まで聞こえるんだ」

 

「聞こえるんじゃない」

 

ララァは小さく首を振った。

 

「先に、痛くなる場所がわかるだけ」

 

その説明は説明になっていなかった。だがシローには、彼女が嘘をついていないことだけはわかった。




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