機動戦士ガンダム UC0078 ガンダム ZERO ララァが戦争の前に壊れた世界の話 ― BABEL CORE―― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
最初に入ってきたのは、老人だった。
痩せた身体。深く刻まれた皺。白く濁った瞳。だが足取りは遅くない。後ろに続く2人の男が、戸口を塞ぐように立った。
彼らは武器を持っていない。
それでも、シローは反射的に敵性判断を走らせていた。出入口は1つ。窓は小さい。自分は負傷。ララァは非戦闘員。クスコも同じ。
最悪だ。
老人の視線は、シローではなくララァへ向いた。
「声の守護者よ」
低い声だった。
祈りのようで、判決文のようでもあった。
「境界を越えた男に触れたな」
ララァは黙っていた。
沈黙は肯定として処理された。
「神の声が濁る」
「外の殺意を入れてはならん」
「お前は、この村の耳だ」
老人の後ろにいる男たちが、同じような目でララァを見ていた。
敬意ではない。
畏怖でも、完全にはない。
もっと運用に近い感情だった。重要な装置が規格外の挙動をしたときの、管理者の目。
シローの胃の奥が冷えた。
守っているのではない。
管理している。
この少女を。
信仰というインターフェースで包み、禁忌というプロトコルで縛り、村の安全装置として使っている。
「彼女は俺を助けただけです」
シローは言った。
声はひどく掠れていた。だが、沈黙よりはましだった。
老人が初めてシローを見た。
その視線には、敵意よりも検査に近いものがあった。
「外の軍人は、みな同じことを言う」
「助けた。守る。必要だ。正しい」
「そして最後には、声を奪っていく」
空気が固まった。
クスコが何か言い返そうとして、ララァに袖を掴まれる。
老人は続けた。
「その男は村に留められん。日が高くなる前に、境界の外へ戻せ」
「動ける状態じゃない」
ララァが言った。
静かな声。
だが、そこに初めて硬い芯が入った。
「血が止まっていない。今動かせば死ぬ」
「では、声の守護者として看取れ。治す必要はない」
その一言で、シローの中の何かが冷たく切り替わった。
怒りではない。
もっと機械的なものだ。
この場の危険度が、数値ではなく身体感覚で跳ね上がった。
クスコが小さく舌打ちした。
「じゃあ、機械のところへ行けばいい」
全員の視線がクスコに集まった。
彼女は怯まない。
「お兄さんの飛ぶ機械、まだ川辺にある。通信の箱も残ってるかもしれない。助けを呼べるなら、村から出ていける。長老たちも困らない。ララァも、責められない」
理屈は雑だった。
だが、出口としては機能していた。
老人は沈黙した。
その沈黙の間に、また低い振動が床を這った。
ずん。
シローの傷口が、内側から押されるように痛んだ。
ララァだけが、顔を上げた。
「神が、嫌がってる」
老人が呟いた。
違う、とシローは思った。
これは神ではない。
振動には周期がある。揺れ方に癖がある。自然現象ではなく、どこか人工的な反復。
地下で、巨大な何かが脈を打っている。
本来なら、大気圏内でこのように運用できる機体ではない。推力は足りず、姿勢制御は遅れ、重力下の空戦では通常の兵なら数分も保たない。成立させているのは、機体ではなく、ランバ・ラルという操縦者だった。
老人は決断した。
「日没までだ」
「その男を境界の外へ戻せ。声の守護者よ、お前も同行する。穢れを入れた者が、穢れを出す」
ララァは何も言わなかった。
ただ、シローの額から布を取る手が、ほんの少しだけ震えていた。
クスコはシローに顔を寄せた。
「歩ける?」
「歩くしかないなら、歩く」
シローは答えた。
痛みはある。
だが痛みは、生存確認のログにすぎない。
問題は、機体がどれだけ生きているかだ。
立ち上がるだけで、世界が傾いた。
シローは歯を食いしばった。視界の端が黒く欠け、胸の奥で鈍い熱が膨らむ。肋骨の何本かは、確実に無事ではない。右腕は肩から先が別人のものみたいに重かった。
それでも、ララァが差し出した肩に手を置くと、身体は不思議なほど倒れなかった。
彼女は細い。支えられているというより、わずかな力の流れを先に読まれている感覚だった。シローが崩れる前に、ララァの足が位置を変える。痛みに身体が逃げる前に、彼女の手が支点になる。
「すごいね」
クスコが感心したように言った。
「ララァ、人間の壊れ方まで聞こえるんだ」
「聞こえるんじゃない」
ララァは小さく首を振った。
「先に、痛くなる場所がわかるだけ」
その説明は説明になっていなかった。だがシローには、彼女が嘘をついていないことだけはわかった。